妹のいるグラウンド

エルトベーレ

第33話 エースの投球 -side.Yuki- vs川和シニア⑦



遥奈がレフトからマウンドに駆けてくる。内野の皆と緩奈も集まってくる。でも私は、彼女らの姿を直視できない。
……わかっていた。このまま私が投げていても、チームに迷惑がかかるだけ。……あの時と、同じ。


「結祈……」
「……ごめん、こんな形で任せることになって」
私よりもこの場所に相応しい彼女に、私は素直にボールを譲る。
やっぱり、ダメだったよ。ここは私の居場所じゃなかった。あんなとこで高みの見物を決め込んでるあいつも、そう思っただろう。
「打たれたらごめん。結祈の自責点になっちゃうもんね」
その呟きを聞きながら、私は逃げるようにレフトの守備位置に向かった。
優しい言葉なんて、かけられたくない。


プレーが再開され、遥奈はいきなり四番との勝負だ。しかも私のせいで、ノーアウトで一、三塁にランナーを背負った状況で。
ここからだと詳しいことはわからないけど、遥奈が四球投げた後、金属音が聞こえないままアウトカウントが増えた。
四番を三振に取ったんだ。すごいよ、遥奈は。この子には、勝てないよ……。


五番の打席。ああ、今度は曇った金属バットの音が聞こえる。これはフライかな。打球の方向はどこだろう……。
って、こっちだし! 呆けていたせいでスタートが遅れた。ノーバンで捕れば犠牲フライだけど、落としたら二点入っちゃうかも。ちっくしょう、これ以上迷惑かけられないってのに!
私は全力で後方の落下点まで疾走する。けど、走ってったら間に合わない。跳んで捕る!
グラブの感触はうまく入ってくれたことを証明していた。すぐさまボールを掴み取り、ステップをつけて全力で送球する。
私のせいで二点目は、やらないっ!
思いのほか私の送球は真っ直ぐ伸びていき、ワンバウンドで三塁の美憂に届いた。そのまま二塁を蹴って三塁を狙っていた五十嵐にタッチして、スリーアウト。
体勢の悪かった私を見て、三塁まで行けると思ったのかな。でも、ちょっとうまくいきすぎだ。それに、プレー中に集中を欠くなんて、言語道断。
はぁ……、足が重い。ベンチに帰ったら、監督と顔を合わせられなさそう。取られた一点も、遥奈じゃなくて私のせいなのは明白だし。


「結祈、ナイススロー」
顔を上げると、遥奈がベンチに迎え入れてくれた。
「ごめん、一点取られちゃった」
私だったら一点じゃ済まなかった。助けてもらったのは、私の方だ。
「そっちこそ、ナイスピッチ。まだ四点差よ」
そう微笑みを交わし、ベンチに入ると、チームメイト達から口々に賞賛される。
「すごかったよ、結祈。あたしのとこどんぴしゃで来るんだもん」
「跳んで捕ったのは、後ろ逸らしてたらって考えたら怖いけどね」
「その分肩で魅せたんだし、いいってことにしてあげようよ」
緩奈は何を言うだろう。そう思ってその姿を探したが、彼女はなにやら監督と話をしていた。監督も、真剣な顔つきで応じていた。
私のこと……かな。



四回の表の攻撃が始まり、監督はサインを絢郁に任せ、ベンチの隅で縮こまっている私の隣に座った。
「あの肩は流石だけど、捕球のスタート遅れたろ。どうしてだ?」
やっぱり見抜かれていた。言い逃れはしない。正直に答えよう。
「自分のピッチングに、ショックを受けていて、呆けてました。すみません……」
「ショック、か……」
監督は一呼吸置いて続ける。
「オレもショックだよ。打たれることよりも、逃げることを選んだのにな」
その言葉にはっとした。
私はバカだ。自分に力が無いのはわかってる。わかってるならなぜ逃げた? 遥奈のようになりたかった。……舞祈のように、なりたかった。そんな実力も無いくせに、エースに憧れていた。
エースは打たれちゃいけない。点を取られちゃいけない。そう思っていた。でも私の憧れる遥奈だって、青葉台女子との試合で初回に大量失点したじゃないか。舞祈だって、打たれることはある。
理想ばかり高くて、現実を見ていなかった。
「打たれたっていいじゃないか。絢郁以外にも、もう少し後ろを信用してやれ」
そうだ、私は一人で野球をやっているんじゃない。
後ろだけじゃない。正面の緩奈だって、こんな使えない私をなんとか上手く使おうと必死になってくれる。今日はストレートが使えないから特に苦労してるだろうに。私が緩奈のためにできることは、彼女の要求通り、いや、それ以上のボールをあのミットに投げ込んでやることくらいだ。
「……監督、こんな私でも、まだ使ってくれますか?」
私の言葉に、監督は真っ直ぐこちらの瞳を覗き込む。私は視線を離さず、彼の瞳を見つめ返す。力強く、それでいて優しい。そんな瞳。すると、彼は満足そうに微笑んだ。
「もちろん、使ってやるさ。次の回、またお前をマウンドに上げる。そこで、お前の気持ちを見せてみろ」
「は、はい!」
「それから、上で観てるお前の妹にも、自分のピッチングを見せつけてやれ」
私のピッチング……。舞祈の模倣でも、遥奈の模倣でもない、私の……。
「はい!」


「兄さーん、私ネクストだからよろしくー」
「はいはい、今いくよ」
グラウンドに目を向けると、状況は一死二塁で、打者は結衣さん。ランナーの美莱はフォアボールで出塁し、香撫さんが送ったらしい。


その結衣さんもフォアボールで塁に出て、このタイミングでやっと相手ベンチが動いた。
「ピッチャー交代だ」
出てきたのは、背番号1。一死一、二塁の絢郁の打席で、ついに相手エースの登場ってわけね。
投球練習を済ませ、プレーが再開される。今度は捕手も座っている。やはり勝負だ。相手が絢郁ほどの打者でも逃げない。
見せてもらおうじゃない。エースのピッチングをね。


「打たせてこうぜー!」
「絶対止めてやる! こっちこい!」
「一つずついくぞ!」
エースの登場というのもあって、相手は一段と声が出るようになった。さっきとはまるで違うチームのよう。


絢郁への初球は、低めのストレート。
「は、速い……」
「130キロは出てるんじゃないの……?」
絢郁は見送って、ワンストライク。


二球目もストレート。今度はインコース高め、少し危ないところ。
これはボール球だと思うけど、絢郁は合わせてライト方向へ引っ張った。しかし、切れてファウルゾーンに。ライトが懸命に追うが、届かず、ファール。
あの絢郁があっさり二球で追い込まれた。とは言っても、絢郁も全く捉えられていないわけじゃない。
「絢郁ー! 打てー!」
「追い込んでるぞー! 大希ひろき!」


三球目もストレート。一球目と同じコース。絢郁は打ちにいったが、左に逸れてまたもファール。


続けて四球目、五球目もストレートを放ってくるが、絢郁はどちらもファール。お互い一歩も譲らない。


「すごい……! ストレート勝負だ……!」
「絢郁でも捉えきれないなんて……」
変化球を混ぜれば格段に打ちづらくなるだろうに、ストレート一本の力勝負。ベンチの皆は目の前の勝負に見入っていた。
そういえば、二人は先輩後輩の間柄なんだっけ。真剣勝負になるのも仕方ないわね。


十球目、ようやく決着がついた。
グラウンド一杯に金属音が響く。絢郁の力強いスイングから鋭い打球が打ち出される。絢郁があんなにフルスイングするなんて、珍しい。
打球はファーストの横を抜け、ライト線でワンバウンドした。
「フェア!」
絢郁の勝ちだ。長打コースへ飛んだものの、ライトの処理が思いの外よく、単打に留まった。


一死満塁で、打者は五番の緩奈。
初回、三回に続き、またチャンスで緩奈に打順が回ってきた。


今日は緩奈に助けてもらってばっかりだ。あ、今日も、か。
ここまで一失点で済んでるのは、緩奈のリードのおかげだ。もし私が配球を考えたら、もっと滅多打ちにされていただろう。私が遥奈みたいにリードが楽な投手だったら負担も減らしてあげられるのに。
それなのに、緩奈は攻撃の主軸も任されている。私は先発で疲れるだろうからって打順を下げてもらっているが、緩奈は違う。監督としても、緩奈は打順を下げられない打者なんだ。私とは、違う。
「緩奈なら打てるよー! 頑張ってー!」
緩奈の打席だけは、遥奈も人一倍声を出す。私も負けてられない。
「緩奈ー! 自分のバッティングだよ!」


初球、緩奈へは外角低めのストレートから入ってきた。実は緩奈はあのコースを苦手にしているらしい。まぁ、定石といってもいい配球だし、狙ったわけではないだろうけど。
案の定、緩奈はこれを見送った。


次の二球目は、インコースのボールゾーンからストライクゾーンに入るシュート。こういう配球、なんとかドアって言うんだよね。緩奈が言ってた気がする。
緩奈は上体を仰け反らせながらこの球も見送った。
厳しいコースを突かれて、二球で追い込まれてしまった。


「緩奈ー! ちゃんと聞こえてるー?」
遥奈の声に、緩奈はこっちを向いて微笑んだ。
よかった。落ち着いてるみたい。今の緩奈だったら、そう簡単には打ち取られないよね。


三球目、初球と同じ、外角低めのストレート。
これは当てにいって、なんとかカットした。
ストレートには合わせられてるけど、ここで変化球を混ぜられると、私だったら空振りしそう。緩奈だったら、何を狙うかな。


相手エースの氷月ひづき大希は四球目を放る。インコースに、緩い真っ直ぐ。
ここでチェンジアップ……。速球のタイミングで待っていたら、空振る……っ。


ところが、緩奈はしっかりためて、タイミングぴったりで打ち上げた。打球は伸びて内野を越え、ライトの定位置に。いや、まだ伸びる。ライトも打球を追って下がっていき、フェンスギリギリまで来て、ようやく打球が落ちてきた。
ライトががっちりと掴んだと同時に、ランナー全員が一斉にスタートを切る。一塁ランナーの絢郁は滑り込んでなんとかセーフになったが、結衣さんと美莱は悠々セーフ。美莱が生還して、一点追加となった。
「緩奈、ナイス、追加点」
「……ありがと」
ベンチに戻ってきた緩奈は、一点取ったにも関わらず、不満そうな表情。普段あまり感情を表に出さない彼女が露わにするほど、あの犠牲フライは悔しかったのかな……。

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