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星月夜の小夜曲

エルトベーレ

三話 生まれも育ちも福岡ったい

「そんな感じで、女子野球部に入ったってわけ。今日もその帰りだよ」
「大変そうやけん、楽しそうやなあ」
春休みが明けてからも、シャルロッテは相変わらずあの場所で一人投げ込んでいた。
「そういえば、シャルは学校どうなの?」
そもそもいくつなのか、どこの学校かも知らなかった。高校生くらい……だとは思うけども。
「こん春から高校生ったい。向葵と同じ。やけん、うちはまだ話もできとらんよ」
「そっかぁ……」
シャルは可愛いし、パッと見は普通に外人だから、話しかけづらいのかもなぁ。しかも喋ると方言ときた。
ん? でも高校って、行くとしたらこの辺りだと立野くらいだよね。よっぽど偏差値が高いか低いかじゃないと。それか私立。
「シャルはどこの高校なの?」
「立野高校っちゃけど?」
「えっ、そうだったの!? 一緒じゃん!」
そうだったんだ……。帰ったら入学式でもらったクラス分けのプリント見てみよう。
「今更と……? うちは気付いとーっちゃけど、学校ではなんも話しかけてくれんけん、寂しかったったい」
「ごめん、気づかなかった……」
シャルは目立つから、気づかないはずないんだけどな……。気づかないほど色々あったってことか。


「ねぇ、明日ん朝、一緒に行かんね?」
「家どの辺なの?」
「そこ」
と、彼女が指差したのは、すぐそこの民家。
ああ、家の裏手だったのか、ここ。どうりで、こんな時間までやってても家の人に何も言われないわけだ。
「わかった。じゃあ明日、七時半にここに来るから」
「うん、待っとーね」
彼女の笑顔に見送られ、僕は一人、帰路につく。
それにしても、シャルが同じ学校だったなんて……。シャルは野球部、入ってくれないのかな……。



翌朝、僕は気が急いて、待ちきれずに家を飛び出す。母さんには珍しく早起きだなんて不審がられたけど、適当にあしらっておいた。
昨日約束した場所に、約束の時間より早く着いた。しかし、やはり予想通り、彼女は既にその場所にいた。いつもの力強さとは裏腹に、今日の彼女は優しい風に揺られながら、本を読んでいた。制服姿も可愛らしい。こうして見ると、文学少女にも見えるから不思議だ。


「おはよう、シャル。早いね」
「あ、おはよう。向葵も、早いっちゃね」
僕たちは顔を見合わせて、同時に顔を綻ばせた。
「なんか、落ち着かなくてさ。早く来ちゃったんだよね」
だいぶ早いので話しながらゆっくり歩き始める。
「うちも。本ば読んでたっちゃけど、いっちょん頭に入ってこんかった」
いっちょん……? ささっと検索して、話に追いつこうとする。“全然”って意味らしい。
「なんしとーと?」
「いや、別に……。それより、何の本読んでたの?」
「ひ、秘密!」
そんな隠すような本読んでたのか……?


「そういえば、シャルは日本育ちなんだよね? ハーフとかなの?」
「ハーフ……かいな? お父様はドイツ人で、お母様がロシア人と日本人とんハーフやけん」
えっと……じゃあクォーターってやつか。それにしてもすごい混血だな。こんなに可愛いのは、それぞれのいいとこ取りってわけなのか。
「やけど、うちは生まれは福岡で、ついこん前まではずっとそこにおったったい。お父様もお母様も、海外ん仕事が多いけん、うちはお祖父様んとこで育ったったい」
「そうだったんだ。じゃあ、そのお祖父さんに野球を?」
「お祖父様は昔、投手やったけん。変化球も、中学ん時教えてもろーたよ」
あんな変化球教えられるとか、お祖父様何者だよ……。まさか、元プロとかじゃ……。


「向葵はいつから野球やっとーと?」
「僕は姉ちゃんがやってたから、その影響で小四の時からリトルでやってたよ。中二まではシニアでもやってたし」
「シニアって、硬球使うっちゃろ? すごかぁ〜。うちは中学卒業まで硬球はいかん、言われとったけんね」
それじゃあ、硬球での練習はこの春休みからだったんだ。ずいぶん慣れてるなぁって思ったけど、その短期間で相当練習して慣らしたんだろうな。
「シャルって、打つ方はどうなの? 投げる方しか興味ないとか?」
「そげなことなかってん、打つ方も好きっちゃん。たまには素振りもすーったい」
たまにって、いつも投球練習しかしてないじゃん……。まぁ、素振りだけってつまんないよね。
「それなら今日の帰り、バッティングセンター寄ってかない?」
「えっ、いいと!? うちバッティングセンター、一度行ってみたかったっちゃけど、えずうて行けんで……。ホントに連れてっちゃらんと?」
だからそんなキラキラした目で見ないでくれよ。その宝石みたいな目で見られたら、断るなんてできないからさ。
そして、片手でさっと検索っと。“えずうて”は……怖くてってことか。
「そういうことなら尚更行こうよ。きっと楽しいと思うよ」
「ありがとう! そんならなんかお礼したいっちゃね」
「いいよ、お礼なんて」


そんなことを言っているうちに、もう学校に着いてしまった。いつの間にそんなに歩いてたのか。
「だいぶ早く着いちゃったね」
「そんなら、お願いがあるっちゃけど……」


いったん教室に荷物を置いて、シャルに言われるまま図書室に入る。この時間はさすがに誰もいないが、扉は開いていた。
「シャル、ここで一体何を……?」
「これ……」
彼女がおずおずと見せてきた表紙には見覚えがあった。入学手続きの時にもらった冊子で、中学の復習にあたる問題がぎっしりつまっていたはずだ。春休みの課題としてやっておくように、と言われ、解答は渡されていない。提出日はたしか……今日。
「……まさか、終わってないとか?」
「えへへ……」
その笑顔は肯定ってことなのか? 春休みの間、野球ばっかりやっていて全然勉強してなかったのか。僕ですらちゃんと終わらせたのに。……姉ちゃんに手伝ってもらったけど。
「あ、全部やなかよ? そやけど、わからんもんはわからんし……」
「わかったよ。教えてあげるから。どこまで終わってるの?」
「えっと……、こげな感じ……」
パラパラっとめくってみると……うん、真っ白だ。最初の方だけ少しやってある。
「全然やってないじゃん!」
「やけん、わからんのやって!」
中学の間はどうしてたんだよ……。っていうかよくここ入れたな。野球のことしか頭にない、いわゆる野球バカってやつなのか? でも姉ちゃんは野球も勉強もちゃんと両立してたけどなぁ。
ため息をついて、ふとシャルを見ると、泣きそうになりながら縋るように僕の方を見つめていた。
「……なんとかならん?」
「あの……もう少し早く言ってほしかったな」
「ごめん……」


しょうがないので僕の答えを写させつつ、基礎知識だけは教えておく。字は結構きれいだ。
いい感じに仕上がってきたところで、予鈴が鳴った。あと五分で教室に行かないと遅刻になる。それはそれでマズい。
「シャル、あとはわからなかったってことにしておけばいいから、ちゃんと提出しなよ?」
「わかった、ありがとう! またね」
彼女も遅刻はマズいと思っているらしく、急いで片づけて図書室を出た。



午前中の授業が終わって、やっと昼休みになる。今日からもう授業が始まるが、初回なので本格的な授業はまだだ。
朝のホームルームで例の課題は回収されたけど、シャルはちゃんと出したかな。
「高妻くん」
でもあの調子じゃ、今後またすぐに授業についていけなくなるんじゃないか?
「高妻くん?」
その度に僕が教えることになるのは面倒だし……。まあ、嫌ってわけじゃないけど、僕にもテスト勉強というものがあるからな、うん。それに部活も……。
「おーい、高妻くん」
「わっ、緒倉さん!? な、何?」
気付けば、目の前に緒倉さんの顔があった。近いって。
「何って、呼んでも返事しないんだもん。どうしたの? 考えごと?」
「まあ、うん……」
シャルのことは、何となく言えなかった。というよりも、呼ばれたのに気付かないくらいシャルのことを考えてたなんて、僕自身が一番驚いているし、恥ずかしくて言えない。
「そっか。練習メニュー考えるように言われてたもんね」
「ああ、そうだ。練習メニューもあったんだった」
練習メニューのことはすっかり忘れていた。明日の昼までだったっけ。
「あれ、そのことじゃなかったの? 考えごとって」
すると、教室の入り口の方が何やら騒がしくなってきた。
「何かあったのかな」
特別群れるのが好きなわけじゃないが、こうして騒ぎになっているのを目の当たりにすると、何なのか気になる。
ちらと入り口に視線を向けると、目が合った。

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