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星月夜の小夜曲

エルトベーレ

七話 待望の新入部員

「向葵くん、いい知らせよ。今月中に選手が九人揃ったら、ゴールデンウィークで合宿やるって」
「合宿、ですか」
たしかに、実力の底上げや親睦を深めることにも繋がる。新設のうちにとってはやっておいた方がいいかもしれない。
「というわけで、なんとかあと三人、お願いね」
「わかりました。今日もこれから、交渉に行ってきます」
「頑張ってね!」
今日の先輩は、なんかご機嫌だな。



僕は今日も、昨日と同じ場所に行ってみる。やはり、今日もここにいた。
僕が路地に入っていくと、向こうもこちらに気付いて、敵意を露わにする。
「お前、二度と関わるなって言ったはずだろ」
「今日は止めに来たんじゃない。お願いがあって来たんだ」
「お願いだぁ?」
僕はその場に膝をついて、地面に手をつき、頭を下げた。
プライドなんてものは、昨日の勝負で吹き飛んだ。失うものは何もない。
「な、なんの真似だ……?」
「僕と、野球をやってください」
返事はない。だから僕は、頭を上げない。
すると、押しつぶされるような痛みを感じた。頭を踏みつけられたんだ。
痛いけど、これは予想の範囲内。
「失せろ」
「お願いします。僕と……」
「失せろって言ってんだよっ! アタシの前で野球の話をするな!」
頭を蹴り飛ばされて、僕は後ろに転がった。その拍子で路地から道路に出てしまった。痛みに耐えてなんとか身体を起こすと、向こうからトラックが向かって来ていた。
あ……やば……死ぬ。
ところが、間一髪のところで路地から飛び出した隼子さんが、僕を抱えて道路の端に突っ込んだ。
「はぁ……はぁ……。死ぬ気か? お前は!」
助けてくれた……のか。意外と優しい人なんだ、この人。
「ありがとうございます……」
「目の前で死なれるのは虫が好かないだけだ。……もう関わるな」
それだけ言い残すと、隼子さんと瑠海さんは去って行ってしまった。


うう……まだふらふらする。頭を蹴られた時に変なとこぶつけたみたいで、身体も痛いし……。少し休んでいこう……。
そんな時だった。
「あ……」
「西山さん……」



「いってて!」
「……これくらい、我慢できないの?」
西山さんの家が近かったというのもあって、傷の手当てをしてもらった。
「ありがとう、西山さん」
「いいって、別に」
「……何も聞かないの?」
「別に。興味ないし」
あ、そうなんだ……。
「うちでできることはしたわ。あとは病院にでも行ったら?」
「いや、大丈夫。ありがとう」
僕は西山さんに何度も礼を言って、彼女の家を出た。
まだ、諦めないぞ。僕は。



翌日、昼休みにとある教室を訪れた。そこに目的の人物がいる。
「あの、昨日は助けていただいて、ありがとうございました!」
「て、てめぇっ、なんでここに!?」
先生に聞けば一発だった。さあ、教室の中じゃそう露骨に暴力はふるえまい。
「僕と野球やってくれませんか?」
「やらねぇって言ってんだろ! 帰れ!」
やっぱりダメか……。周りの目を気にして、しょうがねぇな……っていうのを期待したんだけど。
こうなったら奥の手、用心棒シャルを使うか? いや、待て。僕は一回勝負に負けている。もう一回挑むのはさすがにみっともない。



放課後になって、何の考えもないまま、足は勝手に昨日と同じ場所に向かっていた。
「おい」
呼ばれた方に視線を向けると、いつもの場所に隼子さんがいた。今日は瑠海さんはいない。
「ちょっと来い」
言われるまま、僕は路地に入っていった。
「座れ」
返事をせずに、僕は素直に従う。
約束、守らなかったしな。何されるんだろう。もうどうにでもなれ。


「お前、何でそんなにアタシに野球をやらせたがるんだ」
「だって、もったいないですよ。あんなに実力があるのに」
「実力があるかどうかなんて、関係ないんだよ。野球っていうのはなぁ……」
言葉の続きを待って、ふと見上げると、哀しげな瞳がこちらを見つめていた。
「野球っていうのは、男のスポーツなんだよ」
そうか……。この人を苦しめていたのは、この人から野球を遠ざけていたのは……。
「それは違いますよ」
「違わねぇよ。アタシは中学では野球やってたんだよ。でも……、全然敵わなかった。男子相手じゃ、自分の非力さを、思い知るだけだった」
怒りと悲しみがごちゃまぜになったような表情。見ているこっちまで泣きそうになる。
「違う。……姉ちゃんは負けなかった。姉ちゃんは男子相手に打ち込まれても、決して折れなかった。女にだって、野球はできる。今は女子のプロ野球だってあるじゃないか」
「プロって……。なれると思うか? こんなアタシが」
そんなのわからないよ。実際には僕だって、女子プロ野球のレベルはわからない。僕は男だから、当然対戦することはできないし、女子にとってすごいっていうのがどれくらいなのかもわからない。姉ちゃんやシャルみたいなのがわんさかいるんだろうか。
「それにな……。男にだって、野球できないやつもいるんだよ! できるなら、やってくれよ。僕の分まで」
「ふふっ、あはは、あははははっ! お前、面白いヤツだな。確かにお前は男だけど、野球できないな」
この人の笑顔、初めて見た。あんな風に笑うんだ。その笑顔は風貌に反して、子供みたいに無邪気だった。
「わ、笑うことないじゃないですか!」
「わかった。いいだろう。やってやるよ。……おまえの分までな」
「あ、ありがとうございます!」
やった……! ついに、僕の苦労が、努力が報われた……! なんという達成感だ。これ以上ないほど喜びが湧き上がってくる。ずっと耐えてきてよかった。
「ただし、瑠海にもやらせる。それでいいな?」
「はい、もちろんです!」
これで一気に二人。あと一人集めれば、試合ができる。



「向葵くん、今朝、二人が入部届を出してきたわ」
「それはよかったです」
すっぽかされたらどうしようかと思ったが、女にも二言はないらしい。
「よかったじゃないわよ。本気なの? あの二人に入ってもらうって」
「実力は確かだと思いますよ。隼子さんの方は」
瑠海さんはどうなんだろう。っていうか、どういう関係なんだ? 舎弟ってやつか?
「まあ、あなたはエルンベルクさんを連れてきてくれた実績もあるし、信用するわ」
「ありがとうございます。じゃあ、あと一人、頑張って探してみます!」
「あ、待って」
思いがけず引き留められて、僕は席に座り直す。
「今回あの二人を入れるために向葵くんがどれだけの無茶をしたのか、私だってわかってるつもり。……そこまでしなくていいのよ?」
心配してくれてるのかな。でも、僕はマネージャーらしい仕事、全然できてないし、少しでも役に立ちたいんだ。
「心配いりませんよ。僕は姉ちゃんの弟ですから、これくらいでへこたれたりしませんって」
「そういうことじゃなくって……あっ……」
僕は紺野先輩の言葉を最後まで聞かずに、教室に戻った。


「向葵、どこ行っとったと! 最近部活も出んし、お昼も一緒に食べれんし、寂しか……」
シャルが飛びつくように僕を出迎えてくれた。その青い水面が、あふれそうにひたひたと揺れている。
ああ、この子を悲しませちゃいけない。この子を悲しませてまですることは、僕にはないはずだ。
「ごめん、シャル」
「あのことならみんなもう怒ってなか。やけん、顔出しーよ」
あのことって……いや、忘れろ。水色は関係ない。
「今日はちゃんと部活出るよ。本当、ごめん」
「そんならよかっちゃ。別に、怒っとーわけやなかっちゃけん、謝らんと」
やっぱりシャルは、笑っていた方が可愛いよ。なんて、言えないけど。



放課後。久しぶりのグラウンドだ。選手も八人になって、練習も様になってきている。ずいぶん練習したのか、あの蓮見先輩も、シャルの球が捕れるくらいになっていた。
この状況を見ると、なおさら早く試合がしてみたい。寄せ集めと言えばそれまでだけど、このチームでどこまでやれるか。あのあすみヶ丘に勝てるのか、確かめたい。勝てなきゃ全国には行けない。


「ありがとうございましたっ!」
部活が終わり、僕は部室前で一人、彼女の支度が終わるのを待つ。


すると、意外な人物が顔を出した。
「西山さん」
「……このチームで、どこまでいけるの?」
練習、見てくれたのか。野球、興味あるのかな。
「それはやってみないと。でも僕は、全国に行きたいんだ。僕が言いだしたことだったけど、今はみんなそのつもりでやってくれてるよ」
「……本気で行けると思ってるの?」
西山さんの目は真剣だ。決して冷やかしに来たわけじゃない。なら僕も、真剣に答えるべきだろう。
「思ってるよ。そして、新宮にも勝つ」
「八人しかいないのに……?」
「う……それは……」
だから探してるっていうのに。
「考えてみるわ。じゃあ、またね」
「あ、うん……」
思えば、初めて挨拶してくれた気がする。考えてみるって、入ってくれるかもってことだよな。
そんなことを考えながら、遠ざかっていく彼女の背中を見つめていると、部室のドアが開いた。


「向葵! 待っててくれたと?」
「そうだよ。一緒に帰ろう?」
「うん!」
緒倉さんはなぜか遠慮していて、僕たちについてはこなかった。


「そんで、うちん球も捕るーようなっとーてね。あ、そうそう、陽依、うちん球やっと打とーよーなったんよ」
「シャル、ずいぶん楽しいんだな」
さっきからずっとこの調子で、最近部活であったことを話してくれる。
っていうか、方言バリバリでマシンガントークされるとついていけないんだが……。
「うん。これも、向葵のおかげっちゃ。ありがとう」
「いいよ、お礼なんて。ああ、そうだ。最近部活出てなかったお詫びに、今度うちにおいでよ」
うちなら庭に姉ちゃんが使ってた仮想マウンドがあるからな。シャルにも喜んでもらえるだろう。
「えっ? 向葵んうちに? 行っていいと?」
「まあ、たいしたもてなしはできないかもしれないけどさ」
「もちろん行くっちゃよ! いつにすーと? 土日なら一日いてもよか?」
やけに食いつきがいいな。そんなに寂しい思いさせてたのか……。
「明日土曜だし、どう?」
「うん、じゃあ明日来るっちゃ。ちゃんと待っとーてよ?」
「はいはい、迷子にならないようにな」
同級生の女の子を家に呼ぶなんて、初めてだな。明日だったら母さんもいないし、面倒なことにならなくて済む。
あ……、じゃあ、明日はシャルと二人ってことか……。なんか今から緊張してきた。

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