女子だって、エースで全国目指したいっ!

エルトベーレ

第18話 お姉ちゃんの背中

「タイム!」
侑樹がタイムを取ってマウンドに寄ってくると、内野の守備陣も集まってくる。
「どうしたんだよ、舞祈」
「どこか痛めたのか?」
口々に心配してくれる。でも、違うの。わたしは……。
「そんなものなのね。やっぱりあんた、口だけじゃん」
「おい、結祈。そんな言い方……」
「ううん。お姉ちゃんの言うとおり。……わたしの実力なんて、こんなものだったんだ」
情けない声が口から漏れる。どうして。こんなこと、言いたくないのに。弱いところなんて、見せたくないのに。
「侑樹と練習して、先輩方を三振に取って、蓼科を抑えて。それで、つけあがってたのかも。やっぱりわたしは、お姉ちゃんに……」
「……舞祈、顔を上げなさい」
言われて気がついた。わたしは顔を伏せていたらしい。それもそうね。こんな情けない顔、見られたくないもん。
しかし、お姉ちゃんの言葉の真意は違った。ベンチから伝令がやってきたのだ。


『瀧上シニア、シートの変更をお知らせします。ピッチャー、高瀬舞祈さんに代わりまして、高瀬結祈さん。セカンドの高瀬結祈さんに代わり、高瀬舞祈さんがそのままセカンドに入ります』


球場に響くアナウンスを聞きながら、わたしは正面で侑樹と投球練習をするお姉ちゃんを見やる。
代えられたのは当然。だけど、わたしを下げないのは、まだ使ってもらえるってこと。でも、セカンドなんて……。できないってわけじゃない。学童のころはピッチャーなんて任せてもらえなかったから、わたしはセカンドとファーストをこなしてたし。それでも自信はないの。
わたしの自信のあるのは……それもダメだから、こうしてセカンドにいるんだけれども。


「舞祈」
藤宮がボール回しにわたしを混ぜる。気を利かせたつもりなのかしら。
「引きずってんなよ。マウンド降りたら、ちゃんと野手やれよ?」
「……わかってる」



四回裏。無死一、三塁から試合が再開される。


下位打線だし、さくっと終わらせちゃってほしいな。嫌な流れを引きずりたくないし、回が終われば気持ちも切り換えられると思うもん。
「ランナー走ってる!」
初球、一塁ランナーはスタートを切った。集中を欠いていたわたしはそれに反応できず、二塁に入るのがわずかに遅れてしまった。内野はこういうわずかな遅れが取り返しのつかないことに繋がるって、自分でわかってるはずなのに。
「セーフ!」
結局、二塁へはショートの藤宮がカバーに入ってくれたけど、ワンテンポ遅れて盗塁は阻止できなかった。


これで無死二、三塁。ヒット一本でも二点を失う可能性が出てきた。そうでなくても、犠牲フライやスクイズもある。無失点で切り抜けるには厳しい状況。
わたしのせいで……。もうこれ以上足を引っ張るわけにいかない。集中しなきゃ。
「一つずつ取ろう!」
「自分のペースで!」
お姉ちゃんは二球目を放るも、これも空振りでストライク。さっきの盗塁の間にストライク一つもらってたから、これで追い込んだ。


この七番は、第一打席はわたしのスライダーに手も足も出ずに三振だった。手ごたえとしては、大きい変化についていけていないような、そんな感じ。もし侑樹も同じように思ったのなら、ここの三球目は……。
予想通り、お姉ちゃんの得意球、スライダー。奇しくもわたしとお姉ちゃんの決め球は同じなのだ。ただ、わたしは横に大きく曲がるスライダー、お姉ちゃんは縦に大きく割れるスライダーだけれども。
七番の日高はこれを空振って三振。ようやくアウトが一つ。
「ワンナウトー!」
「いいよー、その調子!」


次の八番は、初球からお姉ちゃんのストレートを叩いた。インコース高めに外した球だったのに、強引に当てて、軽々と打ち上げた。内野の頭を越し、ライトの定位置まで。この距離だと、タッチアップは防げないかも。
案の定、三塁ランナーは捕球と同時にスタートを切った。ライトの原田先輩も、間に合う可能性に賭けて、思いっきりホームへ送球する。
「二塁ランナー走ってる! 中継三つ!」
ワンテンポ遅れて二塁ランナーがスタートしたのだ。送球がホームへいっている間に、三塁を陥れるつもりね。そうはさせない。と言いたいところだけど、カットして送球しても、わたしの肩じゃどのみち間に合わない。
ところが、マウンドにいたお姉ちゃんが原田先輩の送球をカットして、サードへ放つ。その送球をサードの桜庭先輩が捕ったときには、もう二塁ランナーが滑り込んでくる。だけどお姉ちゃんの送球が思いの外良くて、捕ってすぐにグラブでタッチし、二塁ランナーはアウト。
肝心の問題は、ホームインと三塁タッチアウト、どっちが先……?!


「スコアーザラン!」
主審のコールに、相手ベンチの監督がガッツポーズを見せた。スタジアムのスコアボードにも、天竜に“1”が刻まれる。どうやらホームインの方が早かったらしい。
1-2。また勝ち越された。



『天竜シニア、選手の交代をお知らせします。潮田さんに代わりまして、永妻さん。永妻さんがピッチャー、ピッチャーの大澤くんがレフトに入ります』


唐突に場内に流れたアナウンスに皆が振り返り、グラウンドを見やった。
ルーズサイドテールを肩にかけた、左投げの小柄な少女。間違いない、昨日見かけた永妻柚莉菜だ。勝ち越した場面で出てくるなんて、仕掛けてきたってことなのかな。


「永妻三姉妹の末妹の登場ってか。どいつもこいつも一年のくせに、でしゃばりやがって」
それはわたしのことを言ってるのかな……?
問いかけるように視線を送ると、原田先輩が悪戯っぽく笑う。ああ、そうですか。でしゃばってしまってすみませんね。
「あの子、あんたと同じサイドスローだよ」
「へえ……」
お姉ちゃんに言われても、そんな呟きしか出なかった。その続きを何か言おうとしたけれど、何も出てこなかった。今のわたしには、その先を言う資格はない。
「何を落ち込んでるの。らしくない」
「そうだぞ。また点入れて、すぐ逆転してやっから」
原田先輩も自分のバットを持って、意気揚々とネクストに向かっていった。


「舞祈……さっさと立ち直って、私と代わってよ?」
原田先輩を見送ったお姉ちゃんは、わたしにしか聞こえないような声で、そんなことをささやいた。
どうしてそんなことを言うんだろう。お姉ちゃんだって投手としての意地があるはず。わたしなんかにマウンドを奪われたくなんか、ないはずなのに。
「あんたがセカンドにいたんじゃ、不安で仕方ないわ」
「……あー、はい、そうですか」
お姉ちゃんなりの気遣いだったのかもしれない。わたしはやっぱり、お姉ちゃんに敵わないのかな。
「さて、じゃあ点取ってくる」
グラウンドに目をやれば、三番の桜庭先輩、四番の原田先輩は二人続けてヒットで出塁していた。今は五番の山口先輩の打席。まあ、あの人はチャンスに弱いし、打てないだろうけど。
ネクストに向かうお姉ちゃんの背中は、いつもより大きく見える。そしてなんだか、頼もしい。
ダメだダメだ。いつまでもお姉ちゃんに憧れてるわたしじゃダメなの。わたしはお姉ちゃんを越えなきゃ。でなきゃ、全国なんて行けない。……佐藤さとう絢郁あやかにも、勝てない。


五番の山口先輩は浅い外野フライで、ワンナウトでランナーは一塁二塁と変わらず。
ここでお姉ちゃんの打席。お姉ちゃんは今日、二打席ともヒットを打ってる。ここでもきっと、打ってくれる。
「頑張れー! お姉ちゃーん!」


初球は緩いカーブ。お姉ちゃんはこれに手を出さずに見送り、ボール。
続く二球目はインコース低めのストレートを振らされて、これはストライク。さっきのカーブと同じようなとこ。でも、左のサイドスローだと、右打者のインコースはかなり食い込んでくるように見えて怖いはず。


三球目は高めにストレート。これは外れて、お姉ちゃんも振らなかった。
四球目になって、緩いボール。カーブじゃない、落ちる球。スクリューだった。この球はお姉ちゃんの膝下に落ちて、見送ったけど、ストライクを取られてしまった。
「追いこんだぞー!」
「勝負焦んなくていいよー!」
「柚莉菜ー! 一つずつ丁寧にな!」
勝っているにもかかわらず、逆転のピンチだからか相手チームの方が掛け声が大きい。
このピンチを招いたのもあの子だし、永妻三姉妹の末妹っていっても、実はそんなに大したことないんじゃない?


カウント2-2になって、五球目。外側のカーブ。これはギリギリストライクゾーンを掠めるかというところ。
だけど、お姉ちゃんは振らなかった。お姉ちゃんには、はっきりと見えたのかもしれない。この球はボールになって、これでフルカウント。お姉ちゃんが、逆に追い込んだ。


あの子の持ち球は前の試合のデータによれば、カーブ、スクリュー、チェンジアップ、それからストレート。こうなると、緩い球を続けているからストレートの可能性が高いけど、問題はコース。内と外に一球ずつ緩い球を挟んで次に速い球を投げるとしたら、わたしならどこに投げたいだろう。うーん、サイドスローの特徴を活かせる、インコースかな。


六球目。相手バッテリーが選択したのは、真ん中高め。お姉ちゃんは反応こそしたものの、振らなかった。
「ボールフォア」
バットを置いて、そのまま一塁へ進む。


「満塁だ!」
「一気に逆転しようぜー!」
とはいえここからは、わたしや侑樹のいる下位打線なのよね……。

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