竜王は魔女の弟子
第22話 分身
その翌朝、先輩から呼び出しがあった。
そう頻繁にあるわけではない上に、先輩は内容を伝えずに、とにかく来てほしいとだけ言うので、何事かと思ってしまう。
旧図書館についてみると、中には先輩だけで、机に向かってなにやら書きものをしていた。
前の呼び出しの時は問答無用で説明が始まっただけに、今日も少し構えていたが、今回はそういう案件ではないようだ。
「あぁ、颯太くん。おはよう」
「おはようございます。今日はどうしたんですか?」
俺は先輩と向かい合うようにして座った。先輩は、ノートの切れ端のようなものに、術式の類とみられるものを書き記している。
「面白いものを見つけたから、颯太くんに教えてあげようと思って」
「面白いもの?」
先輩が面白いと評すものは、まず間違いなく霊術関連のもので、しかも大抵構造が複雑なのだ。教えてもらったはいいが、使いこなせるとは限らない。
「うん。これは私じゃ使えそうにないからね」
先輩に使いこなせないとなると、霊力の消費が激しいものなんだろうか。
「まぁ少しだったらできると思うから、まずは見てて」
「はい、わかりました」
俺はこれから起こる現象を見逃すまいと、意識を集中する。
先輩がさっきの紙切れに霊力を流し込むと、なんと、机の上にもう一人先輩が現れた。いや、正確には先輩のミニチュアと言うべきか、手のひらサイズの先輩だ。かわいい。
「こ、これは……?」
すると驚いたことに、さっき出現したミニマムサイズの先輩が、俺の問いに答えた。
「驚いた? 分身、みたいなものかな」
「霊力を分割してるから、疲れるんだけどね」
大きい方の先輩も続けて話す。
操り人形のように、片方に意識を集中しっぱなしにするわけではないようだ。
「こっちの先輩は、どうやって動いてるんですか? 本体から指令を出してるんですか?」
と、俺は小さい方の先輩の頭を人差し指で軽く撫でる。
「ひゃあっ!? そ、颯太くん!」
「あ、すいません……」
大きい方の先輩が反応したということは、感覚は共有しているらしい。
「この状態だと、外から入る情報が二倍になって、それを一つの脳で処理して、二つの体にそれぞれ指令を出せるの」
「それって、かなり大変じゃないですか……?」
「ふふっ、普通はそんなことやったことないもんね。……完全自立型にもできるんだけど、もう少し分身の方に霊力割かないといけないから、私じゃすぐリミットになっちゃうの」
それでも先輩だと、そう長くは使えないんだろう。先輩は分身を消して、少しぐったりしたように椅子にもたれる。
「ちなみに、どれくらい割いてるんですか?」
「今のは四分の一くらいね。完全自立型にするには、半分くらい割かないといけないわ」
それは先輩でなくてもきついんじゃ……。俺もそこまで霊力量が多いわけではないからな……。
「これができれば、新川さんの視点で状況を見つつ、すぐに的確な指示が出せるでしょ? 連携はかなり取れるようになると思うわ」
「なるほど……」
俺の分身をメイちゃんの肩にでも乗せておけばいい。そうすれば、コミュニケーション不足で連携が乱れることはまずないだろう。
「とにかく、やってみればどんなものかわかるわよ」
「わかりました」
俺は早速、術式の構造について先輩から教わり、実際に試してみる。
机の上には、俺の姿。そして同時に、俺を見下ろす大きな俺の姿も見える。
自分が自分を見るのもそうだが、二つの視点を同時に見るというのも、なんだか気持ち悪い、変な感じだ。
「うまくいったわね。ふふっ、かわいい」
先ほど俺がやったように、小さい俺が先輩に撫でられる。
「じゃあ続けて、等身大もやってみて?」
さっきの術式とほとんど同じだが、その実体を保つためにいくらか書き加えられているようだ。
成功はしたが、これはもっと気持ち悪い。鏡を見ているようでもあるが、自分と全く違う動きをする自分の姿。そんな自分を呆然と見つめる自分の姿。
わけわからん……。
「さすがは颯太くん、私の見込んだだけあるわ」
「いえ、そんな……」
お世辞とわかっていても、照れてしまう。
「……うん、今日はこっちの颯太くんが学園に行ってちょうだい」
と、先輩は先ほど出した分身の俺を指さして言う。
「えっ?!」
「練習だと思って。それにこれなら、欠席せずにサボれるでしょ?」
それは名案……なのか?
「でもそれ、俺すごく疲れませんか?」
いつもの半分ほどの霊力で過ごさなければならないのだ。
まともに思考が追いつくのか、運動能力だってどうなるのかわかったもんじゃない。
それに、バレたらどうなるんだ、というのもある。
「大丈夫。疲れないような方法も考えてあるから」
「それはどういう?」
「本体の颯太くんは、……私が独り占めさせてもらうわ」
そう言うなり、先輩は俺をベッドに引き倒し、添い寝する形で自分も横になった。
「せ、先輩……っ?!」
「……変なことはしないわよ? いいから私の手を握って?」
先輩に言われた通り、先輩の手を握る。
小さくて、温かい。俺は咄嗟に目を瞑ってしまうが、分身の俺はその様をしっかりと見ていた。なんかすごく気恥ずかしい。
「……じゃあ、いくわよ」
先輩のその言葉が耳に届くとどちらが早いか、俺の体に霊力が巡ってくるのがわかった。俺の霊力が先輩に流れ、先輩の霊力が俺に流れ込んでいく。
先輩自身、外の霊脈から霊力を取り入れてるし、二人の霊力を共有することで、俺の負荷を減らそうとしてくれているのだろう。
頭ではわかってはいるが、鼓動は言うことを聞かずに加速していくばかりだ。先輩の温もり、柔らかさ、香り。そんなことにばかり意識がいってしまう。
「もう、颯太くんってば……」
「す、すいません……」
ふと目を開けると、先輩は眠ったように穏やかに目を閉じていて、静かな息遣いと、早まる心音が聞こえてくる。
しかし、よく聞くと、これは俺の心音ではない。確かに俺の鼓動も早まってるが、それとは別に聞こえる。もしかして先輩の……?
「そうよ。……私も少し、緊張してるの。……悪いかしら?」
先輩は口も動かさずに言った。いや、そうではない。先輩の声が直接頭に響いたような、そんな感覚だった。
「ふふっ、颯太くんの考えてる事、筒抜けだからね? ……繋がってるんだから、これくらい当然よ」
「そう、だったのか……」
ということは、先輩の考えてる事も、俺に筒抜けのはず。
俺も目を閉じ、先輩に意識を集中してみる。
「行かなくていいの? 時間は平気?」
そんな声が聞こえて、分身の俺は慌てて時計を見る。……結構ギリギリだ。
分身の俺は旧図書館を飛び出して、学園へ駆けていく。
すると、いろんな情報が頭に入ってくる。外の陽気、木々の匂い、蛍光灯の光、クラスメート達の話声。とても先輩に集中などしてられない。
本体の俺は眠るようにして、分身の俺に意識を集中した。
そう頻繁にあるわけではない上に、先輩は内容を伝えずに、とにかく来てほしいとだけ言うので、何事かと思ってしまう。
旧図書館についてみると、中には先輩だけで、机に向かってなにやら書きものをしていた。
前の呼び出しの時は問答無用で説明が始まっただけに、今日も少し構えていたが、今回はそういう案件ではないようだ。
「あぁ、颯太くん。おはよう」
「おはようございます。今日はどうしたんですか?」
俺は先輩と向かい合うようにして座った。先輩は、ノートの切れ端のようなものに、術式の類とみられるものを書き記している。
「面白いものを見つけたから、颯太くんに教えてあげようと思って」
「面白いもの?」
先輩が面白いと評すものは、まず間違いなく霊術関連のもので、しかも大抵構造が複雑なのだ。教えてもらったはいいが、使いこなせるとは限らない。
「うん。これは私じゃ使えそうにないからね」
先輩に使いこなせないとなると、霊力の消費が激しいものなんだろうか。
「まぁ少しだったらできると思うから、まずは見てて」
「はい、わかりました」
俺はこれから起こる現象を見逃すまいと、意識を集中する。
先輩がさっきの紙切れに霊力を流し込むと、なんと、机の上にもう一人先輩が現れた。いや、正確には先輩のミニチュアと言うべきか、手のひらサイズの先輩だ。かわいい。
「こ、これは……?」
すると驚いたことに、さっき出現したミニマムサイズの先輩が、俺の問いに答えた。
「驚いた? 分身、みたいなものかな」
「霊力を分割してるから、疲れるんだけどね」
大きい方の先輩も続けて話す。
操り人形のように、片方に意識を集中しっぱなしにするわけではないようだ。
「こっちの先輩は、どうやって動いてるんですか? 本体から指令を出してるんですか?」
と、俺は小さい方の先輩の頭を人差し指で軽く撫でる。
「ひゃあっ!? そ、颯太くん!」
「あ、すいません……」
大きい方の先輩が反応したということは、感覚は共有しているらしい。
「この状態だと、外から入る情報が二倍になって、それを一つの脳で処理して、二つの体にそれぞれ指令を出せるの」
「それって、かなり大変じゃないですか……?」
「ふふっ、普通はそんなことやったことないもんね。……完全自立型にもできるんだけど、もう少し分身の方に霊力割かないといけないから、私じゃすぐリミットになっちゃうの」
それでも先輩だと、そう長くは使えないんだろう。先輩は分身を消して、少しぐったりしたように椅子にもたれる。
「ちなみに、どれくらい割いてるんですか?」
「今のは四分の一くらいね。完全自立型にするには、半分くらい割かないといけないわ」
それは先輩でなくてもきついんじゃ……。俺もそこまで霊力量が多いわけではないからな……。
「これができれば、新川さんの視点で状況を見つつ、すぐに的確な指示が出せるでしょ? 連携はかなり取れるようになると思うわ」
「なるほど……」
俺の分身をメイちゃんの肩にでも乗せておけばいい。そうすれば、コミュニケーション不足で連携が乱れることはまずないだろう。
「とにかく、やってみればどんなものかわかるわよ」
「わかりました」
俺は早速、術式の構造について先輩から教わり、実際に試してみる。
机の上には、俺の姿。そして同時に、俺を見下ろす大きな俺の姿も見える。
自分が自分を見るのもそうだが、二つの視点を同時に見るというのも、なんだか気持ち悪い、変な感じだ。
「うまくいったわね。ふふっ、かわいい」
先ほど俺がやったように、小さい俺が先輩に撫でられる。
「じゃあ続けて、等身大もやってみて?」
さっきの術式とほとんど同じだが、その実体を保つためにいくらか書き加えられているようだ。
成功はしたが、これはもっと気持ち悪い。鏡を見ているようでもあるが、自分と全く違う動きをする自分の姿。そんな自分を呆然と見つめる自分の姿。
わけわからん……。
「さすがは颯太くん、私の見込んだだけあるわ」
「いえ、そんな……」
お世辞とわかっていても、照れてしまう。
「……うん、今日はこっちの颯太くんが学園に行ってちょうだい」
と、先輩は先ほど出した分身の俺を指さして言う。
「えっ?!」
「練習だと思って。それにこれなら、欠席せずにサボれるでしょ?」
それは名案……なのか?
「でもそれ、俺すごく疲れませんか?」
いつもの半分ほどの霊力で過ごさなければならないのだ。
まともに思考が追いつくのか、運動能力だってどうなるのかわかったもんじゃない。
それに、バレたらどうなるんだ、というのもある。
「大丈夫。疲れないような方法も考えてあるから」
「それはどういう?」
「本体の颯太くんは、……私が独り占めさせてもらうわ」
そう言うなり、先輩は俺をベッドに引き倒し、添い寝する形で自分も横になった。
「せ、先輩……っ?!」
「……変なことはしないわよ? いいから私の手を握って?」
先輩に言われた通り、先輩の手を握る。
小さくて、温かい。俺は咄嗟に目を瞑ってしまうが、分身の俺はその様をしっかりと見ていた。なんかすごく気恥ずかしい。
「……じゃあ、いくわよ」
先輩のその言葉が耳に届くとどちらが早いか、俺の体に霊力が巡ってくるのがわかった。俺の霊力が先輩に流れ、先輩の霊力が俺に流れ込んでいく。
先輩自身、外の霊脈から霊力を取り入れてるし、二人の霊力を共有することで、俺の負荷を減らそうとしてくれているのだろう。
頭ではわかってはいるが、鼓動は言うことを聞かずに加速していくばかりだ。先輩の温もり、柔らかさ、香り。そんなことにばかり意識がいってしまう。
「もう、颯太くんってば……」
「す、すいません……」
ふと目を開けると、先輩は眠ったように穏やかに目を閉じていて、静かな息遣いと、早まる心音が聞こえてくる。
しかし、よく聞くと、これは俺の心音ではない。確かに俺の鼓動も早まってるが、それとは別に聞こえる。もしかして先輩の……?
「そうよ。……私も少し、緊張してるの。……悪いかしら?」
先輩は口も動かさずに言った。いや、そうではない。先輩の声が直接頭に響いたような、そんな感覚だった。
「ふふっ、颯太くんの考えてる事、筒抜けだからね? ……繋がってるんだから、これくらい当然よ」
「そう、だったのか……」
ということは、先輩の考えてる事も、俺に筒抜けのはず。
俺も目を閉じ、先輩に意識を集中してみる。
「行かなくていいの? 時間は平気?」
そんな声が聞こえて、分身の俺は慌てて時計を見る。……結構ギリギリだ。
分身の俺は旧図書館を飛び出して、学園へ駆けていく。
すると、いろんな情報が頭に入ってくる。外の陽気、木々の匂い、蛍光灯の光、クラスメート達の話声。とても先輩に集中などしてられない。
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