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星月夜の小夜曲

エルトベーレ

十話 合宿の始まり

ギリギリとはいえ四月中に選手を九人以上集めたので、約束通り、ゴールデンウィークに合宿が決行されることになった。


「全員そろってるね? それじゃあバスに乗って」
学校に集合した僕たちは、先生の指示で、上級生から順番にマイクロバスに乗り込んでいく。
前から、紺野先輩が一人席、その横に成瀬先輩と蓮見先輩が隣同士、その後ろの列は神崎先輩が二人席の窓側に座っている。神崎先輩の後ろの列には緒倉さんとシャルが座り、その横の一人席には西山さんが座った。僕は……どうしよう。
「高妻君」
「は、はい」
神崎先輩に呼ばれて行ってみると、先輩は自分の隣の席を指差した。
「じゃあ、失礼します」
僕が指差された席に座ると、神崎先輩は口元を緩めて微笑んだ。


バスが出発すると、神崎先輩は窓の縁に肘をついて、外を眺めていた。
少し茶色がかった髪が、半開きになった窓から入り込む穏やかな風に揺らされ、時折目にかかった髪を手で払う。緩やかな曲線を描く胸は、静かな息遣いによってゆっくり上下している。
それと対照的に、後ろはなんやかんやと騒がしい。
僕の視線に気づいたのか、先輩もこっちに視線を向けた。
「高妻君はシャルロッテちゃんの言ってること、解読できるの?」
「ええ、まあ。最初は僕も、調べながらついていくのがやっとでしたけど、最近は普通に会話できるようになりましたよ」
「そっか。愛のなせる技だねぇ」
「そんなんじゃないですよ」
僕とシャルとの関係は一応秘密にはしているものの、事の真偽に関わらず勝手に恋人のようなものだと思われている。
「二人は付き合ってるんじゃないの?」
「付き合ってないですよ」
「じゃあ、私が手を出してもいいのよね?」
今日の先輩、やけに挑発的というか、攻めてくるな。


すると、後ろの席から手が伸びてきて、僕の座席の肘掛けのあたりをまさぐってくる。肌の白さから言ってシャルだろうけど、何してるんだ?
突然世界が揺れて、目の前には、ふてくされた顔。
「……わかっとーと? 他の女に手出さんとよ」
シャルがそういう余計なことを言うからバレるんだって。
「わかっとーよ……」
口調を真似して返すほどの余裕を出してみるが、内心メチャクチャビビった。急にリクライニングを後ろに倒されたのだ。怖いし酔うからマジでやめてほしい。
「なん真似しよーと? 福岡バカにしとーと?」
その唐突な地元愛は何なんだよ……。
「わかったから急に背中倒すのはやめてくれ。酔う」
「あ、ごめん」
そのやり取りを見ていた神崎先輩はくすくすと笑いを隠そうともしない。シャルの隣の緒倉さんも呆れ顔で見ている。
「シャルちゃん、そんな乱暴したら嫌われちゃうよ?」
「ちょっ、陽依、そげんえずうこと言わんでっ。向葵、ホントにごめん!」
「いいって」


僕は背もたれを直して、神崎先輩を軽く睨む。元はと言えば、先輩が余計なことを言うからこんなことに。
「だって、いつまで経っても私のことを思い出してくれないから」
それは事実。僕はこの人のことを知っているはずなんだ。
同じ中学だったと考えるのが自然だけど、彼女は僕の二つ上。一緒だった時期は一年間しかない。しかし、その間に心当たりがないのだ。
「それに関しては、すみません……」
「皮肉だね。振り回されてばっかり」
あ……そのセリフ。どこかで聞いた。いつだろう。僕の名前、向葵の由来は向日葵ひまわりからとったものだと話した時に返された言葉だ
「……そっか。私は君の太陽にはなれなかったんだね……」
「すみません……」
僕の太陽、か。今の僕の太陽は……。



しばらくバスに揺られ、ようやく目的地に着いた。
うっそうとした森に囲まれた中に、だだっ広い運動場が広がる。そのそばには古ぼけた二階建ての建物がそびえ立っている。色々な意味で、いかにもな場所だ。


「あの、先生、ここですか……?」
誰もが感じただろう疑問を、紺野先輩がぶつけた。
「そうです。予算の関係上、ここしか押さえられなかったんですよ。ちゃんと使えるとは思うので、心配はいりませんよ」
心配しかないですって。電気とかつくんですか? 天井崩れてきたりしませんよね? あと、夜になんか出たりしませんか?
「とりあえず、荷物置きましょうか」
紺野先輩が荷物を持って、僕の肩をたたいた。
「何ですか?」
「向葵くん、先頭」
まぁ、そうなりますよね……。
そっとドアを開けてみる。予想通りではあるが、建物内には人の気配はない。しかし、意外なことに、クモの巣が張っていたり、ダンジョン化していたりはしない。


「大丈夫ですって。ここは定期的に町の人が清掃に来てくれてますから。それに、私たちみたいな予算の無い部はよく合宿に来てますし」
その言葉に偽りはなかったようだ。中は結構きれいで、清潔感もある。外観さえもうちょっと良ければ、その辺の旅館と大差ないだろう。
「部屋は基本大部屋です。今回は私たちしかいませんが、できるだけまとまった方がいいでしょう」
先生の案内で荷物を部屋に運び込んだ僕は、一度部屋から出て、先輩方を通した。
「向葵、入らんと?」
「僕が一緒の部屋にいるわけにはいかないでしょ?」
結局、僕は部室と同じように、一人疎外感を味わうことになる。こればっかりは仕方がない。
そんな僕の陰鬱な思考をかき消すように、神崎先輩が冗談交じりに紺野先輩に声をかける。
「そんな、気にしないって。ねぇ、星空?」
「気にするよ! あ、でも、確かにちょっとかわいそうか……」
同情してくれるのは嬉しいが、年頃の男女が同じ部屋とか、ダメだと思う。っていうか僕の方が気を遣いすぎて死にそうになる未来が見える。
姉ちゃんがいたから多少の耐性はあるけど、姉ちゃんと違って家族じゃないから罪悪感は拭えない。
「うちは気にせんよ。陽依は?」
「私は……気にするよ。シャルちゃんは何とも思わないの?」
いやいや、緒倉さんが合ってるよ。シャルがちょっとどうかしてるだけだって。僕たちは付き合ってるっていうのもあるけど、それでもまだキスもしてないんだぞ。
「確かに向葵はちょっとエッチぃけん不安っちゃけど、襲ったりはせんよ。ね?」
……その質問はノーって言えないじゃん。言ったら僕の信用に関わるよ。
「シャル、気遣いは嬉しいけど、みんなと一緒の部屋にしなよ。僕はいいからさ」
「けど……」
うだうだ言うシャルを部屋に押し込んで、僕は一人、向かいの部屋に入った。


中は畳で、広さは六畳。もちろんキッチンや風呂はない。トイレもない。部屋の外にあった共同トイレを使うんだろう。
荷物を置くと、先生が部屋に顔を出した。
「向葵くん、まずは掃除からやるので準備ができたら部屋の前に集合してください」
「はい」
普段から清掃してくれているとはいえ、衛生面から水場の清掃はしておくということだった。
先生と蓮見先輩が食材の買い出しに、一年生三人が風呂場、二年生三人がキッチン、紺野先輩と神崎先輩と僕がトイレ掃除をすることになった。


「向葵くんは、家事はできる?」
「ええっと、まぁ、それなりには」
姉ちゃんに押し付けられていたので、経験値はあるだろう。
「ごはんの支度は先生がやってくれるって言ってたんだけど、その手伝いをお願いしてもいい?」
「わかりました」


「ついでに、洗濯もいいかな?」
「はい、わかりました」
って、洗濯!? ……それはマズいのでは。
「あの、先輩……」
「何?」
「洗濯って、何を洗濯するんでしょう?」
僕の誤解かもしれないし、そうじゃないかもしれない。一応聞いておいた方がいい。
「何って、タオルとか、私たちの練習着とか……」
「……それ、僕でいいんですか?」
そう言うと、たわしが飛んできた。ちょっ、汚いって!
僕の言葉に不満があったらしい。当たらなかったからいいものの、勘弁してくれよ……。
「そういうこと言わなきゃこっちだって意識しないんだから、黙ってやればいいのよ! 大体、変なことしないって信用してるから任せるんだよ? 不満があるなら外で寝なさい!」
「まぁまぁ、星空。たぶん向葵くんは、私たちの下着も洗濯するのかなぁ、なんて思っちゃったんでしょう?」
「……まぁ、はい」
いやだって、洗濯しろって言うから! さすがにそれは困ると思ったのに……。
「そんなわけないでしょ! バカ!」
何もそんなにイライラしなくてもいいのに……。
「ごめんね、洗濯したかった?」
「いえ、さすがにそれは遠慮したかったので」
「でもね、お風呂は一つしかないから、混浴だよ?」
そう言いながら頬を赤らめる。何を言い出すんだ、この人は。
「じゃあ時間ズラして入りましょうか」
「二人っきりでってことね。いいわよ」
「違いますよ! 何でそんなにテンション上がってるんですか?」
いつもの神崎先輩らしくない。もっとお淑やかな人だと思ってたのに。
「普段の私はこんな感じだよ? 学校では抑えてるけど」
そうだったんだ……。知りたくなかったかも。


「今日、この後練習もやるけど、記録も取っといてほしいの。任せていい?」
急に真面目な話に戻った。
「あ、はい」
「スコア、書ける?」
あれ、なんかこの数分でどっと仕事が増えたんだけど……。
「オーソドックスな奴なら、紙があれば書けます」
「上出来ね。合宿最後の日の試合、お願いするわ」
「はいっ」
そうだ。合宿最後の日の試合。それに勝てなかったら、西山さんは正式に部員にはなってくれないんだ。なんとしてでも勝たなきゃ。
「ちなみに、どこと試合するんですか?」
「白峰学園よ」
「へぇ~、白峰ですか。って、えぇ?!」
「いい反応ね」
そんな平然としてられるのがおかしいでしょ、あの白峰だぞ?
去年の夏の全国大会のベスト4で、投手王国とも呼ばれるくらい、何人もの投手をプロに送りこんでいる、強豪私立。
「どうして白峰がうちなんかと?」
「先生がコネがあるんだって。卒業生らしいよ」
勝てるのか……? でも、勝てたら……。
「相手がどこだろうと、負けるつもりはないわ。全国、行くんだもんね?」
「そうです。勝ちましょう!」
僕たちはトイレの中で、改めて決意を固めた。



肉体労働の後で半日練習して、みんながお風呂に入っている間に先生と夕食を作り上げた。先生は家庭科の先生ということもあり、さすがに上手い。僕が見よう見まねでやってみても、似ても似つかない。
「向葵くんもセンスありますよ」
そう言われても、素直に喜べない自分がいた。専業主夫のセンスがあってもなぁ。
ただ、自分の作った料理をおいしそうに食べてくれるのは、これ以上ないやりがいを感じる瞬間でもあった。



洗濯と言っても、洗濯機が備え付けてあったので、その中に放り込んで回すだけだ。干すのが大変そうだが、手で洗う羽目にならなかっただけマシだろう。


僕も一日の疲れを取るために、湯につかる。
半日グラウンドを駆け回っていた彼女らほどではないけど、疲れた。慣れないことをすると疲れると言うが、そういう類の疲れだろう。
明日は一日練習で、明々後日には白峰と試合、かぁ。


そんなことを考えていると、不意に浴場の引き戸が開いた。その音に反射的に振り返れば、そこにはタオル一枚しか身に着けていないシャルの姿があった。長い髪をまとめているのも新鮮で、なんか妙に色っぽい。
「あ、その……向葵、今日はお疲れ様」
僕は慌てて背中を向け、彼女の方を見ないようにする。一瞬見えた姿が、かつて見てしまった水色と重なる。
「シャルの方こそ……」
ぺたぺたと浴場を歩く音が近づいてきて、耳元に生温かい息を吹きかけられる。
突然のことに驚いて、思わず振り返ってしまうと、これはいけない。なんてたわわなものをお持ちなんだ。近くで見ると、肌のつやとなめらかさが触れなくてもわかる気がする。
「あははっ、可愛か。向葵、後ろ向いちゃらんと?」
僕は無言のまま、言われた通り彼女に背を向ける。何をされるんだろう。
浴槽に張った水面が揺れて、わずかに水位が上がる。と、柔らかいものがぺったりと僕の背に張りついた。
「シャ、シャルっ?!」
振り向こうとすると、頬に指を突き立てられた。僕の期待したのとは違って、どうやら背中合わせ状態になっているらしい。
それでも、横を向けば、頬と頬がくっついてしまいそうな距離。息遣いが聞こえてしまいそうな距離。冷静でいられる方がどうかしてると思う。
「タオル巻いとらんけん、見んとよ」
「う、うん」


こうしている間、お互いに言葉はなく、やけにうるさい心音と水滴が落ちる音だけが響きわたっている。


「……ねぇ、向葵」
先に沈黙を破ったのはシャルだった。
「うちんこと、好きと?」
「好きだよ」
僕の即答に少し間が空いて、シャルは続けた。
「じゃあ、……キス、して?」
僕はシャルの恋人なんだ。キスくらい、当たり前だ。そう言い聞かせ、僕は彼女の唇を塞いだ。背中合わせのまま、お互いに顔だけ向けて、時が経つのも忘れていた。
唇を離すと、シャルは満足そうに笑顔を見せた。最初に出会った時と同じ、太陽のように温かな笑顔を。
ああ、やっぱり僕は、振り回されてばっかりだ。
これが僕のファーストキス。僕たちのファーストキスだった。

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