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星月夜の小夜曲

エルトベーレ

八話 ふたりきりの休日

「おはようございまーす」
今日のシャルはいつもとは違った。白いTシャツに、落ち着いた色のホットパンツ。制服でもなければスポーツウェアでもない。完全な私服だった。化粧もいつもと違う気がする。
「おはよう、シャル。さ、上がってよ」
「お邪魔しまーす」


玄関に居てもしょうがないので、シャルを部屋に上げ、僕はキッチンからお茶を注いで持ってくる。
「家ん人、おらんと?」
「仕事があるからね。姉ちゃんは寮だし」
「じゃあ、今日は、その……二人っきりと?」
「まあ、うん。そうだね」
意識しない方が無理だよな。っていうか、シャルは野球のことしか考えてないと思ってたから、庭のマウンドを使わせてあげようと思ったのに、普通に可愛らしい格好で来ちゃったし。生粋の野球バカじゃなくて、やっぱり女の子なんだな。
「あ、あの、エッチぃことはせんとよ?」
「わかってるよ。でも今日のシャル、いつもより可愛いよ」
普通の女の子みたいだ。って、その言い方は失礼か。
「きゅ、急にそげんこと言わんで。なんか、恥ずかしか……」
恥じらう姿も可愛らしい。もっと照れさせたくなる。
触れてみたい。この可憐な花に、優しく触れたい。……ダメだ。触れたら傷つけてしまう。まだ僕には、それは許されない。


でも何したらいいんだろう。姉ちゃん以外の女の子と遊んだことないしなあ。
「シャルは、普段は何してるの?」
「トレーニングっちゃけど?」
「他には?」
「んー……。ん〜……?」
無いのね……。
「やっぱり、シャルにとっては野球が一番なのか?」
「野球しか取り柄がなかんごと言わんとよ」
「だって勉強は全然じゃないか」
「しょんなかろーもん! できんもんはできんっちゃけん!」
しょうがないって、それはそうかもしれないけどさ……。努力はしようよ。


ふと時計を見ると、ちょうど十時を過ぎたところだった。
「僕、見たいものがあるんだけど、シャルもどう?」
「見たいもんって、なん?」
「いいから、おいで」
僕はシャルを連れてリビングに降りる。テレビをつけると、それはまさに始まろうとしていた。
「これは?」
「女子プロ野球の試合だよ。見たことない?」
「あー、何回かあった気ぃすーっちゃけど、昔んことやけん、覚えとらんね」


今日のカードは山形キルシュと瀬戸内シトラス。先発投手は山形が月島真心さん、瀬戸内が東城とうじょう侑暉奈ゆきなさん。エース対決だ。
「向葵はよう見ると?」
「うん。姉ちゃんが見てて、僕も一緒に見てたんだ」
「贔屓ん球団とかあると?」
「僕は瀬戸内のファンなんだけど、姉ちゃんは北海道が好きなんだ。あそこは強いからね」
北海道アウローラは今の監督になってから、常にリーグの一、二位に君臨し続けている。強い選手が多いというよりも、やはり監督の采配がうまいんだと姉ちゃんが言っていた。
「あーね。向葵ん一押しは誰と?」
「この東城さんといつきさんのバッテリーが好きだな。特に斎さんのリードがすごいんだ。さすがあの白峰はくほう学園で正捕手だった人は違うよ。東城さんも左投げだし、シャルも見ておいたら?」
「うん、そうすーったい」
元々東城さんのピッチングは好きだったけど、斎さんと組むようになってからの東城さんは力をより発揮できているように思う。単に東城さんが上手くなったのか、斎さんがすごいのか。きっと、どっちもすごいんだと思う。
シャルや姉ちゃんも、いつか、そう遠くない未来に、あのマウンドに立つんだろうな。


「月島真心さんって、こん前行った月島バッティングセンターん人っちゃろ?」
「そうだよ。三振をすごい取れて、全然打たれないんだ」
変化が大きいからフォアボールになることもあるけど、被安打自体は少ない人だ。
「詳しかね、向葵」
「まあ、ずっと見てるからね。シャルはどんなピッチャーになりたい?」
「んー、バリ三振取れるピッチャーがよかっちゃ。三振取るーと気持ちよかよ~」
「三振を取りたいならよく見ておきなよ。東城さんは北海道のエース、星崎ほしざきさんに次いで奪三振率が高いんだ。すごい球を投げられるだけじゃなくて、変化球との組み合わせが大事なんだよ」
僕がシャルにこの試合を見てほしかったのは、斎さんの配球を見て、感じてほしかったからなんだ。配球の重要性を。とはいえ僕も、まだまだ見習い中の身だけど。
「遅か球と速か球、内と外、高めと低めっちゃろ? うちん球種でいくと、決め球に使えそうなんはストレートとスライダー。あとスローカーブもかいね?」
「スクリューも使えると思うよ。シャルは逃げたり食い込んできたりする球はないけど、落ちる球が豊富だから、空振りが取りやすいと思う」
紺野先輩との勝負の時、僕が決め球に考えていたのはインコースのスクリューだった。スライダーは続けても打たれないだろうからカウントを取る球にして、スクリューはその打席でたった一球だけ使う、とっておきの球。でも結局、ラストボールはストレートにしたんだけど。
「落ちる球って、わかっとっても打ちにくか。それに、緩急もつけらるーけん、ストレートとん相性もよかっちゃね」
「勉強でもそれくらいできればなぁ……」
「しゃ、しゃあしかっ! それにしても……、ゴロばっかっちゃね。そげん打ちづらかと?」
よくぞ気づいてくれました……!
僕は何だかうれしくなって、つい熱くなってしまう。
「東城さんは、ストレートを二種類持ってるんだ。もう一つのやつは、カットボールの縦版と言うとわかりやすいかな。斎さんのリードはその球を決め球にしてるんだよ」
「決め球ば活かす配球ばするっちゃね。んー、やけど、それって簡単に読まるーんやなかと?」
「だから、決め球に使える球がたくさんあるといいのさ。そういう意味で、シャルは十分すごいよ」
「もう、褒めんといて……」
照れくさそうにするシャルはかわいい。だからついつい褒めたくなる。思い切って、かわいいって言ってみたらどんな反応するんだろう。……言えないけど。


「僕はお昼作るから、シャルはゆっくり見てなよ」
「ありがとう」
キッチンからでも彼女の横顔を眺めることができる。
彼女は歓声を上げるでもなく、退屈そうにするでもなく、じっと試合の行く末を見守っていた。



「惜しかったっちゃね」
僕の作った炒飯を食べつつ試合を見ていたシャルが、残念そうに呟いた。
結局、六回のタイムリーヒットが決勝打となり、瀬戸内は一点差で敗れた。
「いいんだよ。次勝てば」
負ければ終わりの高校野球と違って、プロ野球には明日がある。また明日、頑張ってほしい。
「それはそうと、結構おいしかよ。向葵、料理上手かね〜」
「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ」


僕は彼女に初めて会った時、正直言って、ときめいてしまった。だって、ブロンド美少女だ。しかも同い年の。一生に一度出会えるかどうかって代物だろ。惹かれないはずがない。
彼女は文句なく可愛いと思うし、性格だって悪くない。いや、むしろいい方だ。
でも、彼女からしたら、僕はどうなんだ? 容姿だって平凡で、能力的にも普通。しかも、僕はシスコンだ。これはどうしようもない。
「ん? なん?」
内心で苦笑してみたつもりだったが、表情にも出てしまったようだ。
「……シャル、今日は来てくれてありがとうね」
「どうしたと……? 今日ん向葵、なんか変っちゃよ?」
「君は……いや、なんでもない」
聞いたら後悔する。そんな気がした。
知るのが怖かった。今まで通りの関係ですらなくなってしまうかもしれない。そこまでして、彼女の気持ちを知りたくはなかった。知らずにこのままいる方が幸せだと、そう思った。



昼食の後で、また僕の部屋に戻った。
すると、いきなりシャルに引っ張られて体勢を崩し、僕はベッドに押し倒された。
僕を押さえつけるように上に跨るシャルの、金色の髪がこぼれ落ちてくる。開いたシャツの首元から、胸の谷間が覗き見える。
「な、何を……?!」
見上げると、目が合った。
綺麗な、青い宝石。僕の印象は初めて見た時から変わっていない。
「……今日、うちがここに来た理由、わかると?」
彼女はいつになく真剣だった。怒っているのか、悲しんでいるのか。その宝石の輝きを見ても、僕には判断がつかなかった。
「……わからない」
「うちは向葵といると楽しいっちゃけん、来たっちゃ。今日ん向葵がなんば思っとーか、うちにはわからんけど、向葵はうちといても楽しゅうなかと?」
「楽しいよ。幸せだ」
僕は即答した。その上余計なことまで口走った。
思考が追いつかない。考えるより先に、言葉が口からこぼれ出た。
「そんなら、よかっちゃけど。そげん言わるーと、うちも幸せっちゃ」


シャルの体勢が崩れて、僕に覆いかぶさる。ふわっと、いい匂いが鼻腔の奥をくすぐる。彼女の腕が僕の背に回され、優しく抱きしめられる。
こんなことされたの、姉ちゃん以外には初めてだ。姉ちゃんがこうしてくれるのは、決まって僕が落ち込んでいる時だった。
僕も思い切って、彼女の背中をそっとさすってみる。思ったよりも小さくて、筋肉質だ。
「……エッチぃことはしないんじゃなかったの?」
「これをエッチぃと思う向葵がエッチぃったい」
……何も言い返せない。
そんな風に耳元で囁かれると、なんだかこそばゆい。
それに、押し付けられているこの柔らかいブツは、意識するとますます理性が侵食されていく。
「でも、なんかドキドキするっちゃね。……触ってみたか?」
「な、何を……」
心を読まれたみたいで、うっかり狼狽えてしまう。これじゃあ、イエスと答えているようなもんじゃないか。
「とぼけんで。視線でわかるっちゃけん。いつも胸ばっか見とーっちゃろ?」
「別に、胸以外だって……」
「そんなら、他にどこ見とーと?」
「……脚、とか」
何を言ってるんだ僕は。っていうか、何なんだこれは。落ち着け。僕は抑えられる。僕は我慢できる。ここで彼女の信用を失うわけには……。
「向葵は脚も好きと? もう、しょうがなかね」
そう、しょうがないんだ。シャルが可愛いから。僕は悪くない。
「……シャル。君は……」
聞いてしまっていいのか? その答えを聞いてしまったら、もう今まで通りには戻れないかもしれない。
でも、確かめたい。もし、僕の考えている通りなら、僕は彼女の答えを知っておかなくちゃいけない。そう思った。
「君は……、僕のことが好きなの?」
言葉には力が宿ると言うけれど、まさにそうなのだろう。この言葉を発した途端、鼓動は跳ね上がった。
僕と彼女の鼓動は重ならない。どっちの方が速いかもわからない。



三月の終わり、僕は君に出会った。
初めて君を見たとき、その完璧すぎる容姿に、僕は太陽の妖精だと思った。
野球を失っていた僕に、君は野球の楽しさを思い出させてくれた。だから僕も、君をもっともっと楽しませてあげたくなった。
野球の腕は天下一品なのに、勉強はできない君。どう見たって外国人なのに、コテコテの方言を話す君。
いつしか僕は、ずっと君のことばっかり考えるようになっていた。
君は……どうなんだ?

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