妹のいるグラウンド
第19話 絶対打つ! vs青葉台女子⑩
同点で迎えた六回、ワンナウトでランナーは一塁二塁。そして打席には絢郁。
この最高に熱いシチュエーションで、オレの中で燻っていた思いに火がつかないわけがない。
「打てー! 絢郁ー!」
気が付けば、一緒になってオレも声援を飛ばしていた。その声に、絢郁は振り向いてウインクを返してくれる。絢郁ならやってくれる。そんな期待がベンチ一杯に満ちていた。絢郁は彼女と対戦したことがあるらしいし、ここにいる誰よりも、打てる可能性は高い。だが、そんな理屈以上に信じられる何かが、彼女の背中にはあった。
絢郁は初球から果敢に振っていくものの、空振り。インコース、膝下へ沈むスクリュー。
絢郁は元々右利きだ。そうすると、利き目は左目になる。左打席では、左目でインローに落ちる球は追い辛い。膝下のスクリューは、彼女にとって一番厳しいボールだろう。
それに加えて、外に逃げるスライダー、縦に割れるカーブもある。
絢郁なら、何を狙う……?
二球目は、外角高めからボールゾーンに外れる高速スライダー。
遠く、緩急もつけられている。それでも絢郁は、ヒットにはならないが、ファウルにできる振りで食らいついていく。
「しっかり見てけー!」
「絢郁ー、気負いすぎないで!」
絢郁は一旦バッターボックスから出て、深く息を吐いてから、戻って構え直した。
三球目は、再び外角高め。今度はストレートだ。これはボール二つ程外に外れている。
しかし、絢郁はこれもカットしにいった。
いつもの彼女なら悠々見送れる球だったはず。それなのに手を出していった。これはたぶん、見えてないわけじゃない。
「勝負しにいってるんだ。最初から四球なんか選ばず、全部振るつもりだ」
「そんなんじゃ、変化球で簡単に打ち取られますよ!?」
もっともな意見だが、オレはそうは思わない。
「全部振った方が、きわどい時に手が止まらなくていいだろ。それにあいつは、シニアの時からここぞというときはあのスタイルだよ」
窮地の時であればあるほど、自分の力を潜在以上に引き出す。可愛い顔して本当に恐ろしい奴だ。
「緩奈、この場面で打てるのは絢郁しかいないよ。あの子を信じよう」
結衣が緩奈の肩に手を置き、絢郁に意識を向けさせる。
「わかってますよ……、そんなこと」
捕手として色々なタイプの打者を見てきただろうけど、そんなことができる打者なんて、異常すぎて想像できないんだろうな。
四球目。緩く抜いた球が、絢郁の膝下に投げ込まれる。
初球と同じ、スクリューだ。速いストレートで外に目付けさせたあとで、軌道を追い辛い、緩い落ちる球。完璧な配球だ。普通ならこれで三振だろう。
だが、絢郁は普通じゃない。読んでいたのか、コースはぴったり合わせてみせた。しかし、タイミングが少し早かった。
打球はファーストの頭上を越えて、ライト線の外側へ飛んでいき、スタンドに入った。
「あー、惜しいー」
タイミングが合っていれば、間違いなくタイムリーだった。絢郁のやつ、もうスクリューの球筋を見切ったっていうのか……?
なかなかサインが決まらなかったようで、千代子ちゃんが構えるまで間が空くも、絢郁の集中は切れない。それは見ていても感じるほどだ。
五球目、相手バッテリーが悩んだ挙句に選んだボールは、アウトローへのストレート。
外角はバットのミートポイントの半径が大きいため、芯が外れやすい。さらにアウトローは、一番遠いコースなので、振り遅れやすくもある。そのために、一番安全なコースとされている。
結局投げる球がなくて、その"比較的"安全なコースに逃げたってわけか。そんな逃げ腰なピッチングで、絢郁を抑えられるわけはない。
今度はタイミングも合わせて、芯にジャストミートさせたことは、球場一杯に響く快音が証明していた。
弾道は低いが、打球は勢いを落とさずにぐんぐん伸びていく。
ショートは追うのを諦め、レフトが目を切らさずに追う。しかし、気付くとレフトの目の前にはフェンスがそびえ立っていた。
打球はそのフェンスの先端に当たって跳ね返り、やっとグラウンドに落ちた。
「還れるよー! 美莱!」
「遥奈も、三塁いけるよー!」
「さすが絢郁! かっこよすぎるよ〜!」
それまで目の前の勝負に見入っていたみんなは、堰を切ったように歓声を飛ばす。
クッションボールの処理にもたついたレフトが、中継に入ったショートにボールを回す頃には、遥奈ちゃんは三塁まで進み、打った絢郁は二塁に到達していた。
「ナイバッチ、絢郁ー!」
歓声に応えるように、絢郁は清々しい笑顔でベンチにピースを向けた。
一点を勝ち越された青葉台女子はタイムをかけず、そのまま香撫ちゃんを迎える。
香撫ちゃんへの第一球は、インハイのストレート。これは見逃しでストライク。
この打席ではバントの構えは見せていないが、ここまで全打席バントだからな。警戒されてるのか。
にしても、倉田さんは相変わらず、バントにはインハイのストレートと単調なリードだな。
ランナーが遥奈ちゃんでなければスクイズも考えただろうが……ここは打ってもらうしかない。
二球目はアウトロー、ギリギリ外れないスライダー。
香撫ちゃんはこれも見逃してしまう。
「香撫、狙い球絞ってー!」
そうは言っても、普通はあんなにゾーンを広く使われたら手は出ないだろう。
三球目はまたしてもインハイのストレート。だがこれは高い。釣り球だ。
わかってはいても身体が反応してしまうのか、香撫ちゃんはその下を振ってしまい、ツーアウト。
次は三番の緩奈ちゃん。
さっきは満塁での凡退だった。難しいかもしれないが、このチャンス、ものにしてほしい。
「緩奈ちゃん、ピッチャー立ち直ってるぞ! 攻めの姿勢でいけ!」
プレッシャーを感じているのか、彼女はこちらを振り返らなかった。
緩奈ちゃんは初球から振りにいく。が、アウトローの速球にタイミングが遅れて、サード正面に転がってしまった。
サードの伊藤さんはさすがに三年生だ。この場面でも落ち着いてゴロを捌き、これでスリーアウト。
「どうして初球から? 山張ってたのか?」
オレは、心ここに在らずといった様子でベンチに戻ってくる緩奈ちゃんに声をかける。
「いえ、そういうわけでは……」
緩奈ちゃんは一度頭を下げてから、内心を吐露してくれた。
「ごめんなさい……。打席に立ったら、頭の中が真っ白になってしまって……。とにかく振らなきゃって思ったんです」
「オレやチームメイトの声は聞こえてたか?」
「いえ……気にしてませんでした……」
これは厄介かもしれないな……。もしかしたら、プレッシャーのかかる場面に弱いのかもしれない。
「とりあえず、今すべきことは、この回と次の回を無失点に抑えることだ。結祈やバックのみんなを信じてやってくれ」
「……はい!」
もしプレッシャーに弱いのなら、守備でも危うい場面があるはずだ。
あと二回……。なんとか切り抜けられるか……?
この最高に熱いシチュエーションで、オレの中で燻っていた思いに火がつかないわけがない。
「打てー! 絢郁ー!」
気が付けば、一緒になってオレも声援を飛ばしていた。その声に、絢郁は振り向いてウインクを返してくれる。絢郁ならやってくれる。そんな期待がベンチ一杯に満ちていた。絢郁は彼女と対戦したことがあるらしいし、ここにいる誰よりも、打てる可能性は高い。だが、そんな理屈以上に信じられる何かが、彼女の背中にはあった。
絢郁は初球から果敢に振っていくものの、空振り。インコース、膝下へ沈むスクリュー。
絢郁は元々右利きだ。そうすると、利き目は左目になる。左打席では、左目でインローに落ちる球は追い辛い。膝下のスクリューは、彼女にとって一番厳しいボールだろう。
それに加えて、外に逃げるスライダー、縦に割れるカーブもある。
絢郁なら、何を狙う……?
二球目は、外角高めからボールゾーンに外れる高速スライダー。
遠く、緩急もつけられている。それでも絢郁は、ヒットにはならないが、ファウルにできる振りで食らいついていく。
「しっかり見てけー!」
「絢郁ー、気負いすぎないで!」
絢郁は一旦バッターボックスから出て、深く息を吐いてから、戻って構え直した。
三球目は、再び外角高め。今度はストレートだ。これはボール二つ程外に外れている。
しかし、絢郁はこれもカットしにいった。
いつもの彼女なら悠々見送れる球だったはず。それなのに手を出していった。これはたぶん、見えてないわけじゃない。
「勝負しにいってるんだ。最初から四球なんか選ばず、全部振るつもりだ」
「そんなんじゃ、変化球で簡単に打ち取られますよ!?」
もっともな意見だが、オレはそうは思わない。
「全部振った方が、きわどい時に手が止まらなくていいだろ。それにあいつは、シニアの時からここぞというときはあのスタイルだよ」
窮地の時であればあるほど、自分の力を潜在以上に引き出す。可愛い顔して本当に恐ろしい奴だ。
「緩奈、この場面で打てるのは絢郁しかいないよ。あの子を信じよう」
結衣が緩奈の肩に手を置き、絢郁に意識を向けさせる。
「わかってますよ……、そんなこと」
捕手として色々なタイプの打者を見てきただろうけど、そんなことができる打者なんて、異常すぎて想像できないんだろうな。
四球目。緩く抜いた球が、絢郁の膝下に投げ込まれる。
初球と同じ、スクリューだ。速いストレートで外に目付けさせたあとで、軌道を追い辛い、緩い落ちる球。完璧な配球だ。普通ならこれで三振だろう。
だが、絢郁は普通じゃない。読んでいたのか、コースはぴったり合わせてみせた。しかし、タイミングが少し早かった。
打球はファーストの頭上を越えて、ライト線の外側へ飛んでいき、スタンドに入った。
「あー、惜しいー」
タイミングが合っていれば、間違いなくタイムリーだった。絢郁のやつ、もうスクリューの球筋を見切ったっていうのか……?
なかなかサインが決まらなかったようで、千代子ちゃんが構えるまで間が空くも、絢郁の集中は切れない。それは見ていても感じるほどだ。
五球目、相手バッテリーが悩んだ挙句に選んだボールは、アウトローへのストレート。
外角はバットのミートポイントの半径が大きいため、芯が外れやすい。さらにアウトローは、一番遠いコースなので、振り遅れやすくもある。そのために、一番安全なコースとされている。
結局投げる球がなくて、その"比較的"安全なコースに逃げたってわけか。そんな逃げ腰なピッチングで、絢郁を抑えられるわけはない。
今度はタイミングも合わせて、芯にジャストミートさせたことは、球場一杯に響く快音が証明していた。
弾道は低いが、打球は勢いを落とさずにぐんぐん伸びていく。
ショートは追うのを諦め、レフトが目を切らさずに追う。しかし、気付くとレフトの目の前にはフェンスがそびえ立っていた。
打球はそのフェンスの先端に当たって跳ね返り、やっとグラウンドに落ちた。
「還れるよー! 美莱!」
「遥奈も、三塁いけるよー!」
「さすが絢郁! かっこよすぎるよ〜!」
それまで目の前の勝負に見入っていたみんなは、堰を切ったように歓声を飛ばす。
クッションボールの処理にもたついたレフトが、中継に入ったショートにボールを回す頃には、遥奈ちゃんは三塁まで進み、打った絢郁は二塁に到達していた。
「ナイバッチ、絢郁ー!」
歓声に応えるように、絢郁は清々しい笑顔でベンチにピースを向けた。
一点を勝ち越された青葉台女子はタイムをかけず、そのまま香撫ちゃんを迎える。
香撫ちゃんへの第一球は、インハイのストレート。これは見逃しでストライク。
この打席ではバントの構えは見せていないが、ここまで全打席バントだからな。警戒されてるのか。
にしても、倉田さんは相変わらず、バントにはインハイのストレートと単調なリードだな。
ランナーが遥奈ちゃんでなければスクイズも考えただろうが……ここは打ってもらうしかない。
二球目はアウトロー、ギリギリ外れないスライダー。
香撫ちゃんはこれも見逃してしまう。
「香撫、狙い球絞ってー!」
そうは言っても、普通はあんなにゾーンを広く使われたら手は出ないだろう。
三球目はまたしてもインハイのストレート。だがこれは高い。釣り球だ。
わかってはいても身体が反応してしまうのか、香撫ちゃんはその下を振ってしまい、ツーアウト。
次は三番の緩奈ちゃん。
さっきは満塁での凡退だった。難しいかもしれないが、このチャンス、ものにしてほしい。
「緩奈ちゃん、ピッチャー立ち直ってるぞ! 攻めの姿勢でいけ!」
プレッシャーを感じているのか、彼女はこちらを振り返らなかった。
緩奈ちゃんは初球から振りにいく。が、アウトローの速球にタイミングが遅れて、サード正面に転がってしまった。
サードの伊藤さんはさすがに三年生だ。この場面でも落ち着いてゴロを捌き、これでスリーアウト。
「どうして初球から? 山張ってたのか?」
オレは、心ここに在らずといった様子でベンチに戻ってくる緩奈ちゃんに声をかける。
「いえ、そういうわけでは……」
緩奈ちゃんは一度頭を下げてから、内心を吐露してくれた。
「ごめんなさい……。打席に立ったら、頭の中が真っ白になってしまって……。とにかく振らなきゃって思ったんです」
「オレやチームメイトの声は聞こえてたか?」
「いえ……気にしてませんでした……」
これは厄介かもしれないな……。もしかしたら、プレッシャーのかかる場面に弱いのかもしれない。
「とりあえず、今すべきことは、この回と次の回を無失点に抑えることだ。結祈やバックのみんなを信じてやってくれ」
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