竜王は魔女の弟子
第2話 観覧杯 中編
「かあさま! かあさまっ!」
広い和風の庭園で、少年は母親と思しき若い女性に泣きながら駆け寄る。
「離れろ、ソウタ。それはもう、人ではない」
言われずとも、彼女の様子がどうもおかしいことは、幼いながら少年にもわかっていた。
彼女の身体から禍々しい"力"があふれ出し、彼女を覆うオーラのようなものとして視認できる。
それを見た少年の父親は、もはや一刻の猶予もないと、刀を抜き、刹那のうちに的確に急所を貫いて、自らの手で葬る。
その手際はまるで焦りなど感じさせず、また、彼女の柔肌にできるだけ傷をつけないようでもあった。
「やめてっ、とうさま! かあさまをころさないでっ!」
「すまない……!」
少年が父に縋り付いた時には、既に母の命の灯は消えてしまっていた。
「どう……して……」
「……俺が、弱いからだ。こうすることでしか、あいつを守れなかった……」
「よわい……から?」
父の目尻に光るものが見えた気がした。少年は、いつも厳しい父のこんな表情を初めて見た。
この時の少年には、この父の言葉の意味が分からなかった。
父は母の命を奪った。その父は自分自身を弱いという。そして、その非人道的な行いは、母を守るためだったという。
「そうだ。本当に大切なものができた時、それを守れる強さがないのは哀しいことだ」
「よく……わからないよ……、とうさま」
「誰も死なせたくないなら、強くなれ、ソウタ。誰よりも……」
「だれよりも……つよく……」
――――――
――
久しぶりだ。昔のことを夢に見るなんて。
あの日のこと、一度だって忘れたことはない。父さんの言っていた言葉も、今ならわかる気がする。
俺に備わった、母さんと同じこの力のことも……。
家の厳しい縛りから放たれ、せっかく手に入れたこの環境。今のままでは壊してしまいそうな気がする。
だから俺は、もっともっと強くならなきゃいけないんだ――。
先輩からもらったチケットに書かれた席に向かうと、先に先輩が待っていた。どうやら先輩の隣の席のようだ。
「遅かったねぇ。また迷子になったのかと探しに行こうと思ってたところだよ」
「すみません、まさかこんな前の方の席だとは」
そういえば、この方と出会ったときも、俺は道に迷ってあの旧図書館に辿り着いたんだったっけな。
「先輩、一ついいですか?」
「何?」
「個人成績表の各評価項目って、何ポイント中の数値なんですか?」
この学園の成績は、基本は各評価項目の総合点で決まる。
さらに大会での勝点を考慮して、序列が決まる。序列上位者になると、様々な特典や権限が与えられると聞く。
「100ポイント中の数値よ」
「えっ!? 先輩、化け物ですね……」
「なっ!? ちょっと、何見てるのよっ」
あからさまに動揺した先輩が覗き込んだ俺の電子生徒手帳の画面には、先輩の成績が表示されていた。
全七項目のうち、四項目が90ポイントを超えている。なぜこれであんなに自信がないのだろう。
「144センチか……」
「……何よ、小さいって言いたいの?」
「他はいくらかな、と思いまして」
「そんなの載ってるわけないでしょ」
全校生徒の成績とその内訳、序列は、学園内には公開されており、情報端末としても機能する電子生徒手帳から誰でも閲覧することができる。
そのほかにも生年月日や身長も公開されている。特別な権限を与えられた生徒は、さらにその生徒の健康診断の結果も閲覧できるらしい。
「でも、先輩って結構可愛いですよね」
「あー、私、そういう軽口が一番嫌いなのよね……」
小さくため息をついて、呆れたような顔をされる。やはり、言われ慣れているような反応だ。
「いえ、社交辞令じゃなくて、本当にそう思いますよ」
「……あ、ありがと」
「先輩の精神安定性は……94ポイントか……。それにしては結構動揺している気が……」
どうやって出した数値なんだろうな、これ。俺も入学時に計測を受けているが、どんなものだったかは覚えていない。
「まさか、この私を謀ったのっ?! ……別に、褒められて悪い気はしないっていうか、そんな真剣に言われたら、尚更だし……」
いつもは落ち着き払っているだけに、こういう恥じらう姿が見れるのは新鮮だな。
「でも、そう思ったのは本当ですよ?」
「……最低のセクハラね」
先輩は拗ねたように顔を逸らした。怒っているようにも見えるが、少し嬉しそうにも見える。
「すみませんでした……。それにしても、こんなに評価高いのに大会は出ないんですね」
総合成績だけでも序列の上位に入れそうだが、勝点はわずか1ポイント。
先輩は二年生だから、去年一年間で、わずか一勝しかしていないということだ。そのせいもあってか、先輩の序列は66位。
四月の段階では新入生は序列に反映されていないので、二年生四十人、三年生二十九人の合計六十九人中の順位としてみると、かなり下の方だ。
「まぁ、それに関してはおいおい話すわ。私のことより、そろそろ試合が始まるわよ」
今日は準々決勝まで行われ、準決勝、決勝は明日行われる。
上級生といっても、成績はまばらで、一回戦はなかなか泥仕合もあったが、さすがに二回戦からシードで出てくる序列の上位は、圧倒的な実力を見せつけていた。
まるで、新入生にかかってこいと言わんばかりに。
ふと視線を隣に移すと、寝まいとしながらも瞼を重そうにしてふらつく先輩の姿があった。
「先輩……?」
「……別に、寝てないわよ?」
俺が声をかけると、はっとしたようにそう答えた。
「何も言ってませんよ?」
「うぅ……」
「肩貸しましょうか?」
「いらないわ」
やはり、断られるとは思っていた。わざわざ眠気を我慢していたのも、俺の前で寝るわけにはいかないと思ってのことだろうし。
「そうですか……。でも、良かったら使ってくださいね」
返事はなかったが、しばらくすると、先輩が肩にもたれ掛かってきた。
少しは信頼してもらっているのだと、思わず安堵のため息が出る。
「先輩は観なくていいんですか?」
「別にいい。……どうせ、あの子は明日も出るだろうし」
もう眠気が限界にきているのか、先輩の口数はどんどん減っていく。
「あの子って、妹さんですか?」
先輩の双子の妹さんは、確か序列2位だったはずだ。
「うん……」
先輩はそれだけ答えて、目を閉じ、体重を俺の肩に預けた。
広い和風の庭園で、少年は母親と思しき若い女性に泣きながら駆け寄る。
「離れろ、ソウタ。それはもう、人ではない」
言われずとも、彼女の様子がどうもおかしいことは、幼いながら少年にもわかっていた。
彼女の身体から禍々しい"力"があふれ出し、彼女を覆うオーラのようなものとして視認できる。
それを見た少年の父親は、もはや一刻の猶予もないと、刀を抜き、刹那のうちに的確に急所を貫いて、自らの手で葬る。
その手際はまるで焦りなど感じさせず、また、彼女の柔肌にできるだけ傷をつけないようでもあった。
「やめてっ、とうさま! かあさまをころさないでっ!」
「すまない……!」
少年が父に縋り付いた時には、既に母の命の灯は消えてしまっていた。
「どう……して……」
「……俺が、弱いからだ。こうすることでしか、あいつを守れなかった……」
「よわい……から?」
父の目尻に光るものが見えた気がした。少年は、いつも厳しい父のこんな表情を初めて見た。
この時の少年には、この父の言葉の意味が分からなかった。
父は母の命を奪った。その父は自分自身を弱いという。そして、その非人道的な行いは、母を守るためだったという。
「そうだ。本当に大切なものができた時、それを守れる強さがないのは哀しいことだ」
「よく……わからないよ……、とうさま」
「誰も死なせたくないなら、強くなれ、ソウタ。誰よりも……」
「だれよりも……つよく……」
――――――
――
久しぶりだ。昔のことを夢に見るなんて。
あの日のこと、一度だって忘れたことはない。父さんの言っていた言葉も、今ならわかる気がする。
俺に備わった、母さんと同じこの力のことも……。
家の厳しい縛りから放たれ、せっかく手に入れたこの環境。今のままでは壊してしまいそうな気がする。
だから俺は、もっともっと強くならなきゃいけないんだ――。
先輩からもらったチケットに書かれた席に向かうと、先に先輩が待っていた。どうやら先輩の隣の席のようだ。
「遅かったねぇ。また迷子になったのかと探しに行こうと思ってたところだよ」
「すみません、まさかこんな前の方の席だとは」
そういえば、この方と出会ったときも、俺は道に迷ってあの旧図書館に辿り着いたんだったっけな。
「先輩、一ついいですか?」
「何?」
「個人成績表の各評価項目って、何ポイント中の数値なんですか?」
この学園の成績は、基本は各評価項目の総合点で決まる。
さらに大会での勝点を考慮して、序列が決まる。序列上位者になると、様々な特典や権限が与えられると聞く。
「100ポイント中の数値よ」
「えっ!? 先輩、化け物ですね……」
「なっ!? ちょっと、何見てるのよっ」
あからさまに動揺した先輩が覗き込んだ俺の電子生徒手帳の画面には、先輩の成績が表示されていた。
全七項目のうち、四項目が90ポイントを超えている。なぜこれであんなに自信がないのだろう。
「144センチか……」
「……何よ、小さいって言いたいの?」
「他はいくらかな、と思いまして」
「そんなの載ってるわけないでしょ」
全校生徒の成績とその内訳、序列は、学園内には公開されており、情報端末としても機能する電子生徒手帳から誰でも閲覧することができる。
そのほかにも生年月日や身長も公開されている。特別な権限を与えられた生徒は、さらにその生徒の健康診断の結果も閲覧できるらしい。
「でも、先輩って結構可愛いですよね」
「あー、私、そういう軽口が一番嫌いなのよね……」
小さくため息をついて、呆れたような顔をされる。やはり、言われ慣れているような反応だ。
「いえ、社交辞令じゃなくて、本当にそう思いますよ」
「……あ、ありがと」
「先輩の精神安定性は……94ポイントか……。それにしては結構動揺している気が……」
どうやって出した数値なんだろうな、これ。俺も入学時に計測を受けているが、どんなものだったかは覚えていない。
「まさか、この私を謀ったのっ?! ……別に、褒められて悪い気はしないっていうか、そんな真剣に言われたら、尚更だし……」
いつもは落ち着き払っているだけに、こういう恥じらう姿が見れるのは新鮮だな。
「でも、そう思ったのは本当ですよ?」
「……最低のセクハラね」
先輩は拗ねたように顔を逸らした。怒っているようにも見えるが、少し嬉しそうにも見える。
「すみませんでした……。それにしても、こんなに評価高いのに大会は出ないんですね」
総合成績だけでも序列の上位に入れそうだが、勝点はわずか1ポイント。
先輩は二年生だから、去年一年間で、わずか一勝しかしていないということだ。そのせいもあってか、先輩の序列は66位。
四月の段階では新入生は序列に反映されていないので、二年生四十人、三年生二十九人の合計六十九人中の順位としてみると、かなり下の方だ。
「まぁ、それに関してはおいおい話すわ。私のことより、そろそろ試合が始まるわよ」
今日は準々決勝まで行われ、準決勝、決勝は明日行われる。
上級生といっても、成績はまばらで、一回戦はなかなか泥仕合もあったが、さすがに二回戦からシードで出てくる序列の上位は、圧倒的な実力を見せつけていた。
まるで、新入生にかかってこいと言わんばかりに。
ふと視線を隣に移すと、寝まいとしながらも瞼を重そうにしてふらつく先輩の姿があった。
「先輩……?」
「……別に、寝てないわよ?」
俺が声をかけると、はっとしたようにそう答えた。
「何も言ってませんよ?」
「うぅ……」
「肩貸しましょうか?」
「いらないわ」
やはり、断られるとは思っていた。わざわざ眠気を我慢していたのも、俺の前で寝るわけにはいかないと思ってのことだろうし。
「そうですか……。でも、良かったら使ってくださいね」
返事はなかったが、しばらくすると、先輩が肩にもたれ掛かってきた。
少しは信頼してもらっているのだと、思わず安堵のため息が出る。
「先輩は観なくていいんですか?」
「別にいい。……どうせ、あの子は明日も出るだろうし」
もう眠気が限界にきているのか、先輩の口数はどんどん減っていく。
「あの子って、妹さんですか?」
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