妹のいるグラウンド

エルトベーレ

第37話 最後の守り -side.Haruna- vs川和シニア⑪

「……ごめんね、遥奈ちゃん。本当はもう少し粘ってあげたかったんだけど……」
「大丈夫ですよ、先輩。後はエースである私が、華麗に抑えてみせますから」
えへん、と胸を張って見せると、ショートの結衣先輩が私を軽く小突いた。
「今日のエースは結祈なんじゃなかったの?」
「私も、気持ちはエースですから」
私としても、このままエースの座を譲るつもりはない。“1”と“7”は形が似てるとは言え、その数字の重みは全然違うんだから。


「遥奈、いつも通り頼むよ」
「任せて、緩奈。私は全然大丈夫だよ」
緩奈は安心したように微笑んで、ホームに戻り、再びマスクを被る。
まずはこの回を終わらせて、リードしたまま最終回に持ち込まなきゃ。


打者は三番。一撃は怖いけど、私の変化球と緩奈のリードなら。
一塁ランナーは初球から盗塁してきたけど、気にしない。まずはアウトコースのシンキングファストでストライクをもらった。


続いて二球目も、ランナーは盗塁して、三塁を陥れられてしまった。その間にもう一つストライクをもらって追い込んだものの、内野安打でも一点の危険が出てしまった。
「遥奈ちゃん、内野で止めるから、打たせていいよー!」
「自分のペースで!」
大丈夫。私は緩奈を信じてるし、今日の緩奈はいつも通り私を信じてくれてる。だから不安なんてない。打たれたりなんか、しない。


三球目。緩奈は三球勝負を選んだ。真ん中から低めに急激に落ちる、スプリット。私の得意球の一つだ。三番の五十嵐はこれを空振って三振。スリーアウトでチェンジ。


「ナイスピッチ、遥奈」
「これくらいは当然だよ」
緩奈が褒めてくれた。一球も当てさせずに三球三振に取れると、なんだか気持ちがいいんだよね。



七回の表は、美聡先輩から始まる打順。しかし、あえなく三振してしまい、その後の結祈と私も三振してしまった。やはり、エースを打つのは難しい。リードしていて本当に良かった。



「ここが最後の守りだ。ここを無失点に抑えれば、俺たちの勝ちだぞ。何としても抑えよう!」
「はいっ!」
みんな気合十分に、監督の言葉に呼応する。


相手は四番から。この四番を抑えられるかどうかは、相手の勢いをつけることにも殺すことにもなる。いきなり大事な場面だ。


「遥奈ちゃん、打たせていいからね!」
本当に絢郁は心強いなぁ。私だって、できればそっちに打たせたいけど。


初球はインコース低めのシンキングファスト。これは振らずに見送って、ストライクが一つ。
まったくと言っていいほど動かなかった。初球は最初から、手を出す気がなかったのかもしれない。配球の定石なら、この後は外側に緩い球を放りたいけど、それを狙っているのかもしれない。
緩奈は……どう?


二球目、緩奈のサインはインコース低めに落ちるスプリットだった。やっぱり緩奈も、外は警戒したみたい。四番じゃなかったら、同じ球種にしてたのかな。
私は要求通りの球種を要求通りのコースへときっちり投げ込む。タイミングは合わせられたけど、落ち際に掠っただけ。当てただけになったボールはショート正面へ転がっていく。だけど、勢いがない。この分だと、ショートが捕って投げたんじゃ、間に合わない。
「美憂、前に出て捕って!」
すかさず緩奈が指示を出し、美憂が前進して拾い上げ、ファーストの美聡先輩へ送球した。
相変わらず、いいところに返すなぁ。肩も強いし、投手やってみたら、案外様になるんじゃない?


「ワンナウトー!」
「あと二つ! 気ぃ抜かずにー!」
そうだ、四番を打ち取ったとはいえ、まだ強打者が続く。油断はできない。


五番は左打者。左対左だけど、私の球速じゃアドバンテージなんてない。緩奈のリードこそ、私のアドバンテージなんだから。


初球、低めに落ちるスプリットを空振り。見逃せばボールになる球だったけど、ストレートだと思ったのかな。
二球目は外側一杯にスローカーブ。今度は外れると思ったのか、手を出してこなかった。だけど、これはしっかり入ってる。これであっさりと追い込んだ。
遊び球はいる? 私としては、球数はまだ余裕だけど。
三球目は高めへの釣り球。ギリギリ外れているところ。と見せかけて、そのまま落とすスプリット。予想通り、釣り球だと思って見逃がしたが、手前で落ちて、ストライクゾーンに入った。


「ツーアウトー!」
「ナイスピー!」
「あと一つ!」


最後の打者は六番。緩奈のサインは真ん中にシンキングファスト。この局面で、随分思い切ったことをするよね。でも、信じるからっ。
ど真ん中、絶好球だと思った打者は、タイミングを合わせて振り抜く。私の遅い球速に合わせるくらい、わけないだろう。だけどそれは、わずかに沈んで芯から逸れる。上を叩かれたボールは、私の足元に転がってくる。って、これ捕れないんだけどっ。
グラブを差し出してみたものの、勢いが強くてそのまま後ろへ逸らしてしまう。だけど後ろは信頼できる二遊間がいる。ごめん、任せた。
振り返ると、絢郁が難なく追いついて打球をグラブに収め、素早くファーストへ送球した。
「ナイス、セカンっ!」


「ゲームセット」


あすみヶ丘 7 ― 6 川和シニア



「良くやったな、お前たち! このチームで初めての勝利だ。反省会は、また帰ってからやろう」
「はいっ!」
そっか、このチームの初勝利かぁ。結構ギリギリだったけど、私としては、自信につながった。結祈は、緩奈は、どうだったかな。


すると、制服姿の女の子がグラウンドに駆けてきた。
「佐藤絢郁さん、わたしと勝負してくださいっ!」
私と身長もそう変わらないような、サイドアップの子。確かベンチの上で見ていた、結祈の妹さん、だったかな。日が当たると髪が少し茶色くなって、綺麗。


「ちょっと舞祈、無茶言うなって」
チームメイトと思わしき男の子が彼女を止めようとする。
「誰?」
絢郁の問いには、彼女自身が答えた。
「瀧上西中学三年、高瀬舞祈です。お姉ちゃんなんかの球じゃ、手ごたえがなくて、つまらないですよね。わたしの球、打ってみませんか?」
「結祈ちゃんの妹さん? うん、いいよ」
「ありがとうございますっ!」
舞祈ちゃんは頭を下げて、左肩に掛けていたカバンからスパイクを出し、履き替え始めた。
結祈の球なんかって言うくらいだから、自信はあるみたいだけど、どんな球を投げるんだろう。

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