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星月夜の小夜曲

エルトベーレ

九話 Weiß Kugel(ヴァイスクーゲル)

少しの沈黙の後、シャルは絞り出すように答えた。
「……こんじょわるかよ。向葵ん方こそ、うちんこと好きと?」
見えなくても、口をとがらせているその顔が容易に想像できる。彼女の手が震えているのが、背中越しでもわかる。
彼女の問いに対する答えを、僕はすでに持ち合わせていた。もし彼女も僕と同じだとしたら、こんなことで前に進めないなんてバカバカしい。


「僕はシャルのこと、好きだよ」
言えたのは、こうしてお互いの顔が見えないからだ。きっと面と向かい合っていたら、言えなかったに違いない。
「……うちも、好きっちゃよ」
そう言うと、シャルはようやく身体を起こして、その真っ赤になった顔を見せてくれる。
熱っぽい様子が妙にあでやかで、僕の鼓動は全然落ち着いてくれない。こんなに自分の心音が騒がしいと感じたことはあっただろうか。
「ありがとう。シャル」
僕はシャルが好きで、シャルも僕が好き。それはつまり、両想いってことだよな。でも、好きって言って、そのあとはどうすればいいんだ……?
せっかく向かい合ったというのに、気恥ずかしくて、お互いに視線を合わせられない。


「ねぇ、向葵。……うちん恋人に、なってくれると?」
恋人……。そうだ、恋人になるんだ。これからは好きじゃない、愛してるになるんだ。
「もちろん。シャルみたいな子、僕にはもったいないくらいだよ」
「そげんことなかって。うちが好きなら、なんも問題なか」
その言葉に、ようやくシャルの方へ視線を向けると、目が合った。
青い水面の奥底まで透き通るような、綺麗な瞳。その深さに溺れてしまいそう。
そっと、彼女の指先に指を伸ばして、触れてみる。それに気づいて、彼女も指を伸ばしてくれる。初めて触れた彼女の手は、温かくて、色んなマメができていた。姉ちゃんの手と同じ。
「こげな手で、恥ずかしか。いっちょん可愛かなかっちゃろ?」
「これはシャルの努力の証でしょ? 僕は好きだよ、この手」
「向葵……。一つ、お願いがあるっちゃけど……」
静かだった水面が揺れ、わずかに曇った気がした。
「うちと付き合っとーこと、みんなには内緒にしてくれると?」
知られるのが恥ずかしいのかな。まあ、からかわれたりされても面倒だし。
「わかった」
「みんなには、付き合ってなか、って言うとよ?」
そこまで徹底してバレたくないのか……。もしかして、僕が冴えない男だから、僕なんかと付き合ってるって思われたくないとか……。シャルに限ってそんなこと……ない、よな。
「“付き合ってなか”って言うんだね?」
「む、バカにしとーと? 付き合ってなかって向葵が言うっちゃよ」
「うん。だから、“付き合ってなか”って言えばいいんでしょ?」
「わざことっちゃろ? なしてそげんしゃあしゅうこと言うと? あんましうちばはらかかすと、なんすーかわからんっちゃよ」
ちょっと本気で怒り始めたので、さすがに謝った。
「ごめん。好きな子はいじめたくなるって言うでしょ?」
「言わんよ……。次そげんことしよったら別れるけんね」
ああ、ちょっとやりすぎたかな……。そんなことで別れるとか嫌だし、今度からはほどほどにしておこう。
「ごめんって。そういえば、うちの庭に姉ちゃんが使ってたマウンドがあるんだけど、投げてみない?」
「投げるっちゃ!」
途端にぱあっと明るくなる。感情の起伏が激しいっていうか、子供みたいでかわいいな。



僕たちは庭に出て、軽くキャッチボールから始める。
「これ、向葵んお姉さんが作ったと?」
「いや、作ったのは僕だよ。姉ちゃんに作らされたんだけど」
「なじむ気ぃするっちゃ。そろそろよか?」
僕は答える代わりに座って構える。
「いくよ~」
シャルは腕を大きく振りかぶり、絶妙な体重移動で指先一点に力を集中させ、弾丸を撃ち出す。撃ち出された弾丸は空気を切り裂くようにして、速度を落とすことなく真っ直ぐに僕のミットに届く。
相変わらず怖いくらいにいい球だ。
「ナイスキャッチ~!」
「ナイスボール!」
そう、この弾丸に、僕の心は貫かれたんだ。



翌日、僕はまた母さんに買い物を頼まれ、隣町に来ていた。いつもは姉ちゃんと交互に行かされていたのに、姉ちゃんがいなくなってからは僕ばっかり行く羽目になっている。とは言っても、姉ちゃんがいた時だって、なんだかんだ押し付けられてたけど。


気分転換に、いつもは通らない道を通ってみる。たしかこっちから行っても距離は変わらなかった気がする。
すると、小さなグラウンドが目に入った。前までの僕なら、グラウンドなんて見向きもしなかっただろう。でも今、また野球を始めたことで、僕は野球への熱い気持ちも取り戻しつつあるのだ。
フェンス越しに目を凝らしてみると、練習しているのは中学生か?
しかしその中に、飛びぬけて上手い者が混じっていた。ノックもトスバッティングも、男子中学生と混じっても群を抜く実力。その子を、僕は知っていた。



週が明け、僕は目当ての人物の到着を、自分の教室で待つ。
すると、程なくして彼女は現れた。控えめに明るくした茶色のショートポニーを揺らしながら、彼女は僕の隣の席に座る。
「西山さん、おはよう」
「……おはよう」
見るからに警戒されている。そんなに変な顔してたかな。


「西山さんって野球やってたの?」
単刀直入に聞いてみる。昨日見ていたのは気付かれてないはずだから、どんな反応をするか気になる。それに、僕の勘違いという可能性もあるし。
「やってた、っていうか、今もやってる……」
思いの外、素直な答えが返ってきた。
「野球部でやる気はない?」
「はぁ……。緒倉さんからも聞いてるけど、人数合わせってことならいいよ」
ゴールデンウィークの合宿のことだろう。人数さえそろえば合宿は決行される。だから僕たちのために、名前を貸してくれると言っているんだ。
「合宿には?」
「行かない。体調が悪いとか言っておくから心配いらないわ。それに、そもそも練習にも出る気ないしね」
「……試合は?」
「試合は出るよ。いなきゃ試合できないでしょ?」
それじゃあ、根本的に何の解決にもならない。それに、僕は野球部の一員として西山さんに入ってほしい。幽霊部員なら、西山さんじゃなくてもいいわけだし。
「でも、練習にも出てほしいんだけど。野球はチームでやるスポーツだし」
「私、忙しいから」


「……いつまでも中学生に混じってて、恥ずかしくないのか?」
失礼なことを言ったと思う。こうでも言わないと、彼女の心は動かせないと思ったのだ。それに、あの現状は彼女にとっても良くないと思う。
「……そう。そこまで知ってるの」
「同じ女子だけの土俵で、自分がどこまでやれるか試してみたくないの? 女子だけでできる環境があるんだから……」
「だったら……。合宿の後は試合を組んでくれるそうよね? もしその試合に勝てなかったら、その時点で私は部を辞める。これでどう?」
その試合の話、僕は聞いてないんだけど……。
「わかった。ただ、それまでの間はちゃんと練習にも出てもらうよ。もちろん、合宿にもね」
「いいわ。わざと手を抜いたりもしない。自分がどこまでやれるか、試してみるわ」
「ありがとう、西山さん」
これでなんとか九人。あとは、ちゃんとチームになれれば……。



そして、九人そろってから一週間が経った。
僕がシャルと付き合っているということも、みんなにはバレていない。まあ、付き合ってるんじゃないのか? くらいには思われてはいるかもしれないが、付き合っている、とは大きく違う。


「おい、何休んでんだよ。こんくらいでへばってんじゃねぇぞ」
「隼子さん、キツいですって……。ウチ、素人なんで、手加減してくださいよ~」
「アタシが手加減できるように見えんのか?」
確かに、見えない。
「てめぇ、ボサっと立ってないで球拾っとけ!」
「は、はいっ」
心の中を読まれたわけではあるまいに……。
それにしても、隼子さんも瑠海さんも、随分馴染んでくれた。西山さんも、元々実力がある分、紺野先輩に気に入られている。


「ナイスキャッチ、香織子さん!」
蓮見先輩も、シャルのストレートはもちろん、変化球でもしっかり捕球できるようになってきた。
蓮見先輩は妹さんが投手志望で、今もピッチング練習に付き合っているらしい。捕手をやっている理由はなんだか僕と似ている。
「あ、向葵ー! 今よかー?」
その声に返事はせずに、球拾いを中断して、すぐさまシャルのもとへ向かう。
「何かあったのか?」
「ううん、見せたい球があるっちゃよ。ちょっと座りぃね」
僕は言われるがまま、蓮見先輩と代わって座る。
見せたい球って、新しい変化球だろうか。まさかこの短期間で習得したっていうのか?


「いくよー」
シャルがいつものフォームで投げ込んだのは、真っ直ぐだった。
だけどこれは、以前彼女が投げていたストレートとは違う。ノビやキレが格段に良くなっている。気がする。でも間違いない。シャルのストレートに慣れていた僕が、捕球のタイミングが遅れるなんて。
僕の心を打ち抜いたあの弾丸より、数段強く、重くなっている。
「どうかいね。バリすごか球っちゃろ?」
「すごいよ! 一体どうしたんだ? これ」
「こん前いつもんとこで練習しとったら、知らん女ん人に握りば教えてもろーてね、なんかすごーことになったったい」
何者だよ、その人は……。
「こん球、うちん決め球にできるっちゃろか」
ストレートが決め球にできるなら、これほど頼もしいことはない。ストレートならどこにでも投げ込めるし、配球の自由度がかなり高くなる。
「できるよ。こんな弾丸みたいな球、そう簡単に打てないって」
「弾丸……。ヴァイスクーゲル、かいな」
「え? 何それ」
必殺技みたいだな。まあ、自分の決め球に名前付けたりするのは割とふつうだけど。
「白い弾丸って意味っちゃ」
かっこいいな。シルバーブレットみたいな感じか。
「何語?」
「ドイツ語っちゃけど?」
シャルってもしかして……バイリンガルってやつなの?

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