女子だって、エースで全国目指したいっ!

エルトベーレ

第8話 瀧上vs蓼科 後編

五回の裏、二死ランナーなし。打順は先頭に返り、一番の東郷。今日は三振とセンターライナー。ここも抑えてやるわ。
外にシンカーを見せたあと、インハイのストレートを空振り。これで簡単にストライクが二つ。
三球目は真ん中から低めに落ちるドロップを転がして、セカンドゴロ。
「ナイスピー」
「ナイスセカン」
わたしはお姉ちゃんと視線でハイタッチする。
なんとかこの回も無失点。このままいけるかな。


六回の表はあっさり三者三振で、休む間もなく再びマウンドに上がる。
「ごめんな、休ませてやりたかったけど」
「いいの。わたし、ここ好きだし。それよりこの回、クリーンナップだから、よろしくね」
「ああ。俺も舞祈を信じる。だから、舞祈も俺を信じてくれ」
「うん、信じるよ」
わたしはいつでも侑樹のリードを信じてるよ。
お姉ちゃんがエースだった時も、侑樹はわたしを見捨てたりしなかった。侑樹はわたしを活かそうと一生懸命になってくれた。だから、わたしもそれに応えたい。


二番の初貝兄を二球でライトフライに仕留め、迎えるのは、三番の嵩宮大峨。ここまでノーヒットに抑えてはいるけど、三振は取れてない。
すると、奴はバッターボックスに入る前に、あろうことか高らかとこう叫んだ。
「高瀬舞祈! オレがホームラン打ったら、オレと付き合ってくれーっ!!」
「なっ!? 舞祈、耳を貸すな!」
わかってる。わかってるよ。……でも、打たれたくないっ!


初球、真ん中低めにツーシームのサイン。このコースは低めに外れてボールになる。ブンブン振り回すこいつなら、引っかけてゴロになるって算段ね。
わたしはそれにうなずき、思い切り腕を振る。疲れとか、言い訳にできない。こいつと付き合うとか、絶対嫌だしっ。
しかし、嵩宮は振らなかった。まさかこいつ……本気でホームランを……?
ダメだ。余計なこと考えちゃ。


侑樹の次のサインはインハイのストレート。速球二つ続けて、緩い球、スライダーで決めるつもりかしら。でも、これが打たれたら……。
わたしは指先に全精神を傾けて、一気に解き放つ。高めのストレートは浮いてくるように感じるから、もしかしたら振ってくれるかも。
そんな淡い期待も空しく、嵩宮は反応こそしたものの、振らなかった。しかし、これはストライクになった。
「ナイスボール!」


なんとか平行カウント。次はどうする?
サインは外のドロップ。いや、この球はダメ。外のドロップは振ってくれる前提じゃないと。見られるとボールになって、こっちが苦しくなるだけよ。
わたしが首を振ると、次に出したのは、インロー、膝元に落ちるシンカー。そう、これよ。わたしのシンカーは縦に沈むから、きっとうまく振ってくれるわ。
ただ練習中だから制球ミスが怖いけど、ここで弱気になってちゃ、全国優勝なんて到底無理だわ。
わたしはスライダーと同じタイミングで、うまく抜いて投げる。感覚としてはいつも通り。あとは、振ってくれさえすれば……。
ボールは嵩宮の風を裂くようなスイングに捉えられることなく、侑樹のミットに届いた。
「ストライーック!」
「いいぞ! ねじ伏せろ!」


追い込んだ。でもここで焦ってはダメ。
決め球はスライダー。それを活かすには、外へ目付けしておく。
侑樹も同じ考えのようで、アウトローのストレートを要求してきた。このコースはボール。絶対に入れたらダメ。ストライクゾーンに入れたら、たぶん簡単に弾き返される。
わたしはサイドスローだから、このコースは余計に遠く感じるでしょ。
嵩宮は振らず、これでカウントは2-2。もう一球ボールカウントがある分、このカウントは投手がまだ有利。


次は決め球。これで決める。三振じゃなくてもいい。とにかくホームランだけは……。
わたしの指から放たれた白球は、一度中心視野から外れ、追っているうちに眼前に迫り、首を刈る鎌のように、内角高めのストライクゾーンを掠めていく。
嵩宮は臆さず振り、この球をその金属の打棒で捉えた。
打球は高く上がって右に流れ、ライトの原田先輩が追う。誰もが固唾を飲んで見守る中、フェンス手前まで下がったところで原田先輩は足を止めた。そしてグラブを掲げて、打球を包み込むようにその中に収める。
「アウトーッ!」
審判のコールに、グラウンドがどっと沸いた。
「ナイスピッチ!」
「ナイスボール、舞祈!」
「やっぱすげぇな、お前!」
「ツーアウトー!」


わたしの球は、全国レベルにも通用するんだ。よし、このまま完封……。
キィンと響く音が、グラウンドの喧騒を一気に静寂に変えた。
傍目から見てもわかるほど、その軌道は一点を確約する綺麗なアーチを描いて、フェンスに刺さった。
「調子に乗るなよ」
四番、嵩宮東峨とうがの一振りが、甘く入ったわたしのストレートを打ち砕いたのだ。
何を浮かれていたんだわたしは。まだ試合が終わったわけじゃないのに。


気を引き締め直して、五番、前沢まえさわ遥斗はると
こいつも左か。左打者にはスライダーを決め球にできない。外のシンカーか、高めのストレートで……無難に三振に取った。
「ごめん、舞祈。俺も軽率にいきすぎた」
「いいの。打たれたのは、わたしに力がなかったからだし」
バカか、わたしは。目の前の勝負より、試合を優先させるべきなのに。
「そう言うなよ。次の回抑えれば勝ちなんだから。そしたらお前がすごいって、みんな認めるさ」
侑樹……。彼のそういうところは嫌いだ。何でも見透かしたように、わたしの心を覗き込むんだ。
「どこ行くんだ?」
「打席。わたし、この回の先頭だから」
前の回、自分で終わったことも覚えてないの?


しかし、わたしはあっさり三振。続く藤宮、本田も凡退して、またすぐにマウンドに上がる。
「最終回だ。気合入れて抑えるぞ」
「うん」



最終回は下位からというのもあり、六番、七番を内野ゴロに仕留め、八番もあとストライク一つまで追い込んだ。
八番が右打者で助かったわ。あんたにこの球は、打てないでしょっ。
自慢のスライダーが彼女の首を刈り、ゲームセット。
2-1で、うちの勝利となった。



その夜。大浴場の湯に浸かり、一日の疲れを取っていると、何かゾクッとする感じがした。
振り返ってみると、そこにはニヤッと笑う月瀬の姿があった。
「舞祈、昔からここ弱いよね」
と言って、うなじをすりすりされる。
「ひゃあっ、やめてよっ」
月瀬もわたしの隣に入る。ふと胸元に目がいった。……月瀬の方が、大きい。同い年なのに……。
「今日はお疲れさま。やっぱすごいよ、舞祈」
なんて、肩を揉んでくれる。ごほうびってことかな。気持ちいい。
「ありがとう。明日は月瀬のとこがやるんでしょ? がんばってね」
「んー、さすがのうちでも蓼科相手はキツイよ」
それに、と月瀬が続ける。彼女の目はわたしの方には向けられてなくて、その横顔は少しさびしそうに見えた。
「舞祈もすごいけど、舞祈をリードしてる捕手の子も。ちょっとうらやましかった」
「侑樹が? なんで?」
「だって、舞祈のいいところ、いっぱい引き出せてるんだもん。私がリードした時は全然だったし……」
そっか……。あれ、月瀬も悔しかったんだ。
「ちなみに……付き合ってるの?」
「は、はぁ?! そんなわけないでしょ!」
わたしと侑樹が? どうしたらそんな風に見えるわけ?
「なんだ。彼氏いないの?」
「いないよ。別にほしくないし」
「もったいない。かわいいのに」
わたしがかわいいのは当然として、月瀬に言ってもらえるのは素直にうれしい。
「そういう月瀬は?」
「私もいないよ? あ、でも付き合ってないんだったら、侑樹くんは私がもらってもいいんだよね?」
……本気かな? わたしをからかってるだけとか?
「わたしの許可を得る必要なんてないでしょ。勝手にすればいいじゃん」
「なに怒ってんの?」
と、ニヤニヤしながら小突いてくる。やっぱからかってるだけか。
「怒ってないっ。わたし、もう上がる」
「そうですか~。じゃあ、おやすみね」
「うん、おやすみ」
わたしが侑樹を……。そんなのあるわけないでしょ。

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