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星月夜の小夜曲

エルトベーレ

四話 シャルロッテの実力

僕の目の前にいる二人の少女は、それぞれ黙々と弁当を食べている。かたや少し不機嫌で。かたや満面の笑顔で。


騒ぎの中、教室に現れたのはシャルだった。彼女は僕と一緒にお昼を食べたかったらしい。緒倉さんも緒倉さんで、最初に用があったのは私の方だと譲らない。どうしてこうなるんだ……。
「ねえ、高妻くん。この子は?」
なんだろうその笑顔。すごく怖いと思うのは何でだろう。
「えっと、シャルロッテ・エルンベルクさん。僕の……何だ?」
知り合い? 友達? っていうかその境界線ってどこから?
「んーと、女房役っちゃろ?」
「それだ! たぶん」
「結局何なの……?」


こうして打ち解けたところで、話題を変える。こういう時はタイミングが重要だ。姉ちゃんとケンカした時に学習した、仲直りの方法でもある。
「シャルはトレーニングって、普段何してる?」
「んー、軽くストレッチして、ランニングして、あとは投げ込みっちゃね。お風呂入ったらまたストレッチして、フォームんチェックして、寝る……?」
おい、素振りしてないじゃん。っていうか何で疑問形?
「シャルロッテ……さんは、野球やってるの?」
「長いからシャルでよかよ。緒倉さんも野球やっとーと?」
「うん。投げ込みってことはピッチャーだよね?」
「そうったい。今度うちん球、見てみる?」


いい感じじゃないか。この調子で、シャルに野球する友達が増えるといいな。どうせなら、そのまま野球部に入ってもらって……。あ、でもシャルは部活ではやりたくないんだっけ。
それはそうと、はっきり言ってシャルのトレーニングは聞いてはみたけど全然参考にならなかった。まあ彼女は一人でやってるし、集団練習の参考にするのがそもそもの間違いなのかもしれないけど。
「高妻くん、私も連れてって!」
「な、何が……? どこに?」
話を聞いていなかったら、いつの間にかよくわからない方向に話が飛躍していたようだ。
「バッティングセンター行くんでしょ? 私も行きたい!」
緒倉さんは何をそんなにはしゃいでるんだ? バッティングセンターくらい、彼女なら行ったことあるだろうに。
「わかった、いいよ。シャルもそれでいい?」
「うちはいっちょん気にせんよ」
「ちょっと高妻くん。その子は高妻くんの何なの?」
なんか話がループしてないか?
「何って、だから……」
「まあ、いいけど」
何なんだよ……。


ここで会話を打ち切るように、予鈴が鳴った。
「あ、じゃあうちは教室に戻るっちゃ。……向葵、朝はありがとうね」
「いや、いいよ。今度からは早めに言ってくれよ?」
シャルは可憐な笑顔だけ返して、ドアの向こうに消えていった。
歩いてるだけでも絵になるなあ。彼女が歩いたあとには自然と視線が引き寄せられてしまう気がする。
「だから二人はどういう関係なのっ?!」
この後、質問攻めしてくる緒倉さんを宥めるのは大変だった。



放課後になって、約束通り緒倉さんを連れて、今度は僕からシャルの教室に足を運ぶ。入り口から中を覗くと、シャルの姿はすぐに見つかった。周囲の視線はちらちらと彼女に注がれているものの、話しかける者は誰もいない。
「シャル、迎えに来たぞ」
「あ、向葵。今行くー」


バッティングセンターは学校からも歩いていけるくらいの距離にあるが、僕らの通学路とは反対方向だ。時間ももったいないし、学校から直接行くことにした。
そういえば、三年間同じクラスで野球という接点がありながら、緒倉さんとこんなに話したことってなかったな。まして一緒にどこか出かけるなんて。
でも改めて見ると、ずいぶん小さいんだなあ。シャルが僕と同じくらい身長があるのに対し、緒倉さんは頭一つ違う。それに、身長だけじゃなく肩幅とか、腕とかも簡単に折れてしまいそう。女の子って、こういうもんなのか。僕には身近な女の子(?)として姉ちゃんがいるけど、そんな印象を持ったことはなかったと思う。


「ん? 何?」
そうやって僕の視線に気づいて小首をかしげる姿は小動物を思わせる。端的に言うと可愛い。そういう仕草は狙ってやっているのか?
「二人とも、すっかり仲良くなったなあと思って」
「誤解が解けてよかったっちゃ」
「誤解?」
適当にとってつけただけで、二人の話自体は全然聞いていなかった。
「陽依はうちが向葵の彼女やって思ーとったって」
「友達だったんでしょ? なんかごめんね」
よかった、友達だったんだ。友達ですらなかったらどうしようかと。
「なんで緒倉さんがそんなこと気にするんだ?」
「いいじゃん、別に」
せっかく誤解が解けたっていうのに、緒倉さんはなぜだか拗ねてしまった。


そんなこんなで、あっという間に目的地に到着した。この月島つきしまバッティングセンターは、女子プロ野球チーム・山形キルシュのエースである月島真心こころさんの実家らしい。
「すごかぁ~! これ、どこでもよかと?」
「うん。左打ちのとこもあるよ」
シャルが選んだのは、90~130キロの球速ミックス。いきなりハードすぎじゃ……。
しかし、そんな懸念は彼女のスイングでいとも簡単に吹き飛んでしまった。恐ろしいほどのスイングスピードで、一球目を弾き飛ばした。たぶん球速は130キロくらいだったと思うけど、あの飛距離だと間違いなく長打になる。
二球目、三球目もいい音を響かせて弾き返す。急に90キロの緩い球が来ても反応できている。これで本当に実戦経験が少ないっていうのか……?
結局、二球だけゴロになったがあとは全てヒット性の当たりを打ち、彼女はボックスから出てきた。
「すごいじゃん、シャル!」
「ふふん、打つ方もすごいっちゃろ?」


今度は緒倉さんが同じボックスに入るが、彼女も負けていない。
シャルとは対照的に、打球を上げずに弾道の低い鋭いライナーやゴロを打っている。これは打ち損じじゃなく、狙ってやっているんだ。ちゃんと全部芯で捉えているのを、場内に響く快音が証明している。
「陽依もすごか!」
「ありがとう」


「次は向葵の番っちゃね」
「……え?」
いや待てって。僕は打つ方は全然なんだ。この二人のあとで空振りなんかしたらカッコ悪いって。
縋るように緒倉さんに視線を向けるも、彼女は無言の笑みで僕をボックスに押し込んだ。緒倉さんには前々から、僕はバッティングは嫌なんだと言っておいたんだけどな。
「先に言っとくけど、……笑うなよ?」
「いいから早く。ボール来るよ?」
初球、当てただけのゴロ。いや、今のはちゃんと集中してなかったせいだ。次はちゃんと……。って、速っ! とりあえず振るっ!
思い切って振ってみたら、驚いたことに、当たった。しかもうまい具合に芯に当たったらしく、思ったよりいい当たりになった。また同じ速いボールが来て、これも見て、振って、当てることができた。
そうか、シャルのボールを見てきたから、多少目が慣れたんだ。これなら……。
しかし、次に来た90キロの球はタイミングを外されて空振り。
くそ……機械のくせに、やるな。
「なんだ、結構打てるじゃん。謙遜することないよ」
「いつもはもっと打てないんだよ」
自分で言っていて情けない……。


場所を変えて、このバッティングセンターの売りの一つでもあるフリースペースに入る。ここにはマウンドとバッターボックス、それから防具やミットなどしか置いていない。つまり、投げて打てる場所、というわけだ。
「緒倉さん、シャルの球、見てみたいだろ?」
「見てみたいっちゃろ?」
「ぜひ、お願いするよ」
シャルがマウンドに上がり、僕がミットを構えて何球か投球練習をする。
「軟球はちょっと久しぶりっちゃね」
「すっぽ抜けは気をつけてくれよ?」
シャルの準備ができたところで、緒倉さんは左打席に入る。さっき打ってた時は気にならなかったけど、捕手として屈んでいる体勢だからか、制服のスカートの裾に意識がいってしまう。


「いくよー」
緒倉さんは無言のまま構える。すごい集中力だ。さっきの投球練習も、彼女はじっと見つめていた。こんな速い球、この辺じゃなかなかお目にかかれないからな。
いつもと同じ綺麗なフォームで放られた初球は、ド真ん中にストレート。今日はまた一段と伸びてくる気がする。こっちの球の方が慣れてるからなのかな。
「ストライク……だよね?」
「速いね……」
「これで変化球もあるんだぜ? 投げさせてもいい?」
「……いいよ」


僕はシャルにサインを出す。投球練習をする時、最初は球種を言ってもらっていたが、サインを決めることでそれを解消した。
出したサインはスライダー。気合入れて止めないと、こっちがケガをする。
速い球が真ん中めにきて、急に落ちる。緒倉さんのバットはむなしくも空を切った。僕の方も、今日は防具もあるし、軟球なのであんまり痛くない。
もう十球ほどストレートを投げて、ようやく緒倉さんもバットに当てられるようになってきた。
「あ、当たった……。でもこのタイミングでもまだ……」
なんてぶつぶつつぶやきながら、再び構え直す。
シャルは投げるの好きだからやめたがらないだろうし、この調子だと緒倉さんも打てるまでやめないだろうな。どうやって区切りをつけよう……。



結局、緒倉さんの疲れが見えてきたところで打ち切り、帰ることになった。
「すごかったよ、シャルちゃんの球。あんなの初めて見た」
「陽依も、あげんすぐに当てらるーて思わんかったったい」
緒倉さんは最後まで、シャルのストレートを前に飛ばすことはできなかった。それどころか、変化球にはかすることもできなかった。僕はここのところずっとシャルの球を受けてきたけど、打者を相手にした球を見たのは初めてだったし、何より実際にあれだけ脅威的なピッチングをしてるんだということが目に見えてわかった。
もし彼女が野球部に入ってくれれば、いつかグラウンドで姉ちゃんに会うことだって……。
「シャルちゃんは、野球部には入らないの?」
シャルは少し考え込んでから、僕の方を一瞥して、絞り出すように言った。
「……うちが入っても大丈夫と?」
「もちろんだよ!」
「みんな、陽依んごと、うちと仲良うしてくるーと……?」


この子は一体どんな環境で野球をやってきたんだろう。速い球が投げられることも、疎ましく思われたのかもしれない。
「当たり前じゃん! それに、野球部には高妻くんもいるよ?」
「こ、向葵は関係なかっちゃろ!? なしてそげんこと言うと?」
「さあねー?」
ふとシャルと目が合って、すぐに逸らされてしまった。
おいおい、僕が何したっていうんだよ……。
「……一応、考えとくっちゃ。野球部」
家に帰ると、母さんに遅いと怒られたが、それを聞き流して風呂に直行した。
ああ、そうだ。練習メニュー考えなきゃいけないんだった。今日は疲れたし、明日やろう、明日……。

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