女子だって、エースで全国目指したいっ!

エルトベーレ

第3話 実力至上主義とはプライドを粉々にする愉悦

「ナイスボール。快調な出だしだな」
ベンチに下がりながら、侑樹はわたしを労ってくれた。他の面々は、まだ言葉が出ないようだけど。
「これくらい当然よ。わたしを誰だと思ってるの?」
「それじゃあ、その調子でバッティングも頼むよ、舞祈様」
バッティングは自信ないんだけどなぁ……。
「その前に、侑樹の番でしょ?」
わたしはレガースを外すのを手伝い、彼を打席に送り出す。彼は七番。八番が織田龍之介で、その次がわたし。


侑樹があっさりフォアボールで出塁して、すぐに織田龍之介の打席になる。
「先頭にフォアボールなんて、よくそんな制球力で投手やってられるよね」
あ、うっかり声に出しちゃった。試合中に相手を中傷するのは心の中だけにしようと思ってたのに。お姉ちゃんだし、いいか。
すると、そのつぶやきを聞いていたのか、初回に最後の打者になった御沢みさわ聡佑そうすけがわたしの前に立って言い放った。
「高瀬。お前は確かにすごいけど、その上から目線なのはやめた方がいいぞ」
わたしより随分背が高く、そのつり目に映る感情はわからない。
「何を言ってるの? グラウンドでは実力がすべてなの。言葉でいくら取り繕っても、圧倒的な力の前では無力なのよ?」
まさにそれを、さっきわたしが体現して見せたはず。
「だからって、先輩に対して礼儀ってもんが……」
「学年も、男も女も関係ない。実力のあるやつが上なのよ。……実力があるやつが、正当に評価されるべきだわ」
わたしの意見になおも食い下がろうとしない彼と睨みあっていると、わたしの前に一本の金属バットが差し出された。
「お前の打席だぞ」
短髪で鋭い目つきの一番ショート、藤宮ふじみや倖太こうただった。
「ありがとう」
さりげなく少し短くて軽いほうのバットを寄越したのは、お前にはそれが似合っている、ということかしら。


織田龍之介がアウトになっている間に、侑樹はきっちり二塁へ進んでいた。
わたしは左バッターボックスに入り、軽い金属バットを構える。軽いとはいえ、当たればそれなりに飛ぶ。理想は内野を抜く強いゴロ。
バッティングは得意じゃないけど、お姉ちゃんなんかの球で打ち取られたくない。絶対、塁に出てやるんだからっ。


初球、低めにストレート。これはボール。
……速い。軟式のときはここまで感じなかったはず。硬球だとこんなにも違うって言うの?


二球目もストレート。真ん中だったけど、手が出なかった。ただ、ボールがミットに収まるのを見ていただけ。
ヤバい。一球目で完全に呑まれた。実力がどうとか言っといて、自分は三振とか、カッコ悪すぎ……っ!


三球目。単純なお姉ちゃんなら、たぶん次もストレート。コントロール悪いし、狙って打てるとも思えない。でも、ボールは見えていたじゃない。打てる。……打つ!


お姉ちゃんの指先からボールが伸びてくる。思った通り、この速さはストレート。真ん中……低め……っ!
迷わずバットを出し、思い切り振り抜いた。いいところに当たって、そのまま速いゴロになって、一二塁間を抜けていく。前進したライトが拾い上げ、一塁へ送球。危うく刺されそうになったけど、なんとかセーフ。
せっかくヒット性の当たりだったのに、ライトゴロになるところだった。わたしの足じゃ、あれでもアウトになる可能性があるんだ。次は三遊間を狙おう。……狙っても打てないだろうけど。
「ナイバッチ、舞祈!」
ベンチは何も言ってくれないが、三塁から侑樹が声をかけてくれた。


打者は一番に返って、藤宮倖太。わたしには短いバットを寄越しておいて、自分は長いバットを使っている。これであいつが打てなかったら、後でバカにしてやろう。
しかし、あっさりと初球をセンター前に打ち返し、もちろんヒット。
って、センターは二塁へ送球してるっ。さすがになめられすぎでしょ……って、結構危ないタイミングで二塁に辿り着いた。
……わたし、そんなに足遅くないつもりだったんだけど。男子とやる以上、運動能力に差が出るのはわかっていた。だけど、ここまでなんて。


わたしがドジを踏んでいる間に、侑樹は生還して、一点を先制した。お姉ちゃんもざまぁないね。
だけど、二番の初瀬はつせみなとが内野ゴロで併殺され、この回は終了。


さっき思いっきり走ったからか、ベンチにグラブを取りに戻り、マウンドに上がっても、まだ息が整わない。こんなんじゃ、ベストピッチができないことは明白だ。


先頭は、二年生にして四番の原田はらだ竜一りゅういち
彼はチームの中でも一番体格がいい。背も高く、腕も太い。あんな奴に当てられたら、ピンポン玉みたいに飛ばされそう。
それでも、わたしの球と、わたしの球を信じてくれる侑樹のリードを信じて投げる。


初球は、アウトローへバックドアのツーシーム。外のボール球に見せて、見逃しのストライクを取りたい。
これにいきなり手を出されたが、後方へ飛んでファウル。やっと、わたしの球がバットに当てられた。


次のサインはフロントドアのスライダー。
腕はちゃんと振れた。ボールもしっかり曲がってくれた。けれど、少し高かった。ボール球だったからか、原田先輩はこれは振らなかった。


次はインコース低めに、ストレート。右打者のひざ元、ここをコンパクトに打ち返せるかしら?
しかし、静寂に染みわたるような金属音に、つい、わたしは余裕という仮面を外してしまった。侑樹はそれを見逃さなかったらしい。
「舞祈! ボールが高い」
タイムも取らずに、ボールと一緒に声だけ投げかけられる。
ファウルとはいえ、レフト側のネットに届くほどの飛距離。もうほんのちょっとした制球ミスで、今のはホームランになっていたのだろう。


すると、声を投げかけられたのは正面からだけじゃなかった。
「打たせろ、高瀬。そんなに俺たちが信じられないか? それとも、三振しか興味ねぇってか?」
わたしのすぐ後ろを守る、ショートの藤宮だった。
……そうだよね。三振させなくたって、アウトは取れる。
「来い!」
侑樹が力強く構えるミットが、いつもより大きく見える。大丈夫。自滅はしない。わたしは、お姉ちゃんとは違うからっ。


インコースに向かって投げられたボールは真ん中へ曲がっていき、さらにぐぐっと曲がってバットから逃げるようにアウトコースの低めを掠めた。窮地ほど、決め球が心強い。
「ストライーック! バッターアウト!」
「てめぇ、打たせろっていっただろ!」
アウトに取ったのに、なぜか味方から野次られる。
「うるさいな、わたしだって、今のは三振させたかったわけじゃないもん!」
「まだワンナウトだよ。次取ろう、次」
「そうそう。こっちも来い!」
ようやく、みんな声が出てきた。こう、味方に活気があると、マウンドは安心する。


続く五番、六番は低め中心で打たせて取った。後ろを守る彼らも、やっと自分の出番かと気合十分に守り抜いてくれた。
「ナイスピー、高瀬」
「そっちこそ」



このまま試合は硬直状態に入り、どちらもヒットが出ないまま、六回の表までが終了した。
するとここで、審判をしていた監督が試合を止めた。
「ここまでだ。これ以上やることに意味はない」
もちろん、上級生チームはこれに反対。それもそうだ。一年生相手に、ここまでノーヒット。ましてあんな約束までした手前、ここで終わらされるなんて屈辱以外の何物でもない。
「続けさせてください! 監督!」
そんな必死の嘆願も、監督はあっさりと跳ね除けた。
「……一年の小娘相手に、二巡してノーヒットだぞ。恥を知れ」
ここまではっきり言われて、さすがの上級生たちも折れ、それ以上は何も言わなかった。
ちょっとかわいそうかな。でも、わたしが声をかけたところで、状況は悪化するだけだろうし、わたしも何も言わなかった。
「高瀬舞祈。お前の実力はよくわかった。今後は結祈に代わり、お前をレギュラー候補としたいと思う。何か不満はあるか?」
「いえ。ありがとうございます」
早速、お姉ちゃんをうちのエースから引きずり降ろせそうだよ。ま、お姉ちゃんじゃ、遅かれ早かれこうなっていたと思うけど。それでもわたしに降ろされるなら、諦めがつくってもんでしょ。



解散して、わたしとお姉ちゃんは一緒に帰路につく。同じところに向かっているんだから、一緒になるのは当たり前だけど。


「……あんた、ちょっと調子に乗りすぎよ」
珍しく、お姉ちゃんの方から口を開いた。今日の試合、よほど応えたのだろう。
「負け惜しみも大概にしてよ。これが本来の実力差なんだから」
お姉ちゃんだって、そろそろ痛感してるはずだよ。男子を相手にするシニアじゃ、直球だけじゃ勝負にならないって。変化球を磨かなきゃ、女のわたしたちに勝ち目はないんだから。
「大人しくエースの座をわたしに譲って、お姉ちゃんは外野でもやってればいいんじゃない? バッティングはそこそこいいし、使ってくれるかもよ?」
「……黙れよ。私が今までどんな思いでやってきたと思ってる。チームワークを大切にして、仲間と信頼を築いて、そしてみんなに認められて、あそこに立ってるの。それを、お前は……」
わたしは何も言わず、お姉ちゃんの言葉の続きを待った。少し前を歩くお姉ちゃんの肩は、わなわなと震えている。
「お前は、チームワークなんてない、自己満足の野球でぶち壊したんだ!」
振り返ったお姉ちゃんの目には、大粒の涙が湛えられていた。
……そっか。ごめんね、お姉ちゃん。だけど……。
「……でも、お姉ちゃんが大切にしてきたチームワークは、わたしの自己満足に勝てなかった。どういう意味か、わかるよね?」
その言葉に、お姉ちゃんはわたしの襟元を無造作に掴みあげた。鋭く、真っ直ぐな目。わたしと違う、純粋な目をしてる。だから、お姉ちゃんはわたしに手を上げることはしない。
「ぬるいんだって。甘いのよ。お姉ちゃんがどうしてわたしに勝てないのか、……どうして今日負けたのか、わかる?」
お姉ちゃんの手から力が抜けていくのがわかる。それでも、目に宿った怒りは収まらない。
「わからないでしょうね。せいぜい足りない頭を使って考えてみたら?」
……それがわかれば、わたしなんかより、いい投手になれるかもね。

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