妹のいるグラウンド

エルトベーレ

第27話 壮行試合 vs川和シニア①

部員はギリギリ九人のまま、ついに抽選会の日がやってきた。
女子高校野球は男子に比べればまだまだ発展途上で、参加校も男子の比ではない。うちの地方だと、三回勝てば全国に行ける。それを楽と捉えるかどうかはまた別問題だろうけども。
美聡は公欠を取って、俺と一緒に会場に来ているが、どうも落ち着かないようだ。
「緊張してるのか?」
「こういうところに来ると、私がキャプテンなんだ、って思わされますね」
いつもそう思っててほしいんだけどな……。
「大会に出たことはあるのか?」
「はい。二年前、私が一年生だったときに」
「そのときのキャプテンも、そんな気持ちだったのかもな」


そんな話をしていると、すぐにうちの順番になった。
名前を呼ばれた途端、美聡は顔つきが強張る。
「どこにだって負けるつもりはないんだから、どこ引いたっていいからな」
負けた時点で全国行きは断たれるから、負けは事実上の廃部宣告だ。
気休めになるかはわからないが、彼女の背中をそっと押して、送り出した。



グラウンドに戻ると、真っ先に結果を聞きにきたのは緩奈だった。
「どうでした? いけそうですか?」
投手陣の負担を減らすためにも、狙えるならコールドゲームで勝ちたいと、緩奈に言われていた。俺も同じ考えで、この打線、投手陣ならできないことはないと思う。
「一回戦の相手は椿森つばきもり高校。公立の学校だな」
「あそこはいつも一回戦止まりなので、楽勝ですね」
そういう相手を舐めたような発言はどうかと思うが。まぁ彼女のことだし、万に一つも油断はしないんだろうけど。


すると、緩奈にならってみんなも集まってきた。
「監督、緩奈に聞いたけど、コールド狙うってホントですか?」
「そうだな。とりあえず一回戦はコールドで勝つ。できない相手じゃないはずだぞ。それには先発がきっちり抑えてくれないと困るからな?」
「どっちが先発ですか?!」
やっぱり食いついたか……。
「まだ決めてないよ。これからの出来次第だな」
「兄さん、でも、もう少し試合経験があった方がいいと思うんだけど……。無理して狙わなくてもいいんじゃない?」
絢郁の言い分は七回までやって、試合というものそのものに慣れておきたいと言うのだろう。それも一理ある。
だが、うちは投手力によるところも大きい。ロースコアゲームを制していくしか強豪に太刀打ちできないだろう。そう言う意味で、あることを目標にして試合に臨むのはいいと思う。
「練習試合はするさ。相手もちゃんと考えてある」
「こんな時期に受けてくれるとこなんてあるんですか?」
「あるさ。大会前の調整として受けてくれるところが。練習試合の相手は川和かわなシニアだ。今週末に試合する」
それに、あそこはコネがあるからな。
「えっ!? 川和シニアって、去年、全国シニアで準優勝だったところですよね?」
「しかも、絢郁のいたところでしょ?」
シニアは男女混合。中学生だからって決して舐めてかかれはしない。
「ついでに、来年度の勧誘もな」
「あぁ、あの二人だね」



試合の日まで調整をするも、あっという間にその日が来る。
今日は川和シニアの練習用グラウンドでの試合のため、偵察も来ているが、大方シニアの方の偵察だろう。
メンバー表を交換するついでに、お世話になった監督に挨拶にいく。
「監督、ご無沙汰してます。去年は惜しかったですね」
「今年こそは、と思っているよ。それに、こっちにもいいコーチが来てくれてね」
ベンチを見やると、選手と話している一人の青年の姿があった。おそらく彼のことだろう。そしてそいつは、かつてオレと二遊間を守っていた親友に他ならなかった。
……なるほど、思ったより楽しめそうじゃないか。



ベンチに戻り、今日のオーダーを発表する。


一番 緒方美莱 センター
二番 倉沢香撫 ライト
三番 一ノ瀬結衣 ショート
四番 佐藤絢郁 セカンド
五番 福原緩奈 キャッチャー
六番 平井美憂 サード
七番 綾羽美聡 ファースト
八番 高瀬結祈 ピッチャー
九番 福原遥奈 レフト


思い切って美莱ちゃんを一番に抜擢してみた。まぁ練習試合だし、何か得るものがあってほしい。
絢郁が四番なのも、ものは試しだ。
うちの打線だと、五番でも多くチャンスが回ってくることになるだろう。四番でなくて安心してるかもしれないけど、緩奈にはどんどんプレッシャーを与えて、そういう場面に慣れてもらわないと。


「結祈、キツくなったらいつでも代わるからね」
遥奈ちゃんのその言葉は、いつものようにエースの座を狙っているものではなかった。前回の練習試合で先発を経験したからこその思い。結祈にもそれはしっかり届いているだろう。
「ありがとう。じゃあ、最初から飛ばしてくよ」
「力みすぎて四球にならないようにね」
「はいはい、精々気をつけますよ」
いつもならそういうセリフは緩奈が言うものだけど、と思って彼女に視線をやると、彼女の耳には二人のやりとりなど届いていないようだ。


「緩奈、大丈夫か?」
彼女は投球練習をする相手投手をじっと見つめていた。
「聞いてるかー?」
「えっ、あ、すみません……」
「大丈夫か?」
「心配しなくても、大丈夫ですよ。……お兄ちゃん?」
照れながらも不敵な笑みを見せ、彼女は整列にグラウンドに駆けていった。
あの日以来何回かやらせたせいで、ハマってしまったようだ。……オレも、だが。


「プレイ」


一回の表、こちらの先攻。
美莱ちゃんの第一打席、まずは徹底してボールを見る。
相手の先発はエースじゃなくて、二年生の篠岡しのおか。こいつの持ち球も知ってるけど、美莱ちゃんには球筋を見といてもらいたい。


初球は高めにストレート。これは外れている。
「力むな! 力抜け!」
相手捕手が投手に声をかけた。


しかし二球目も、ストレートが外に外れた。
もしかしてこいつ、試合慣れしてないのか?
初回から思わぬチャンスが来た。相手には可哀想だけど、こういう機会を逃すわけにもいかないな。
オレは美莱ちゃんにサインを送る。彼女は少し戸惑った顔を見せたが、ヘルメットのつばを軽く押さえて了解した。


三球目、美莱ちゃんはバントの構えを見せる。しかし、ここは見せるだけだ。あくまで揺さぶりをかけるだけ……のつもりだった。
相手バッテリーの選択は、ここもストレート。しかもど真ん中、絶好球。
美莱ちゃんはバットを引かず、そのまま当てて転がした。
怖がらずにしっかり前に転がせたが、サードの正面。落ち着いて処理されて、ワンナウト。
「ドンマイ、美莱。当てられただけすごいよ。あたしなんて、たぶん当たんないし」
ベンチに戻ってきた美莱ちゃんに、美憂ちゃんが励ましの声をかけた。
こういうのが自然に出てくると、チームとしてもまとまりが出て、また一つ成長した気がする。


わかってはいたが、やはり男子と女子では運動能力に差がある。
一塁までの到達時間や、肩の強さを考えれば、こっちにラッキーはない。送りバントだって、タイミング次第ではきちんと送れるかどうかも怪しい。
そうなると、二番の香撫ちゃんにはセーフティ以外で出塁してもらわなければならない。セーフティが無理だとなった時、彼女がどうやって塁に出ようとするか、それを見てみたかった。
「香撫さん、積極的に!」
まず一球、ストレートを空振ってしまった。狙いは良かったが、タイミングが取れていない。
振っても間に合わないと踏んで、香撫ちゃんは二球目でセーフティを狙ってみる。
ライン際に転がしたが、球の勢いを殺しきれず、サード正面のゴロになってしまう。
「ツーアウトー!」


「結祈より速い?」
「同じくらいかな……。でも見てから振っても間に合わなかった……」
香撫ちゃんと結衣のやり取りを聞いて、オレは気になったことを絢郁に聞いてみる。
「なぁ、絢郁。結祈の平均球速が120キロだとしたら、あいつはそれより速いよな?」
「スピードガンではね。でも、私も体感では結祈ちゃんと変わらないっていうか、少し遅いかなと思うよ」
やっぱりそうか。ビデオで見た感じだとわかりにくかったが、実際に見て気が付いた。
素人の美莱ちゃんがうまく転がせたのも納得だ。速い球に慣れさせるために、結祈の相手をさせたのはマズかったかな……。
自分の球筋を見れない結祈はともかく、あとそのことに気付けるのは緩奈くらいだろう。


「ナイバッチ、結衣さん!」
そんなことを考えているうちに、結衣がヒットで出塁した。打ったのは、どうやらカーブのようだ。
あいつ……、香撫ちゃんの言葉を聞いて、ストレート以外に絞ったな? にしても初見の球を捉えるとは……。やっぱりセンスはあるみたいだな。


そして四番、絢郁の打席。初めての四番起用だっていうのに、特別気負った様子もなく、普段と相違なく打席に立つ。
しかし、相手バッテリーは躊躇なく立ち上がってボールを外した。
「敬遠?! 一塁にランナーがいるのに?」
「絢郁ならこういうこともあると思ったが、いきなりとはな……」
ツーアウトでも勝負を避けるか……。いやに慎重だな。
「いや、監督。前にランナーがいるからこそ、ここでの敬遠はありだと思うよ。逆にランナーがいなかった方が、絢郁は出しづらいんじゃないかな」
そうか、前にランナーがいれば、絢郁の足も封じられる。結祈の言う通りだ。


ツーアウト、ランナー一、二塁になって、打席には緩奈。
早速来たか。練習の成果、見せる時だぞ。いきなりは難しいかもしれないが、いい結果になってほしい。
「緩奈ー! 頑張ってー!」
緩奈は緊張した面持ちで振り返り、オレのサインを確認する。
大丈夫、緩奈ならできるさ。ちゃんとサインを確認する余裕があるんだから。
サインはもちろん、打て。先制点、取ってこい。

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