劇場型エースだなんて言わせない!
第4話 最強の矛と最強の盾 -side.Mai-
「歩かせなさい」
突然の監督からのサイン。
次の打者はあの紗菜なのに……監督は何を考えてるんだろう。
「ボールフォア」
宥子さんが一塁へ向かうと、いつも通り金属バットを軽々と引っ提げて、紗菜が左打席に入った。
「随分と強気じゃん」
「監督指示だから」
「なんとまぁ」
やはり、紗菜にも合点がいかないようだ。
紗菜は一年生にして名門・新宮の四番を任されるくらいの、全国でも頭抜けたクラッチヒッター。ランナーが溜まれば溜まるほど、先へ進むほど、その打撃技術は劇的に向上する。
こんなのを相手にすると、正直どうリードしたものかと思ってしまう。
「あの子には悪いけど、手は抜かないからね」
私はそれに返事をしなかった。いや、できなかった。それどころではなかったから。
私の意識はマウンドの彼女に釘付けになっていた。
なんと表現したものか、あの圧倒するような覇気は……。ミットを構えてるのが躊躇われるほどだった。
高妻さんにサインを出すも、彼女はそれに首を振った。
このチームで私のサインは絶対遵守。いつもなら逆らわせないが、今日、この時だけは違った。
私は仕方がなく、ノーサインで彼女に任せてみる。私のサインに首を振るなんて、いったいどんな球を放るというのだろう。
初球はインハイへの速球。このコース、ゾーンギリギリ。しかもたぶんカットボール。見逃せばボールになる球。
「中学生が……っ、舐めるなぁっ!」
私の構えたミットの前を、一陣の風が吹き抜けたと思ったら、ボールは私のミットには収まらなかった。
紗菜はあの球を気合で引っ張って、ライト側のフェンスに突き刺したのだ。
「ファール」
今の、紗菜の苦手なコースだったけど、あのコースであれだけ飛ばされるんじゃ、他のコースだと怖いわね。
二球目も同じ、ムービングボール。今度はインロー。これも同じように紗菜は引っ張ってファウルにした。今のボールもカットボール。
まあ、今のコースじゃ当てられてもファウルにするのがやっとでしょう。紗菜の方は、カットボールだってこと、気づいてるかな。
三球で決めに来る? それとも一球遊んで……。
私は咄嗟に腕を伸ばして掴み取った。三球目は高めの釣り球。紗菜は見送ったけど、私もうっかり後ろに逸らすところだった。
結構速い球投げられるじゃない……。カットボールとストレートでこんなに球速差があるなんて……。
これでカウントは1-2。追い込んでいることに変わりはない。次はどうするんだろう。私にはこの子の組み立てはわからない。来た球に反応して、捕る。
四球目はまたしても速球。これは外一杯、入っている。しかもこのコースは、紗菜の一番好きなコース……!
ところが、これはストレートではなかった。ベース手前で急に球が消えた。いや、正確には消えるように落ちた。
紗菜はそれに反応こそできたものの、かすらせるのが精いっぱいで、ピッチャー前に転がし、三塁、二塁封殺のダブルプレーになってしまった。
この子……なんて子なの……。 今夏大会で得点圏打率八割超えの紗菜が、得点圏では三振や併殺なんてしたことなかったのに。
「葵咲ちゃん、まだよ」
マウンドを降りようとした高妻さんを、監督が呼び止めた。佳菜美の送りバントと今の併殺でスリーアウトだと思うけど……。
「アウトカウントに関係なく、一巡するまでやるわよ」
「は、はい」
高妻さんは慌ててマウンドに戻り、紗菜を一塁ランナーに残したまま、試合が再開される。さっきまで、あんなに覇気のある投球をしていたとは思えない。
結局、最後の私の打順になるまで、誰一人として点につなげられなかった。紗菜も盗塁して二塁に進んだものの、その先へは進めないでいる。
「監督、次私の打順なんですけど、キャッチ誰かに代わってもらっていいですか?」
「大丈夫、真依はそのまま受けてて。あの子の球をちゃんと捕れるのは、真依しかいないから」
まったく、調子いいんだから……。
「監督、お呼びでしょうか」
グラウンドに現れたのは、引退した三年生で、かつての一番打者・澤入羅奈さんだ。プロ入りも濃厚と言われる安打製造機。
もしかして……。
「代打よ。羅奈、その子の相手をお願いするわ」
「えっ、いきなりですか!?」
「得点圏の紗菜が併殺。秋大のレギュラーが一巡して一点も取れない状況なの。だけど、あなたなら打てる」
「……わかりました」
羅奈さんは、素振りしながら私に言葉を投げかける。
「何者なの? あの子」
「監督がスカウトした来年の一年生ですよ」
「じゃあまだ中学生なんだ。すごいね」
羅奈さんは軽く会釈して左打席に入り、いつも通り、バッターボックスの一番前に立つ。
「プレイ!」
得点圏の紗菜も大概だけど、羅奈さんは素でも恐ろしい打者。今夏大会の打率は八割を超えていて、ライン際への鋭いライナーと俊足を活かして三塁打を量産していた。
まず初球、低めのストレートから入ったが、羅奈さんは見送った。
「ボール」
少し際どかったか……。入れてくれても良かったと思うけど。
「いい球だね。中学生にしては結構速いし、美怜も危ないんじゃない?」
「変化球も、すごいですよ」
「へえ、楽しみ」
なんて言いながらも、羅奈さんは集中を切らさない。
二球目は緩い球。この軌道はカーブ。しかもここで、紗菜が三盗を仕掛けた。おそらく監督の指示だと思うけど。このカーブは外のボールゾーンからストライクゾーンに入ってくるはずだが、少し低い。これはボールになる。ワンバウンドする球をなんとか止めるのでやっとなのに、三塁に投げられるはずはなかった。
これでランナー三塁。
三球目。外の速球。これは外れている。しかし、羅奈さんは振りにいって、難なくレフト線へ弾き返した。ボール一つ以上外れたボール球だったんだけど……。
低い弾道で打球は伸びていき、飛びついたレフトのグラブをすり抜けて、地面に落ちた。
「ファウル」
シュート回転がかかっていた分、逸れてフェアゾーンに入らなかったんだ。打球の軌道はいつもの羅奈さんのものに近かったし。
四球目、これも速球。だけどこのコース、さっき紗菜を打ち取ったコースだ。ってことは、これも……。予想通り、ベース前で急に落ちてワンバウンドした。羅奈さんも振らなかったので、私は何とか後ろに逸らさないように身体で止めた。
「ボール」
あの子……私が後ろに逸らすかもしれないとか思わないのかしら。私が後ろに逸らしたら、それだけで失点するかもしれないというのに。
カウント2-2と平行カウントになって、五球目。またまた速球。この球速はストレートじゃないけど、真ん中低めに真っ直ぐ来る。そしてストライクゾーンにも入っている。羅奈さんはこれに合わせて振り抜いたが、打球は投手の足元を抜ける鋭いゴロになった。
勢いが強かったので高妻さんは捕れず、二塁ベースの横を過ぎたところで、深めに守っていたセカンドが飛びついて捕った。そのまま一塁へ送球して、なんとか打者を封殺した。
もしこれがセーフだったら、紗菜が還って失点するところだった。まあ、打者が羅奈さんだったから。もし打者が私だったら、あえなく凡退だろう。
アウトになった羅奈さんはそのままマウンドへ行き、高妻さんに声をかける。
「ライナーにするつもりだったのに、見事に芯を外されちゃったよ。これからの新宮をよろしくね」
高妻さんはそういって差し出された手を取り、二人は握手を交わした。
「はい! ありがとうございます!」
「お疲れ。いやぁ、葵咲ちゃんがすごいのか、うちの打線が不甲斐ないのか。どっちもあるかな」
確かに、秋大のレギュラーが中学生相手に一点も取れないなんて。まして重量打線が売りの新宮の打線が、アウトカウント関係なく一巡したのにもかかわらず、だ。
「監督、何なんですか? この子は」
「何って、ふつうの中学生だよ。ねえ、葵咲ちゃん?」
「え、あ、はい。そのつもり、ですけど……」
シニアでエースってことは、永妻桜莉菜クラスの化け物ってことだから、全然ふつうじゃないと思うけど……。
「約束通り、うちに入ってくれるなら、春から一軍入りさせてあげるよ。どうする?」
監督としても、喉から手が出るほど欲しいはず。今年の夏の敗退は、絶対的エースの不在に遠因があっただろうから。今回の賭けは、監督としても私たちが絶対にこの子から点を取れるわけないと確信していたんだ。羅奈さんを使っても、点を取れない、と。
もしこの子が入ってくれたら……。
「高妻さんって、将来の夢や目標って、ある?」
私は思わずそんなことを聞いていた。
「将来ってわけじゃないですけど、絶対に勝ちたい相手がいるんです。だから、わたしは全国の舞台で彼女を待っていなきゃいけないんです」
「その相手っていうのは……?」
私のこの問いには、監督が答えた。
「佐藤絢郁。だよね?」
「……そうです」
天才野球少女と称されるその実力は本物で、今年の全国シニアでも準優勝の立役者になった、あの佐藤絢郁……。
「まあ、答えは試験の日にわかることだよね。いい返事を期待してるよ」
「今日はどうも、ありがとうございました!」
その日の晩、紗菜が珍しく私の部屋を訪ねてきた。
「なぁに? 今日の併殺がそんなにショックだったの?」
「あの子、もしかしてさ……」
私も同じことを思っていた。あの子は立ち上がり、美遼に簡単にヒットを打たれた。そして佳菜美の送りバントでランナーが得点圏に。その前後では、球威もキレも、全然違ったのだ。
「紗菜と同じ。ピンチになればなるほど潜在能力を引き出す、超クラッチピッチャーだと思うわよ。……チャンスになればなるほど強い最強の矛と、ピンチになればなるほど強い最強の盾、か」
この二つがあれば、今度こそ全国優勝、できるのかな。
「その二つがぶつかったら、あたしが負けたんだけど」
「やっぱり気にしてるんじゃん。まあ情報がないときは投手が有利だから、そんなに凹むことないよ」
紗菜は煮え切らない様子で私の部屋をあとにした。
紗菜がそう思うのも無理はないと思う。私も受けていて、正直少し怖かった。あの子の底知れない力が……。
突然の監督からのサイン。
次の打者はあの紗菜なのに……監督は何を考えてるんだろう。
「ボールフォア」
宥子さんが一塁へ向かうと、いつも通り金属バットを軽々と引っ提げて、紗菜が左打席に入った。
「随分と強気じゃん」
「監督指示だから」
「なんとまぁ」
やはり、紗菜にも合点がいかないようだ。
紗菜は一年生にして名門・新宮の四番を任されるくらいの、全国でも頭抜けたクラッチヒッター。ランナーが溜まれば溜まるほど、先へ進むほど、その打撃技術は劇的に向上する。
こんなのを相手にすると、正直どうリードしたものかと思ってしまう。
「あの子には悪いけど、手は抜かないからね」
私はそれに返事をしなかった。いや、できなかった。それどころではなかったから。
私の意識はマウンドの彼女に釘付けになっていた。
なんと表現したものか、あの圧倒するような覇気は……。ミットを構えてるのが躊躇われるほどだった。
高妻さんにサインを出すも、彼女はそれに首を振った。
このチームで私のサインは絶対遵守。いつもなら逆らわせないが、今日、この時だけは違った。
私は仕方がなく、ノーサインで彼女に任せてみる。私のサインに首を振るなんて、いったいどんな球を放るというのだろう。
初球はインハイへの速球。このコース、ゾーンギリギリ。しかもたぶんカットボール。見逃せばボールになる球。
「中学生が……っ、舐めるなぁっ!」
私の構えたミットの前を、一陣の風が吹き抜けたと思ったら、ボールは私のミットには収まらなかった。
紗菜はあの球を気合で引っ張って、ライト側のフェンスに突き刺したのだ。
「ファール」
今の、紗菜の苦手なコースだったけど、あのコースであれだけ飛ばされるんじゃ、他のコースだと怖いわね。
二球目も同じ、ムービングボール。今度はインロー。これも同じように紗菜は引っ張ってファウルにした。今のボールもカットボール。
まあ、今のコースじゃ当てられてもファウルにするのがやっとでしょう。紗菜の方は、カットボールだってこと、気づいてるかな。
三球で決めに来る? それとも一球遊んで……。
私は咄嗟に腕を伸ばして掴み取った。三球目は高めの釣り球。紗菜は見送ったけど、私もうっかり後ろに逸らすところだった。
結構速い球投げられるじゃない……。カットボールとストレートでこんなに球速差があるなんて……。
これでカウントは1-2。追い込んでいることに変わりはない。次はどうするんだろう。私にはこの子の組み立てはわからない。来た球に反応して、捕る。
四球目はまたしても速球。これは外一杯、入っている。しかもこのコースは、紗菜の一番好きなコース……!
ところが、これはストレートではなかった。ベース手前で急に球が消えた。いや、正確には消えるように落ちた。
紗菜はそれに反応こそできたものの、かすらせるのが精いっぱいで、ピッチャー前に転がし、三塁、二塁封殺のダブルプレーになってしまった。
この子……なんて子なの……。 今夏大会で得点圏打率八割超えの紗菜が、得点圏では三振や併殺なんてしたことなかったのに。
「葵咲ちゃん、まだよ」
マウンドを降りようとした高妻さんを、監督が呼び止めた。佳菜美の送りバントと今の併殺でスリーアウトだと思うけど……。
「アウトカウントに関係なく、一巡するまでやるわよ」
「は、はい」
高妻さんは慌ててマウンドに戻り、紗菜を一塁ランナーに残したまま、試合が再開される。さっきまで、あんなに覇気のある投球をしていたとは思えない。
結局、最後の私の打順になるまで、誰一人として点につなげられなかった。紗菜も盗塁して二塁に進んだものの、その先へは進めないでいる。
「監督、次私の打順なんですけど、キャッチ誰かに代わってもらっていいですか?」
「大丈夫、真依はそのまま受けてて。あの子の球をちゃんと捕れるのは、真依しかいないから」
まったく、調子いいんだから……。
「監督、お呼びでしょうか」
グラウンドに現れたのは、引退した三年生で、かつての一番打者・澤入羅奈さんだ。プロ入りも濃厚と言われる安打製造機。
もしかして……。
「代打よ。羅奈、その子の相手をお願いするわ」
「えっ、いきなりですか!?」
「得点圏の紗菜が併殺。秋大のレギュラーが一巡して一点も取れない状況なの。だけど、あなたなら打てる」
「……わかりました」
羅奈さんは、素振りしながら私に言葉を投げかける。
「何者なの? あの子」
「監督がスカウトした来年の一年生ですよ」
「じゃあまだ中学生なんだ。すごいね」
羅奈さんは軽く会釈して左打席に入り、いつも通り、バッターボックスの一番前に立つ。
「プレイ!」
得点圏の紗菜も大概だけど、羅奈さんは素でも恐ろしい打者。今夏大会の打率は八割を超えていて、ライン際への鋭いライナーと俊足を活かして三塁打を量産していた。
まず初球、低めのストレートから入ったが、羅奈さんは見送った。
「ボール」
少し際どかったか……。入れてくれても良かったと思うけど。
「いい球だね。中学生にしては結構速いし、美怜も危ないんじゃない?」
「変化球も、すごいですよ」
「へえ、楽しみ」
なんて言いながらも、羅奈さんは集中を切らさない。
二球目は緩い球。この軌道はカーブ。しかもここで、紗菜が三盗を仕掛けた。おそらく監督の指示だと思うけど。このカーブは外のボールゾーンからストライクゾーンに入ってくるはずだが、少し低い。これはボールになる。ワンバウンドする球をなんとか止めるのでやっとなのに、三塁に投げられるはずはなかった。
これでランナー三塁。
三球目。外の速球。これは外れている。しかし、羅奈さんは振りにいって、難なくレフト線へ弾き返した。ボール一つ以上外れたボール球だったんだけど……。
低い弾道で打球は伸びていき、飛びついたレフトのグラブをすり抜けて、地面に落ちた。
「ファウル」
シュート回転がかかっていた分、逸れてフェアゾーンに入らなかったんだ。打球の軌道はいつもの羅奈さんのものに近かったし。
四球目、これも速球。だけどこのコース、さっき紗菜を打ち取ったコースだ。ってことは、これも……。予想通り、ベース前で急に落ちてワンバウンドした。羅奈さんも振らなかったので、私は何とか後ろに逸らさないように身体で止めた。
「ボール」
あの子……私が後ろに逸らすかもしれないとか思わないのかしら。私が後ろに逸らしたら、それだけで失点するかもしれないというのに。
カウント2-2と平行カウントになって、五球目。またまた速球。この球速はストレートじゃないけど、真ん中低めに真っ直ぐ来る。そしてストライクゾーンにも入っている。羅奈さんはこれに合わせて振り抜いたが、打球は投手の足元を抜ける鋭いゴロになった。
勢いが強かったので高妻さんは捕れず、二塁ベースの横を過ぎたところで、深めに守っていたセカンドが飛びついて捕った。そのまま一塁へ送球して、なんとか打者を封殺した。
もしこれがセーフだったら、紗菜が還って失点するところだった。まあ、打者が羅奈さんだったから。もし打者が私だったら、あえなく凡退だろう。
アウトになった羅奈さんはそのままマウンドへ行き、高妻さんに声をかける。
「ライナーにするつもりだったのに、見事に芯を外されちゃったよ。これからの新宮をよろしくね」
高妻さんはそういって差し出された手を取り、二人は握手を交わした。
「はい! ありがとうございます!」
「お疲れ。いやぁ、葵咲ちゃんがすごいのか、うちの打線が不甲斐ないのか。どっちもあるかな」
確かに、秋大のレギュラーが中学生相手に一点も取れないなんて。まして重量打線が売りの新宮の打線が、アウトカウント関係なく一巡したのにもかかわらず、だ。
「監督、何なんですか? この子は」
「何って、ふつうの中学生だよ。ねえ、葵咲ちゃん?」
「え、あ、はい。そのつもり、ですけど……」
シニアでエースってことは、永妻桜莉菜クラスの化け物ってことだから、全然ふつうじゃないと思うけど……。
「約束通り、うちに入ってくれるなら、春から一軍入りさせてあげるよ。どうする?」
監督としても、喉から手が出るほど欲しいはず。今年の夏の敗退は、絶対的エースの不在に遠因があっただろうから。今回の賭けは、監督としても私たちが絶対にこの子から点を取れるわけないと確信していたんだ。羅奈さんを使っても、点を取れない、と。
もしこの子が入ってくれたら……。
「高妻さんって、将来の夢や目標って、ある?」
私は思わずそんなことを聞いていた。
「将来ってわけじゃないですけど、絶対に勝ちたい相手がいるんです。だから、わたしは全国の舞台で彼女を待っていなきゃいけないんです」
「その相手っていうのは……?」
私のこの問いには、監督が答えた。
「佐藤絢郁。だよね?」
「……そうです」
天才野球少女と称されるその実力は本物で、今年の全国シニアでも準優勝の立役者になった、あの佐藤絢郁……。
「まあ、答えは試験の日にわかることだよね。いい返事を期待してるよ」
「今日はどうも、ありがとうございました!」
その日の晩、紗菜が珍しく私の部屋を訪ねてきた。
「なぁに? 今日の併殺がそんなにショックだったの?」
「あの子、もしかしてさ……」
私も同じことを思っていた。あの子は立ち上がり、美遼に簡単にヒットを打たれた。そして佳菜美の送りバントでランナーが得点圏に。その前後では、球威もキレも、全然違ったのだ。
「紗菜と同じ。ピンチになればなるほど潜在能力を引き出す、超クラッチピッチャーだと思うわよ。……チャンスになればなるほど強い最強の矛と、ピンチになればなるほど強い最強の盾、か」
この二つがあれば、今度こそ全国優勝、できるのかな。
「その二つがぶつかったら、あたしが負けたんだけど」
「やっぱり気にしてるんじゃん。まあ情報がないときは投手が有利だから、そんなに凹むことないよ」
紗菜は煮え切らない様子で私の部屋をあとにした。
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