妹のいるグラウンド

エルトベーレ

第30話 偵察 -side.???- vs川和シニア④

あれ、もう始まってたんだ。でもよかった。まだ一回が終わったところみたい。


ちょうどこの下はあすみヶ丘側のベンチで、少し疲れた様子の投手がマウンドからこっちに歩いて来る。
それは知っている顔で、わたしがここに来た目的の一つでもあった。
「へぇ、先発なんだね。せっかく見に来てあげたんだから、試合壊さないでよ? お姉ちゃん」
「……何で、あんたが……」
お姉ちゃんは驚いたように、わたしを見上げて固まってしまった。
まさかわたしが来るとは思ってもいなかったでしょうからね。そりゃ、驚くよね。


「いや、こいつがどうしても来たいっていうから……」
一緒に来ていた瀧上たきがみシニアのチームメイトの加藤かとう侑樹ゆうきが、わたしとお姉ちゃんとの間の微妙な空気を取り払うように茶々を入れた。
「こらっ、余計なこと言うなっ」
「はいはい、川和シニアの偵察、という名目だもんな」
それも目的の一つ。
今年の全国シニアで強敵になるであろう川和シニアと、お姉ちゃんが進学したあすみヶ丘高校の今の実力がどれくらいなのか、見てみたかった。
お姉ちゃんの今の実力と、あの佐藤絢郁がどれほどのものなのか、をね。


ここから二回の表、あすみヶ丘の攻撃だけど、アナウンスがないから何番なのかわからない。
そういえば、あそこにいるおじいさんはわたしたちが来るより前からいたっけ。
わたしはおじいさんの元へ歩いていって、愛想よく話しかけてみる。
「あのぅ、すみません」
「なんだい、お嬢ちゃん」
「今の人って何番かわかりますか?」
「あぁ、六番だね、うん」
「ありがとうございます」
聞きたいことは聞けたので、わたしはお辞儀をしてきびすを返す。


「あ、お嬢ちゃん」
しかし、呼び止められて、ふたたびおじいさんの方を向く。
何かと思ったら、肩掛けカバンから何かを取り出してわたしに差し出してきた。
「今はお嬢ちゃんみたいな子でも、野球に興味あるんだねぇ。ほら、持っていきな」
差し出されたのは、イチゴのキャンディー。
「あ、ありがとうございます」
わたしはそれをいただいて、みんなの元へ帰る。


「アメもらっちゃったぁ」
みんなに見せびらかしてみると、
「本当モテるな、お前」
「顔だけはいいからな。性格はクソだけど」
「子ども扱いされてるだけだろ」
口々に言いたい放題言われる。
「みんなヒドいなぁ。あ、それより、今の人六番だって」
もらったアメを口に放り込んで、どうでもいい話題から修正を図る。
「じゃあ、この人が七番か。キレイな人だな」
「いちいちそういうこと付け足さなくていいから」
まぁ、確かに背高くて、スタイルいいけどさ。見るべきところが違うでしょ。


次の打者は……と見てみると、ネクストにいるのはお姉ちゃん。
お姉ちゃんは八番なんだ。もっと上位でもいいと思うけどなぁ。


この回は六番は三振、七番は内野ゴロで早くもツーアウト。
お姉ちゃんはどうかな。あの程度の投手なら、シニアでやってた時も相手にしてたはずだし、高校で腐ってなければ打てると思うけど。
「お、結祈さんの打席か」
お姉ちゃんにさんはいらないって。と言うのも忘れて、わたしは目の前のことに見入っていた。
お姉ちゃんは一度だけこちらを振り向いて、いつも通り右打席に入る。
わたしを意識してはいるはず。バッティングにどう影響が出るかな。
そんなことを思っていると、お姉ちゃんは初球を真っ直ぐはじき返して、センター前のヒットにした。
さすがにバッティングは錆びついてないね。綺麗なセンター返しだよ。


去年はわたしもあんなことがあったし、川和シニアと当たるとこまで行けなかったからお姉ちゃんは知らないかもしれないけど、あのキャッチャーは結構肩が強い。
ただでさえ盗塁がヘタクソなお姉ちゃんじゃ、盗むのはまず無理。足が遅いわけじゃないんだけど、スタートが悪いんだよね、お姉ちゃんは。


でも九番の人が内野ゴロで、この回の攻撃は終了。
打席のすぐ後に投げるのって結構辛いんだよね……。お姉ちゃんは投手としての試合経験は少ないし、そういう思いは身に染みて知っておくといいと思う。


さっきのおじいさんの話だと、川和シニアの次の打者は五番。
「じゃあ、投手以外はレギュラーをぶつけてきたのか」
「エースの実力は充分わかってるし、篠岡が戦力になるか見たかったんじゃないか?」
この相手なら、彼が打ち込まれても、高校生が相手だったからとフォローできる。確かにそうね。
「でもあの程度の投手なら、わたしでも打てるけどね」
「お前は打てる方だから参考にならねぇよ」
みんなからしたら、わたしは打てる方なんだ。バッティングは苦手なんだけどな……。


そんなことを言い合っている間に、お姉ちゃんは先頭打者に四球を与えてしまった。
「何やってんのよ、お姉ちゃんは」
「お前が見てるから余計に緊張してるんじゃないか?」
そんなんで潰れるようじゃ、何も成長してないんだね。残念だよ、お姉ちゃん。



川和シニアの層は厚く、六番以降も気の抜けない打者が続く。


お姉ちゃんが投げてるのは、ストレートとスライダー、それからカーブ。
スライダーとカーブもちょっと普通じゃない球を投げるけど、あのストレートの上を空振るっていうのは、なんかおかしい。
お姉ちゃんのストレートは回転数が高いから、浮いてくるように感じるはずなんだけどな。
……もしかして、ムービングでも投げてるとか。しかも、一見ストレートと思わせるほどの精度のもの。


「今度は三振だったな。決め球はやっぱり、落差のあるスライダーか」
「カーブのコントロールが相変わらずみたいだし、キャッチャーがかわいそう」
リード通りに投げられないと、その場で組み立て直さなきゃいけないし、絶対に負担は増えてるはず。
まぁ、わたしだって完璧に投げれるわけじゃないけどね。
「でもキャッチャーの人、結構可愛かったぜ?」
「だよな! 九番の人とそっくりだったけど、双子かな」
……まったく、何を見てるんだか。
「川和シニアの七番も双子の……姉だっけ? 妹の方か?」
「あれ、佳央里かおりちゃんは妹じゃなかったか?」
「……佳央里……ちゃん?」
わたしはちゃん付けで呼ばれたことないのに、何なの……?
「あ、いや……」
「……舞祈まき様の方が、可愛いです……」
「うるさい、……バカ」


そんなことより、試合を見ないと。
高城たかぎ妹は、七番とは言え結構打力は高い。七番なのは、打率があまり良くないから。たぶん選球が悪いんだと思う。
お姉ちゃんのキャッチャーの人も、それをわかってるのか、ボールになる変化球中心。そして追い込んだら、高めの釣り球で空振り三振、と。
まぁ、それが今のお姉ちゃんのベストのピッチングだよね。
「佳央里ちゃんも三振か……」
「舞祈、今日の結祈さん、ストレート以外の速球も投げてるよな?」
「っぽいね。たまたまってわけでもないだろうし、練習したんじゃない?」
握りを少し変えるだけで投げられるし、比較的制球も安定するからね。お姉ちゃんには合うと思う。


「舞祈は、今年はなんか球種増やしたのか?」
「今はスライダーの完成度を高めるのが先かな。秘密兵器の練習もしてるけど、今年中に完成できなさそうだし」
「秘密兵器?! あのスライダーよりヤバい変化球かよ……」
本当は今のスライダーがあの人に通用するか、去年試したかったけど、……去年は、まともに投げられる状態じゃなかったし。
高校になってから対決するときのために、使える手札は多いほうがいい。


さすがに川和シニアでも、序盤からお姉ちゃんを打ち崩すことはできないか。
でも、必ずボロが出るはず。わたしの知ってるお姉ちゃんから変わってないのなら、限界があるよ。


八番は篠岡。完全に安パイね。なぜ高城姉を差し置いて八番なのかは謎だけど。
と思ったら、初球セーフティバントエンドラン!?
ボールはサード前だけど、勢いが上手く死んでて距離がある。二塁は無理だし、これじゃ一塁も間に合わない。
「おいおい、篠岡ってあんな器用なことできたのかよ……」
「二死一、二塁で次の九番は愛依里あいりちゃんだし、結祈さんでも一点くらいは取られるんじゃないか?」
またちゃん付けだし……。
高城姉は嫌なバッティングするし、この回、上位に回る可能性は高い。そうなると無失点で抑えるのは無理だろうし、何点で抑えるかになるだろうね。


初球は外めに速球が外れた。
「初球からボールか……」
「いや、今のはたぶん外したんだよ。二連続セーフティエンドランとかだと笑えないし」
「下位打線で何とか出塁しようとしたら、何かやってくると思うってことか」
……だけど、ボールカウントは増やしたくなかったね。


二球目は低めに落ちるカーブ。これも外れて見送られた。
緩急はつけたいけど、あのカーブのコントロールだとねぇ……。今のは入れたかったな……。
しかし、その後にインコースを二球続けてカウント2ー2。
「一応、有利なカウントだけど、愛依里ちゃんの本領はこっからだな」
「お姉ちゃんみたいな投手は、特に嫌じゃないかな」


五球目、外低めの速い球を流してファール。
たぶん今のはムービングだった。


六球目、低めに落ちるスライダー。
お姉ちゃんのスライダーは真ん中より下に来ると確実にボールになる。
案の定見送られて、フルカウント。
「フルカウントか……」
「向こうはどうするかな。素直に歩くか……?」


七球目、ストレートが真ん中めに来たけど、わざわざそれをカットした。


続く八球目の外に逃げるカーブを流してファール、九球目も内角高めのストレートを後ろにファールした。


「次で十球目……」
こうなってくると、バッテリーとしては投げる球がないよね。ボール球にも手を出して、ファールされちゃうんだから。
見切りをつけたのか、キャッチャーが立ち上がって高城姉を敬遠した。
そうでもしないと、打ち損じるまでファールを続けられちゃうからね。
「これが正解なんだろうけど、満塁で凛太郎は嫌だな」
「この場面、舞祈なら何を投げる?」
「そうね……。わたしはやっぱりスライダーかな」
特に初球は、一番自信のある球でいきたい。


お姉ちゃんの初球は、低めに落ちるスライダー。これはボールにならないコース。
凛太郎はそれを狙っていたのか、迷いなく振り抜いた。投手の足元を抜けて、二遊間、センター前へと弾き返す。
ところが打球はセンターへは届かず、グラブに吸い込まれるように消えた。
そして二塁カバーに入ったショートのグラブにトスされる。
一塁ランナーがフォースアウトで、スリーアウト。二死満塁を無失点でチェンジ。


「マジかよ……。今の抜けないのか……」
打球が打ち出された瞬間、一目散に駆け出したセカンドが飛びついて、ベース後方で止めた。そのままグラブトスで二塁のショートに確実に送球。
これが、あの佐藤絢郁……。
「あすみヶ丘高校かぁ……。……面白そう」

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