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星月夜の小夜曲

エルトベーレ

一話 野球部

姉ちゃんは一昨日に高校の寮に帰ってしまった。
姉ちゃんを見てると、高校生というのは何か特別なエネルギーに満ちている気がする。そして今日からは、僕も高校生だ。姉ちゃんとは比べ物にならないくらい平凡だけど、僕だって何かできるはずだ。そんな気がしているのである。


入学式はつつがなく執り行われ、僕は今この瞬間から、実感を持って高校生になった。
桜の花は半分くらいが禿げてしまっていて、もう美しさは残っていない。この分だと、きっと卒業式は満開だったのだろう。


「あれ、高妻くん?」
校門を出たところで名前を呼ばれた気がした。振り向くと、よく見慣れた顔。同じ中学だった緒倉おぐらさんが、にこやかに歩み寄ってきた。
「緒倉さんもここの学校なんだ」
「そう。これからもよろしくね」
「こちらこそ」
彼女とは中学の三年間同じクラスだっただけに、こういう見知らぬ人ばかりのところで会えると妙に安心する。
「っていうか、またまた同じクラスだよ? プリント見た?」
「えっ、本当に!?」
すごい偶然だな。これで四年連続だぞ。
「何ていうか、運命的だよね」
運命的って……。
「まぁ、確かに……」
「せっかくだし、一緒に帰ろうよ」
「いいよ」



緒倉さんは家から近いっていうのと、制服がかわいいからっていう理由で高校を選んだらしい。前者は僕と同じだけども。


「高妻くんはさ、高校では、また野球やるの?」
緒倉さんは、僕が姉ちゃんと同じ新津にいつシニアに入っていたことを知っていた。もちろん、途中でやめたことも。
「さあ、どうしようかな。一応、見学には行ってみようと思うよ」
「へぇ〜。何かあったの?」
彼女は茶化すような目で見てくるが、悪気があるわけではない。
僕が野球をやめたときは、もう二度とするもんかっていうくらいだったから、どんな心境の変化があったのか、気になるのも当然だと思う。
「別に。新しい環境になるし、またやってみてもいいかなって思っただけ」
「またお姉さんに触発されたとかでしょ?」
「そんなんじゃないって」
確かに姉ちゃんはすごい。実力を認められて、名門校のエースの座を勝ち取ったんだから。でも、今回は本当に姉ちゃんの影響じゃないんだ。


「緒倉さんは、どうするの? 立野たちの高校って女子の野球部はないんでしょ?」
「そうなんだよねぇ……。やっぱり制服で選んだのはマズかったかなぁ」
緒倉さんは中学では女子軟式野球部に所属していた。だからそのまま、高校でも野球をやるもんだと思っていたけど。
「ま、色々見てみて考えるよ。あ、じゃあ、また明日ね」
「ああ、またね」
それぞれの家の方向に別れた。どうせまた明日会うことになるんだけど、こうして別れるのも何か寂しい。
緒倉さんとまた一緒なのか。運命……、か。



次の日の放課後、僕は早速野球部の練習を見に行った。体験もやってたけど、まずは見学だけにしておいた。
ただでさえブランクがあるんだ。周りとあまりにも差があったら恥ずかしい思いをするに決まってる。シニアをやめたときだって、僕は姉ちゃんと違ってセンスなんかなかったから、皆の期待に耐えられなかったんだ。同じ目には遭いたくない。


「おら、声出せ! 次、セカンッ!」
「はいっ!」
「何やってんだっ! もういっちょ、行くぞ!」
「は、はいっ!」
練習はキツそうだな……。いや、まあ、それは別にいい。
それより、思ったよりレベルが高い。昨年は県大会でベスト8まで行ったらしく、今年こそは甲子園を目指してるらしい。
もう少し気楽にできたらよかったのにな。やっぱり、野球はダメか。違う部活を考えよう……。


グラウンドを出るも、未練がましくフェンス越しに練習風景に目がいってしまう。
「ねぇ君、野球に興味あるの?」
不意に背後から声をかけられた。昨日もこんなことあった気がする。
ところが、今度は美人の先輩だった。全体的にスラっとした印象。黒くて長い髪は風に流され、清楚な感じを漂わせる。なんとなく上品な雰囲気が、いかにも上級生のお姉さんといった感じだ。
「ま、まあ……」
「今、うちの野球部は人数が足りなくて……。入ってくれる人を募集してるんだけど、興味ないかな?」
人数が足りないって、あんなに練習してるじゃないか。まだ足りないっていうのか。あ、さては雑用ってことか。女子で釣ろうっていう魂胆だろう。


「ちょっと星空せいら、ちゃんと説明しないと詐欺みたいでしょー?」
隣にいたもう一人の女生徒が、さっきの美人をたしなめた。
「だって、それじゃあ絶対入ってくれないよ〜」
いや、それ詐欺ってことじゃん!
「星空、あんまり下級生いじめないの」
「は〜い。えっと、まず自己紹介から。私は紺野こんの星空。二年生です」
「あたしは成瀬なるせ成美なるみ。同じく二年生ですよー」
紺野星空って、噂で聞いた、立野のアイドルとかって言われてる人だ。でも、なんか成瀬さんの方が常識人っぽいな。
「高妻向葵、一年です」
「あのね、私達、実は女子の野球部を作ろうと思ってるの。だけど人数が足りなくて、 今のままだと立ち上げられないの……」
それで僕にお願いを……。って、女子野球部!?
「じゃあ僕が入っても意味ないじゃん……」
「それが、そうでもないんだよー。部活を作るには、部員が最低六人必要っていうのが校則で決まってるんだけど、今ちょうど五人までは集まっててね」
「僕が、六人目、と?」
「そゆこと」
んー? でもよく考えても僕が入ることのメリットはないような気がするけど。女子の野球部に男子の僕が入ったとして、幽霊部員確定じゃん。籍だけ置くってことか?
「僕じゃなくて、他に入ってくれる女の子を探したらいいんじゃないですか?」
「そうしたいところなんだけど、そういうわけにもいかなくてね。今日中に部員を揃えないといけないのよ」
「どうしてですか?」
「明日、学校で今年の部活の予算を決める会議があるんだよ。だから明日までに部として成立してないと、今年の予算はゼロってわけ。すずめの涙でも、無いよりはマシでしょー?」
なるほど……。ということは、今日の最終下校時刻までが勝負なのか。それで、男の僕でも構わず入れてしまおうってことか。
「野球に興味あるんでしょ? そうだ、マネージャーとかどう? やってみない?」
そうきたか。確かに、プレーヤーとしては諦めかけていた部分もある。でも野球には関わりたい。ならマネージャーはうってつけかもしれない。
「マネージャーって、女子がやるもんじゃないんですか? それに、男子のマネージャーなんて、みんな嫌がると思いますよ?」
「そうでもないよー。男子野球部のマネージャーが女子なら、女子野球部のマネージャーが男子でも、何の不思議もないよねー?」
「その理屈はちょっと違うんじゃ……」
「いちいち理屈っぽいなぁ。もう、男ならはっきり決めてよ。やるの? やらないの?」
その聞き方、なんかエロい……。なんて言えるわけもなく。ノーと言えるわけもなく……。
「わかりました……。入ります……」
「やった! ありがとうっ!」
僕の言葉を聞くや否や、紺野先輩が抱きついてきた。
なるほど、男子マネージャーだとこういう役得があるのか。とか思っちゃいけないんだろうな。


手続きしてくるから、と紺野先輩は校舎の方へ駆けていった。
「マネージャー、やったことある?」
「ないです……」
姉ちゃんの相手はしてきたけど、それに近いことをやるのかな。
思いつく仕事は掃除とか、グラウンド整備、備品の手入れ、とかかなぁ。
「まあ、色々話し合いながら決めてくから。明日の放課後、部室来てねー。ちなみに、部室はそこね」
と、成瀬先輩が指差したのは、木々に隠れたこじんまりとした小屋のような建物。校庭の隅にあんなのあったんだ……。
「わかりました」
こうして唐突に、女子野球部に入部することになってしまった。

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