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黄昏の覇者と暁の獣士

エルトベーレ

Episode―2 変身

お互いにさっきのことには触れないまま、二人は凛が一人暮らしをしている家に辿りついた。


部屋に入り、腰を下ろすと、しびれを切らした茜が口を開いた。
「……あれ、何だったんですか?」
「わからないけど、あの怪物が茜を襲ってて、なんとかして助けなきゃって思ったら、身体が勝手に動いてたよ」
「先輩……嬉しいです! というのはともかく」
真剣に言っていただけに、軽く流されて凛は割と凹んでしまった。それに、それ以上のことを、凛自身が把握できていないのだ。


「先輩、……死んでないですよね?」
「……いや、たぶん死んだ、と思う」
「でも……」
茜の言いたいことも、当然と言えば当然である。何せトラックに轢かれ、そのまま電柱に突っ込まれたのだ。生きている方がおかしいと思うのも無理はない。
「とにかく、今こうして生きてるんだ。オレの身に何があったのかはわからないけど、あの変な怪物を倒す力もある。だから、安心してくれよ、茜」
「はいっ。先輩は差し詰め、正義のヒーローってことですね。それじゃあ、わたしは正義のヒーローの恋人なんだぁ……」
「そんな大げさな……」
そう苦笑してみるものの、凛にも思うところはあった。この力があれば、また同じようなことが起こっても、彼女を守ることができる。いや、彼女だけじゃない。助けが必要な人を、助けることができる。他でもない、自分が。そんなことを考え始めていたのだった。


「ゴールデンウィークなんで明日も学校休みですし、今日はこのまま泊まっていいですか?」
「ああ、構わないよ」
「ありがとうございます。じゃあ、お夕飯作りますね」
「こちらこそ、ありがとうな」
茜は小さいころから家事を手伝ってきたため、家事スキルは高い。特に彼女の料理は絶品なのだ。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「……ねえ、浅葱さん」
先ほどまで沈黙を通していたが、ようやく蓮は口を開いた。何を言われるのも覚悟して、浅葱は彼の言葉の続きを促す。
「なぁに、蓮くん」
「……俺って、死んだよね?」
「……ええ。私が殺したわ」
そこまで聞かれていないのに、浅葱はわざとそんな言い方をした。彼が自分を許してくれるわけはない。それだけのことをしたんだ。彼に殺されるなら、それも悪くない。そう思い始めていたのだった。


「浅葱さんは、何者なの?」
やはり聞かれてしまった。答えても、信じてもらえないかもしれないけれど、彼は知る権利がある。今となっては浅葱のことだけではなく、自分自身のことでもあるのだから。
「私は……ベルセルクよ」
「ベルセルク……? 何、それ?」
「……一度死んだ人間が蘇ったものよ。なぜだかわからないけど、時折人を殺したくて殺したくてたまらなくなるの。さっきみたいに、獣のような姿になって、人を襲ってしまうのよ」
言い訳みたく聞こえるかもしれないけれど、それが真実。浅葱は実感をもってそのことがわかっているから、平然とそんなことが言えてしまう。


「じゃあ浅葱さんは、俺が嫌いで殺したわけじゃないんだね?」
「当たり前じゃないっ。殺したくなんか、なかったのに……っ」
珍しく感情的になった浅葱に少し驚きつつも、蓮は弱々しく項垂れる浅葱の頭を撫でた。
「なら、良かったよ」
「……何で優しくするのよ。私はあなたを殺したのに……」
「そんな浅葱さんも、俺は好きだから」
そう言われてしまうと、浅葱は何も言い返せない。別れることも覚悟していた。もちろんそうなりたいわけじゃなかったけれど、そうなるべきだとも思った。だけど彼は、こんな自分を好きだと言ってくれている。
「蓮くんでよかったよ。私、幸せだわ」
「ありがとう」


「さっきの話だと、浅葱さんは一度死んでるの?」
今更隠すことでもないので、浅葱はありのままに自分のことを話した。
「……ええ。うちは昔、両親が別居してたって話は前にしたわよね?」
「ああ、うん。妹さんとお母さんと別だったんだよね。その後、お父さんが亡くなって、また三人で暮らし始めたって」
「そう。お父さんは、殺されたの。休みの日で、寝てた時に強盗が入ってね。私もその時殺された。でも私だけは、ベルセルクとして生き返ったわ」
その時のことを思い出したのか、浅葱はふっと目を伏せた。
「その強盗をね……私が殺したのよ。ベルセルクとして、初めて」
「俺は、何人目?」
「……二人目よ」
「そっか。今までは抑えてきてたんだね」
浅葱は初めてその手で人を殺めた時、二度とこんなことはしたくないと、必死に攻撃的衝動を抑えてきた。でも、とうとう抑えきれなくなってしまったのだ。


「ちなみにさ、俺が生き返ったのって、俺はベルセルクになったってこと?」
浅葱にとって、答えづらい問いだった。事実として肯定するのは簡単だ。しかし、彼の人としての人生を奪い、挙句怪物としての宿命を背負わせてしまった。そしてそうしたのは、他でもない自分。それを認めるのは、簡単なことではなかった。
「……たぶん、そう」
「俺も、人を殺したくなったりするってことか……」
彼のその言葉を聞くのが辛い。そんなところを想像するのが怖い。そうさせたのは、自分なのにね。浅葱は自己嫌悪で潰れそうだった。


「そうなったら、今度は私を殺して? 私、蓮くんを人殺しにしたくない」
「浅葱さんだって、人じゃないか」
「私はもう、人じゃないんだよ」
「人であろうとなかろうと、俺は浅葱さんを死なせたりしないよ」
そう囁いて、優しく抱きしめてくれる彼の温もりに包まれて、浅葱はそのまま眠ってしまった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「あ、先輩。油がもうないです。ちょっと買ってきますね」
「いいよ。オレが行ってくる」
「もう、また何かあったらどうするんですか」
「それはこっちの台詞だよ」
お互いに一歩も譲る気なし、といった様子。仕方なく、二人とも折れて、一緒に買いに行くことになった。


「あの、先輩……」
「ああ、茜も気づいたか」
何か嫌な気配がする。そう感じていたのは気のせいではなかったらしい。辺りから光が失われ、ただ一点、青白い月だけが、地上を照らしている。人の気配はないのに、嫌な気配がする、異質な空間。


「危ない!」
咄嗟に、凛は茜を庇い、何者かの攻撃をかわした。暗闇に光る二つの点が、じっとこちらを見つめている。


「先輩、さっきの、できないんですかっ?!」
「あーいや、その……どうやればいいのか……」
騎士のような姿になったのは偶然のようなもので、自分の意志でできたわけではなかった。だからこそ、どうにかしたいと思っても、凛にはどうすればいいのかわからないのだ。
「適当になんかやってみたらいいじゃないですか! 変身とか」
その手があったか、と凛は握り拳を胸に掲げて、高らかに叫ぶ。
「――変身!!」
すると、凛の身体は淡い光に包まれ、騎士のような鎧姿へと変わっていく。


「先輩! できたじゃないですか!」
「ああ! オレの側を離れるんじゃないぞ」
暗闇から怪しい影が攻撃を仕掛けてくる。凛は振り下ろされた何かを掴んで、物陰から引きずり出す。月明かりに照らされたその姿は、体長が優に二メートルは超える大熊のような怪物だった。ただ、普通の熊とは違い、体毛の代わりに頑丈そうな鎧のようなものを身に纏っている。


凛は金属の篭手のようなものが付いた拳でその腹を殴りつけるも、大熊はビクともしない。何度も殴りつけてみても、まるでダメージが通っている手ごたえがない。それどころか、腕を横薙ぎに振った大熊の反撃で、大きく吹っ飛ばされてしまった。


「先輩! 大丈夫ですか?」
地面に転がった凛の元へ、茜が駆け寄ってくる。
「ああ、大丈夫だ。だけど、あいつの腹、鎧みたいに硬くて……」
「武器とかないんですか?」
そう言われても、武器なんて持っていないのは見れば明らか。とは言え、拳一つではあの硬い表皮を貫けない。


「さっきは変身しようと念じたらできたんですよね。だったら……武器も念じてみたら出てくるんじゃないですか?」
やけに冷静な茜が、凛の背に隠れつつ、彼に助言を送る。
「そんなもんか……?」
「先輩はヒーローなんですから、何でもありですよ、きっと」
彼女のその笑みを見ると、凛も何だか何でもできそうな気がしてきてしまう。


凛は目を伏せ、イメージする。あの大熊の硬い表皮を破る、鋭利な剣の姿を。この甲冑にふさわしい、片手剣。
右手に違和感を感じ、目を開けてみれば、その手には白銀に光る西洋風の片手剣が握られていた。
「できた……。よし、いくぞ! 化け物!」
剣を構えて、凛は意気軒昂に大熊に斬りかかる。大熊は咄嗟に腕を差し出して防ごうとしたが、その腕をすっぱり切断するほどの切れ味だった。切り落とされた腕は石化し、砂のように崩れる。
為す術もなくなった大熊に、凛は大きく振りかぶって刃を叩きつける。肩口から腰元にかけて切り口が広がり、大熊の身体は二つに切断された。血は流れず、斬られた途端、石化して砂となって風に流されていった。


「終わった……のか?」
「先輩! お見事です!」
石化したその姿が完全に崩れるのを見届けてから、凛は変身を解く。と、後ろに隠れていた茜が彼に抱き付いてきた。
「ケガはないか?」
「わたしはだいじょうぶですよ。先輩の方こそ、大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ」


気が付けば、辺りの明るさは元に戻り、街灯や住宅の明かりも見える。月の明るさも本来の黄金色に戻っていた。


変身を解いた凛は、左手首に何やら痛みを感じて擦っていると、茜に見つかってしまった。
「先輩、どうかしたんですか?」
「いや、別に……」
「あ、その腕……」
茜の驚いたような声に、凛も思わず見てみれば、彼の左手首に何か文字のようなものが浮かんでいた。
「〈JUDGEMENT審判〉……?」

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