妹のいるグラウンド

エルトベーレ

第35話 チャンスで回ってくるのは vs川和シニア⑨

「えっ!? 私がですか?」
「投球練習もやってきただろ? 大丈夫だって。緩奈を信じて投げろ」
「は、はいっ」
実際、本戦ではこういう起用もあるかもしれない。それに、彼女が本気の打者相手に投げる球を緩奈に見てもらいたいし。使えるかどうかは、その緩奈の意見を参考にして決めたい。


「プレイ!」


美聡の初対戦の相手は六番、ライトの峰平みねひら
今日の成績は三振とフォアボール。選球眼はそこそこあるが、緩奈のリードに対応できるバットコントロールはない。それでも六番に据えられるのは、当たったときの打力が期待できるからだろう。
美聡の力を量るにはもってこいの相手だ。


一死一、二塁だし、緩奈としては併殺を取りたいだろうけど、美聡をどうリードするかな。


初球、緩いカーブから入る。これはインコースから真ん中低めに落ちる。
ところが峰平は初球から振りにいって、この球を引っ掛けた。打球はサード正面に転がった。が、美憂ちゃんは落ち着いて捕り、三塁ベースを踏む。そしてそのままファーストに送球し、三塁、一塁封殺のダブルプレー。
美聡の今年度初登板は、たった一球でアウトを二つ取り、ピンチの回をあっさりシャットアウトした。
「ナイス、サード!」
「ナイスピー!」
美憂ちゃんも、エラーせずよく処理できた。どうやら着実に成長しているようだ。


「よし、いいぞ! 攻撃もその調子で……」
「ストライーック! バッターアウッ!」
早くも香撫ちゃんが三球三振に倒れた。
さすがに強豪シニアのエース。もう得点は期待できそうにないな。二点差をなんとか守りきらないといけない。


「ストライーック! バッターアウッ!」
結衣も三振。ベンチもすっかり静まり返っている。


絢郁の打順とはいえ、二死。絢郁が打てたとして、後続が得点できる可能性はどれだけあるだろうか。
それに、いくら絢郁といえどもこの流れに呑まれて凡退を喫することもあるだろう。そうなると、ますます嫌な流れになる。
オレのサインを見た絢郁は、オレの真意を確かめるようにじっとこっちを見つめる。そしてやがて、そっとヘルメットのつばを押さえた。
今日は四番だ。お前なら、この流れを変えられるだろう?


絢郁はいつも通り、左バッターボックスの真ん中に立つ。構えも普段と相違ない。
氷月の一球目は、インコースへ速い球。絢郁でも、このストレートには手が出せない。難しい球でも打つんじゃなくて、甘い球を見逃さないことで打率は残る。ストライク一つ取られたとはいえ、この球は捨てて正解だ。


二球目、今度は低めに落ちるフォーク。絢郁はこれを空振った。
「いくら絢郁でも、あの球は打てないか……」
「それは違うぞ。ピッチングにも布石があるように、打者だって布石をまいておくんだ」
一見、ストレート狙いでタイミングが外れたように見えたかもしれないが、あの空振りは故意だ。オレのサインとは違うからな。


そして三球目。氷月が振りかぶって投げた、と同時に、絢郁はバントの構えを取り、三塁線にそっと転がした。
絢郁は全力で一塁まで駆けるが、ボールはラインギリギリを転がっている。切れればスリーバント失敗でアウトになる。
「無理だ、見送れ」
前進してきたサードが捕ろうとするも、捕っても間に合わないと判断した氷月が見送らせた。しかし、ボールはライン上で止まり、セーフティバントは成功。
「絢郁、ナイラン!」
「ナイバントー!」


二死ながら、ランナーが出た。
ランナーが絢郁で、バッターは緩奈。これほど期待感のある状況はあるだろうか。
警戒されるだろうが、まずはランナーを進めたい。絢郁には盗塁のサインを出す。絢郁はサポートなしでガンガン盗塁できるだろうし、緩奈は打てそうならどんどん手を出していい。


「緩奈ぁー! 打てぇー!」
相変わらず遥奈ちゃんは大きな声援を飛ばしている。
緩奈は今日、センターフライ、タイムリーツーベース、犠牲フライで打点は4。大活躍だ。最後にもうひと暴れしてもらって、残り二回をきっちり締めよう。


氷月はまず一回牽制を入れる。元チームメイトとして、警戒されないはずはない。それでも、絢郁のリードは変わらない。強気に大きく出ている。


氷月が緩奈に一球目を投じると、絢郁はその瞬間からスタートを切った。
しかし、これは読まれていた。ストレートを外にはずして、捕手が二塁へ素早く送球する。絢郁は滑り込んでタッチを掻い潜り、なんとかセーフ。まぁ、タイミング的にもセーフではあったが。
でもあれだと三盗は無理だな。絢郁を動かすのはこれくらいにして、あとは緩奈に賭けるしかない。


一つボールをもらった状態から、緩奈との駆け引きが始まる。
まずは一球、見送った。ストレートに近い球速で、内に鋭く切れ込むスライダー。これはストライク。
氷月はストレートにスライダーやシュートを混ぜて打たせて取るか、カーブとフォークで緩急つけて三振を取るかの両方ができる。球種が豊富だと狙い球が絞りづらくなるので、それだけで充分にアドバンテージを取られている。


緩奈は次は振りにいく。しかし、スイングは空を切った。真っ直ぐストンと落ちる、フォーク。タイミングは合っていたが、予想より落ちたのか、バットにかすりもしなかった。
あっさり追い込まれてしまった。次で決めに来るか、一球遊ぶか。
「緩奈ー!」
「ボールよく見てー!」
追い込まれると、際どいところを見逃しづらくなるから打者はかなり苦しくなる。逆に投手は余裕ができて落ち着く。ここからはストライクを投げなくても振ってくれる可能性が高くなるからだ。


相手バッテリーの選択は、高めの釣り球。これに手を出したら三振だ。手を出さなくても、カウントは2-2でまだ余裕があるし、当然の選択か。
選球眼のある緩奈はこの球を振るはずがないと思ったが、手を出してしまった。しかし場内に響いたのは、体全体に響き渡るような快い金属音だった。この音に場内は静まり返り、余計に響いて聞こえる。
音とともに絢郁はスタートを切って、三塁、そして本塁へと疾走する。
「落ちろー!」
ボールは角度のない放物線を描いてぐんぐん伸びていく。スピンがかかっている分、なかなか落ちてこないで、より後方へ飛んでいく。ようやく落ちてきたときには、ライトの頭上、フェンスへぶつかった。もちろんライトは取れず、絢郁は無事生還。緩奈はその間に二塁まで到達。またもタイムリーツーベースになった。
「ナイバッチ、緩奈ー!!」
妹の大活躍に、ベンチの遥奈ちゃんは大はしゃぎだ。
「結衣、これは四番の座も危ういんじゃないか?」
「い、いや、今日は調子が出ないっていうかさ~」
結衣のスイングも確かに鋭く、強烈な一撃を期待できるのだが、オレは緩奈のあのスイングを見逃さなかった。
あいつはたぶん、あの高めのストレートを狙っていた。そしてボールの下をこするようにして、ボールにバックスピンをかけたんだ。だから打球はなかなか落ちずに伸びていった。筋力ではなく、技術で長打を打つやり方だ。もちろん、緩奈くらいのスイングスピードがあってのことだが。


続く美憂ちゃんは三振に倒れるも、ベンチは気落ちすることなく、むしろみんな気合い充分に守備に駆け出していった。

「妹のいるグラウンド」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「現代ドラマ」の人気作品

コメント

コメントを書く