妹のいるグラウンド

エルトベーレ

第21話 決着! vs青葉台女子⑫



最終回、打順は四番の結衣から。
最終回で一点リードした場面、セーブはつかないが、千代子ちゃんの本業とも言える場面だ。手玉に取られないように、打ち気に逸るなよ……?


初球の外角低めに落ちるスクリューを、結衣は豪快に空振った。
「ボールよく見てー!」
コースもタイミングも合ってない。気負いすぎだな。
「結衣! 何のために練習してきたんだ? そんなスイングで、また悔しい思いをしたいのか?」
彼女は言葉を返さなかったが、その瞳にはしっかりと闘志が宿っていた。


二球目、アウトローへのストレート。
結衣は果敢に当てていくが、後方へ飛んで、バックネットに突き刺さった。


三球目は高めに外れたストレート。しかし、これには手を出さない。追い込まれても、落ち着いてボールが見えている。


四球目、外一杯のカーブ。
ギリギリ入りそうだと気づいてから振っても、遅かった。
「ストライク! バッターアウト!」
ベンチの期待がため息に変わってしまった。
あとアウト二つでゲームセットになっちまう。なんとか繋いでくれよ、結祈。


この打席の結祈は、思い切った初球打ち。
誰だって、アウトカウントは増やせないと手が縮こまるこの場面で、見事にアウトコースのストレートを叩いた。
打球はピッチャーの足元を抜けて、二遊間をも割り、センター前まで転がった。鮮やかなセンター前ヒットだ。
「よく打った、結祈!」
「続け、キャプテン!」
なんて結衣は言うが、正直六番とはいえ、他の下位打線よりはマシってくらいだからな。千代子ちゃんを打つのは難しいだろう。
ランナー一塁の場面では、盗塁の際にベースに入ったのはショートだった。空いた三遊間を狙えば、ヒットの確率は上がる。狙えればの話だが。


「タイム」
オレはタイムをかけて、バッターボックスに入る前の綾羽さんに作戦を伝える。
「私に、できますかね……」
「やらないよりはマシだよ。できなかったら、うち帰って練習するだけさ」
それでも不安だったのか、綾羽さんはバッティンググローブを着けたまま、オレの手を取る。
「大丈夫だよ」
オレはその手を握り返し、背中を優しく押して、送り出した。


「プレイ!」


初球、まだサインは出さない。狙うのはストレートがいい。初球の様子を見て、配球を読む。
膝下のスクリューがやや低めに外れた。
これはラッキーだ。綾羽さんは手を出そうと反応して見せたし、緩い球はタイミングが取れていないと思ったかもしれない。
そうすると、ストレートを見せ球に、決め球は緩い球だ。ここはストライクに入れるついでに、ストレート狙いかを見極める意図も兼ねて、安全コース、外角低めに投げてくるんじゃないか?


オレはここで盗塁のサインを出す。綾羽さんにとっては、ヒッティングのサインでもある。
千代子ちゃんが投げたのは、ストレート。コースは外角低め。どんぴしゃだ。結祈もいいスタートを切った。これなら仮に失敗しても、結祈は二塁に進める。
綾羽さんはタイミングやや早めで振り抜き、強引に引っ張る。
打球は開いた三遊間へ飛ぶが、勢いが弱い。ベースから離れて守っていたサードが止めて、二塁は諦め、一塁へ送球する。
体勢は悪かったが、正確な送球が飛んできた。
「アウト!」


「ボール三つ!」
その間に、結祈は思い切って二塁を蹴っていたのだ。タイミングはサードが投げたと同時。
一塁ベースを踏んで打者をアウトにしたファーストは、素早く三塁へ送球する。返球が速い。ギリギリ間に合うかというところだ。
結祈は果敢に頭から滑り込むが、判定はどうだ……?


「アウト!」
「ゲームセット!」


塁審の声が静まりかえったグラウンドに響き、それを皮切りに、相手ベンチから歓声が湧く。攻めの姿勢を見せるのは悪くなかったが、一歩届かなかった。



あすみヶ丘 5 ー 6 青葉台女子



挨拶をしてグラウンド整備を手伝った後で、着替えた選手たちをバスに詰め込む。
新生チームの初めての試合で敗北したショックからか、彼女らの足取りは重く、誰とも目が合わない。
「帰ったらまずミーティングだ。何が良くて、何が足りなかったのか、忘れないうちに振り返っておこう」
「はい……」
やはり元気はない。
監督として、こういう時はどうしてやったらいいんだろう。
「ちょっと、景太くん! 私を置いてくつもり? 忘れてたでしょ!」
そういきり立ちながらバスに駆け込んできたのは、理事長。
そういえば、バックネット裏でビデオ撮ってもらうよう頼んでたんだった。
「お、落ち着いてください、理事長。景太さんだって、悪気があったわけでは……」
「わかってますよぉ……」
いい歳していじけてんなよ……。



オレは帰りも行きと同じく絢郁の隣に座る。
「絢郁、今日もよく打ったな」
シニアの時も、マルチ安打はよくあることだった。
「ありがとう。でも、チームは勝てなかった。チームとしての経験が浅かったから」
よくわかってるじゃないか。それだけでも、この試合を組んだ意味はあったというものだ。
「あのさ、絢郁」
「何?」
「あのことだけど……」
「あのこと?」
……まさか、覚えてないのか?
「もし打てたら……ってやつ」
「あ、あぁ、それね。あとで、ね?」
みんなの前では言い辛いことなのだろうか。顔を赤くしながら、少し言葉を濁した。
「わかったよ」


それぞれが、沈黙からだんだんと会話を取り戻していく最中、バスは学校に到着した。


「それじゃあみんな、シャワー浴びたら監督の部屋に集合ね」
「はいっ!」
いつの間にか、理事長に主導権を握られていた。
「って、何でオレの部屋なんですか!」
「いいでしょ、別に。ちゃんと映像機器もあるし」
マシな反論が思い浮かばなかったので、渋々受け入れることにした。
すると、理事長は満足げにビデオをオレに手渡し、校舎の方へ去っていった。
「まだ仕事が残ってるそうです。私たちも行きましょう?」
「ええ」


オレの部屋へ向かう途中、リリィ先生はこんなことを話してくれた。
「今日は負けちゃいましたけど、楽しかったですよ。見てるこっちまで緊張したり、落ち込んだり、嬉しかったりして」
「それは良かったです」
「私も景太さんの足を引っ張らないように、できることを精一杯頑張りますね」
お願いしたいことはいくつかあるが、こっちの仕事ばかりに尽力させるわけにもいかない。
「ありがたいですが、リリィ先生は教師の仕事もあるんですから、無理はしないでくださいよ?」
「お気遣いありがとうございます。でも、見てるだけは嫌ですから」
「次の試合はもう地方大会ですからね。負けるわけにはいかないですよ」
「もうそんな時期なんですか!?」
観客動員数の関係もあって、女子は男子と時期が被らないように、少し早めに行われる。
地方大会が六月にあり、本戦は七月に神宮球場で実施されるのだそうだ。……オレもこの前知ったばかりだが。
「……全国、行けそうですか?」
「行けそうだから行くんじゃない。行けそうになくたって行ってやるんですよ」
「ふふっ、頑張りましょう!」
「はい。あ、ここがオレの部屋です」
話し込んでるうちに、目的地に着いてしまったようだ。
絢郁あたりは早く来るかもしれないし、開けておかないとな。
「本当に、入ってしまって大丈夫なんですか?」
「ああ、気にしないでください。ちょっと散らかってるかもしれませんが」
理事長が突然訪問してきたりするから、日頃から整理整頓には気を配っているが、みんなが来る前に、一応確認しておこう……。
「なんだか緊張しますね……。殿方の部屋は、初めて入るものですから」
「そんな大したもんじゃないですよ」
鍵を開けて、中に迎え入れる。
「……思ったより、普通、ですね」
どんなのを想像してたんだ……。

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