妹のいるグラウンド

エルトベーレ

第24話 プレッシャー

皆がそれぞれの部屋に帰っても、絢郁は残ったままだった。そのままベッドに腰掛けるので、オレもその隣に腰掛ける。
「絢郁は帰らないのか?」
「もう、ワガママ聞いてくれるって言ったじゃん……」
その幼くも妖艶な上目遣いは、シスコンのオレには耐え難かった。
「おいおい、兄妹なんだから、そういうのはよそうぜ?」
絢郁はきょとんとしていたが、やがて意味がわかったのか、真っ赤になって身構えた。
「ちがっ! そういうことじゃないって!」
「わかってるよ。で、何だよ?」
「……バカ」


絢郁は一呼吸置いてから、真剣な顔つきに変わり、呟くように口にした。
「……高妻たかつま葵咲きさきって人、知ってる?」
「さぁ、今は知らないな。新津にいつシニアにいた子だろ?」
「うん、そう。今どうしてるのか、調べといてほしいの。全国で必ず当たることになるから」
もしかして、さっき言ってた絢郁の勝ちたい相手っていうのはその子か。
確かに、強豪のシニアでエースナンバーだったと記憶している。言うまでもなく、男女混合のシニアで女子がエースナンバーを付けていたということは、彼女が相当の実力者だということだ。結祈は投手として使ってもらえなかったそうだし、遥奈ちゃんですら、ワンポイントリリーフだったと聞く。
オレも、俄然興味が湧いてきた。
「わかった。調べておくよ」
「ありがとう」


オレの言葉に気が抜けたのか、絢郁はオレの肩に寄りかかってきた。
この感覚も、久しいな。随分重くなったものだ。
「……どうした?」
「……帰るのめんどくさくなっちゃった。……今日、一緒に寝てもいい?」
そんな彼女の頭を、優しく撫でてやる。すると、ますます甘えてくる。猫みたいだ。かわいい。
「いいけど、エロいことはダメだぞ?」
「こっちのセリフだよっ」
オレが横になると、絢郁も隣に入ってくる。昔はよくこうして寝たものだけど、さすがにもうしないと思っていた。親元を離れて寮生活というのも、少し寂しかったのかもしれないな。
「おやすみ、兄さん……」
「あぁ、おやすみ……」



オレが目を覚ますと、絢郁はまだ可愛い寝息を立ててオレの腕にしがみついていた。
しかし……ホント胸薄いな。その分可愛いからいいけど。
そっと頭を撫でてやると、彼女はゆっくりと目を開けた。
「……起きてるって。……バカ」
恥ずかしかったのか、視線を合わせてくれない。
「おはよう、絢郁」
「……おはよう」



絢郁が自分の部屋に帰ったあとで、部屋の郵便受けに一通の便箋が入っていることに気がついた。
今どき便箋とはな……。
レトロな差出人は誰かと思って見てみると、驚いたことに、緩奈ちゃんからだった。色事めいた内容でないことは間違いない。一体何が書かれているやら……。
彼女らしい、模範的なほど丁寧な字で綴られていた。


『 前略
このような形で失礼します。
お話ししたいことがあります。ご都合のよろしい時に時間をお取りしてもらえたらと思います。
この際ですので、言いたいことは色々言わせてもらおうと思っています。監督も、私に何かあれば話してほしいです。
よろしくお願いします。
福原緩奈』


え……、何を言われるんだろう……。確かに自分の未熟さは自分自身でもわかってるつもりだけど、そんなに色々言われるのか……。デリカシーがないとか、そういうこともかな……。
こんな手紙をもらったら、かえって色々考えてしまう。それをも見越してだとしたら、本当にとんでもない性格してるな……。



こういうのは抱え込んでおきたくない。早速、今日の練習の時間に緩奈ちゃんを呼び出した。
「手紙のことですか?」
彼女はいつも通り、感情のない表情を浮かべていた。
まだ今のオレでは、この表情からは彼女の気持ちを読み取れない。
「ああ。いつでもいいよ」
「じゃあ、今日の練習の後に、監督の部屋に伺いますね」
「わかった」
それを聞くと、彼女は練習に戻っていった。
なんか、無性にドキドキした。こんな状態で、夜まで耐えるのか……。なかなかに酷だ。


その実、今日の練習は、あまり集中できていたとは言えなかった。
昨日あんな話をしたんだし、もっと的確に、明確な指示が出せたらよかったのにな。それも言われるかもしれない。



練習が終わり、オレは一人、部屋で彼女の訪れを待つ。
自然と正座してしまっているのは、やましいことがあるからだろうか。
そしてついに、ドアをノックする音が聞こえた。
「開いてるぞ」
扉を開けて現れたのは、ジャージ姿の緩奈ちゃん。
「無用心ですね。私じゃなかったらどうするんですか?」
「そのときはそのときだ」
彼女はオレの正面に静かに腰を下ろす。しかし、彼女はオレと視線を交わらせず、なかなか話し始めない。


「……それで、話というのは?」
沈黙に耐えられなくなったオレの方から話を振ってみる。
「あ……、ごめんなさい」
どうやら呆けていたらしい。……大丈夫か?
「あの、昨日はありがとうございました。遥奈にもいい経験になったと思います」
「いや、オレもあの子の実力がよくわかって良かったよ」
「昨日は言いませんでしたけど、あの試合……、何か思うところはありませんでしたか……?」
……やっぱり、自分でも気づいているんだな。
「このままでは絶対に四番にはなれない、ってことか?」
「そう……ですよね」
はっきり言いすぎてしまったか……?
フォローを入れようかと口を開くと、緩奈ちゃんに先手を打たれた。
「私、普段はあんなですけど、シニアではベンチメンバーで、公式戦で試合に出たことは一度もないんです。もっと私がしっかりしないといけないのに……」
……それだ。この子は普段から色々抱え込みすぎているんだ。チームに関しても、バッテリーに関しても、……遥奈ちゃんのことに関してもそうだ。
良くも悪くも真面目。もしかして、気の抜き方を知らないんじゃないか。


「明日の練習は休め」
「……何言ってるんですか。そんなわけにはいきません」
それでいて、頑固。自分を追い込むのは得意そうだけど、それで潰れるんじゃあ本末転倒だ。
「明日は練習休んでオレに付き合え。お前には、練習以外に大切なことを教えないといけないみたいだからな」
「……わかりました」

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