妹のいるグラウンド

エルトベーレ

第11話 先制 vs青葉台女子②

緩奈ちゃんの次の結衣、結祈は右打者だし、ここは最低でも進塁打、できれば長打で一点入れてほしいところだ。


緩奈ちゃんは初球からバントの構えをとった。もちろん、オレは何も指示を出していない。
「緩奈ちゃんって、バスター打法だったっけ?」
「いや、違ったと思う」
確かに、球筋が見やすくなるのでバスター打法をとることはあるが、それだけではなく、何か考えがあるのかもしれない。相手も何かを警戒してか、低めに外してきた。緩奈ちゃんはバットを引いて見送る。
「緩奈の奴、何考えてんのかしら」
「あんたなんかにわかるわけないでしょ、再テストさん」
「なっ!? それは関係ない!」
オレを間に挟むようにして、仲睦まじい二人のエースの痴話喧嘩が始まった。


緩奈ちゃんの話だが、二者続けてバントを見せれば、こちらがよほどランナー三塁で四番に回したいんだと相手は考えるだろう。しかし、四番に据えた結衣は、飛距離こそあるものの、バットに当たらないことも多い。情報がないからこその迷いと言えるだろう。


緩奈ちゃんがまたもバントの構えをとったので、続けてもう一球内に外してくる。際どかったが、緩奈ちゃんは迷わずバットを引いた。
これでカウント2ー0だ。


「ここもか……」
続く三球目も、緩奈ちゃんは再三にわたってバントの構えで、徹底した揺さぶりを与える。
「いや、ゆさぶりじゃない!」
驚いたことに、絢郁がモーションとほぼ同時にスタートを切り、三盗をしかけたのだ。もちろんオレは何も指示を出していない。
恐らく、今の二球でバッテリーの意識はランナーにないことを感じ取ったのだろう。
そして緩奈ちゃんは、リリース直前にまたもバットを引いてヒッティングの構えを取り、前進しようとした内野陣を下がらせる。
「バスターエンドラン!?」
「いや、違う!」
しかしそれを嘲笑うかのように、ギリギリまで引きつけてバントし、ボールの勢いを殺して上手く三塁線に転がした。セーフティバントエンドラン。緩奈ちゃんも生き残るつもりだ。


三塁は間に合わないと踏んだのか、サードが塁を空けて処理し、ファーストへ送球する。と同時に、絢郁は三塁も蹴って本塁へ向かう。それを見て焦ったファーストは、サードからの送球を後逸し、緩奈ちゃんはその隙に二塁まで進んだ。
「やった! 先制点っ!」
「さすがは緩奈ちゃんだな」
「でしょ? 自慢の妹だもんね」
自慢の妹が褒められて、自分のことのように喜んでいる。よほど彼女のことが好きなんだろう。お互い仲のいい姉妹だな。


結果はファーストのエラー。
しかし、思い切った奇襲で初回から一点先制だ。この一点は大きい。


「このまま一気に崩してやるわ」
「期待してるよ、五番」
生還した絢郁が、ネクストに入る結祈と小さくハイタッチしてベンチ戻ってくる。
「今のは示し合わせてたのか?」
「まぁ、チャンスがあればやってみたいねって話はしてたよ。緩奈ちゃんがアイコンタクトくれたから、これはやるしかないって思ったの」
なんて奴らだ。……オレいらないんじゃね?


「っ……!」
宮本さんはあからさまに苛立った様子でマウンドを蹴った。
「ご、ごめん、伊淑ちゃん……」
「大丈夫。……相手が一枚上手だっただけだよ」
チームメイトの謝罪にそう答えた宮本さんは、心を落ち着かせて打者に向き直る。
よほど悔しかったのか、見ているだけでもその覇気が感じられる。だが、結衣はそんなことで怯んだりしない。むしろ、その一振りで相手を萎縮させてほしいところだ。


そう期待していたが、結果は二球で追い込まれてから見逃しで三振。
これで宮本さんは調子を取り戻したのか、続く結祈も内野ゴロに打ち取られてしまい、あっさりと初回の攻撃は終了。
「先制したこの回、きっちり打ち取って、いい流れを作ろう」
「はい!」
「遥奈ちゃん、初球大事にいけよ」
「は、はいっ!」
遥奈ちゃんは少し緊張しているみたいだ。逆にプレッシャーだったか……?



初回の裏。新生あすみヶ丘高校野球部の初球は、外角低めのストレート。
さすがは遥奈ちゃん。恐ろしいくらい正確にミットの構えたところに投げている。青葉台女子の一番打者、並木なみきさんは左だし、初球からそうそう手の出せるコースではないな。


ところが、彼女はそれを思い切り踏み込んでライト前まで弾き返した。
初回先頭打者の初球だぞ? 山張ってたにしても無茶があるだろ……。
「切り替えて!」
「次取ろう、次!」
内野陣は遥奈ちゃんを落ち着かせようと、口々にエールを送る。おかげで彼女の気持ちは切れていない。堂々とした面持ちで、緩奈ちゃんのサインを待っている。


二番はピッチャーの宮本さん。右バッターボックスに入り、最初からバントの構えを見せる。
送りかもしれないが、こちらもやったくらいだし、盗塁も警戒しておいた方がいいな。オレが盗塁警戒のサインを緩奈ちゃんに出すと、彼女はマスクの縁を軽く押さえた。了解の合図だ。
「スチールあるよー!」
「落ち着いていこー!」
まずは一球牽制を入れる。絶妙なタイミングだったが、刺すには至らなかった。伊淑さんはバットを引いたが、今のではまだ盗塁を仕掛けてくるかは判別できない。
しかし緩奈ちゃんは、刺す自信があったのか、二球目を外角高めに投げさせた。
予想通り、並木さんはいいタイミングでスタートを切る。緩奈ちゃんは右足を後ろに引いて、すぐに投げられる体勢をとるが、緩奈ちゃんのミットにボールは収まらなかった。
バントの構えをしていた宮本さんは再びバットを引いて、狙いすましたかのようにしっかりと振り抜いたのだ。


「結衣さん!」
打球は三遊間に飛ぶが、結衣は盗塁警戒で二塁カバーに入っていた。そうなると三遊間は広く開いてしまう。
「ごめんっ、無理!」
結衣はなんとか食らいつこうとするも届かず、ボールはレフト前まで転がっていってしまった。結祈が前に出てくれたおかげでなんとか三塁には進ませなかったものの、ノーアウトでランナーは一、二塁。
「二人続けて……。しかも次は……」
そう、ここから、クリーンナップに打順がまわる。
まず迎える三番は、捕手の倉田くらたさん。
うちの捕手、緩奈ちゃんとは違い、身長も高く、猛々しさを感じる体つきは、長打もあることを嫌でも意識させられる。


こちらの守備は、内外野を後ろに下げた長打警戒。
浅いライナーか三塁方向へのゴロで、三塁まで進ませない。ダブルプレーまで取れれば理想的だ。
慎重にいきたいこの打席、バッテリーの選んだ初球は、アウトローへの速球。僅かに外れているボール球で、しかも、手元でシュートしながら沈むムービングボール。
絢郁との勝負の時も投げていた球で、遥奈ちゃんによれば、握りをずらして故意にシュート回転をかける、シンキングファストという球種らしい。要は手元で僅かに変化するムービングボールなのだが、彼女には彼女のこだわりがあるのだとか。
この球に微かにバットが動くものの、手は出さなかった。


四番打者は、うちの結衣のように、当たれば飛ぶが、なかなか当たらないタイプも多い。最悪、三番を歩かせて、四番と勝負してもいいだろう。
緩奈ちゃんも同じ考えなのか、際どいコースばかりで攻め続けるも、倉田さんは一度も振らず、ボールは三つになってしまった。


「緩奈、落ち着いて!」
「打たせてこう!」
ここで緩奈ちゃんは、インコース低めにボールからストライクになるシンキングファストを投げさせた。いわゆるフロントドアと呼ばれる配球だ。
倉田さんはこれにも手を出さず、一つストライクをもらえた。
「ナイスボール!」
珍しく、緩奈ちゃんからも遥奈ちゃんを激励した。配球が裏目に出た責任を感じているんだろうか。


次の球は、アウトコースのさらに外へ、縦に大きく割れるカーブ。これもきっちり曲がってストライクに入る。
しかし、彼女はこれにも手を出さなかった。打つ気はないのだろうか、はたまた四球になると思ったのだろうか。四球でいいと考えてくれるなら、遥奈ちゃんのコントロールの餌食だ。


最後は胸元、ストライクゾーンの角ギリギリにストレート。
今まで見せてきたシンキングファストとは違い、綺麗なバックスピンがかかっているため、この打席で一番速く、ノビもある。それをあのコースに投げ込まれたら、まず手は出ない。
思った通り、倉田さんは見逃したが、厳しいジャッジでボールをとられてしまった。
「ちょっと、景太さん、どうするんですか?!」
「まだ点取られたわけじゃないですよ。とりあえず、こいつを打ち取ることを考えた方がいい」

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