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女子だって、エースで全国目指したいっ!

エルトベーレ

第1話 我が道を突き進む

まだシワのない真新しい制服に身を包んだ美少女は、鏡の前でにっと笑ってみせる。
今日はまだちょっと緊張するけど、これから毎日着るんだ。いいな、このスカート。淡い赤のラインが可愛い。
「何だ? 自分に見惚れてんのか?」
振り返らずに鏡越しに見えた声の主は、我が家唯一の男の人だった。まだ重そうな瞼を押し上げて、ボサボサ頭のまま、いかにもさっき起きたように欠伸をしていた。
「あ、お父さん。どう? 可愛いでしょ?」
「ああ、可愛いよ。俺とあいつの娘だもん。当然だろ?」
なんだ、惚気のろけか……。こりゃ、何聞いてもムダね。
「あーはいはい。じゃあ、いってくるね」
「いってらっしゃい」
わたしはいまだに新婚気分のお父さんを適当にあしらって、わたしのことも待たずに出て行こうとするお姉ちゃんを追いかけようと、慌てて玄関に向かった。
「待ってよ、お姉ちゃん」
そう声をかけても、お姉ちゃんはわたしを一瞥しただけで、そのまま先に行ってしまった。
昨日入学式があったばかりの妹を置いていくなんて……。よっぽど嫌われてるのね、わたしは。



お姉ちゃんとの距離が縮まらないまま、校門をくぐり抜け、上履きに履き替える。
ふと、わたしに向けられた視線を感じて振り返ると、気配の主は小学校からの友達だった。
「おはよう。また同じクラスかぁ」
まだ少し寝癖が残っている彼は、わたしを見るなり肩を落とす。
「……何で嫌そうなの?」
「いや、別に……」
「ところでさぁ、今日の放課後、空いてる?」
「はいはい、また付き合えって言うんだろ?」
春休みの間も、彼にはわたしの自主練習に付き合ってもらっていた。もちろん、強制はしてないけどね。
「嫌ならいいよ。一人でやるから」
「付き合うよ。俺の練習にもなるし」
「ありがと」
そのまま一緒に教室に行くと、ちょうどチャイムが鳴った。


今日は初日なので、校内の案内や諸々の連絡事項や決め事だけ決めて下校になった。明日は身体測定と健康診断で、授業は明後日かららしい。
周りは友達作りに勤しむバカばっかりで、わたしは話しかけられても適当に愛想笑いを返して同調するだけにしておいた。別に友達は必要ない。わたしは目標に向けて突き進むだけ。誰にも邪魔はさせないし、否定させない。



家に帰ると、わたしは彼が来る前に着替えて、ストレッチを済ませておく。
庭に出てみれば、ちょうどうちの家の前に自転車を止める彼と目が合った。帰ってから自分で気づいたのか、寝癖が直っていた。
「お邪魔しまーす」
「誰もいないよ。この時間は」
お母さんもお父さんも仕事でいないし、お姉ちゃんは今日からもう授業らしい。


庭にあるケージの中で、わたし達はキャッチボールを始める。ケージといってもたいそうなものではなくて、近所迷惑にならないようネットで四角く囲ってあるだけだけど。これはわたしとお姉ちゃんが野球を始めたころ、お父さんが作ってくれた。
「中学でも、あんな感じでいくつもりなの?」
「あんな感じって?」
「なんていうか、お友達ごっこ? みたいな感じ」
……言いえて妙だと思う。でもみんなそんなもんじゃない?
「別にいいでしょ。バカに付き合ってわたしの人生を台無しにされたくないの」
「よく言うよ。まだ十二年しか生きてないくせに」
「あんたもでしょ」
「俺はもうすぐ十三だから」
そういえばそうだっけ。


キャッチボールで肩を慣らしたら、彼に座って受けてもらう。
「今日はまた一段とキレるな」
「まだまだこんなもんじゃないよ。早く硬球に慣らして、お姉ちゃんより使える投手になってやるんだから」
中学でこそは、お姉ちゃんからエースの座を奪い取る。それがひとまずの目標。最終的には、佐藤さとう絢郁あやか、あの人を三振に……。
「あ、ごめんっ!」
最近練習し始めたこの球種は、まだどうしてもすっぽ抜ける時がある。球種は多い方がいいし、早く実戦でも使えるくらいに仕上げたいのに、なかなかうまくいかない。
「大丈夫。でも、これはまだやめといた方が……」
「肘のことなら気にしないで。これは一日十球までって決めてるから」
「流石だな。意識が高いよ」
成長期に変化球を多投すること自体、本当は良くないんだけど……それは、仕方のないことだから。


もう少し投げ込んだところで、一度区切ってお昼にする。
「はい、タオル」
「ありがと。手伝おうか?」
彼は優しい。というか、女性に対する気遣いが上手というか、自然にできるというか。
「いいよ。すぐできるから」



「ごちそうさま。シャワー借りていい?」
「あ、じゃあ、わたし先でいい?」
「わかった」
いつまでも汗でベタついたままは嫌だし、いくら彼でも異性は異性だし。
服を脱ぎながら、ふと思う時がある。わたし、本当にうちの子なのかなぁ。お母さんもお姉ちゃんも胸大きいのに、なんでわたしはこんな……いや、これからよ。きっとこれから……。


庭で飽きずに素振りしている姿を見つけて、声をかける。
「シャワー空いたよ」
「ああ、ありがとう」
昨日の練習で打てなかったこと、そんなに気にしてるのかしら。彼は小学生の頃も打順は下位だったし、中学ではもっと打てるようになりたいと思っているのかもしれない。わたしとしては、リードが上手くなってくれた方が助かるんだけど。


彼がシャワーを浴びている間に、わたしは自分の部屋に戻る。そのままベッドに飛び込み、うつ伏せに横になった。


半分くらいは小学校の時と同じ顔ぶれのはずなのに、環境が変わっただけでこんなに疲れるなんて。人間関係が固まるまでの辛抱かな。まあ、わたしは今まで通り、みんなから嫌われて過ごすことになりそうだけど。


「あ、ここにいたのか。何してんの?」
「女子の部屋に勝手に入らないでくれる?」
わたしがそう言うので、彼はわざとらしく丁寧な言葉を棒読みする。
「入ってもよろしいでしょうか」
「えー、どうしよっかなぁ」
「入るぞ」
めんどくさい絡みは見事にスルーされて、彼はわたしのベッドに腰掛けた。
わたしはお姉ちゃんと相部屋で、二段ベッドの下がわたしのベッド。ああそういえば、お姉ちゃんの許可なく部屋に入れちゃったけど、別にいいよね。


「……疲れたのか?」
「ちょっとね。何で女って、あんなに群れたがるんだか」
「お前も女じゃん……」
「わたしは気が向いた時だけ仲良くしたいのに」
たとえば、次の授業なんだっけ、とか。プリント配るの手伝って、とか。……あー、それ仲良くって言わないか。
「クズいな。それ友達じゃねぇよ」
「でもね、お姉ちゃんも女の友達いないんだよ。うちは女兄弟しかいないのに、なんでだろうね」
わたしもお姉ちゃんも、友達は男ばっかり。そのせいで余計に目の敵にされるし、本当に生き辛い。
「男みたいだからだろ」
そう言って、彼は笑う。それが意地の悪い笑顔じゃなかったから、わたしは本当にそう思われているのかも、なんて思ってしまう。
「……ねぇ、わたしのこと、ちゃんと女だと思ってる?」
起き上がって、ちょっと真剣になってみる。
「え? な、なんだよ急に……」
うろたえる彼に、さらに迫ってみる。上目遣いって言うのかな。わたしは背が低い方だけど、彼も背は低い方だ。だからそんなに目線が下にならない。でも、なんかちょっとドキドキする。
「わたし、かわいい?」
「かわいいとは、思うけど……」
「……けど?」
「凶悪だから」
彼にはそんなに黒いとこ見せてないと思うんだけどなぁ。
「あーあ、今日はもうやる気にならないから帰るよ」
唐突に、彼は顔を背けてそんなことをぼやいた。
「えっ、帰っちゃうの?」
あっと、うっかりいかにも帰ってほしくないような言い方になってしまった。こんなのわたしらしくない。
「あ、えっと……、シニア、入るよね?」
「入るよ。明日からだろ? わかってるよ」
わたしの球を捕るのは彼しかいない。他の奴になんか、捕ってもらいたくない。
「じゃあ、また明日ね」
「うん、じゃあね」
彼の背を見送って、わたしはもう一度ベッドに横になる。
……どうして帰っちゃったんだろう。わたし、何かマズいことしちゃったかな。でもわたしも、ちょっと疲れたかも……。
気が付いたら、わたしの意識は闇の中に落ちていっていた。



目が覚めて、起き上がると、いつもの場所にお姉ちゃんがいた。
今日も相変わらず、右手でハンドグリップをにぎにぎしながら漫画を読んでいる。トレーニングは熱心にやるけど、勉強しなくて大丈夫なんだろうか。この前ちらっとテストの点数を見たが、ヒドいものだった。お母さんにも怒られていたはずだけど。
「お姉ちゃん、復習テスト、どうだったの?」
案の定 返事は返ってこないが、昨日テストで早ければ今日から返ってくると、お母さんが話していた。
「ま、お姉ちゃんの頭じゃ平均にも満たない点数しか取れてないんだろうけど」
ここまで言うとさすがのお姉ちゃんも癪に障ったようで、こっちを睨み付けてくる。おー怖っ。
「わたし、明日からシニアの練習出るんだけど、エースはわたしがもらうから、覚悟しといてね」
「……よく言う。学童のころはボロカスだったくせに」
返事してくれた。お姉ちゃんとの久しぶりの会話。
「あははっ、でもそのボロカスだったわたしにエースの座を奪われるんだから、本当にボロカスなのはどっちだろうね」
「その自信は何なの……?」
「学童で評価してもらえなかったのは、変化球が使えなかったから。直球以外はボロカスなお姉ちゃんとは違うってこと、見せつけてあげる」
お姉ちゃんはしばらくこっちを見つめてから、また手元の漫画に視線を戻した。どう思っただろう。少なくとも、わたしに負けたくないとかは、思ってくれていないんだろうな。
絶対に、お姉ちゃんにわたしを意識させてやるんだから。

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