妹のいるグラウンド

エルトベーレ

第18話 怪物ルーキーの妹 vs青葉台女子⑨

いよいよ終盤、六回の表。
こうなってくると、先に一点決めてしまいたいな。
一点もやれない状況では、丁寧に、という意識ばかりが先走って、守備の動きが固くなってしまう。
ただでさえ試合慣れしてないチームなんだ。意識していても、逆にエラーする可能性は高い。


この回の先頭は、七番の美莱ちゃん。
彼女に打てというのは酷かもしれないが、もう六回なんだ。伊淑さんもそろそろ疲れが見えてきてもいい頃合い。甘く入ってくれば、美莱ちゃんでも当たるかもしれない。
ぜひ積極的に狙ってほしい。


思った通り、制球力はだいぶおちているようだが、美莱ちゃんのバットには掠りもしない。
だが、しっかり見極めて、フォアボールで塁に出る。


ノーアウトでランナーを出せた。ここは大事に攻めたい。
美憂ちゃんはバントはできないし、転がすな、と言っても当てるだけで精一杯だろう。
併殺にならないことを祈るしかない。


すると、相手ベンチに動きがあった。
一旦タイムを取り、伊淑さんがベンチに下がっていく。
代わりに出てきたのは、左利き用のグラブをはめた、ゆるふわな茶髪の少女。グラウンドに不釣り合いな外見とは裏腹に、どこか場慣れした雰囲気がある。


『青葉台女子高校、選手の交代をお知らせします。ピッチャーの宮本さんに代わりまして、一条いちじょうさん』


コールされた彼女はそのままマウンドに上がり、投球練習を開始する。
フォームは遥奈ちゃんに近いが、球は遥奈ちゃんより速い。
「兄さん。あの人、去年のシニアベスト四チームのクローザーだった人だよ」
ってことは、絢郁と同じでまだ一年生か。
しかしこの場面で出るってことは、このチームではまだ絶対的守護神ではないんだな。それとも替えの投手が彼女しかいないのか。
「シニアから抑え専かよ……。対戦したことは?」
「あるよ、二年の頃から。五回やって、ヒット一本だった」
絢郁ですら打てないんだ。それなのに、うちの連中に打てるのか……?


「……ねぇ、兄さん」
「なんだ?」
「心配しなくても、絶対打ってみせるよ。だから、もし本当に打てたら……、一つ、ワガママ言っていいかな?」
彼女の頬は紅潮していて、それでいて眼差しはオレを静かに見据えたまま離さない。さらに口元には微かに笑みも浮かんでいた。
オレはこの表情から、絢郁の心を読み取れなかった。
「わかった。可愛い妹のワガママくらい、なんだって聞いてやるよ」
「もう、試合中だって……」
ただ、一塁が埋まっていても敬遠されたりするかもしれないからな。塁を埋めておくに越したことはない。
だから、美憂ちゃんにもなんとか出てもらいたい。
そうすれば、絢郁が一気に還してくれるはずだ。



「プレイ!」


試合再開。
美憂ちゃんが右バッターボックスに入り、構えると、恐ろしく速いモーションでボールが放られる。
インハイへ、ストレートが見事に決まった。
「何だ!? あのクイック」
すると、緩奈ちゃんが隣にやってきた。
「監督、一条紗代子さよこって名前、聞いたことありますか?」
「あぁ、確か去年、一年生にして名門の赤羽あかばね大附属高校のエースの座につき、優勝に導いた怪物ルーキーだって……」
絢郁に連れられて、実際に一度見たことがある。豪速球にキレのある変化球、抜群の制球力を兼ね備えた、完封型の本物のエース。
オレはそれを聞いて、何も思わないわけはなかった。青葉台女子のメンバー表で、背番号13を探す……と、あった。一条千代子ちよこ
「妹ってことか?」
「そうです。特に、抑えとしては姉以上ですよ」
練習試合だから延長がないと踏んでの登板ってわけか。
「緩奈ちゃんは、打てそうか?」
「私は遥奈の球を見慣れてるので、他よりはマシってくらいですね」
難しい、か……。


そうこう言っているうちに、美憂ちゃんは三振してしまった。
美莱ちゃんもそこそこ足速いけど、あんなモーションだったら走らせるのは躊躇われる。ランナーがいるなら、遥奈ちゃんには送らせるしかないが、あれ、送れるか?
……一応送りバントのサインは出したが、期待はしないでおこう。
遥奈ちゃんに対する初球は、インハイへのストレート。美憂ちゃんの時もそうだが、インコースでも躊躇なく投げ込んでくるな。
「……当たってもいいかもね」
「結祈、ふざけないで。遥奈は投手なんだから」
「利き腕じゃなきゃ大丈夫でしょ」
遥奈ちゃんを心配する緩奈ちゃんの気持ちはわからなくはないが、結祈の主張も一理ある。
「……なるほどな。試してみるか」
「ちょっと、監督っ!?」


「タイム」
オレはタイムを取り、綾羽さんを通じて遥奈ちゃんに策を与える。綾羽さんなら公平に、的確に伝えてくれると思ったのだ。


「……監督、見損いました。結祈も、その卑猥な身体を使って監督を買収でもしたんですか?」
「してないっ! っていうか、卑猥って言うな!」
つい豊かな膨らみに目がいっちゃったじゃないか。何てこと言うんだ、この子は。
「緩奈ちゃん。結祈は関係ないし、憶測で他人を中傷するなよ」
「……っ! ……はい、すみません……」
遥奈ちゃんのことになると、こんなに感情的になるのか、緩奈ちゃんは。
「結祈にも謝れ」
「……ごめん」
素直に謝られて、結祈は何となく気まずそうにしている。
バッテリー間でのすれ違いは最悪だ。だから、これでいいんだ。
「当たってこい、なんて指示してると思ったのか?」
大事な選手に、わざわざケガの危険があるプレーを強要するわけないだろ。そんなに信用ないのか、オレは。
「……何て言ったんですか?」
「まぁ、見てれば分かるよ」


二球目が放られる前に、遥奈ちゃんはベースに覆いかぶさるように構えた。
それを見て、緩奈ちゃんは何か言おうとしたが、言葉を飲み込んだ。信頼しようとしてくれてるんだろう。
千代子ちゃんが投げたのは、アウトローへ落ちるカーブ。しかし、これは随分はっきりしたボール球だ。もちろん遥奈ちゃんはバットを引く。
やっぱり思った通りだ。特別肝が据わってるわけではないみたいだ。


三球目はアウトコースへのストレート。
これはギリギリでストライクを取られてしまったが、ミットはインコースに構えていたのを見逃さなかった。
「そろそろインコース攻めたいだろうな」
「中、外、外ときたら、次は中の可能性は確かに高いけど……」
「でも、インコースには投げてこない」
「えっ?」


四球目、アウトコース低めへのストレートを、遥奈ちゃんは思い切って踏み込み、ファウルにした。
「ナイスカット、遥奈ちゃん!」
今の踏み込みは、外角狙いだと印象づけただろう。
「あ、当たった……」
「あの遥奈が当てるなんて……」
こいつら……。
ここまでお膳立てしたんだ。インコース、狙ってこい。


五球目、またしてもストレート。これは高め、インコースに投げ損なってど真ん中に放ってしまっている。
いくら遥奈ちゃんであろうと、男女混合のシニアでも野球やってた奴が、この甘い真ん中に当てられないわけがない。狙っていたなら尚更だ。
「当てた!?」
「捕るな……っ!」
緩奈ちゃんは祈るように、見守っている。
遥奈ちゃんが必死に振り抜いて弾き返したボールは、セカンドの頭を越えて、ライトの手前で落ちた。見事なライト前ヒットだ。


「ナイバッチ、遥奈ー!」
「監督、どうして遥奈は打てたの?」
「結祈は、ピッチャーがあんなに被さっててもインコース投げれるか?」
「あっ、なるほど……。一応、遥奈はエースナンバー付けてるし、大会前の練習試合でケガなんかさせたら……」
よかった……。先発する方がエースナンバーを付けると、試合前も結祈は納得してくれたが、特に気にしていたりはしないみたいだ。
「そういうこと。コントロールしてるつもりでも、無意識に外してしまうのさ」

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