劇場型エースだなんて言わせない!
第3話 軽い実技試験ってやつ
へぇ……、想像以上だなぁ。グラウンドも広いし、夜間用照明もあるなんて、これは練習キツそう……。
「あら、あなたは……」
グラウンドの隅で練習の様子を見ていた女性と目が合った。
生徒ってわけじゃなさそうだし、監督かな。思ったより若そう。美人だし。
「あ、あのっ、今日見学に伺うことになっていた、高妻葵咲ですっ」
「よかった。来てくれたんだね。私は監督の兼岡愛摘。ゆっくり見ていってよ」
「は、はいっ」
練習設備もさることながら、やっぱり集まってる選手のレベルはシニアとは違いすぎる。
本当にやっていけるのかな……。
「あぁ、そうだ。運動着持ってきてくれた?」
「あ、はい」
電話で見学の予約を入れた時、持ってくるよう言われていた。
「せっかくだから、練習混ざってみよっか」
え……?
「きっと一軍の子達も、秋大前のいい調整になるわ」
なんて、悪戯な笑みを浮かべた。
一軍って……えぇーっ?! 一軍!?
「ちょっとみんな、集まってくれる?」
監督の一言で、皆が手を止めて、彼女の元へ集まってくる。
「今から実戦形式の攻撃練習をするよ。守備は控えの子達、攻撃はこの前発表したスタメンの子達で。あ、キャッチャーは真依がやってちょうだい」
「はい」
「ここでの結果によっては、秋大のレギュラーの変更もあるからね」
「はいっ」
皆に一層気合が入る。控え組はレギュラーを取りに、現レギュラー組はレギュラーの座を守りに、必死になることだろう。
「葵咲ちゃんはマウンド上がってね。スリーアウト取るまでに一点も取られなかったら、四月から一軍入りさせてあげるよ」
四月からって、入学してすぐにってこと!? わたしが、新宮の一軍に……?
「もし失点したら、どうなるんですか?」
聞かずにはいられなかった。そんな大きなメリットがあるなら、大きなデメリットもあるかもしれない。
「ふ〜ん? なかなかいい勘してるね。じゃあもし一点でも取られたら、特待生の話はなかったってことで」
そんな……。
「監督っ! それは横暴です!」
生徒の一人が思わず声を上げた。わたしよりも小柄だけど、ここにいるってことはわたしよりも年上ってことだ。
「別に、やらなくてもいいわよ? でも、自分がどの程度通用するのか、……試してみたくない?」
全国的屈指の強力打線に、わたしの球が通用するか……。試してみたくないわけないじゃん!
「……お願いします!」
「あーもう、知らないわよ。サインは?」
さっき意見してくれたこの人は、キャッチャーだったらしい。シニアの時に使ってたサインを伝えて、わたしはマウンドに上がる。
この感じ、久しぶりだ。自主練はしてたけど、守備をつけて打者を相手にするなんて、あの準々決勝以来。
投球練習で投げてみても、ちゃんと球に力が伝わっている気がする。違和感もないし、調子は悪くない。
さぁ、いざ勝負!
一番打者の瀧ヶ瀬美遼さんが、左バッターボックスに入った。
対戦経験はないけど、男子に負けないくらい足が速くて、シニアでも高打率を残すアベレージヒッターだった。
「プレイボール!」
キャッチャーの七瀬さんのサインは、低めへのストレート。ここで高めに浮いてしまったら、間違いなく狙われる。
深く息を吐いて気を落ち着かせ、ゆっくりと振りかぶる。テイクバックからリリースまでの体重移動も完璧。腕も振れてる。いつも通りだ。
瀧ヶ瀬さんは振らず、ボールはミットに収まった。
「ストライーク!」
「みはるん見なくていいよー! ガンガンいっちゃってー!」
「ナイスボール! 打たせていいよ!」
まだ一球しか投げてないけど、どこからとなく野次やら歓声が飛び交う。
二球目。わたしなら次は、インコースに芯を外す球を投げたい。しかし、七瀬さんのサインは、外低めに落ちるドロップ。
首を振りそうになったが、それを躊躇った。
同じチームである七瀬さんの方が彼女をよく知っているし、何よりあの新宮の正捕手なんだ。信じられなくてどうするのよ。
要求通り、わたしはさっきよりも早いリリースポイントで、上手く抜いて投げる。
正直、どれくらい落ちるかわからない。投球練習でも投げてるけど、実際に打者を相手に投げてみないと、今日の変化球の調子はわからない。
思ったより落ちて、ベースでワンバウンドさせてしまったが、七瀬さんはしっかり止めてくれた。
瀧ヶ瀬さんは振らなかったけど、これでよかったのかな……。やっぱりボール球じゃ振ってくれないよ。ここはストライクに投げたい。
七瀬さんの次のサインは、内角高めの芯を外す球。内側に曲げるよう指示も出た。
わたしはそれに頷き、ストレートの握りから少しズラして握る。こうすることで、綺麗なバックスピンがかからなくなり、手元で僅かに曲がるのだ。
要求通りのコースに投げ込んだつもりだったが、瀧ヶ瀬さんには簡単に捉えられてしまった。
打球はファーストの頭上を越えて、ライト前に落ちた。
「ナイバッチー!」
「大人げないなぁ、みはるんは」
大丈夫。まだ一人ランナーを出しただけ。新宮のスタメンをノーヒットにするなんて方が無理な話。
走られるかもしれないけど、一応牽制入れた方がいいのかな……。
「葵咲ちゃん、バッター勝負!」
そんなわたしの心中を察してくれたのか、七瀬さんはミットを構えてサインをくれる。
二番は有栖佳菜美さん。この人はバントの上手な人って印象が強い。ここは送りバントもあるか。
サインは外角にギリギリ外れないように、芯を外す球。
結構細かく指示されたけど、細かいコントロールには自信がない。でも、甘く入るよりは外れた方がいいのかもしれない。一応狙ってはみるけど。
コントロールに逃げずに全力で投げる。外角には投げられたけど、やっぱり外れてしまった。
有栖さんもバントの構えを見せずに悠々と見送った。
「ナイスボール、葵咲ちゃん」
それは外れてもよかったってことなんだろうか。
次は内角低めにストレート。
これも思いっきり投げ込んだ。しかし、ここで有栖さんはバントの構えを取る。
跳ね返った球は三塁線へ。前進してきたサードがうまく拾い上げて、バッターランナーはアウトにできた。
「ナイス、サード」
今のは二塁に投げてたらどっちもセーフになったかもしれないから、確実にアウトを取ったのはいい判断だったと思う。
それでも、ランナーは得点圏。
わたしが打たれて出したランナーだ。失点したら、わたしの自責点になる。これ以上進まれるわけには……。
心音の高鳴りを感じる。やけに体が熱い。でも、視界は良好だ。いつもよりコースが意識できてる。
三番。御旗宥子さん。ヒットゾーンに飛ばす技術が高いし、長打も打てる。それでも打ちとらなきゃ。三振が理想。悪くても進塁打。
しかし、七瀬さんは立ち上がって、ボールを外すよう要求した。
敬遠か……。一塁にランナーを置いて、併殺を狙うつもりなのかな。四番との勝負になるけど……それも悪くない。むしろ、楽しみでたまらない自分がいた。
ボールを四つ外して歩かせた後、名門新宮の四番を背負う、千歳紗菜さんが左打席に入る。
絶対抑える……っ。絶対打ち取ってみせる……っ。失点なんて、するもんかっ!
「あら、あなたは……」
グラウンドの隅で練習の様子を見ていた女性と目が合った。
生徒ってわけじゃなさそうだし、監督かな。思ったより若そう。美人だし。
「あ、あのっ、今日見学に伺うことになっていた、高妻葵咲ですっ」
「よかった。来てくれたんだね。私は監督の兼岡愛摘。ゆっくり見ていってよ」
「は、はいっ」
練習設備もさることながら、やっぱり集まってる選手のレベルはシニアとは違いすぎる。
本当にやっていけるのかな……。
「あぁ、そうだ。運動着持ってきてくれた?」
「あ、はい」
電話で見学の予約を入れた時、持ってくるよう言われていた。
「せっかくだから、練習混ざってみよっか」
え……?
「きっと一軍の子達も、秋大前のいい調整になるわ」
なんて、悪戯な笑みを浮かべた。
一軍って……えぇーっ?! 一軍!?
「ちょっとみんな、集まってくれる?」
監督の一言で、皆が手を止めて、彼女の元へ集まってくる。
「今から実戦形式の攻撃練習をするよ。守備は控えの子達、攻撃はこの前発表したスタメンの子達で。あ、キャッチャーは真依がやってちょうだい」
「はい」
「ここでの結果によっては、秋大のレギュラーの変更もあるからね」
「はいっ」
皆に一層気合が入る。控え組はレギュラーを取りに、現レギュラー組はレギュラーの座を守りに、必死になることだろう。
「葵咲ちゃんはマウンド上がってね。スリーアウト取るまでに一点も取られなかったら、四月から一軍入りさせてあげるよ」
四月からって、入学してすぐにってこと!? わたしが、新宮の一軍に……?
「もし失点したら、どうなるんですか?」
聞かずにはいられなかった。そんな大きなメリットがあるなら、大きなデメリットもあるかもしれない。
「ふ〜ん? なかなかいい勘してるね。じゃあもし一点でも取られたら、特待生の話はなかったってことで」
そんな……。
「監督っ! それは横暴です!」
生徒の一人が思わず声を上げた。わたしよりも小柄だけど、ここにいるってことはわたしよりも年上ってことだ。
「別に、やらなくてもいいわよ? でも、自分がどの程度通用するのか、……試してみたくない?」
全国的屈指の強力打線に、わたしの球が通用するか……。試してみたくないわけないじゃん!
「……お願いします!」
「あーもう、知らないわよ。サインは?」
さっき意見してくれたこの人は、キャッチャーだったらしい。シニアの時に使ってたサインを伝えて、わたしはマウンドに上がる。
この感じ、久しぶりだ。自主練はしてたけど、守備をつけて打者を相手にするなんて、あの準々決勝以来。
投球練習で投げてみても、ちゃんと球に力が伝わっている気がする。違和感もないし、調子は悪くない。
さぁ、いざ勝負!
一番打者の瀧ヶ瀬美遼さんが、左バッターボックスに入った。
対戦経験はないけど、男子に負けないくらい足が速くて、シニアでも高打率を残すアベレージヒッターだった。
「プレイボール!」
キャッチャーの七瀬さんのサインは、低めへのストレート。ここで高めに浮いてしまったら、間違いなく狙われる。
深く息を吐いて気を落ち着かせ、ゆっくりと振りかぶる。テイクバックからリリースまでの体重移動も完璧。腕も振れてる。いつも通りだ。
瀧ヶ瀬さんは振らず、ボールはミットに収まった。
「ストライーク!」
「みはるん見なくていいよー! ガンガンいっちゃってー!」
「ナイスボール! 打たせていいよ!」
まだ一球しか投げてないけど、どこからとなく野次やら歓声が飛び交う。
二球目。わたしなら次は、インコースに芯を外す球を投げたい。しかし、七瀬さんのサインは、外低めに落ちるドロップ。
首を振りそうになったが、それを躊躇った。
同じチームである七瀬さんの方が彼女をよく知っているし、何よりあの新宮の正捕手なんだ。信じられなくてどうするのよ。
要求通り、わたしはさっきよりも早いリリースポイントで、上手く抜いて投げる。
正直、どれくらい落ちるかわからない。投球練習でも投げてるけど、実際に打者を相手に投げてみないと、今日の変化球の調子はわからない。
思ったより落ちて、ベースでワンバウンドさせてしまったが、七瀬さんはしっかり止めてくれた。
瀧ヶ瀬さんは振らなかったけど、これでよかったのかな……。やっぱりボール球じゃ振ってくれないよ。ここはストライクに投げたい。
七瀬さんの次のサインは、内角高めの芯を外す球。内側に曲げるよう指示も出た。
わたしはそれに頷き、ストレートの握りから少しズラして握る。こうすることで、綺麗なバックスピンがかからなくなり、手元で僅かに曲がるのだ。
要求通りのコースに投げ込んだつもりだったが、瀧ヶ瀬さんには簡単に捉えられてしまった。
打球はファーストの頭上を越えて、ライト前に落ちた。
「ナイバッチー!」
「大人げないなぁ、みはるんは」
大丈夫。まだ一人ランナーを出しただけ。新宮のスタメンをノーヒットにするなんて方が無理な話。
走られるかもしれないけど、一応牽制入れた方がいいのかな……。
「葵咲ちゃん、バッター勝負!」
そんなわたしの心中を察してくれたのか、七瀬さんはミットを構えてサインをくれる。
二番は有栖佳菜美さん。この人はバントの上手な人って印象が強い。ここは送りバントもあるか。
サインは外角にギリギリ外れないように、芯を外す球。
結構細かく指示されたけど、細かいコントロールには自信がない。でも、甘く入るよりは外れた方がいいのかもしれない。一応狙ってはみるけど。
コントロールに逃げずに全力で投げる。外角には投げられたけど、やっぱり外れてしまった。
有栖さんもバントの構えを見せずに悠々と見送った。
「ナイスボール、葵咲ちゃん」
それは外れてもよかったってことなんだろうか。
次は内角低めにストレート。
これも思いっきり投げ込んだ。しかし、ここで有栖さんはバントの構えを取る。
跳ね返った球は三塁線へ。前進してきたサードがうまく拾い上げて、バッターランナーはアウトにできた。
「ナイス、サード」
今のは二塁に投げてたらどっちもセーフになったかもしれないから、確実にアウトを取ったのはいい判断だったと思う。
それでも、ランナーは得点圏。
わたしが打たれて出したランナーだ。失点したら、わたしの自責点になる。これ以上進まれるわけには……。
心音の高鳴りを感じる。やけに体が熱い。でも、視界は良好だ。いつもよりコースが意識できてる。
三番。御旗宥子さん。ヒットゾーンに飛ばす技術が高いし、長打も打てる。それでも打ちとらなきゃ。三振が理想。悪くても進塁打。
しかし、七瀬さんは立ち上がって、ボールを外すよう要求した。
敬遠か……。一塁にランナーを置いて、併殺を狙うつもりなのかな。四番との勝負になるけど……それも悪くない。むしろ、楽しみでたまらない自分がいた。
ボールを四つ外して歩かせた後、名門新宮の四番を背負う、千歳紗菜さんが左打席に入る。
絶対抑える……っ。絶対打ち取ってみせる……っ。失点なんて、するもんかっ!
「現代ドラマ」の人気作品
-
-
357
-
266
-
-
207
-
139
-
-
159
-
142
-
-
139
-
71
-
-
137
-
123
-
-
111
-
9
-
-
38
-
13
-
-
28
-
42
-
-
28
-
8
コメント