妹のいるグラウンド
第7話 ポジション決定
「そういえば、引っ越しの件、ありがとうございました。オレのケガを、気遣ってくれたんですよね」
オレは軽く頭を下げる。正直、あの心遣いにはかなり助かった。
「あ、やっぱり気づいたんですね。それじゃあ、一ついい知らせを伝えておきましょう」
「いい知らせ?」
理事長は持参したカバンの中から何やら分厚い冊子を取り出した。表紙には、“あすみヶ丘高校 入学者選抜要項”と書かれている。それをテーブルに広げ、ある項目を指さした。
「硬式野球部特待生……?」
「はい。元々我が校は、強豪の評判をほしいままにしていました。しかし、近年は揮わず、その栄光は見る影もありません」
試合できるほど部員がいないとか、まさにその通りだ。そのおかげで、オレは今こうしていられるのだから、なんとも言えないが。
「そのため、この特待生に応募する生徒はここのところいなかったのですが、今年は四名も、素晴らしい選手が入ってくれました」
絢郁を含めた、シニア出身の四人のことだろう。確かに、彼女らは間違いなく逸材だと思う。
それにしても、いい知らせっていうのは何のことなんだ? 皆目見当もつかない。
「そして、本日提出された二名の入部届を受理することで、やっと“本来の野球部としての活動”が許可できます」
「“本来の野球部としての活動”って、どういうことですか? 特待生のことと、何か関係が?」
「さすが、察しがいいですね」
いや、それくらいは誰でもわかるよ……。
「特待生は、午後の授業を練習に充てることができるんです。もちろん単位ももらえます。しかし、部員が九名以上いない場合、その実力も発揮する機会がないため、学力による進学を優先させなければならないのが我が校の方針でした」
「それじゃあこれで、あの一年生四人は早い時間から練習ができるってことですか?」
もともと彼女らはチームの主軸になる選手たちだ。他の部員との実力差がさらに開くことになってしまうが、チーム全体としての実力は上がる。
「はい。その通りです。そして、だからこそ、負けてもいいなんてことはないんです」
理事長の目はいつになく真剣だった。まるであの、オレに監督を依頼したときのように。
「……わかりましたよ。全試合、勝つつもりでやります」
「はい、お願いします。ただ、結果として勝てなかった、ということもあると思います。そういう時は、やはり監督に懲罰を与えるべきだと思うんですよ」
半ば興奮気味にそんなことを口走る。危険な予感しかしない。
「ちょ、懲罰、ですか……」
「えぇ。勝ったときは臨時報酬を支払うので、公平だと思いませんか?」
「はぁ、まぁ、そう、ですかね?」
なんだか上手く丸め込まれてる気もする。
「では、そのつもりで。おやすみなさい」
言いたいことだけ言って、理事長は優雅な足取りで退室した。
翌日の練習、オレは緩奈ちゃんの指摘も踏まえて考え直したポジションをみんなに発表する。今日からは、各自のポジションを意識した練習に切り替えていく。
「キャッチャー・福原緩奈、ファースト・綾羽美聡、セカンド・佐藤絢郁、サード・平井美憂、ショート・一ノ瀬結衣、レフト・福原遥奈、センター・緒方美莱、ライト・倉沢香撫。先発は結祈ちゃんを考えてるけど、遥奈ちゃんと代わるときは、結祈ちゃんはそのままレフトに入ってもらう」
反応はそれぞれだったが、予想通り、真っ先に遥奈ちゃんが異を唱えた。
「なんでこいつが先発なんですかっ!」
「もし理想的に試合が運んだとして、終盤の相手は必死になって点を取りに来るだろう。終盤なら二巡三巡してるだろうし、少しでも甘く入ったら、間違いなく狙われる。終盤こそ、君の力が必要なんだ」
「わ、わかりました。そういう理由なら、仕方ないですね」
評価されたのが嬉しかったのか、顔を綻ばせている。
「監督、……私には期待してないってこと?」
「そんなことはないよ。結祈ちゃんの球は、並の打者じゃ一巡程度で捉えられるような球だとは思わない。ただ、絢郁と緩奈ちゃんと三打席勝負して、ノーヒットに抑えられるか?」
絢郁と緩奈ちゃんは、このチームはもちろん、全国レベルで見ても、高いバットコントロールを持っていると思う。全国を狙うなら、当然彼女らのような相手も意識していく必要がある。
「それは……」
「だから、今の状態でのオーダーだと思ってくれ。君たちの成長に合わせて、また変えることもあるさ」
「わかった……」
それでも結祈ちゃんは、視線を落したまま、どこか気の抜けようだった。
まずはノックで飛んでくる打球の感覚をつかんでもらう。
センターと両翼では、打球の伸びにも違いがあるし、右中間、左中間の捕球の優先順位にも気を付けたい。チームワークができていないときによくありがちなのが、お互いに譲ろうとして落球。または、お互いに取ろうとして交錯。前者はランナーにとってサービスでしかないし、後者はケガの心配もある。
外野だけでなく、内野も難しい打球が多い。それに、サードの美憂ちゃんは初心者なので、バント処理の方法、判断の仕方を叩き込んでおかなければならない。二遊間コンビも少しぎくしゃくしてしまっているのが気になる。注視してみると、結衣の方が遠慮がちになっている。もしかして、この前のことをまだ気にしているのだろうか。
屋内練習場では、絢郁はいつも通り素振りとティーバッティング。遥奈ちゃんと緩奈ちゃんが投球練習。結祈ちゃんは一人でネット相手に投げ込んでいた。
「結祈ちゃん、オレでよければキャッチャーやろうか?」
結祈ちゃんの返事はない。オレは仕方なく、用具置き場からミットをもってきて彼女と対峙して座る。
「ほら、投げろよ」
その様子を見ていた緩奈ちゃんが、オレに声をかける。
「防具なしでいいんですか?」
「バカにするな。捕るくらいはできるさ」
緩奈ちゃんは遥奈ちゃんの練習に戻り、結祈ちゃんはオレに向き直って、無言のままモーションに入る。
勢いよく振り切られた右腕からボールが真っ直ぐ伸びてくる。高い。
オレは咄嗟に立ち上がって何とかつかみ捕った。
「相変わらず荒れてんな」
「わ、悪かったわね……」
でも、これだけスピードが出るってことは、腕は振れてるし、回転もしっかりかかっているんだろう。問題は、フォームの乱れだな。
「結祈ちゃん、ちょっといいか?」
オレは結祈ちゃんにラインパウダーを踏ませてから、再び十球ほど投げてもらう。
「こんなことして何になるわけ?」
「自分の足元見てみろよ」
プレートよりちょっと前に、無造作な白い足跡がつけられている。
「一球一球でフォームがバラバラだから、コントロールもバラバラなんだ」
結衣との二打席勝負の時も、何球かはしっかりミットの構えたところに決まっていた。
「ちょっとセットで投げてみろ。モーションの途中でストップって言ったら止まれよ?」
「え? は、はい……」
結祈ちゃんは少し戸惑っているようだったが、身体を横に向け、左足をプレートの前に置く。
そして、左足を上げて静止したところで、
「ストップ」
オレの言った通り、結祈ちゃんはそのまま身体を止める。が、数秒も持たずに上げた左足を地面につけてしまう。
「あっ……」
「体幹だよ。そのコントロールの原因は。もちろんそれだけじゃないだろうけど、とりあえずはその体幹から鍛え直さないとな」
たぶん、今までは体の柔らかさでどうにかなってきたんだろう。でも、これからはそれじゃ通用しない。
そのあとももう少し結祈ちゃんの練習に付き合って、居残りは解散となる。
部屋に戻ろうとすると、緩奈ちゃんがオレを呼び止めた。
「監督、フォームを変えたら以前のような投球はできないかもしれませんよ? ただでさえ、来週末には練習試合なのに……」
「でも、あのままだといつか近いうちに故障するぞ。それに、フォームを改善したら、以前よりもっと速くなるかもしれないぜ?」
むしろ、あんなフォームでよくあれだけ速い球を放れていると感心してしまう。平均120キロそこそこだが、女子選手としちゃ充分速い方だ。
「体幹を鍛えるメリットは、何もピッチングだけじゃない。バッティングも守備も、現状でも及第点だけど、結祈ちゃんならまだまだやれるよ」
「監督がそう言うなら……」
緩奈ちゃんは腑に落ちない様子で自室に戻っていった。
オレは軽く頭を下げる。正直、あの心遣いにはかなり助かった。
「あ、やっぱり気づいたんですね。それじゃあ、一ついい知らせを伝えておきましょう」
「いい知らせ?」
理事長は持参したカバンの中から何やら分厚い冊子を取り出した。表紙には、“あすみヶ丘高校 入学者選抜要項”と書かれている。それをテーブルに広げ、ある項目を指さした。
「硬式野球部特待生……?」
「はい。元々我が校は、強豪の評判をほしいままにしていました。しかし、近年は揮わず、その栄光は見る影もありません」
試合できるほど部員がいないとか、まさにその通りだ。そのおかげで、オレは今こうしていられるのだから、なんとも言えないが。
「そのため、この特待生に応募する生徒はここのところいなかったのですが、今年は四名も、素晴らしい選手が入ってくれました」
絢郁を含めた、シニア出身の四人のことだろう。確かに、彼女らは間違いなく逸材だと思う。
それにしても、いい知らせっていうのは何のことなんだ? 皆目見当もつかない。
「そして、本日提出された二名の入部届を受理することで、やっと“本来の野球部としての活動”が許可できます」
「“本来の野球部としての活動”って、どういうことですか? 特待生のことと、何か関係が?」
「さすが、察しがいいですね」
いや、それくらいは誰でもわかるよ……。
「特待生は、午後の授業を練習に充てることができるんです。もちろん単位ももらえます。しかし、部員が九名以上いない場合、その実力も発揮する機会がないため、学力による進学を優先させなければならないのが我が校の方針でした」
「それじゃあこれで、あの一年生四人は早い時間から練習ができるってことですか?」
もともと彼女らはチームの主軸になる選手たちだ。他の部員との実力差がさらに開くことになってしまうが、チーム全体としての実力は上がる。
「はい。その通りです。そして、だからこそ、負けてもいいなんてことはないんです」
理事長の目はいつになく真剣だった。まるであの、オレに監督を依頼したときのように。
「……わかりましたよ。全試合、勝つつもりでやります」
「はい、お願いします。ただ、結果として勝てなかった、ということもあると思います。そういう時は、やはり監督に懲罰を与えるべきだと思うんですよ」
半ば興奮気味にそんなことを口走る。危険な予感しかしない。
「ちょ、懲罰、ですか……」
「えぇ。勝ったときは臨時報酬を支払うので、公平だと思いませんか?」
「はぁ、まぁ、そう、ですかね?」
なんだか上手く丸め込まれてる気もする。
「では、そのつもりで。おやすみなさい」
言いたいことだけ言って、理事長は優雅な足取りで退室した。
翌日の練習、オレは緩奈ちゃんの指摘も踏まえて考え直したポジションをみんなに発表する。今日からは、各自のポジションを意識した練習に切り替えていく。
「キャッチャー・福原緩奈、ファースト・綾羽美聡、セカンド・佐藤絢郁、サード・平井美憂、ショート・一ノ瀬結衣、レフト・福原遥奈、センター・緒方美莱、ライト・倉沢香撫。先発は結祈ちゃんを考えてるけど、遥奈ちゃんと代わるときは、結祈ちゃんはそのままレフトに入ってもらう」
反応はそれぞれだったが、予想通り、真っ先に遥奈ちゃんが異を唱えた。
「なんでこいつが先発なんですかっ!」
「もし理想的に試合が運んだとして、終盤の相手は必死になって点を取りに来るだろう。終盤なら二巡三巡してるだろうし、少しでも甘く入ったら、間違いなく狙われる。終盤こそ、君の力が必要なんだ」
「わ、わかりました。そういう理由なら、仕方ないですね」
評価されたのが嬉しかったのか、顔を綻ばせている。
「監督、……私には期待してないってこと?」
「そんなことはないよ。結祈ちゃんの球は、並の打者じゃ一巡程度で捉えられるような球だとは思わない。ただ、絢郁と緩奈ちゃんと三打席勝負して、ノーヒットに抑えられるか?」
絢郁と緩奈ちゃんは、このチームはもちろん、全国レベルで見ても、高いバットコントロールを持っていると思う。全国を狙うなら、当然彼女らのような相手も意識していく必要がある。
「それは……」
「だから、今の状態でのオーダーだと思ってくれ。君たちの成長に合わせて、また変えることもあるさ」
「わかった……」
それでも結祈ちゃんは、視線を落したまま、どこか気の抜けようだった。
まずはノックで飛んでくる打球の感覚をつかんでもらう。
センターと両翼では、打球の伸びにも違いがあるし、右中間、左中間の捕球の優先順位にも気を付けたい。チームワークができていないときによくありがちなのが、お互いに譲ろうとして落球。または、お互いに取ろうとして交錯。前者はランナーにとってサービスでしかないし、後者はケガの心配もある。
外野だけでなく、内野も難しい打球が多い。それに、サードの美憂ちゃんは初心者なので、バント処理の方法、判断の仕方を叩き込んでおかなければならない。二遊間コンビも少しぎくしゃくしてしまっているのが気になる。注視してみると、結衣の方が遠慮がちになっている。もしかして、この前のことをまだ気にしているのだろうか。
屋内練習場では、絢郁はいつも通り素振りとティーバッティング。遥奈ちゃんと緩奈ちゃんが投球練習。結祈ちゃんは一人でネット相手に投げ込んでいた。
「結祈ちゃん、オレでよければキャッチャーやろうか?」
結祈ちゃんの返事はない。オレは仕方なく、用具置き場からミットをもってきて彼女と対峙して座る。
「ほら、投げろよ」
その様子を見ていた緩奈ちゃんが、オレに声をかける。
「防具なしでいいんですか?」
「バカにするな。捕るくらいはできるさ」
緩奈ちゃんは遥奈ちゃんの練習に戻り、結祈ちゃんはオレに向き直って、無言のままモーションに入る。
勢いよく振り切られた右腕からボールが真っ直ぐ伸びてくる。高い。
オレは咄嗟に立ち上がって何とかつかみ捕った。
「相変わらず荒れてんな」
「わ、悪かったわね……」
でも、これだけスピードが出るってことは、腕は振れてるし、回転もしっかりかかっているんだろう。問題は、フォームの乱れだな。
「結祈ちゃん、ちょっといいか?」
オレは結祈ちゃんにラインパウダーを踏ませてから、再び十球ほど投げてもらう。
「こんなことして何になるわけ?」
「自分の足元見てみろよ」
プレートよりちょっと前に、無造作な白い足跡がつけられている。
「一球一球でフォームがバラバラだから、コントロールもバラバラなんだ」
結衣との二打席勝負の時も、何球かはしっかりミットの構えたところに決まっていた。
「ちょっとセットで投げてみろ。モーションの途中でストップって言ったら止まれよ?」
「え? は、はい……」
結祈ちゃんは少し戸惑っているようだったが、身体を横に向け、左足をプレートの前に置く。
そして、左足を上げて静止したところで、
「ストップ」
オレの言った通り、結祈ちゃんはそのまま身体を止める。が、数秒も持たずに上げた左足を地面につけてしまう。
「あっ……」
「体幹だよ。そのコントロールの原因は。もちろんそれだけじゃないだろうけど、とりあえずはその体幹から鍛え直さないとな」
たぶん、今までは体の柔らかさでどうにかなってきたんだろう。でも、これからはそれじゃ通用しない。
そのあとももう少し結祈ちゃんの練習に付き合って、居残りは解散となる。
部屋に戻ろうとすると、緩奈ちゃんがオレを呼び止めた。
「監督、フォームを変えたら以前のような投球はできないかもしれませんよ? ただでさえ、来週末には練習試合なのに……」
「でも、あのままだといつか近いうちに故障するぞ。それに、フォームを改善したら、以前よりもっと速くなるかもしれないぜ?」
むしろ、あんなフォームでよくあれだけ速い球を放れていると感心してしまう。平均120キロそこそこだが、女子選手としちゃ充分速い方だ。
「体幹を鍛えるメリットは、何もピッチングだけじゃない。バッティングも守備も、現状でも及第点だけど、結祈ちゃんならまだまだやれるよ」
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