竜王は魔女の弟子
第1話 観覧杯 前編
「お、来たな、颯太!」
教室に入るなり、その低い身長に不釣り合いな隆々とした体つきの男子生徒に、荒々しい声を向けられる。
入学して数週間とはいえ、いつものことなので、クラスメート達は今更騒ぎ立てもしないが。
「なんだよ毎日毎日……。朝から鬱陶しいな、お前は」
「今日こそ俺と決闘しやがれ! 勝ち逃げは許さねぇぞ!」
こいつとは幼馴染ではあるが、家が厳しかったため、あまり深く関わっていた覚えはない。にもかかわらず、暇があれば決闘決闘と騒ぎたて、自分が勝つまで挑んでくる。
……ある意味清々しいほど前向きな奴だ。
「悪いけどパス。今日は先輩に呼ばれてるから」
「今日"は"って、昨日もじゃねぇか!」
「……めんどくせぇんだよ」
このやり取りも何回したことか……。一度わざと負けてやったら、それはそれで調子に乗りそうな気もする。
「おい、お前ら、席に付け。ホームルームを始めるぞ」
「ちっ、……はい」
いいタイミングで先生が入ってきたので、うまくうやむやにできた。
放課後も間違いなくつけまわされるので、捕まる前にそそくさと安寧の地へ逃れることにした。
「颯太くん、今日も来てくれたんだね、ありがとう」
「いえ、ここの方が落ち着くんで」
先輩は放課後はいつも、この旧図書館に籠って書庫の整理をしている。頼まれたわけではないが、俺は先輩の弟子として、その手伝いを買って出ている。
「何か目新しいものはありました?」
「ダメね。どれも既に実用化されてる術式ばかり……」
「まぁそうですよね……」
自然界に溢れるエネルギー"霊脈"を、術式を用いて人為的に操作し、利用する。それが"霊術"と呼ばれるもので、この護城学園ではその扱いについて学ぶ。
そんなことができるなんて、誰が考え出したのかは知らないが、今ではかなり当たり前のことになりつつある。
「あ、その本の山、こっち運んでくれる?」
先輩くらいの技術があれば、手を触れなくても本を動かすことなど容易いはずだが、彼女は必要以上に霊術に頼らないようにしているのだという。
「うわ……結構重い……」
「男手がいると助かるわ、ありがとうね」
「……なら、もっと人手を増やしたらいいのでは?」
実際、俺と先輩の二人だけで、このだだっ広い旧図書館の本を整理するのは無謀すぎる。
「嫌よ。ここにいれるのは誰でもいいわけじゃないの」
「ここにいれるって、所有物か何かなんですか……」
「そうよ。ここの管理責任者は私だもの。颯太くんはまともだと思うから弟子にしてあげたんだからね?」
まるで他の人はまともじゃないかのような言い方だが、別の思惑を持って言い寄ってくる者も多いのだろう。
身長は低いものの、肘くらいまで伸びた柔らかそうだがしっとりとした質感の茶色の髪、制服の上からでもわかる豊かな膨らみに、清楚なスカートから伸びる緩やかな曲線を描く脚は、黒のタイツによってその下の素肌を不埒な眼から守られている。
こんな美少女を、周りは放っておかないわけはないだろうから。
「……何?」
「いえ、何も」
「……ふーん?」
他愛のない会話を挟みながら作業に没頭するうち、窓からは茜色の光が差し込んでくる。
ここにいると、いつも時間が過ぎるのが早く感じる。俺は基本的に肉体労働が中心だが、苦に感じたことはない。
「あ、そうだ、颯太くん。明日と明後日は観覧杯だけど、観に行くでしょ? っていうか、観に行きなさい?」
「観覧杯って、上級生限定の大会でしたよね。別に観なくても……」
霊脈は自然界の流れそのものだが、悪しき流れは時には周りに悪影響を与える。人の心を汚染してしまうこともあるし、霊脈を悪用しようと企てる輩さえいる。
そのための戦闘訓練が、学園のカリキュラムにも組み込まれている。もっとも、大会にはもっと別の目的もあるのだが。
「観覧杯は先輩方の戦い方を見学する、新入生のための大会なんだから、観に行くべきよ。特に、颯太くんは上を目指すんでしょ?」
「……はい。先輩は出ないんですか?」
「私は……出てもどうせ初戦で負けちゃうし」
先輩は表情こそ変えなかったものの、その淡い灰色の瞳は、何とも形容しがたい悲哀に満ちていた。
大会はメリットもあればデメリットもある。ゆえに大会参加は強制されないし、参加しなかったからといって、成績にも影響しない。
しかし、初戦敗退が続くと成績に影響が出ると聞くし、先輩がそう思うなら、賢明な判断なのかもしれない。
「ちょっと見たかったですけどね。先輩ほど賢い方がどう立ち回るのか」
「…………。はい、明日と明後日の観覧チケット。失くさないでよ?」
「えっ、観覧するのにチケットがいるんですか? 普通に全員観れるのかと思ってた……」
後で聞いた話だが、大会は生徒だけでなく外部の者も観覧に来る場合もあるのだという。
それに、席も当然前の方が見やすく、自由席にすれば、席の取り合いで乱闘が起きかねない。
「立ち見でよければ、自由に観れるわよ」
「……ありがたくいただきます」
立ち見席はどちらかというと、外から見ているのに近いような場所だったと記憶している。……たぶん、ほとんど見えないだろう。
「はい。それじゃあ、また明日ね」
「はい、お気を付けて」
先輩が旧図書館に施錠するのを待って、寮の入り口まで送った。一応、時間も時間だし、先輩に何かあっては困るからな。
寮に戻ると、思ったより疲労がたまっていたようで、倒れるようにしてそのまま眠ってしまった。
教室に入るなり、その低い身長に不釣り合いな隆々とした体つきの男子生徒に、荒々しい声を向けられる。
入学して数週間とはいえ、いつものことなので、クラスメート達は今更騒ぎ立てもしないが。
「なんだよ毎日毎日……。朝から鬱陶しいな、お前は」
「今日こそ俺と決闘しやがれ! 勝ち逃げは許さねぇぞ!」
こいつとは幼馴染ではあるが、家が厳しかったため、あまり深く関わっていた覚えはない。にもかかわらず、暇があれば決闘決闘と騒ぎたて、自分が勝つまで挑んでくる。
……ある意味清々しいほど前向きな奴だ。
「悪いけどパス。今日は先輩に呼ばれてるから」
「今日"は"って、昨日もじゃねぇか!」
「……めんどくせぇんだよ」
このやり取りも何回したことか……。一度わざと負けてやったら、それはそれで調子に乗りそうな気もする。
「おい、お前ら、席に付け。ホームルームを始めるぞ」
「ちっ、……はい」
いいタイミングで先生が入ってきたので、うまくうやむやにできた。
放課後も間違いなくつけまわされるので、捕まる前にそそくさと安寧の地へ逃れることにした。
「颯太くん、今日も来てくれたんだね、ありがとう」
「いえ、ここの方が落ち着くんで」
先輩は放課後はいつも、この旧図書館に籠って書庫の整理をしている。頼まれたわけではないが、俺は先輩の弟子として、その手伝いを買って出ている。
「何か目新しいものはありました?」
「ダメね。どれも既に実用化されてる術式ばかり……」
「まぁそうですよね……」
自然界に溢れるエネルギー"霊脈"を、術式を用いて人為的に操作し、利用する。それが"霊術"と呼ばれるもので、この護城学園ではその扱いについて学ぶ。
そんなことができるなんて、誰が考え出したのかは知らないが、今ではかなり当たり前のことになりつつある。
「あ、その本の山、こっち運んでくれる?」
先輩くらいの技術があれば、手を触れなくても本を動かすことなど容易いはずだが、彼女は必要以上に霊術に頼らないようにしているのだという。
「うわ……結構重い……」
「男手がいると助かるわ、ありがとうね」
「……なら、もっと人手を増やしたらいいのでは?」
実際、俺と先輩の二人だけで、このだだっ広い旧図書館の本を整理するのは無謀すぎる。
「嫌よ。ここにいれるのは誰でもいいわけじゃないの」
「ここにいれるって、所有物か何かなんですか……」
「そうよ。ここの管理責任者は私だもの。颯太くんはまともだと思うから弟子にしてあげたんだからね?」
まるで他の人はまともじゃないかのような言い方だが、別の思惑を持って言い寄ってくる者も多いのだろう。
身長は低いものの、肘くらいまで伸びた柔らかそうだがしっとりとした質感の茶色の髪、制服の上からでもわかる豊かな膨らみに、清楚なスカートから伸びる緩やかな曲線を描く脚は、黒のタイツによってその下の素肌を不埒な眼から守られている。
こんな美少女を、周りは放っておかないわけはないだろうから。
「……何?」
「いえ、何も」
「……ふーん?」
他愛のない会話を挟みながら作業に没頭するうち、窓からは茜色の光が差し込んでくる。
ここにいると、いつも時間が過ぎるのが早く感じる。俺は基本的に肉体労働が中心だが、苦に感じたことはない。
「あ、そうだ、颯太くん。明日と明後日は観覧杯だけど、観に行くでしょ? っていうか、観に行きなさい?」
「観覧杯って、上級生限定の大会でしたよね。別に観なくても……」
霊脈は自然界の流れそのものだが、悪しき流れは時には周りに悪影響を与える。人の心を汚染してしまうこともあるし、霊脈を悪用しようと企てる輩さえいる。
そのための戦闘訓練が、学園のカリキュラムにも組み込まれている。もっとも、大会にはもっと別の目的もあるのだが。
「観覧杯は先輩方の戦い方を見学する、新入生のための大会なんだから、観に行くべきよ。特に、颯太くんは上を目指すんでしょ?」
「……はい。先輩は出ないんですか?」
「私は……出てもどうせ初戦で負けちゃうし」
先輩は表情こそ変えなかったものの、その淡い灰色の瞳は、何とも形容しがたい悲哀に満ちていた。
大会はメリットもあればデメリットもある。ゆえに大会参加は強制されないし、参加しなかったからといって、成績にも影響しない。
しかし、初戦敗退が続くと成績に影響が出ると聞くし、先輩がそう思うなら、賢明な判断なのかもしれない。
「ちょっと見たかったですけどね。先輩ほど賢い方がどう立ち回るのか」
「…………。はい、明日と明後日の観覧チケット。失くさないでよ?」
「えっ、観覧するのにチケットがいるんですか? 普通に全員観れるのかと思ってた……」
後で聞いた話だが、大会は生徒だけでなく外部の者も観覧に来る場合もあるのだという。
それに、席も当然前の方が見やすく、自由席にすれば、席の取り合いで乱闘が起きかねない。
「立ち見でよければ、自由に観れるわよ」
「……ありがたくいただきます」
立ち見席はどちらかというと、外から見ているのに近いような場所だったと記憶している。……たぶん、ほとんど見えないだろう。
「はい。それじゃあ、また明日ね」
「はい、お気を付けて」
先輩が旧図書館に施錠するのを待って、寮の入り口まで送った。一応、時間も時間だし、先輩に何かあっては困るからな。
寮に戻ると、思ったより疲労がたまっていたようで、倒れるようにしてそのまま眠ってしまった。
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