妹のいるグラウンド

エルトベーレ

第9話 後輩 -side.Misato-

「そうそう。バウンドにリズムを取ってみて」
「こ、こんな感じですか?」
私は、新入部員の二人の守備練習に付き合っていた。
私も高校から始めた初心者だけど、守備練習だけは徹底してきたから、それなりに自信はある。それに、シニア出身の四人は個人鍛錬に集中してもらいたい。だからこれくらいは、キャプテンとして当たり前のことをしているだけ。



その日の練習の後だった。
「……美聡。また一人でやってるの?」
みんなが帰った後で、グラウンド整備をしようと用具倉庫へ向かうと、背後から声をかけられた。振り返ると、声の主は結衣だった。表情は、暗がりでよく見えない。
「いいのよ。好きでやってることだから」
「……あなたは変わったわ。前は、こんなじゃなかったのに……」
彼女の嘆くような呟きに、私は何も返せなかった。
私は変わってしまった。結衣が前の私を好きでいてくれたことは知っていた。それでも、私は……。
「綾羽さん、やらなくていいって言ったろ」
言葉もないまま立ち尽くす私たちの元に現れたのは、監督だった。
「そういうのはオレに任せて、明日に備えて早く休めって」
前にも言われたことだった。だけど、一度身体に染み付いた習慣はなかなか消えない。
「……わかりました」
私は監督の言葉に従い、結衣を置き去りにして、部屋に戻った。
本当は、あの場を逃げる口実が出来て、ほっとしているのかもしれない。そんな最低な気持ちが、私の中にあったのかもしれない。そう思うだけで、私はまた、拭い去れない後ろめたさを増やしていく。
「先輩、私は……どうすれば……」
私の憧れていた先輩は、こんなとき、どうしただろう。



翌日、結衣は私と口をきいてくれなくなった。監督の計らいで、ちゃんと練習に来るようになってからは、以前のように話してくれていたのに。
今の彼女には、絢郁ちゃんという目標であり、憧れがいるのだ。
私も、自分の出来ることをしよう。


私は昨日同様に、初心者の二人に基礎練習を徹底させる。もちろん、監督からの許可ももらっている。
「先輩、緩いゴロばっかりじゃなくて、そろそろもう少し強い打球も練習してもいいんじゃないですか?」
硬球に慣れるまでは、ケガをしないように易しめに、と思ったのだが。
「そ、そうだよね……」
私は少し強めのゴロを、美憂ちゃんのいるサードへ打つ。正面に打つつもりだったが、少し逸れて三遊間に転がってしまった。彼女はそれを必死に捕ろうと飛びつくが、わずかに届かず、ボールを後ろに逸らしてしまう。
「ごめん! 大丈夫……?」
急いで駆け寄ろうとするも、美憂ちゃんは立ち上がって定位置に戻り、もう一球を催促してきた。
「大丈夫です。もう一球、お願いします!」
それでも心配になってしまい、私は慎重に、さっきよりも緩く、きっちり正面に転がした。美憂ちゃんはそれをしっかりと捌くが、やや不満げな表情を浮かべていた。
その後も、私は強い打球を頼まれても、決して難しいコースには打たなかった。



そして今日も、グラウンド整備の道具を取りに、用具倉庫へ向かう途中で、またしても呼び止められる。
「綾羽さん」
「か、監督……」
見つかってしまった。これで何度目だろう。そろそろ怒られるかもしれない。
「ちょっと話がある。来てくれないか?」
「は、はい……」


そう言って連れていかれたのは、監督の部屋。
やっぱり怒られるのかと、大人しく正座して、監督の言葉を待った。
「……まずは、お礼を言っておくよ。ありがとう」
「え……? どうして……?」
何を言われるにしても、感謝されるのだけは心当たりがなかった。
「あの二人が野球部に残っていてくれたのは、ひとえに君のおかげだよ。三年生が引退した時点で、彼女らは辞めていてもおかしくなかったからな」
「いえ、私は何も……」
確かに二人は残ってくれたけど、結衣は練習に来なくなっちゃったし、私は何もしてあげられなかった。
「進んで新入部員の二人に指導してくれるのも助かっているよ。他の部員に自分の練習をしてもらいたいと思ってのことだろ? ……それから、新入部員の二人が辞めないように気を遣ってくれているのも」
……監督は何でもお見通しなんだ。私の思惑も、他の部員のさえもそうなのかもしれない。


「でも、本題はそのことじゃないんですよね……?」
「そうだな……。今までみたいな振る舞いは、もうしなくていい。全部オレの責任にさせてくれ。君はこれ以上、自分を削らないでくれ」
「それは……できません」
したくないわけじゃない。怖いのだ。ずっと守ってきたものが、壊れてしまいそうで。
「あのなぁ、お前はキャプテンである前に、大事な一人の選手なんだぞ? 自分の本当にやりたいことを、伸び伸びとしてほしいんだ。……大体、チームメイトがキャプテンにそんなこと背負ってほしいと思ってるわけないだろ」
私はキャプテンだから。私は先輩だから。そう思って、ずっとチームを守ってきた。支えてきた。でもそれは、ただの自己満足だったのかもしれない。
「私は、チームのことを考えてるつもりで、自分のことしか考えてなかったかもしれません。気づかせていただいて、ありがとうございました」
「これからも、自分のことしか考えなくていいんだぞ。自分が楽しむことだけな」
「はいっ」
自然と顔が綻んだ。こんなに自然に笑顔ができたのはいつぶりだろうか。



「二人とも、今日からは少し厳しくいくからね! しっかりついてきてよ?」
「はいっ!」
勇気を振り絞って出した言葉に、彼女らは元気良く応えてくれる。
「先輩、何かあったの? まさか、彼氏でもできたとか?」
今までの私らしくない振る舞いに、結衣が以前のように、馴れ馴れしく接してくれる。彼女に"先輩"と呼ばれるのも久しい。
「そんなんじゃないって」
「ホントに~? あやしいなぁ~」
「もう、練習に戻りなさいっ」
「はーい」
今までも、これで良かったんだ。私はとんだ思い違いをしてた。
私も練習に集中しよう。無様なプレーでチームに迷惑をかけるわけにはいかないからね。

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