女子だって、エースで全国目指したいっ!

エルトベーレ

第19話 雨

五回の表。ワンナウト満塁。打者は七番の如月先輩。
「満塁だぞー! 点入れろよー!」
またとないビッグチャンスだったけど、如月先輩はあっさりと三球三振に倒れた。
下位打線だからじゃない。さっきまでとは気迫が違う。もしかしたらこの子、ランナーがいた方が燃えるってタイプなの?


次の侑樹も、バットに当てることすらできず、三振。
この回のチャンスをものにできないまま、変わらず一点を追う展開となった。
「舞祈の球に慣れてるはずなんだけど、思ったより食い込んでくるよ」
「右打者は辛いかもしれないわね」



立ち直ったわたしは、再びマウンドに上げてもらい、五回裏をノーヒットに抑えた。
ふふん、これが本当の実力なのよ。さっきのわたしはどうかしてただけなんだから。


ふと、頬に冷たい感触が伝って、上を見上げた。どうやら試合が終わるまでもたなかったみたい。ポツポツと、小雨が降りだしていた。
「雨、降ってきたな。足場大丈夫か?」
侑樹が心配してくれた。わたしのフォームは足場が崩れると、それだけでコントロールを大きく乱してしまう。
「まだ大丈夫。まあこのくらいだったら、投球には影響も出ないでしょ」
それより心配なのは、本降りになって、雨天コールドになっちゃわないかってこと。もう五回も過ぎてるし、可能性はある。いつコールドになってもいいように、さっさと逆転しておかないとね。



しかし六回表の先頭、わたしの打席はあえなく三振に終わってしまった。
「ランナー出てほしかったなー」
なんて、藤宮に言われる。三振して帰ってくると、藤宮とすれ違う時にいちいち嫌味を言われてムカつく。だったら打てって話なんだけど、そうもいかないのが現実。


藤宮は相変わらず、綺麗にセンター前に打ち返す。何であいつはあんな簡単に打てるんだろう。


次の永山先輩も初球からライト前に打って、またチャンスが広がった。とはいえ、彼女がピンチになればなるほど燃えるタイプなら、相手の思惑通りなのかもしれないけど。


もしわたしなら、この三番の桜庭先輩を打ち取れるかがこの回を無失点で切り抜けるカギになると考えるかな。ここでツーアウトにできれば、次の四番は敬遠して、チャンスに弱い五番と勝負する。それがもっとも安全だと思うから。
だから、ここは打ってもらわないと。せめて、塁に出て満塁にして、敬遠させないようにしないと。
「先輩、ここ大事ですよ! お願いします!」
わたしは彼の目を見据えて、大きな声を飛ばす。それに先輩も振り返り、一瞬困惑したような
表情を浮かべたが、ぐっと握り拳を突き出して、親指を上げて見せた。


ちょっとくらい期待してもいいかなと思ったのも束の間、桜庭先輩は初球を空振り。外めのスクリューだった。際どくはあったけどボール球だったし、ちゃんと見えてないのだろうか。
「ボールよく見てください!」
「落ち着いていこうぜ!」
「一球一球大事にー!」


そんな掛け声も聞こえているのかいないのか、桜庭先輩は二球目も空振り。高めの釣り球に手を出してしまった。二球ともボール球を振っての空振り。追い込まれてしまった。
さっき降り始めた雨も、少しずつ強くなってきている気がする。ここで逆転しておかないと、最終回まで待ってもらえないかもしれない。


三球目。右打者の桜庭先輩に対して、相手バッテリーはクロスファイヤーのインハイのストレートを放ってきた。これにはみんな手が出ずに抑えられてきた、彼女の決め球。……ダメかぁ。そう思って視線を下げたところに降ってきたのは、快い金属音と、大歓声だった。


グラウンドを駆け回るチームメイト、相手選手たち。二塁にいた藤宮が還って、一塁にいた永山先輩が三塁に。打球を目で追うと、レフトが追いかけて拾い上げていた。打った桜庭先輩も二塁まで進み、ワンナウト二塁三塁に。あっという間に一点返して同点になった。


「ナイバッチー! 隼人ー!」
「桜庭先輩ナイバッチー!」
「まず同点だ! まだまだ行こうぜ!」
「この回逆転しよう!」
堰を切ったように湧き上がる瀧上ベンチに、わたしは圧倒されて、呆けてしまっていた。
そっか。彼はわたしのお願いに応えてくれたんだ。いや、チームのために、ね。あとでわたしもお礼を言っておかなくちゃ。このチームのエースとして。


次の四番の原田先輩は思った通り、敬遠。五番の山口先輩との勝負を選んだ。
いくらチャンスに弱いって言っても、ワンナウトで満塁。せめて犠牲フライくらいは打って、逆転の一点にしてほしいけど。


ところが、投手がモーションに入ると、ランナーは一斉にスタートを切った。この場面で、五番がスクイズ!? ……こんなの、予想できないでしょ。
「ランナー走ってるぞ!」
「ファースト、サード前進!」
左打者にだったら、外の届かないところに放ることもできたかもしれない。だけど山口先輩は右打者。対角線投球はただでさえ斜めの軌道になるのに、利き手側に大きく外すのはパスボールの危険もあって、難しい。
結局高めに外してきたが、外し方が甘かった。山口先輩は楽々当てて、しっかりフェアグラウンドに転がす。と、前進してきたサードが捕るころには三塁ランナーは生還し、二塁ランナーも三塁に進んだ。さらに一塁へ猛然とダッシュする山口先輩に、一塁カバーが遅れた永妻柚莉菜は追いつけず、オールセーフ。打者すらアウトにできずに逆転の一点を許した。


「ナイスラン!」
「ナイバントー!」
「逆転だーっ!」
いつの間にか、主導権はこちらに移っていた。投手を交代してから、流れは変わった。この流れを作ったのは、永妻柚莉菜だ。
だけど、彼女は切れなかった。普通はこうなったら集中も切れて、自棄になってしまいそうなもんだけど。それに、向こうの監督も彼女を代えない。それだけの信頼があるっていうの?


その実、その後のお姉ちゃんは内角をつまらされて、内野ゴロゲッツー。自滅狙いの大量得点とはいかなかった。でも、一点のリードがあれば充分よ。


「お姉ちゃんがゲッツーなんて、珍しいね」
「一点あれば、あんたには充分でしょ」
打てなかったの悔しいくせに、強がっちゃって。ええ、その通り。一点のリードさえもらえれば、あとはわたしが抑えるだけなんだから。



六回の裏の先頭は、九番の潮田に代わった投手の永妻柚莉菜。代打が出てくるかもしれないと思ったけど、彼女はそのまま左打席に立った。
あとアウト六つ、一点差で負けてる状況で、投手であり女子選手である彼女を打席に送る理由は何だろう。代えの投手にマシな奴がいないとか。それとも打者としての彼女を買っているのか。何にせよ、気を付けるに越したことはないわね。


心なしか、また少し雨が強くなった気がする。肩が重い。袖が貼りついて鬱陶しい。アンダーは黒だから透けても大丈夫だけど、ちょっとウザいわね、この雨。
「舞祈、一つずつ丁寧にいこう!」
わたしは額から垂れてくる雨水を拭って、侑樹のサインに頷く。まずは初球、インコースにストレート。散々あんたが投げてきたのと同じ球、受けてみなさいっ。
ちょっと高めに浮いちゃったけど、永妻は見逃してストライクが一つ。仰け反って見逃されるのは、結構気持ちいいのよね。


二球目、同じところにツーシーム。ストレートとタイミングはほとんど同じで、コースもほとんど同じところだったから、これは流石に振ってきた。
手元でふっと沈んだ球はバットの芯から外れて、叩きつけられたように三遊間へと転がっていく。
「ショート!」
しかし、グラブを構えた藤宮のところまでは届かず、手前で勢いを失って止まってしまった。思い切り叩きつけられたせいか、ぬかるんだ地面に勢いを殺されて、転がらなかったのだ。
わたしの方が近いと判断し、慌てて一塁へ投げても間に合わなかった。



足元や指先は大丈夫かと目で訴えてくる侑樹に首で返事をし、わたしは彼のサインを待つ。
一番に返っても、クリーンナップに回さなければ、そんなに不安はない。次の一、二番をきっちり取る。
一番の沢口夏生への初球は、インコースへのツーシーム。侑樹は球数を減らそうとするとき、やたらとインコースを攻める。今もそう。わたしの調子が狂うのを恐れて、早くアウトを取りたいんだ。わかってるよ。わかってるから、わたしは逆らわなかった。
そして、……打たれそうだと思っても、投げるのを止められなかった。

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