妹のいるグラウンド

エルトベーレ

第10話 練習試合 vs青葉台女子①

「監督、明日の青葉台女子のデータってちゃんと集めてます?」
練習前に、早く来た緩奈ちゃんがベンチに顔を出した。まだ可愛らしい制服姿のままだ。着替える時間も惜しいほど、よっぽど気がかりだったのだろうか。
「集めてないよ。向こうだってうちのデータがないんだ。うちだけ集めたら不公平だろ?」
「じゃあ明日は、ノーデータ、ノープランでいくつもりなんですか?」
「そのつもりだよ。今回は、別に勝つことが目的じゃないからな。もちろん、負けるつもりもないけど」
そう答えると、呆れたようにため息をつかれてしまった。最近は、緩奈ちゃんの微妙な表情の変化もわかるようになってきた……つもりだ。


「まぁいいです。そのことは」
「他にも用があるのか?」
「明日の先発、遥奈にしてあげてほしいんです」
彼女がそんなことを言うなんて珍しい。しかもこれは、提案や意見ではない。個人的なお願いだ。
「それはまた、どうして?」
「あの子は先発の経験が一度も無いんです。今後のためにも、慣れさせておいた方がいいと思いまして」
シニアではリリーフしかしたことないのか。まぁ、シニアは男女混合だし、レギュラー取れるだけでも充分すごいけどな。


「……本当にそれだけか?」
「……いえ、私の我儘です。……すみません」
「謝るなよ。やっぱり緩奈ちゃんは、遥奈ちゃんに活躍してもらいたいのか?」
「最終的には、そうですね。だから今は、経験を積んで成長していってほしいんです」
結祈の予想は当たっていたわけだけど、でも、それじゃあチームとしてはダメなんだ。二人とも、うちの大事なエースなんだから。
「わかった。じゃあ今日は投球禁止って言っといてくれ」
「でも、明日は二回で降ろしてください。文句を言っても、降ろしてください。たぶん、先発ではそれが限界ですから」
「わかったよ」
随分と姉思いなんだな、緩奈ちゃんは。……あれ、緩奈ちゃんが姉だったっけ?


オレの返事を確認すると、彼女は足早にベンチを後にしようとしたが、オレも彼女に用があったことを思い出し、呼び止める。
「あ、待って、緩奈ちゃん」
「何ですか?」



そして、ついに初めての練習試合の日がやってきた。
スタメンはまだ伝えていないが、昨晩、再三にわたって熟考したオーダーだ。上手くはまってほしいが……どうだろうな。


「……ねぇ、兄さん」
「ん、何だ? 絢郁」
青葉台女子高校に向かうバスの中、絢郁はやや不満げな視線を向けてくる。
「何で隣なの……」
「窓側は譲ってやったんだからいいだろ?」
「そういう問題じゃなくて……。まぁ、別にいいけどさ」
そうは言っても、落ち着かないのかあちこちに視線を彷徨わせている。試合前で、緊張してるのか?
何となく話が続かなくて、二人とも沈黙してしまう。


「……ありがとね、また野球やってくれて」
先に沈黙を破ったのは絢郁の方だった。
「別に、オレはやってるわけじゃないけどな」
「どうしてそういうこと言うのよ。バカ」
そっぽを向かれてしまうが、その哀しそうな顔は窓越しに確認できる。当の本人はそのことに気付いていないようだが。
「少し、髪伸びたな」
「切った方がいい?」
「いや、長い方が好きだよ」
「そう。じゃあこのままにしといてあげる」
高校生になって、少し大人っぽくなった気がする。嬉しいような、寂しいような。彼女の横顔を眺めながら、そんなことを思うのだった。



青葉台女子は部活動にも力を入れているが、文武両道を謳っているだけあって、校舎自体もなかなか立派なものだ。
オレは玄関で入校許可を取り、部員たちと早月先生、理事長を引き連れてグラウンドへ向かった。
真っ先に目に付いたのは、ブルペンで投球練習していた、小柄な右投げの女の子。恐らく、今日の先発ピッチャーだろう。
「二年生の宮本みやもと伊淑いすみさんよ。一昨年まで、剣崎シニアにいた」
「知ってるのか?」
「うん。一昨年の大会で、一度だけ対戦したことがあるよ」
そういえば、絢郁もシニアの出身だったな。
「打てそうか?」
「もちろん。私を誰だと思ってるの?」
「頼りにしてるぜ、愛する妹よ」
そんなことを言うと、絢郁は気恥ずかしそうに、オレから距離を取って宮本さんの投球を観察する。


球はそんなに速くなさそうだが、テイクバックを大きく取って、横から切るように豪快に腕を振る独特のフォーム。サイドスローだ。しかも、ややアンダースロー気味で、あれだと高めの速球は少し浮くように感じるだろう。
それに、サイドスローと言えばスライダーやシンカーのイメージ。特に右のサイドスローのスライダーは、右打者にとってはボールが背中からくるように感じるから、下位打線は少しきついかもしれないな。


「今日はよろしくお願いしますね」
向こうの監督は、落ち着いた雰囲気の女性で、歳は三十そこそこくらいだろうか。


「いえ、こちらこそ、受けていただいてありがとうございます」
お互いに軽く挨拶を済ませて、スターティングオーダーを交換する。
そして着替えを終えた選手たちの揃うベンチに戻り、ここで初めて今日のスタメンを発表する。


一番 佐藤絢郁 セカンド
二番 倉沢香撫 ライト
三番 福原緩奈 キャッチャー
四番 一ノ瀬結衣 ショート
五番 高瀬結祈 レフト
六番 綾羽美聡 ファースト
七番 緒方美莱 センター
八番 平井美憂 サード
九番 福原遥奈 ピッチャー


緩奈ちゃんのお願いに応えて、先発のマウンドは遥奈ちゃんに任せることにした。なんとか二回、無事に投げ抜いてもらいたい。四番の結衣は賭けだが、五番までで一点はものにしてほしい。……下位は三打席で一度出塁できれば上出来だからな。


「プレイ!」


向こうの先発は、やはりブルペンで投げていた宮本さん。軽くお辞儀して、絢郁は左打席に入る。


初球、絢郁は見送るも、内角低めに決まってストライク。気合が乗っているのか、ブルペンで投げていた時より、少し球も速い。
絢郁はもう一球見送ってから、内に入ってくるスライダーを逆らわずに右へ。上手くライト前に落ち、初回からノーアウトのランナーが出た。
「やりましたね、景太さん!」
ベンチで記録を取ってくれている百合花リリィ先生は、いきなりのチーム初ヒットに大はしゃぎだ。
ちなみに早月百合花先生の名前、リリィは本名だが、生粋の日本人らしい。
「えぇ。でも、これだけでは済ませませんよ」


「走らせる?」
結衣がオレの隣に立って、戦況を見守っている。緊張しているのか、いつもより口数が少ない。
「もちろん。あいつはガンガン走らせるよ」
一番には足の速い打者が入る場合が多い。当然、盗塁は警戒されるだろう。だが、絢郁の盗塁技術は贔屓目を抜きにしても卓越している。捕手の肩にもよるが、今の宮本さんの球を見た感じだと、シングルでも実質ツーベースだ。
一球待って、二球目に悠々と盗塁を決める。しかしその間に、香撫ちゃんはツーストライクに追い込まれてしまった。香撫ちゃんには悪いが、ここは送ってもらって、ワンナウト、ランナー三塁で緩奈ちゃんにまわそう。そうすれば、犠牲フライでも先制だ。


送りバントのサインを送るが、香撫ちゃんは高めのストレートを上げてしまう。
「ドンマイ、香撫。まだ初回だから」
「わかってる。落ち込んでないよ」
アウトになってベンチに戻ってくる香撫ちゃんと代わるように、結衣がネクストバッターズサークルに向かっていった。


「いつも頑張って練習してたのに……。すぐには身につかないものなんですね……」
落ち込む百合花先生を尻目に、珍しく結祈が自らオレの元にやってくる。オレの隣にいた結衣がネクストに行ったことで、気兼ねなく来れたのだろう。
「監督、あのストレート……浮いてる?」
「まさか。そう見えるだけだよ。それでも充分恐ろしいけどな」
だが、落ち込むにはまだ早い。得点圏にランナーがいることに変わりはないのだから。

「妹のいるグラウンド」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「現代ドラマ」の人気作品

コメント

コメントを書く