劇場型エースだなんて言わせない!
第2話 予期せぬ来訪者
「はぁ……」
わたしの所属する新津シニアは、六回裏のわたしの大量失点で、ベスト8で敗れ去った。
その事実以上に、重くのしかかる思い。チームメイトや監督は、お前のせいじゃない、とか、ここまでよくやってくれた、なんて言ってくれたけど、正直気休めにしかならなかった。
「なんだよ、まだ落ち込んでんのかよ。うぜーな」
ソファでふて寝するわたしを、一つ下の弟の向葵は目障りだと思っているようで、刺々しい言葉を投げかけてくる。
人の気も知らないで……。
「……あんたに何がわかるって言うのよ」
「わかんねぇよ。わかんねぇけど……、なんかムカつくんだよ」
ふと彼の瞳を覗き込むと、怒気はなく、今にも泣き出しそうな、そんな目をしていた。
なんであんたが……? 泣きたいのはこっちだって言うのに。
「なにそれ、意味わかんない」
わたしは居心地が悪くなって、そのまま家を飛び出した。
飛び出したはいいが、行く当てはない。彷徨っているうちに、小さい頃によく遊んでいた公園に、自然と足が向いた。
悔しかった。今まで以上に。どうしようもないくらいに。同じ学年、同じ女の子に、わたしはまったく敵わなかった。
男女混合のシニアで女子選手のわたしがレギュラーを取る。それはなかなか珍しいことで、なかなかすごいことだと思ってた。でも佐藤絢郁のように、わたしよりもっとすごい子は、世の中にはごろごろいるんだろうな。
――結局わたしは、何がしたいんだろう。
「こんばんは」
その声に思わず顔を上げると、眩しい笑顔の少女が立っていた。夕陽を背にしているせいか、余計に神々しく見える。
「高妻葵咲ちゃん、だよね? 新津シニアの」
彼女の口から出た思いもよらない言葉に、わたしの双眸は彼女を捉えたまま、その姿を離すことができない。
「……わたしのこと、覚えててくれたの……?」
「もちろんだよ! あ、私のことも覚えてる?」
当たり前、忘れるわけない。というより、忘れたくても忘れられないよ。
「佐藤絢郁。川和シニアの六番セカンド、でしょ?」
「うん、ありがとう。葵咲ちゃんとの勝負、すごい楽しかったから、こうしてまた会えて嬉しいよ」
楽しかった……? わたしとの勝負が……?
「わたしは全然敵わなかったよ。同じ女の子には負けたくなかったのに、悔しかった」
……何を言ってるんだろう、わたしは。
普段なら、こんなの適当に相手が気に入りそうな言葉を選べるのに。なんでこんな時に限って、本音が口から溢れちゃうんだろう。
「投手からしたら、そんな風に見えたんだね……」
「えっ……?」
「私だって、全然敵わなかったよ。当てるだけで精一杯だった。あんなの、飛んだコースが良かっただけで、アウトになってもおかしくなかったし」
そう言う彼女の苦り切った顔は、それが嘘ではないことを物語っていた。
「試合には勝ったけど、勝負では勝ったなんて、私は思ってないよ」
そうだったんだ。やっぱりわたしはまだまだだ。そんなことに気づけていなかったなんて。それにわたしも、勝ったなんて思ってない。
「こうして会えて、良かったよ。なんか吹っ切れた気がする。いつか、決着つけよう」
「うん。まぁ、次は私が勝つけどね」
「さぁ、それはどうかな」
なんて、二人して強がってみる。それがおかしくて、顔を見合わせて、二人一緒に綻ばせた。
笑顔が自然に出た。やっとわたしは、ふたたび前に向かって歩き出したんだ。
「そういえば、学校近くなの?」
今更だけど、絢郁は制服姿だった。あ、でも、今日は休日だったと思うけど……。
「ううん、高校見学の帰りなの。あ、そうだ。ねぇ、駅ってどっちかわかる?」
思い出したように身を乗り出す彼女。
だからこんなところに……。
「わかるけど……、まさか、迷子?」
「あはは……、初めてくるところだと、たまに迷っちゃうんだよね。駅までは、兄さんが迎えに来てくれるって言ってたけど」
「そっか。じゃあ、駅まで送っていくよ」
「ホント!? ありがとう〜」
そう言うなり、彼女はわたしの手を取った。
わたしは少し気恥ずかしかったけど、意識しないようにして歩き始める。
「高校、もう決めたんだ?」
「うん。特待で、入学金とか免除になるって言うからそこにしたよ。葵咲ちゃんは?」
高校のことなんて、全然考えてなかった。高校でも野球をやるかどうかすら、迷っていたくらいだったし。
「わたしはまだ決めてないけど、でも、高校に入っても野球続けるよ、絶対。だから、県大会か全国かわかんないけど、待っててよ」
お互い勝ち進んでいけば、決勝で必ず当たる。わたしはそれまで負けられない。今この瞬間に、そう決意したんだ。
「その口振りだと、私と同じとこには行かないんだね」
「あはは、だってそれじゃあ、真剣勝負はできないでしょ?」
「確かに。望むところよ」
でも、絢郁と同じチームかぁ。きっと心強いんだろうなぁ。
「着いたよ。確かお兄さんが迎えに来るんだっけ?」
「うん。えーっと……、あ、兄さん!」
彼女の手を振る先には、少し年の離れているだろうイケメンが、手を振り返していた。
「ありがとうね、ホントに」
「ううん、こちらこそ」
「じゃあ、またね」
「うん、またね」
そんな言葉を交わして、わたしも帰路につく。
向葵が嫌な顔をするのももっともだ。わたしは一人で勝手におかしくなってただけ。……帰ったら、謝ろう。
「ただいまー」
扉を開けると、玄関には見知らぬ靴。
来客……? 珍しい。
「あ、姉ちゃん。シニアの監督が来てるよ。たぶん姉ちゃんのことだと思う」
「へー、なんだろう」
「母さーん、姉ちゃん帰ってきた」
お母さんのところにいってきた向葵が、言伝を授かって戻ってきた。
「あんたも来なさいってさ」
「はいはい」
監督がわたしに、いったい何の用だろう。この前の試合でわたしは引退したし、てっきり向葵のことだと思ったのに。
「あぁ、葵咲ちゃん、こんばんは」
「こんばんは」
リビングに出向くと、いつものジャージ姿で、監督がお母さんと対峙するように座っていた。
お母さんに促され、わたしも隣に座る。
「まずは、これを渡しておくよ」
受け取った書類の一番上にあったクリアファイルには、名刺が入っていた。そこには、『新宮女学院高等学校 硬式野球部』の文字。新宮女学院といえば、名門中の名門、全国屈指の強豪校だ。
まさかとは思うけど、スカウトされたってこと……?
「今日、新宮女学院の野球部の方がお見えになってね。ぜひ君を、特待生としてスカウトしたいとのことだった。悪い話じゃないと思うが、君のことは君自身が決めた方がいい。まずは学校見学に行ってみたらいいよ」
「は、はい!」
あの新宮女学院が、わたしを特待生に……!? でも、絢郁がそこに行くんだとしたら、わたしはそこへ行くわけにはいかない。……確かに一度、見学に行ってみた方がいいかもしれない。
「お金の心配はいいから、後悔しない選択をしなさい」
「ありがとう、お母さん」
「それじゃ、向葵を呼んできてくれる? 今度はあの子の話だから」
「はーい」
わたしはリビングを出て二階へ上がり、彼を呼びに行く。
「うわっ、急に開けんなよっ!」
部屋のドアを開けると、向葵は慌てたように身体を跳ねさせた。
「何よ、見られて困ることでもしてたのー?」
「してねぇ! ……それより、なんか用かよ?」
「お母さんが呼んで来いって」
「姉ちゃんの話じゃなかったのかよ……」
文句を言いながらも、向葵は渋々一階に降りていった。
わたしも自分の部屋に戻り、ベッドに倒れ込む。
評価してもらったのは嬉しいけど、本当にやっていけるのかな……。
わたしの所属する新津シニアは、六回裏のわたしの大量失点で、ベスト8で敗れ去った。
その事実以上に、重くのしかかる思い。チームメイトや監督は、お前のせいじゃない、とか、ここまでよくやってくれた、なんて言ってくれたけど、正直気休めにしかならなかった。
「なんだよ、まだ落ち込んでんのかよ。うぜーな」
ソファでふて寝するわたしを、一つ下の弟の向葵は目障りだと思っているようで、刺々しい言葉を投げかけてくる。
人の気も知らないで……。
「……あんたに何がわかるって言うのよ」
「わかんねぇよ。わかんねぇけど……、なんかムカつくんだよ」
ふと彼の瞳を覗き込むと、怒気はなく、今にも泣き出しそうな、そんな目をしていた。
なんであんたが……? 泣きたいのはこっちだって言うのに。
「なにそれ、意味わかんない」
わたしは居心地が悪くなって、そのまま家を飛び出した。
飛び出したはいいが、行く当てはない。彷徨っているうちに、小さい頃によく遊んでいた公園に、自然と足が向いた。
悔しかった。今まで以上に。どうしようもないくらいに。同じ学年、同じ女の子に、わたしはまったく敵わなかった。
男女混合のシニアで女子選手のわたしがレギュラーを取る。それはなかなか珍しいことで、なかなかすごいことだと思ってた。でも佐藤絢郁のように、わたしよりもっとすごい子は、世の中にはごろごろいるんだろうな。
――結局わたしは、何がしたいんだろう。
「こんばんは」
その声に思わず顔を上げると、眩しい笑顔の少女が立っていた。夕陽を背にしているせいか、余計に神々しく見える。
「高妻葵咲ちゃん、だよね? 新津シニアの」
彼女の口から出た思いもよらない言葉に、わたしの双眸は彼女を捉えたまま、その姿を離すことができない。
「……わたしのこと、覚えててくれたの……?」
「もちろんだよ! あ、私のことも覚えてる?」
当たり前、忘れるわけない。というより、忘れたくても忘れられないよ。
「佐藤絢郁。川和シニアの六番セカンド、でしょ?」
「うん、ありがとう。葵咲ちゃんとの勝負、すごい楽しかったから、こうしてまた会えて嬉しいよ」
楽しかった……? わたしとの勝負が……?
「わたしは全然敵わなかったよ。同じ女の子には負けたくなかったのに、悔しかった」
……何を言ってるんだろう、わたしは。
普段なら、こんなの適当に相手が気に入りそうな言葉を選べるのに。なんでこんな時に限って、本音が口から溢れちゃうんだろう。
「投手からしたら、そんな風に見えたんだね……」
「えっ……?」
「私だって、全然敵わなかったよ。当てるだけで精一杯だった。あんなの、飛んだコースが良かっただけで、アウトになってもおかしくなかったし」
そう言う彼女の苦り切った顔は、それが嘘ではないことを物語っていた。
「試合には勝ったけど、勝負では勝ったなんて、私は思ってないよ」
そうだったんだ。やっぱりわたしはまだまだだ。そんなことに気づけていなかったなんて。それにわたしも、勝ったなんて思ってない。
「こうして会えて、良かったよ。なんか吹っ切れた気がする。いつか、決着つけよう」
「うん。まぁ、次は私が勝つけどね」
「さぁ、それはどうかな」
なんて、二人して強がってみる。それがおかしくて、顔を見合わせて、二人一緒に綻ばせた。
笑顔が自然に出た。やっとわたしは、ふたたび前に向かって歩き出したんだ。
「そういえば、学校近くなの?」
今更だけど、絢郁は制服姿だった。あ、でも、今日は休日だったと思うけど……。
「ううん、高校見学の帰りなの。あ、そうだ。ねぇ、駅ってどっちかわかる?」
思い出したように身を乗り出す彼女。
だからこんなところに……。
「わかるけど……、まさか、迷子?」
「あはは……、初めてくるところだと、たまに迷っちゃうんだよね。駅までは、兄さんが迎えに来てくれるって言ってたけど」
「そっか。じゃあ、駅まで送っていくよ」
「ホント!? ありがとう〜」
そう言うなり、彼女はわたしの手を取った。
わたしは少し気恥ずかしかったけど、意識しないようにして歩き始める。
「高校、もう決めたんだ?」
「うん。特待で、入学金とか免除になるって言うからそこにしたよ。葵咲ちゃんは?」
高校のことなんて、全然考えてなかった。高校でも野球をやるかどうかすら、迷っていたくらいだったし。
「わたしはまだ決めてないけど、でも、高校に入っても野球続けるよ、絶対。だから、県大会か全国かわかんないけど、待っててよ」
お互い勝ち進んでいけば、決勝で必ず当たる。わたしはそれまで負けられない。今この瞬間に、そう決意したんだ。
「その口振りだと、私と同じとこには行かないんだね」
「あはは、だってそれじゃあ、真剣勝負はできないでしょ?」
「確かに。望むところよ」
でも、絢郁と同じチームかぁ。きっと心強いんだろうなぁ。
「着いたよ。確かお兄さんが迎えに来るんだっけ?」
「うん。えーっと……、あ、兄さん!」
彼女の手を振る先には、少し年の離れているだろうイケメンが、手を振り返していた。
「ありがとうね、ホントに」
「ううん、こちらこそ」
「じゃあ、またね」
「うん、またね」
そんな言葉を交わして、わたしも帰路につく。
向葵が嫌な顔をするのももっともだ。わたしは一人で勝手におかしくなってただけ。……帰ったら、謝ろう。
「ただいまー」
扉を開けると、玄関には見知らぬ靴。
来客……? 珍しい。
「あ、姉ちゃん。シニアの監督が来てるよ。たぶん姉ちゃんのことだと思う」
「へー、なんだろう」
「母さーん、姉ちゃん帰ってきた」
お母さんのところにいってきた向葵が、言伝を授かって戻ってきた。
「あんたも来なさいってさ」
「はいはい」
監督がわたしに、いったい何の用だろう。この前の試合でわたしは引退したし、てっきり向葵のことだと思ったのに。
「あぁ、葵咲ちゃん、こんばんは」
「こんばんは」
リビングに出向くと、いつものジャージ姿で、監督がお母さんと対峙するように座っていた。
お母さんに促され、わたしも隣に座る。
「まずは、これを渡しておくよ」
受け取った書類の一番上にあったクリアファイルには、名刺が入っていた。そこには、『新宮女学院高等学校 硬式野球部』の文字。新宮女学院といえば、名門中の名門、全国屈指の強豪校だ。
まさかとは思うけど、スカウトされたってこと……?
「今日、新宮女学院の野球部の方がお見えになってね。ぜひ君を、特待生としてスカウトしたいとのことだった。悪い話じゃないと思うが、君のことは君自身が決めた方がいい。まずは学校見学に行ってみたらいいよ」
「は、はい!」
あの新宮女学院が、わたしを特待生に……!? でも、絢郁がそこに行くんだとしたら、わたしはそこへ行くわけにはいかない。……確かに一度、見学に行ってみた方がいいかもしれない。
「お金の心配はいいから、後悔しない選択をしなさい」
「ありがとう、お母さん」
「それじゃ、向葵を呼んできてくれる? 今度はあの子の話だから」
「はーい」
わたしはリビングを出て二階へ上がり、彼を呼びに行く。
「うわっ、急に開けんなよっ!」
部屋のドアを開けると、向葵は慌てたように身体を跳ねさせた。
「何よ、見られて困ることでもしてたのー?」
「してねぇ! ……それより、なんか用かよ?」
「お母さんが呼んで来いって」
「姉ちゃんの話じゃなかったのかよ……」
文句を言いながらも、向葵は渋々一階に降りていった。
わたしも自分の部屋に戻り、ベッドに倒れ込む。
評価してもらったのは嬉しいけど、本当にやっていけるのかな……。
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