妹のいるグラウンド

エルトベーレ

第31話 先取点 vs川和シニア⑤

三回の表は、一巡して美莱ちゃんから。
第一打席でストレートの球筋は見れたと思うから、コースによっては当たるかもしれない。速い球だけ振っていけ。
オレの指示に、美莱ちゃんはこっちを見て頷いた。


初球は低めに速い球。しかし、美莱ちゃんはこれを振らずに見送った。
「ボール」
そうそう。わざわざボール球に手を出す必要はない。
コースを見極めるのだけはものすごく卓越してるんだけど……。
「ストライーック」
ストライクだとわかっても当たらないのがな……。
これでカウント1ー1。
ストレート二球続けてきたし、変化球で緩急つけにくるか?


三球目は緩い球。
美莱ちゃんはこれも見送った。結果はどうあれ、速い球以外は振るな、という指示をちゃんと守ってくれた。
しかもこれは、運のいいことに足下に外れた。
緩奈の話だと、あのカーブは思ったよりも内側に入ってくるようだ。変化の大きい変化球は空振ってくれないとストライクを取るのは難しい。
これでカーブの球筋も見た。あとはスライダーが見れれば見極めは完璧だろう。


四球目はストレート。これは高めに外れている。
まだ中学二年生だし、荒れるのは仕方ないが、ストレートがほとんど入らないな、こいつ。


カウント3ー1。
ボール球は見られてしまう、ストレートは入らない、カーブにも手を出さない。となると、相手バッテリーとしては、スライダーを引っかけさせてゴロを狙うくらいしかない。
それか、開き直ってど真ん中を狙うか。
前の香撫ちゃんの打席を見ても、うちの打線があのスピードに対応できていないのはわかるだろう。
しかしうちとしては、スライダーを投げられる方が辛い。美莱ちゃんと言えど、初見だとストレートと誤認して振ってしまうかもしれない。


結局、相手バッテリーの選んだのは外めの速い球。これは入っている。
美莱ちゃんも迷わず振りにいった。
すると、これがうまくバットの先に当たり、球が速かったためか、勢いよく跳ね返って三遊間へのゴロになる。
打球は、サード、ショートの差し出すグラブを掻い潜って、レフト前まで転がっていった。
「ナイバッチ、美莱ー!」
たまたまにしても、よく打ったものだ。
今のはストレートだったのか、スライダーか? どちらにしろ、ノーアウトのランナーが出た。


「このまま先制しよーっ!」
「続け、香撫ー!」
満塁なら、絢郁は敬遠されないか。いや、押し出しになってでも敬遠するかもしれないな。ノーアウト満塁で勝負する方がリスクは高い気がする。
何にせよ、香撫ちゃんにはまたあれを試してもらう。男子相手でも、香撫ちゃんなら成功する可能性はある。
ストレートなら、初球から狙っていい。香撫ちゃんもヘルメットのつばを押さえて了承した。


初球、やはりここも速い球。
香撫ちゃんは指示通り、これを上から叩くようにして当てた。
さっきの打席でタイミングはある程度掴んでいたのか、ファールにならず、またも三遊間へ飛ぶ。
しかしながら、地面に叩きつけられた打球が落ちてくる頃には、香撫ちゃんは一塁に到達していた。美莱ちゃんももちろん楽々二塁へ。


「よっし、あとはあたしに任せて!」
結衣はさっきヒットを打っているし、期待できるな。


「タイム、お願いします」
ここで相手バッテリーは一度を間を取った。
無死一、二塁で、さっきヒットを打った結衣、そして絢郁を迎えるわけだ。
ここで考えられる相手の行動は何だろう。
この場面、理想としては、併殺。そして絢郁は敬遠。そうなると、相手としてはスライダーを引っかけさせたいところ。カーブはさっき打たれたし、カウントを取るのはストレートで、カーブは入れてこないだろう。
なら、ここも初球ストレート狙い打ちだ。コースまでは絞れないが、タイミングだけなら結衣も前打席で掴んでいるはずだ。


さらにオレは、ここで勝負に出ることにした。
幸いにも結衣は右打者だ。相手は無警戒だろうし、上手くハマるかもしれない。


「プレイ!」


篠岡はセットポジションからテイクバックを取る。と、ランナーの二人が同時にスタートを切った。ダブルスチールだ。
女子とはいえ俊足の二人。香撫ちゃんは五十メートルを六秒台前半で走れるし、美莱ちゃんだって七秒台で走れる。二人とも男子中学生にも引けを取らない走力の持ち主だ。


そしてスチールに焦った篠岡は外めに外してきたが、外しきれず、結衣のバットの届く範囲に放ってしまった。
初球ストレートを狙っていた結衣は、これを見事に打ち返し、ファーストの頭上を越して、ライン際に落とした。
「長打コース! ナイス結衣!」
「美莱、還れるよー!」
「香撫さんも三つ行けるよ!」
打った結衣は二塁まで行き、美莱ちゃんは難なくホームイン。
香撫ちゃんも三塁を蹴ろうとしたが、ライトの返球を見た絢郁がそれを制した。


「何とか先制できましたね、監督」
「緩奈、絢郁が歩かされたら満塁だ。無死満塁で無得点なんて、許されないよなぁ?」
「……わかってますよ」
これを待っていたんだ。緩奈にプレッシャーを与える絶好の機会だ。
「もし打てなかったら?」
「その時は……切腹します」
何でだよ……。
「それは困る。別ので」
「じゃあ……考えておきます」
「打席に集中しろよ?」
「注文が多いですね……」
そんな文句を残しながら彼女がネクストに向かう頃には、絢郁はすでにボールを二つ外されていた。
思った通り、絢郁は敬遠。無死満塁で緩奈の打席を迎える。
絢郁を警戒し過ぎな気もするが、相手としては、この回二点くらいは仕方ないと考えているのかな。二点くらいなら、結祈から取り返せると思われているということだ。


さっきは一、二塁のチャンスでセンターフライ。
詰まらされてもセンターまで飛ばしたのは評価したいが、練習試合とはいえ、試合中は結果が全てだ。内野ゴロゲッツーだけはやめてくれよ……?


緩奈に対する初球は、低めに速い球。
併殺を取りたいなら妥当と言える。そしてたぶん、この球はストレートではない。
美莱ちゃんの報告だと、ストレートと同じような軌道でわずかに曲がってくる球があったらしい。それはおそらくスライダーだ。
美莱ちゃんは、ストレートの軌道だと打てなかったところに、曲がってくれたから上手く捉えられたのかもしれない。
「ストライーック」
緩奈はこの球を見送って、まずはストライクが一つ。
今のスライダーはしっかり見られたし、この球を活かすとしたら、ストレートを混ぜるか、緩急をつけるか。


二球目、今度も速い球。徹底して低めをついてくる。
緩奈はこの球を当てにいき、レフト方向へ打ち返した。レフトが打球を追いかけるが、追いつけない。打球はそのままフェンスにぶつかった。ファールだった。


追い込まれた三球目。
今度は真ん中外に、またしても速い球。緩い球を待っていれば、これは振り遅れる。
ところが、緩奈はこの球のやや下を振り、後方へのファールにした。タイミングは合っている。ストレート狙っていたのか?


次はどうだ? どこで緩い球を混ぜてくるか、それを読みきれば、この勝負はもらったも同然だ。
だが、一球混ぜるなら、ここな気がする。
距離があって振り遅れがちな外のストレートに合わせられたが、幸いにもボールカウントに余裕がある。なら、外れてでも緩い球を混ぜて、スイングに迷いが出れば良し。振ってくれれば儲けもの。とか考えるんじゃないか?


すると、緩奈がこっちを見つめ、サインを求めてきた。
どういうことだ? 速球か緩い球か、絞りきれていないのか?
オレは”打て”のサインを出すが、緩奈から返ってきたのは、”拒否”のサイン。


「あいつ、まさか……」
オレはあいつの求めているであろうサインを出し直す。と、緩奈も今度は了承した。
「監督、緩奈がどうかしたの?」
「……見てればわかるさ」
確かに、この打席の感じからすると上手くいくとは思うが、緩奈には綺麗に決めてほしかったな。
というのは個人の欲か。チームが勝つことを重視しなければいけないよな。
それでも、この試合を組んだ意味は、緩奈の勝負弱さを克服させるためにあることを、彼女はわかってくれていると思っていたのに。

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