妹のいるグラウンド

エルトベーレ

第29話 全国レベルのシニア打線 -side.Kanna- vs川和シニア③

一番打者はセンターの真木まき凛太郎りんたろう。昨年からレギュラーで、絢郁はこの打者が一番要注意だと言っていた。三盗まであるから塁に出したくない打者だと。
投球練習の感じだと、結祈の今日の調子はまずまず。制球も大きな乱れはなさそう。まぁ、打者を相手にしてみないと本当のところはわからないけど。
「お願いします」
スイッチヒッターで、出塁を意識するときは左打席、長打を意識するときは右打席に入るのだそうだ。この打席は左打席。初回の一番だし、当然だ。


初球、低めにカットボールのサインを出す。これをストレートだと思ってくれれば上出来。
結祈はゆっくりと振りかぶり、勢いよく腕を振り抜いて放る。
コースはいい感じ。これは……振る?
真木君の様子をちらと伺ってみるが、手元が微かに動いただけで、振らなかった。


「ストライーック!」
……しっかり見られた。確かに嫌な打者ね。絢郁を相手にしてるようだと思った方がいいかも。
今度はナックルカーブのサインを出す。緩急つけて、真ん中めから内の厳しいところに。制球も難しい球だし、これは当てなきゃ外れてもいいから、とにかく内に。
結祈の放ったボールはカットボールより緩い軌道で真ん中から内に落ちてくる。が、私のミットに届くより先に、金属バットがその球を捉えた。
決して甘くはなかった。むしろボール球。それを弾き返して、ボールの行く先は……右に切れてファールゾーンのネットに突き刺さった。
……危なかった。後もう少しでホームランというところ。


……今のは狙われていたのかな。追い込んだは追い込んだけど、少し慎重にいった方がいいか。
三球目は再びカットボール。インコースのボール球。これを見せて、外低めのストレートを決め球にする。
カットボールとストレートじゃ、ノビも全然違うから、振り遅れて内野ゴロになってもらいたい。
結祈は私のサインに頷いて、思いっきり腕を振って投げ込んできた。ところがこれは、要求とは違う球。真ん中に寄ってしまっていた。
まさか、さっきのファールにビビったの? らしくない……。
真木君もこの甘い球を見逃してはくれず、絢郁の頭上を越えて、右中間へと簡単に跳ね返した。
香撫さんの打球の処理と肩では、三塁に進ませないのが精一杯だった。
「結祈、球は走ってるから、気持ちで負けないで、思いっきり投げ込んで」
「……わかってる」
ならいいんだけど……。


次は、えっと……佐野さの陽向ひなたくん。二年生の二塁手。そして二番打者。……単なる偶然?
彼は最初からバントの構え。
……本当にバントかな。中学生だし、さすがにバスターエンドランはないか。
でも一応、初球は高めのストレートで様子を見よう。
ファーストの美聡先輩はバント警戒。美憂は何かあると怖いから前進はなしで。代わりに私が止める。
結祈も私のサインに頷き、クイックモーションで投げた。
佐野君はやっぱりバットを引いたが、真木君は動かない。結祈はクイックでもなんとか要求通り、スピンの効いた高めのストレートを投げてくれた。
佐野君はこれを強引に当ててきた。が、案の定打ち上げてしまい、前進してきた美聡先輩がそのままファールゾーンで掴み取った。


ところがその直後、二塁に張り付いていた真木君が、猛然とスタートを切った。
「美聡さん、サード!」
慌てて指示を出すも、間に合わなかった。まさかあんなファールフライでタッチアップするなんて……。これで一死三塁。一点は覚悟しないといけなくなってきた。


続く三番は、キャッチャーの五十嵐いがらし凌介りょうすけ
三振か内野フライならなんとか抑えられるかもしれないけど、この打順では厳しいかな……。
「結祈ちゃん、打たせていいよ!」
絢郁の方へ打たせられれば、一番安心できるんだけど……。
初球、丁寧に。低め、ボール球になるナックルカーブ。
見せ球でいいと思っていたけど、思いの外、五十嵐君はこれに手を出してくれた。ボールの上を振って空振り。


今の空振りをどう捉えるか。
狙い球を絞るには早すぎると思うし、単純に見極めが甘いだけとか。昨日の話では、コースに得意、不得意はないそうだし。
……確かめてみようか。


二球目は、インコース高めにストレートを外す。これはストライクに入れちゃいけない。入ったら、たぶん打たれる。
結祈はそのことをわかっていないだろうから、サインで外すように指示もつけておく。
自分の球質を知らないのが投手の厄介なところ。結祈のは軽い球だから、男子相手じゃストレートは見せ球にしかできない。特にこの、外野フライも許されない場面ではね。
私が念を押したせいもあってか、結祈はしっかりギリギリ外れているというところを狙ってくれた。


「ボール」
これは五十嵐君も見逃したが、これでいい。
結祈のボールは初速と終速の差が小さいから、実際より速く感じるし、球筋も予想より落ちてこないように感じる。
このストレートを見せて、ストレートより回転数の落ちるカットボールを投げれば、ストレートだと思ってボールの上を振ってくれるはず。
思った通り、低め、ボール気味にきたカットボールの上を空振った。
これでカウント2-1。追い込んだ。


でもここで問題なのが、投げる球がないこと。
今投げたカットボールはタイミングも合わせられてたし、ストライクゾーンには入れられない。遥奈ならまだしも、結祈の制球力じゃカットボールで勝負するのは怖い。
ストレートは当たるだけで外野まで飛んじゃうだろうし、ナックルカーブも制球力の心配が拭えない。
そうなると、あの球を使うしかない。
……本当はこの回はカットとストレート、ナックカーブだけで抑え切りたかったけれど、そう上手くはいかないか。


結祈にサインを出すと、一瞬驚いた顔を見せたが、すぐに頷いた。結祈もこの球を使う必要性を感じていたのだろう。
投げ込まれたボールは、カットボールとほぼ同じ軌道で真ん中にまっすぐ伸びてくる。
五十嵐君はこれを、タイミングもぴったり合わせて打ち砕きにいった。
きっと彼の中では、快音を響かせてフェンスオーバーのビジョンが見えたに違いない。
しかし、響いたのはミットに収まる乾いた音。ボールはベース手前で消えるように、急激に落ちていったのだ。
「ストライーック、バッターアウッ!」
これで二死三塁。


「ナイスボール、結祈」
私の返球を、結祈はいつにも増して誇らしげにグラブに収める。
「結祈ちゃん、ナイスー! ツーアウトー!」
「ツーアウトー!」


四番の岩渕いわぶち真言まことは長距離砲ではなく、珍しい巧打者の四番。
中外でゾーンを広く使って揺さぶりをかけたい。
まずは低めにナックルカーブを落とす。ギリギリ外れないくらいだと理想的なんだけど。
結祈の投げたボールは要求より外めにきた。入ってはいるけど、これだと変化したらそのまま外に外れる。
いや、これ……曲がらない……っ。


岩渕君も手を出そうとして、カーブだから外れると思ったのか振らなかった。
曲がりはしなかったが、回転が足りなかったのか、少し落ちてボールになってしまった。
あのバカ、ここにきて制球ミスなんて……。
これくらいは普通なんだろうけど、遥奈に慣れてると、制球ミスを考慮するのを忘れるわね……。


気を取り直して、今度は縦の高速スライダー。次も低めに落とす。
この球はどうせ初見じゃ当てられないだろうから、見送ってもストライクが取れるところに落としたい。
今度こそはしっかり要求通り、ストライクゾーンをギリギリ通過するように落としてくれた。
岩渕君はこれも振らずに見送った。球筋を見られたけど、この打席、あの球はもうストライクには投げない。


次はインコース高めのストレート。これは外す。手を出してくれれば儲けもの。
結祈は思いっきり投げ込んできたが、球離れが早い。これはあからさまに外れたボールになった。
高めとは指示したが、高すぎ。これは見せ球にもならない無駄な球になってしまった。
「結祈、打たれていいよ!」
打たれてはよくない。打たせてはいいけど。
「結祈ちゃん、落ち着いて」
間を取るべきか……いや、まだ大丈夫。


四球目は外低めにカットボール。今一番コントロールが安定しているのはこの球だ。これはしっかり決めてほしい。
結祈は一回深く息を吐き、腕を思いっきり振り抜いて投げた。
岩渕君は振りにいったが、見事に芯を外されて、勢いのないゴロになった。
しかし、これが勢いがなさすぎて、打球に反応して前進してきた絢郁、結祈、私の間で止まりそうになる。
ホームには真木くんが突っ込んでくるから私は捕れない。
結祈か絢郁が……。


「はいっ、私が!」
そう言って捕りにいったのは絢郁。でもタイミングとしては、どっちに投げても微妙。
「美聡さん!」
結局絢郁は、クロスプレーのない方へ送球した。身体を捻りながら右手で拾い上げ、そのまま流れるような送球。流石だ。
絢郁の送球は美聡さんの構えたグラブに綺麗に収まる。
「アウトッ! スリーアウト! チェンジ!」
何とか無失点に抑えられた……。
打者は四人で終わったけど、長いイニングだったように感じる。


「ナイス、絢郁。いい判断だったよ」
「大会前だし、クロスプレーは避けたかったから。間に合ってよかったよ」
「助かったよ、絢郁」
「結祈ちゃんも、最後の、いいボールだったよ」
初回からこんな感じなんて、タフな試合になりそうね……。

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