劇場型エースだなんて言わせない!
第5話 結団! 新チーム
あの日、学校見学に行ったわたしの気持ちは決まった。
楽しかった。緊張した。怖かった。でも、わたしに合っている気がした。何より、わたしを評価してもらったのが嬉しかった。
そんな単純なわたしは、願書を出して、入学手続きまでまっしぐらだった。
そして今日は、新入生を含めた新チームの結団式。
わたしを含めた特待生は春休みから練習に参加させてもらっていたが、今年度の全部員が揃うのはこれが初めてとなる。
屋内練習場に整列する部員の前に、ようやく監督が姿を現した。
「監督の兼岡愛摘です。昨年は駒越に連覇を阻止されましたが、今年は私たちが彼女らの連覇を阻止します」
つまりそれって、全国優勝するってことだよね……。さすがに名門。目標の高さが違う。わたしのいた新津シニアは、全国シニアに出て一つでも多く勝つのが目標だったし。
「そのために、まずは再来週に行う交流試合に勝つ。こういう小さな目標の積み重ねが、やがて大きな目標を達成するのだと心得なさい」
「はい!」
……すごい声。なんか、野球の名門って感じ。
「では、これから新入生のポジション適性を見るので、新入生はグラブを持って第二グラウンドに速やかに集合。一軍内定が決まっているものに関しては、第一グラウンドの一軍に混ざり、練習を始めなさい」
「はいっ!」
わたしは言われた通り、第一グラウンドに出る。と、早速先輩が出迎えてくれた。
「高妻さん」
七瀬さんは肩まで伸びた黒髪を揺らしながら、入り口で立ち尽くしてしまっているわたしのところまで来てくれる。
「あ、あの、お疲れ様ですっ!」
「ああ、いいよ、そういうの。それより、走り込みが終わったらブルペンに来て」
「はい、わかりました」
わたしがグラウンドの外周を走っていると、茶色いショートポニーの少女もわたしの後に続く。まあ彼女は少女と呼ぶべきか、いささか迷うけれども。
「置いてくなよ~。同じ一年だろ~?」
同じ一年、とは言うが、体格はわたしより一回り大きく、その隆々とした四肢は既にスラッガーの風格を漂わせている。
「自分のペースで走ればいいでしょ、北織さん」
「あたしペース配分下手だからさ~。葵咲のペースがちょうどいいんだって」
彼女とは同じ一年、同じ特待生として、春休みから一軍の練習に混ぜてもらっていた。
彼女は将来の四番候補。練習で一回だけ対戦したけど、あっさり外野まで飛ばされてしまった。それを根に持っていたわたしは、少しずつペースを上げる。
「あ、おい、置いてくなって~!」
なるほど。このペースだと、彼女はついてこれないのか。覚えておこう。とはいえ、このペースを維持するのも結構キツい。あと五周……なんとか。
「はぁ……はぁ……」
走り込みも終わったところで、ブルペンに向かう。やっと、七瀬さんに受けてもらえる。
そんなわたしを尻目に、北織さんは完全にバテきって、倒れるようにその場に座り込んだ。
「なんで……、お前……、立ってられんの? あんな走った後で……、バケモンかよ……」
「スタミナには自信あるのよ。それじゃあね」
あの分じゃ、監督に見つかったら怒られるわね。ペース考えないからそうなるのよ。まぁ、わたしについて行こうとしたからだけど。
「七瀬さん、走り込み終わりました」
「相変わらずもう息整ってるのね。じゃあ、まずは軽く肩を慣らしましょうか」
「はいっ」
七瀬さんはすごい。わたしよりも華奢な身体をしてるのに、しっかり受け止めてくれる。あの時だって、初めて見たはずなのに、わたしのスプリットを後ろに逸らすことなく止めてくれた。
配球についても教えてもらった。いろんなことを知ってるし、すごい量のデータを分析して組み立ててるらしい。わたしはそんなに頭良くないから、そこまでしたことなかったし、しようとも思わなかった。
だから、サインは絶対と言われても、すぐに納得できた。この人の言うことなら、信じられる。
「そういえば、浅菜先輩はどうしたんですか?」
浅菜先輩はここのエース。今更だけど、わたしばっかりが正捕手の七瀬さんに相手してもらっているわけにはいかない。
「ああ、たぶん外でめちゃくちゃにされてるんじゃないかな」
めちゃくちゃって……。まぁ、的確な表現かも。
地獄のシートバッティング。
わたしも春休みにその恐ろしさを味わった。強打として名高い新宮の打線を相手に、どちらかがギブするまでマウンドから降ろしてもらえない。
投手にしてみれば、体力的にも精神的にも大きく削られるハードな練習だった。
「高妻さん、代わってくる?」
「い、いえ、遠慮したいですっ」
「でも、あれだけ滅多打ちにされ慣れとけば、本番でも落ち着いて投げられるよ」
そんなの慣れたくないよ……。
もう少し投げ込みをさせてもらった後、結局わたしもノックに混ぜられてしまった。
すっかり疲れ切って寮の部屋に戻ると、人工的なそよ風が騒々しい音を立てて、明るい茶色の髪をなびかせていた。
「あ、おかえり。先にシャワーいただきました」
「ああ、うん。わたしも浴びてくる」
ルームメイトは、同じ学年だっていうのに敬語がなかなか抜けない。
まだ今日で二日目だし、緊張してるのかな。
「あの、高妻さ……」
「ねぇ、南越さん」
「は、はいっ」
わたしが食い気味に呼び返すと、彼女の表情は一層こわばってしまった。そんな顔されると、ちょっと傷つくんだけどな。
「名前で呼んでもいい? わたしも名前で呼んでいいからさ」
「……はい!」
硬かった表情が、溶けるような笑顔に変わり、見ているこっちが微笑ましくなってくる。
「夕莉香、今日の練習はどうだった?」
「今日は守備適正を見られただけだったから、私の方はそんなにキツくなかったよ」
いい感じに敬語も取れてきた。やっぱり友達同士はこうでなくっちゃね。
「そっかぁ~。で、夕莉香はどこの適性があるって?」
「私、左利きだからポジションも限られちゃうし。でも、肩が強いわねって褒めてもらったよ。ライトかレフトがいいんじゃないかって」
野手で左投げだと、一塁へ送球するときにワンテンポ遅れるから不利ってよく言われるけど、左投げでも上手い人は下手な右投げの野手よりも上手いんだろうな。だから最初から諦めなくてもいいと思うけど。あ、でも最終的にプロになれば、上手い右投げの人に敵わなくなっちゃうんだろうから、諦めざるを得ないのかな。
そんなこんなで自己解決すると、左投げで肩も強いなら、おすすめできるポジションがもう一つあることに気が付いた。
「肩強いなら、投手はどうなの?」
「私じゃ無理だよぉ~。速い球投げられても、投手と野手じゃ質が違うんだって。それに、マウンドなんて、怖くて登れないよ~」
マウンドが怖いなんて、思ったこともなかった。これが、投手の一番の適性なのかもしれない。
「葵咲ちゃんは投手なんだよね? しかもいきなり一軍なんて! どうだったの?」
「いや~、キツかったよ」
特に最後のノックが。
「今度の竜宮との交流戦、出番があるって言われてるから、ちょっとプレッシャーだけどね」
新宮女学院の姉妹校、竜宮女学院。新チームができる春と秋に、毎年そこと交流試合を行っているそうだ。
「私も出番、あるかなぁ……」
「試したい子を使うって監督は言ってたし、チャンスあるよ。頑張って!」
「うん! じゃあ、明日もまたあるし、そろそろ寝るね」
「そうだね。おやすみ」
夕莉香が二段ベッドの梯子を登るのを見届けて、わたしもベッドに入る。
「おやすみ、葵咲ちゃん」
上からひょこっと顔を覗かせて、優しく微笑む。そんな彼女を見て、わたしはここでよかったと思った。
楽しかった。緊張した。怖かった。でも、わたしに合っている気がした。何より、わたしを評価してもらったのが嬉しかった。
そんな単純なわたしは、願書を出して、入学手続きまでまっしぐらだった。
そして今日は、新入生を含めた新チームの結団式。
わたしを含めた特待生は春休みから練習に参加させてもらっていたが、今年度の全部員が揃うのはこれが初めてとなる。
屋内練習場に整列する部員の前に、ようやく監督が姿を現した。
「監督の兼岡愛摘です。昨年は駒越に連覇を阻止されましたが、今年は私たちが彼女らの連覇を阻止します」
つまりそれって、全国優勝するってことだよね……。さすがに名門。目標の高さが違う。わたしのいた新津シニアは、全国シニアに出て一つでも多く勝つのが目標だったし。
「そのために、まずは再来週に行う交流試合に勝つ。こういう小さな目標の積み重ねが、やがて大きな目標を達成するのだと心得なさい」
「はい!」
……すごい声。なんか、野球の名門って感じ。
「では、これから新入生のポジション適性を見るので、新入生はグラブを持って第二グラウンドに速やかに集合。一軍内定が決まっているものに関しては、第一グラウンドの一軍に混ざり、練習を始めなさい」
「はいっ!」
わたしは言われた通り、第一グラウンドに出る。と、早速先輩が出迎えてくれた。
「高妻さん」
七瀬さんは肩まで伸びた黒髪を揺らしながら、入り口で立ち尽くしてしまっているわたしのところまで来てくれる。
「あ、あの、お疲れ様ですっ!」
「ああ、いいよ、そういうの。それより、走り込みが終わったらブルペンに来て」
「はい、わかりました」
わたしがグラウンドの外周を走っていると、茶色いショートポニーの少女もわたしの後に続く。まあ彼女は少女と呼ぶべきか、いささか迷うけれども。
「置いてくなよ~。同じ一年だろ~?」
同じ一年、とは言うが、体格はわたしより一回り大きく、その隆々とした四肢は既にスラッガーの風格を漂わせている。
「自分のペースで走ればいいでしょ、北織さん」
「あたしペース配分下手だからさ~。葵咲のペースがちょうどいいんだって」
彼女とは同じ一年、同じ特待生として、春休みから一軍の練習に混ぜてもらっていた。
彼女は将来の四番候補。練習で一回だけ対戦したけど、あっさり外野まで飛ばされてしまった。それを根に持っていたわたしは、少しずつペースを上げる。
「あ、おい、置いてくなって~!」
なるほど。このペースだと、彼女はついてこれないのか。覚えておこう。とはいえ、このペースを維持するのも結構キツい。あと五周……なんとか。
「はぁ……はぁ……」
走り込みも終わったところで、ブルペンに向かう。やっと、七瀬さんに受けてもらえる。
そんなわたしを尻目に、北織さんは完全にバテきって、倒れるようにその場に座り込んだ。
「なんで……、お前……、立ってられんの? あんな走った後で……、バケモンかよ……」
「スタミナには自信あるのよ。それじゃあね」
あの分じゃ、監督に見つかったら怒られるわね。ペース考えないからそうなるのよ。まぁ、わたしについて行こうとしたからだけど。
「七瀬さん、走り込み終わりました」
「相変わらずもう息整ってるのね。じゃあ、まずは軽く肩を慣らしましょうか」
「はいっ」
七瀬さんはすごい。わたしよりも華奢な身体をしてるのに、しっかり受け止めてくれる。あの時だって、初めて見たはずなのに、わたしのスプリットを後ろに逸らすことなく止めてくれた。
配球についても教えてもらった。いろんなことを知ってるし、すごい量のデータを分析して組み立ててるらしい。わたしはそんなに頭良くないから、そこまでしたことなかったし、しようとも思わなかった。
だから、サインは絶対と言われても、すぐに納得できた。この人の言うことなら、信じられる。
「そういえば、浅菜先輩はどうしたんですか?」
浅菜先輩はここのエース。今更だけど、わたしばっかりが正捕手の七瀬さんに相手してもらっているわけにはいかない。
「ああ、たぶん外でめちゃくちゃにされてるんじゃないかな」
めちゃくちゃって……。まぁ、的確な表現かも。
地獄のシートバッティング。
わたしも春休みにその恐ろしさを味わった。強打として名高い新宮の打線を相手に、どちらかがギブするまでマウンドから降ろしてもらえない。
投手にしてみれば、体力的にも精神的にも大きく削られるハードな練習だった。
「高妻さん、代わってくる?」
「い、いえ、遠慮したいですっ」
「でも、あれだけ滅多打ちにされ慣れとけば、本番でも落ち着いて投げられるよ」
そんなの慣れたくないよ……。
もう少し投げ込みをさせてもらった後、結局わたしもノックに混ぜられてしまった。
すっかり疲れ切って寮の部屋に戻ると、人工的なそよ風が騒々しい音を立てて、明るい茶色の髪をなびかせていた。
「あ、おかえり。先にシャワーいただきました」
「ああ、うん。わたしも浴びてくる」
ルームメイトは、同じ学年だっていうのに敬語がなかなか抜けない。
まだ今日で二日目だし、緊張してるのかな。
「あの、高妻さ……」
「ねぇ、南越さん」
「は、はいっ」
わたしが食い気味に呼び返すと、彼女の表情は一層こわばってしまった。そんな顔されると、ちょっと傷つくんだけどな。
「名前で呼んでもいい? わたしも名前で呼んでいいからさ」
「……はい!」
硬かった表情が、溶けるような笑顔に変わり、見ているこっちが微笑ましくなってくる。
「夕莉香、今日の練習はどうだった?」
「今日は守備適正を見られただけだったから、私の方はそんなにキツくなかったよ」
いい感じに敬語も取れてきた。やっぱり友達同士はこうでなくっちゃね。
「そっかぁ~。で、夕莉香はどこの適性があるって?」
「私、左利きだからポジションも限られちゃうし。でも、肩が強いわねって褒めてもらったよ。ライトかレフトがいいんじゃないかって」
野手で左投げだと、一塁へ送球するときにワンテンポ遅れるから不利ってよく言われるけど、左投げでも上手い人は下手な右投げの野手よりも上手いんだろうな。だから最初から諦めなくてもいいと思うけど。あ、でも最終的にプロになれば、上手い右投げの人に敵わなくなっちゃうんだろうから、諦めざるを得ないのかな。
そんなこんなで自己解決すると、左投げで肩も強いなら、おすすめできるポジションがもう一つあることに気が付いた。
「肩強いなら、投手はどうなの?」
「私じゃ無理だよぉ~。速い球投げられても、投手と野手じゃ質が違うんだって。それに、マウンドなんて、怖くて登れないよ~」
マウンドが怖いなんて、思ったこともなかった。これが、投手の一番の適性なのかもしれない。
「葵咲ちゃんは投手なんだよね? しかもいきなり一軍なんて! どうだったの?」
「いや~、キツかったよ」
特に最後のノックが。
「今度の竜宮との交流戦、出番があるって言われてるから、ちょっとプレッシャーだけどね」
新宮女学院の姉妹校、竜宮女学院。新チームができる春と秋に、毎年そこと交流試合を行っているそうだ。
「私も出番、あるかなぁ……」
「試したい子を使うって監督は言ってたし、チャンスあるよ。頑張って!」
「うん! じゃあ、明日もまたあるし、そろそろ寝るね」
「そうだね。おやすみ」
夕莉香が二段ベッドの梯子を登るのを見届けて、わたしもベッドに入る。
「おやすみ、葵咲ちゃん」
上からひょこっと顔を覗かせて、優しく微笑む。そんな彼女を見て、わたしはここでよかったと思った。
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