妹のいるグラウンド

エルトベーレ

第17話 投手戦 vs青葉台女子⑧

「プレイ!」


試合が再開され、第一球はもちろん、彼女の一番自信のあるストレート。
ランナーがいるためセットポジションで投げているが、静止した際にもぐらつかず、フォームも格段に綺麗になったと思う。
その右腕から放たれた120キロを超える一球は、ストライクゾーンの低めを掠めて、ミットに吸い込まれていった。
「ナイスボール、結祈ちゃん!」
女子でこんな速い球、全国でも数えるほどしかいないだろう。これを見て、青葉台女子ベンチは言葉を失っている。


二球目も、外角低めに決まるストレート。
これは振っていくが、当たらない。まるでタイミングが合っていない。
女子といえど、バッティングセンターで120キロの球を打つことはできる。しかし、120キロの生きた球を打つのはそれとは別物だ。それを見事に物語っていた。


最後は高めの釣り球を空振って三振。


「ワンナウトー!」


次の八番の打席、揺さぶりをかけようと思ったのか、盗塁を仕掛けてきた。
しかしこれは、結祈の速球、緩奈ちゃんのスローイング技術の前には全くの無力。
「ナイススロー、緩奈!」
むしろ、彼女にワインドアップで投げられる環境を提供させてしまっただけになった。
そのまま全球ストレートで空振り三振。あっさりとシャットアウトして見せた。
「今日はちゃんとストライク入ってるじゃん」
「バカにしてんの?」
何だかんだ言っても、このエース二人は仲いいな。


この回は下位打線で、しかも一巡目だから上手くいったのかもな。
だが、変化球を一度も見せなかったことで、あのストレートを打たなきゃと意識するだろうから、次の回からはより変化球が活かせることになる。
結祈のストレートが地区代表レベルにどれほど通用するのか、これがこのチームの明暗を分けると言ってもいい。
残り三回、しっかり抑えてくれよ。



五回の攻撃。先頭は四番の結衣。
ランナーがいなくてもきっちり初球を左中間に運んで塁に出た。
しかしながら、やはりセンターの霞淑さんの守備に阻まれ、二塁までは進めなかった。
「守備範囲広いな……。もう少しで捕られるとこだったぞ」
「キャプテンも前の打席、センターフライにされちゃいましたもんね……」
特別足が速いってわけでもなさそうだから、相当いい打球勘してるんだろう。


続く五番の結祈は、さっき見事にハメられてるからな。併殺の危険を減らすためにも、結衣には二塁まで行ってもらいたかったが、盗塁させればいいだけの話か。
オレは初球から盗塁のサインを出す。
ここまでのうちの盗塁は、二球目がほとんど。一球様子を見てからのスタートだったから、向こうも二球目あたりから警戒してくるんじゃないかと思っていた。
しかし、伊淑さんはきっちり一球目から一塁へ牽制し、反応が一歩遅れた結衣は、ギリギリ戻れずにアウトになってしまった。
「あぁ……、もったいない……」
いつの間にか隣にいる絢郁の言う通り、これはオレの判断ミスだ。スタートのタイミングは本人に任せた方が良かったか……? 悪い流れを呼び込まないといいんだけど……。


結祈に対する一球目は、インコースへのストレート。
これを振っていかないと、次は外のスライダー、高めの釣り球、落ちるボールで終わりだぞ。
そんなオレの心配を他所に、結祈はあっさり見送ってしまった。
「あいつ、なんで振らないのよ!」
「まぁまぁ、もう少し見てようよ、遥奈ちゃん」


次の球は、やっぱり外のスライダー。結祈はこれに反応こそするものの、振りはしなかった。しかし、これはストライクで、あっさり追い込まれてしまった。
「結祈のやつ、追い込まれたらカーブかシンカーでまた三振するぞ……」
「その前に、たぶんストレートがあるよ」
確かに、決め球を緩い球にするなら、一、二球はストレートを使って速い球に順応させる可能性はある。
「見せ球か。でも結局決め球は緩い変化球だろ?」
「結祈ちゃんだって、あの三振から何も学ばないわけないでしょ」
その絢郁のフォローも、遥奈ちゃんは鼻で笑って一蹴した。
「どうだか……」
「それに、結祈ちゃんは高めの球の方が好きみたいだしね」
「そうなの?」
「うん。逆に落ちる球は苦手みたい」
よく見てるな……。オレも気付いてなかったぞ。
球種、コースはほぼわかっている。初球にもストレートを見ている。
それだけなら、狙うのに何の懸念もない。だが、くるのはボール球だ。綺麗に打ち返すのは容易くない。


三球目。やはり高めにやや外したストレート。
結祈はこれを強引に上から叩くようにして弾き返した。
「当てた! けど場所が最悪……っ」
強く叩かれたボールはフェアグラウンドでバウンドするが、これはショート正面。
「いや、わからないよ」
内野ゴロになるかと思われたが、思い切り叩いたおかげで思ったよりバウンドが高い。ショートの並木さんは背が低く、この高さだとジャンプしても届かない。
並木さんの懸命なジャンプも空しく、ボールはレフト前まで転がっていった。
「ナイス結祈ちゃーん! ……今のは狙ったのかな?」
「まさか。たまたまでしょ」
だが本当にあれを打つとはな……。クリーンヒットとは言えないが、技ありと言えるだろう。


なんとかワンナウトでランナーは一塁。結祈なら盗塁もありだ。
少し強引に攻めてでも、ここらで一点取っておきたい。
次の綾羽さんは、ここまで二打席凡退。とりあえずランナーを進めておきたいが、どうだろう。オレはさっき読みを外している。どこでスタートを切るかは重要だ。
「絢郁、何球目がベストだと思う?」
盗塁技術はオレなんかよりも彼女の方が上だ。たまらず聞いてしまう。
「ないよ、そういうの。任せてみれば?」
「そうだよな……。バカなこと聞いて悪かった」
オレは盗塁のサインを出す。タイミングは自由で。
結祈もそれを了承した。と言っても、彼女には"拒否"のサインは与えていないが。
綾羽さんへは、初球からいきなりシンカーを足元に放ってきた。
「ここでシンカー……」
「飛ばしてるね。あんまり多投できる感じでもないから、そろそろ替えるのかも」
たった一球とはいえ、このシンカーはかなり大きい。この一球で、綾羽さんはこの球が頭から抜けず、苦しい打席になるだろう。


二球目もシンカー。今度は低め外からストライクゾーンに入ってくる球。
終盤で一気に決めるためにも、ここをきっちり同点のままで終わらせるって魂胆か。


続く三球目は高めのストレート。これに手を出して、綾羽さんは空振り三振。


「あのバカ、飛び出してる!」
運悪く、結祈もこの球でスタートを切っていたため、倉田さんの鋭い送球に刺されてしまった。
……一番最悪の三振ゲッツーだ。
ヒットは出るんだけど、なかなか次が続かない。あと一点が、なかなか入らない。
「惜しかったんだけどね……」



五回の裏。
九番からのこの回、上位打線にも打順が回る。ここを抑えられるかどうかが、結祈の真価の見極めどころだろう。


まずは先頭の九番をあっさり三球三振に切って取り、一番の並木さん。
さっきはボール球をガンガン空振ってくれたが、今度はどうだろう。
初球の内角低めへのストレートは、しっかりとストライクゾーンを通過するが、並木さんは振らずに見送った。


二球目は外角低めへのストレート。これもストライクゾーンを通過するのをただ見送るだけ。
「追い込んだよー! ガンガンいけっ!」
相変わらず結衣はプレッシャーを与えていく。
だが、信頼の証と取ることもできるだろう。チームとして、少しはまとまりが出てきたかな。


待球作戦なのか?
球が速く、直球で押してくる投手は荒れ球っていう傾向はあるけど、結祈はもうそれは卒業したんだ。
遥奈ちゃんほどとは言わないが、少なくとも、球威を落とさずに意図的にストライクゾーンへ投げ込めるようになった。
こうも簡単に追い込まれると、待球作戦は使えない、と焦るだろう。ここは高めの釣り球で充分だ。
そして見事に高めのボール球に手を出して三振。


「見せつけてくれるねぇ。暇でしょうがないよ」
「からかわないでください」
しかし結衣の言う通り、ここまで誰一人、結祈のボールに当てることができていない。
二番の伊淑さんはバスター打法で当てるだけ当てに行くも、力負けして一二塁間に打球が流れてしまう。
絢郁が綺麗に捌いて、これでスリーアウト。
またも三者凡退だ。上位にも通用するじゃないか。結祈の球は。

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