妹のいるグラウンド
第25話 目指すべきかたち
翌日、緩奈は練習を休み、私服姿でオレの部屋に来た。
黒の七分丈のズボン、白いTシャツに一枚羽織っている。昨日言っておいた通り、ちゃんと動きやすい服装で来てくれた。動きやすい服装って言ったから、ホットパンツを期待してたんだけど、さすがにガードが固い。
っていうか、私服だと膨らみの大きさが一層際立つな……。もしかして結衣よりもデカいんじゃないか……?
「それじゃ、行くか」
今日は緩奈も授業があったし、時間はあまりない。といっても、彼女は午前授業だけだが。
「どこに行くんですか?」
「それを言ったら楽しみが半減するだろ?」
「……楽しいのは監督だけです」
その顔は少しふてくされているようにも見える。練習をサボらせたことで機嫌が悪いのかもしれない。
「確かにな。あ、外では監督って呼ぶなよ?」
「どうしてです?」
「なんか、恥ずかしいから」
どう見てもオレはまだ監督って歳じゃないし、そういうプレイだと思われても困るからな。
「じゃあ私のことも、ちゃん付けで呼ばないでください」
「それはどうして?」
「子ども扱いされてるみたいで腹立たしいからです」
……やっぱり怒ってるな、こりゃ。
「ごめん……」
校門を出て、住宅街の方へ一緒に歩いていく。
「歩きでごめんな。車を運転できればよかったんだけど……」
「免許持ってないんですか?」
「持ってるけど、今のオレの体だと、ほんの近い距離じゃないと運転するのは無理だからな」
重いものだけでなく、同じ姿勢を続けているのも辛いのだ。
「あ……、すみません」
「いや、いいよ」
大した会話もなく、彼女の歩幅に合わせて歩く。
絢郁といる時とはまた違った感覚。
体格は、胸を除けば遥奈ちゃんとほとんど変わらない。こんな小さな身体であんな豪速球を受け止めているんだ。
それに加えて、中学でも学年で一、二位を争う成績だったと遥奈ちゃんから聞いた。ひとえに彼女の真面目な性格ゆえの、努力の賜物なのだろう。胸を除けば。
そんなことを考えていると、ふと、目が合った。
「……どこ見てるんですか」
なんて、胸を手で覆い隠そうとするも、覆いきれていない。
「別に、胸のことばっかり考えてたわけじゃないぞ?」
「あぁ、胸のこと"も"考えてたんですね」
「……すいません」
ちょっと距離を取られてしまった。だって……仕方ないじゃないか。
「それで、一応聞いてあげますけど、他には何を考えてたんですか?」
「緩奈はなんであすみヶ丘に来たんだろう、ってな」
「何でだと思いますか?」
質問に質問で返すなよ……。
「遥奈があすみヶ丘がいいって言ったんです。一緒に行こうって、言ってくれました。それがヒントです」
その絞り出すような言い方に、遥奈ちゃんに対して罪悪感というか、後ろめたさを感じているのがわかった。
「スカウトされた中で、ふたり一緒に行けるのがあすみヶ丘しかなかったから、か?」
オレの答えに、彼女は寂しい笑みを浮かべて、一呼吸置いてから話し始めた。
「私はあすみヶ丘からしかスカウトしてもらえませんでした。遥奈は、実は白峰学園からもスカウトされてたんです」
「白峰って、全国でも屈指の投手の名門じゃないか! わざわざそれを蹴って……」
投手育成に定評があり、白峰に入学した投手はプロへの道が約束されたも同然とまで言われる。
「あの子はそんなこと言いませんでしたが、お母さんから聞きました。あの子なりに、私に気を遣ってくれたんだと思います」
「遥奈ちゃんはあくまで、姉妹揃ってプレーしたかったんだな」
やがて、少しの沈黙の後、彼女は視線を落としたまま呟くように続けた。
「……絢郁は、どうしてこの学校にしたんですか?」
「それはオレも知らない。聞いてないのか?」
絢郁ももっと強い学校からスカウトされてたはずだ。今や名門の面影もないあすみヶ丘にわざわざ入ったのに、どんな理由があったんだろう。オレも今度聞いてみるか。
「別に、理由はどうでもいいんです。あの佐藤絢郁と一緒にプレーできる。私たちにとって、それはかなり大きな意味を持つんです」
まぁ、あいつは有名人だしな。実力ももちろんだが、あいつには人を惹きつける何かがある。
「緩奈は絢郁に憧れてたのか?」
「誰だって、あんなプレーができたらいいと思いますよ」
緩奈の固さは、目標の高さも相まっているのかもな。現状の自分に満足いってないのか。それは悪いことじゃないが、それで潰れるようじゃ困る。
「けど、緩奈じゃ無理だな」
「な、何でですか……っ!」
珍しく、感情的な眼。大きな黒い瞳が揺れている。
しかし、感情的になってしまったことに気づいたのか、徐々に再び視線を落とす。
「あいつとは、タイプが違うからだ」
本当はこうやって型にはめるようなことはしたくないが、こういう不器用なやつは仕方がない。
「オレはあいつを四番に据えようとは思わない。だけど緩奈には、将来的に四番を打ってほしいと思ってる。この違いは何かわかるか?」
緩奈は相変わらず、オレと視線を合わせようとしない。
「……絢郁は置くとしたら、一番ってことですか?」
「そうだな」
「私だって、足は遅くないつもりです。投手の左右を問わず、選球も悪くない、と思います……。それでも、私に一番は向いてないと、そう言うんですか」
彼女の言う通り、捕手にしては足もあるし、バットコントロールや選球はチーム内でも絢郁に次いで優れていると思う。でも、そういうことじゃないんだ。
「それぞれの打順によって、打者にはある程度役割がある。もちろん、状況にもよるけどな。例えば、四番がセーフティするとは思わないだろ?」
「まぁ、たしかにそうですが……」
だからチームによって意外性を出したりもするのだが。
「一番には、切込み役としてまず塁に出ることが求められる。その上で、相手の手の内を探ったり、塁上をかき乱す役割もある。四番の役割はもちろん走者を還すこと。チャンスを確実にものにし、一振りでチームに流れを引き込む」
「それならなおさら、四番は私には向いてないじゃないですか」
心なしか歩幅が小さくなっていっている気がする。
「……わからないか?」
「え……?」
「今のチームの戦力を考えたら、絢郁を四番に据えるのはありだ。得点に絡めそうなのが上位しかいないからな。だけど、それだと絢郁のワンマンチームになる。あいつが打てなかったら、それで終わってしまう。考えてもみろ。あいつが全打席敬遠されたらどうする?」
あいつは有名人だし、あり得ない話じゃない。
「それは……」
「それに、四番に据えなくてもチームの期待は間違いなく絢郁に集まるだろう。それじゃあ、絢郁は誰に期待すればいいんだ?」
「……チームの柱が一本じゃ、危ないってことですか?」
オレは黙って頷く。
このチームを本気で強くするなら、ワンマンチームにするわけにはいかない。
「赤羽大附属高校は絶対的エースがいる。もちろん彼女はチームの柱だ。実力的にも精神的にもな。そして打撃の要、四番の福田菜々子。彼女もまた、チームの柱。さらに、二遊間コンビは守備の要でもある。そういうチームはかなり手強い。逆に、エースの一条紗代子だけだったら、何とかそいつを攻略すれば勝てると思える」
「監督は、チームとして考えているんですね。絢郁を目指していても、絢郁にはなれない……。そういうことですか?」
「そういうことだ」
緩奈の目指すべきは絢郁じゃない。もちろん、絢郁に技術を教わるのはいいが、模倣ではダメだ。自分らしさを磨かなければ、自分の力を最大限発揮することはできない。
「でも……、本当に私が絢郁に期待されるようになれると思いますか……?」
緩奈がオレに向き直り、オレの目を覗き込むように見つめる。
吸い込まれそうな黒い大きな瞳は、今度は強く、真っ直ぐオレを見据えていた。
「なれるよ。緩奈なら」
なってくれなきゃ困る。
緩奈の視線を受け止め、オレも彼女を見つめ返す。
お互いに見つめ合ったまま、どれくらいの時間が経っただろう。人通りの少ない路地に車が通り過ぎたことで、お互いに我に返り、何となく気恥ずかしくなって、目を逸らした。
「あ、ちょうど着いたぞ」
「こんなところに、あったんですね……」
メンタル面のケアはそんな簡単にはいかないとは思うが、改善はできたらいいと思う。
そのためのここだ。
黒の七分丈のズボン、白いTシャツに一枚羽織っている。昨日言っておいた通り、ちゃんと動きやすい服装で来てくれた。動きやすい服装って言ったから、ホットパンツを期待してたんだけど、さすがにガードが固い。
っていうか、私服だと膨らみの大きさが一層際立つな……。もしかして結衣よりもデカいんじゃないか……?
「それじゃ、行くか」
今日は緩奈も授業があったし、時間はあまりない。といっても、彼女は午前授業だけだが。
「どこに行くんですか?」
「それを言ったら楽しみが半減するだろ?」
「……楽しいのは監督だけです」
その顔は少しふてくされているようにも見える。練習をサボらせたことで機嫌が悪いのかもしれない。
「確かにな。あ、外では監督って呼ぶなよ?」
「どうしてです?」
「なんか、恥ずかしいから」
どう見てもオレはまだ監督って歳じゃないし、そういうプレイだと思われても困るからな。
「じゃあ私のことも、ちゃん付けで呼ばないでください」
「それはどうして?」
「子ども扱いされてるみたいで腹立たしいからです」
……やっぱり怒ってるな、こりゃ。
「ごめん……」
校門を出て、住宅街の方へ一緒に歩いていく。
「歩きでごめんな。車を運転できればよかったんだけど……」
「免許持ってないんですか?」
「持ってるけど、今のオレの体だと、ほんの近い距離じゃないと運転するのは無理だからな」
重いものだけでなく、同じ姿勢を続けているのも辛いのだ。
「あ……、すみません」
「いや、いいよ」
大した会話もなく、彼女の歩幅に合わせて歩く。
絢郁といる時とはまた違った感覚。
体格は、胸を除けば遥奈ちゃんとほとんど変わらない。こんな小さな身体であんな豪速球を受け止めているんだ。
それに加えて、中学でも学年で一、二位を争う成績だったと遥奈ちゃんから聞いた。ひとえに彼女の真面目な性格ゆえの、努力の賜物なのだろう。胸を除けば。
そんなことを考えていると、ふと、目が合った。
「……どこ見てるんですか」
なんて、胸を手で覆い隠そうとするも、覆いきれていない。
「別に、胸のことばっかり考えてたわけじゃないぞ?」
「あぁ、胸のこと"も"考えてたんですね」
「……すいません」
ちょっと距離を取られてしまった。だって……仕方ないじゃないか。
「それで、一応聞いてあげますけど、他には何を考えてたんですか?」
「緩奈はなんであすみヶ丘に来たんだろう、ってな」
「何でだと思いますか?」
質問に質問で返すなよ……。
「遥奈があすみヶ丘がいいって言ったんです。一緒に行こうって、言ってくれました。それがヒントです」
その絞り出すような言い方に、遥奈ちゃんに対して罪悪感というか、後ろめたさを感じているのがわかった。
「スカウトされた中で、ふたり一緒に行けるのがあすみヶ丘しかなかったから、か?」
オレの答えに、彼女は寂しい笑みを浮かべて、一呼吸置いてから話し始めた。
「私はあすみヶ丘からしかスカウトしてもらえませんでした。遥奈は、実は白峰学園からもスカウトされてたんです」
「白峰って、全国でも屈指の投手の名門じゃないか! わざわざそれを蹴って……」
投手育成に定評があり、白峰に入学した投手はプロへの道が約束されたも同然とまで言われる。
「あの子はそんなこと言いませんでしたが、お母さんから聞きました。あの子なりに、私に気を遣ってくれたんだと思います」
「遥奈ちゃんはあくまで、姉妹揃ってプレーしたかったんだな」
やがて、少しの沈黙の後、彼女は視線を落としたまま呟くように続けた。
「……絢郁は、どうしてこの学校にしたんですか?」
「それはオレも知らない。聞いてないのか?」
絢郁ももっと強い学校からスカウトされてたはずだ。今や名門の面影もないあすみヶ丘にわざわざ入ったのに、どんな理由があったんだろう。オレも今度聞いてみるか。
「別に、理由はどうでもいいんです。あの佐藤絢郁と一緒にプレーできる。私たちにとって、それはかなり大きな意味を持つんです」
まぁ、あいつは有名人だしな。実力ももちろんだが、あいつには人を惹きつける何かがある。
「緩奈は絢郁に憧れてたのか?」
「誰だって、あんなプレーができたらいいと思いますよ」
緩奈の固さは、目標の高さも相まっているのかもな。現状の自分に満足いってないのか。それは悪いことじゃないが、それで潰れるようじゃ困る。
「けど、緩奈じゃ無理だな」
「な、何でですか……っ!」
珍しく、感情的な眼。大きな黒い瞳が揺れている。
しかし、感情的になってしまったことに気づいたのか、徐々に再び視線を落とす。
「あいつとは、タイプが違うからだ」
本当はこうやって型にはめるようなことはしたくないが、こういう不器用なやつは仕方がない。
「オレはあいつを四番に据えようとは思わない。だけど緩奈には、将来的に四番を打ってほしいと思ってる。この違いは何かわかるか?」
緩奈は相変わらず、オレと視線を合わせようとしない。
「……絢郁は置くとしたら、一番ってことですか?」
「そうだな」
「私だって、足は遅くないつもりです。投手の左右を問わず、選球も悪くない、と思います……。それでも、私に一番は向いてないと、そう言うんですか」
彼女の言う通り、捕手にしては足もあるし、バットコントロールや選球はチーム内でも絢郁に次いで優れていると思う。でも、そういうことじゃないんだ。
「それぞれの打順によって、打者にはある程度役割がある。もちろん、状況にもよるけどな。例えば、四番がセーフティするとは思わないだろ?」
「まぁ、たしかにそうですが……」
だからチームによって意外性を出したりもするのだが。
「一番には、切込み役としてまず塁に出ることが求められる。その上で、相手の手の内を探ったり、塁上をかき乱す役割もある。四番の役割はもちろん走者を還すこと。チャンスを確実にものにし、一振りでチームに流れを引き込む」
「それならなおさら、四番は私には向いてないじゃないですか」
心なしか歩幅が小さくなっていっている気がする。
「……わからないか?」
「え……?」
「今のチームの戦力を考えたら、絢郁を四番に据えるのはありだ。得点に絡めそうなのが上位しかいないからな。だけど、それだと絢郁のワンマンチームになる。あいつが打てなかったら、それで終わってしまう。考えてもみろ。あいつが全打席敬遠されたらどうする?」
あいつは有名人だし、あり得ない話じゃない。
「それは……」
「それに、四番に据えなくてもチームの期待は間違いなく絢郁に集まるだろう。それじゃあ、絢郁は誰に期待すればいいんだ?」
「……チームの柱が一本じゃ、危ないってことですか?」
オレは黙って頷く。
このチームを本気で強くするなら、ワンマンチームにするわけにはいかない。
「赤羽大附属高校は絶対的エースがいる。もちろん彼女はチームの柱だ。実力的にも精神的にもな。そして打撃の要、四番の福田菜々子。彼女もまた、チームの柱。さらに、二遊間コンビは守備の要でもある。そういうチームはかなり手強い。逆に、エースの一条紗代子だけだったら、何とかそいつを攻略すれば勝てると思える」
「監督は、チームとして考えているんですね。絢郁を目指していても、絢郁にはなれない……。そういうことですか?」
「そういうことだ」
緩奈の目指すべきは絢郁じゃない。もちろん、絢郁に技術を教わるのはいいが、模倣ではダメだ。自分らしさを磨かなければ、自分の力を最大限発揮することはできない。
「でも……、本当に私が絢郁に期待されるようになれると思いますか……?」
緩奈がオレに向き直り、オレの目を覗き込むように見つめる。
吸い込まれそうな黒い大きな瞳は、今度は強く、真っ直ぐオレを見据えていた。
「なれるよ。緩奈なら」
なってくれなきゃ困る。
緩奈の視線を受け止め、オレも彼女を見つめ返す。
お互いに見つめ合ったまま、どれくらいの時間が経っただろう。人通りの少ない路地に車が通り過ぎたことで、お互いに我に返り、何となく気恥ずかしくなって、目を逸らした。
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