妹のいるグラウンド

エルトベーレ

第2話 新しい生活

後日、オレは書類の手続きをしに、再び理事長室を訪れていた。


「一通り書けました?」
「はい。それで、これなんですが……」
オレは渡された紙の束から、職員寮入寮申請書を抜き取って理事長に見せる。
「景太さんも問題なく利用できますよ」
「ですが、職員もほとんど女性なのでは?」
「ふふっ、ほとんど、と言いますか、全員女性です」
なら尚更オレが入るわけにはいかないだろう。実は、家よりもここからの方が大学まで近かったのだが。
「入居費はもちろん、光熱費などは一切かかりません。食堂も自由に利用できますよ。いかがですか?」
「そうは言われましても、男のオレは肩身が狭いと言いますか……」
「大丈夫です。生徒に手を出すのはダメですが、職場恋愛は自由ですから。あ、私、独身ですよ」
……割とすごくいらない情報だ。見た目は若そうだが、理事長というからにはいい年齢に違いない。そんな年齢まで独身ということは……。
「こほん。……本当に、そういう心配はいりませんよ。これにサインした時点で、あなたは我が校の大切な職員なのですから」
その真摯な眼差しに、オレは躊躇いを残しつつも、申請書を出すことにした。大学が近いというだけでなく、生活費が浮くのも案外助かる。そう前向きにとらえよう。
「明日は土曜日ですし、早速引っ越しをされてはいかがでしょう」
「そうですね。そうします」
練習は午後からって言ってたし、それまでには終わらせておくか。
「では、明日までにお部屋を手配しておきますね」
「ありがとうございます」
一年契約か。とりあえずどんな結果になろうとも、一年はここで雇ってもらえるらしい。その上職員寮まで使わせてもらって、悪くない契約内容だった。


「あの、大丈夫なんですか? 身体の方は……」
「大丈夫ですよ。気にしないでください」



手続きを終えて理事長室を出ると、在校生と出くわしてしまった。女子校に男がいると騒ぎになりかねないから、できればあまり見つかりたくなかったが……。まぁ、堂々としていれば問題ないだろう。
と思いきや、それは見知った顔だった。
「えっと……遥奈ちゃんの方か?」
小柄で綺麗な黒髪の、エースその二。福原遥奈ちゃん。大丈夫、覚えている。
「よくわかりましたね。意外と似てないですか?」
驚いた顔をされるってことは、双子の妹の緩奈ちゃんと間違えると踏んでいたんだろう。だが、雰囲気が全然違うので、案外わかるもんだ。
「遥奈ちゃんの方が髪が黒いだろ?」
「うわ、そんなとこまで見てるんですね。怖いです」
などと、わざとらしく怯えたフリをされる。
「……冗談ですよ?」
……何がしたいんだ? この子は。
「それで、ここで何してたんだ?」
「何って、わざわざ迎えに来てあげたのに、その言い方はないんじゃないですか?」
「迎えに? 何で?」
「だって、男の人がうろついてたら通報されるかもじゃないですかぁ」
せっかくの迎えなので、オレは遥奈ちゃんと一緒にグラウンドに向かうことにした。……通報されたら嫌だし。
「そういえば、遥奈ちゃんはコントロール重視なのか?」
「もちろんですよ! 狙ったとこに投げられないなんて、投手とは言えないです」
一概にそれが正しいとも言えないが、考え方の一つとして間違ってはいないと思う。
「直球か変化球で言えば、どっちが好き?」
「変化球……ですかね」
「へぇ、何投げるんだ?」
「ふふん、あとでたくさん見せてあげますよ」
そう言って、得意げに笑みをこぼす。よほど自分の球に自信があるのだろう。
「楽しみにしてるよ」



練習着に着替える遥奈ちゃんと別れ、先にグラウンドに出ると、一部の部員はもう練習を始めていた。部員間での意識の違いはかなり大きいようだ。


「三人とも、練習の途中で悪いが、練習メニューはどうやって決めてたんだ?」
内野ノックをしていたのは絢郁と結祈ちゃん、それから緩奈ちゃんだった。
「練習メニューなんてないですよ。各自でやってるだけです」
「そのノックは誰が言い出したんだ?」
「あ、私です」
緩奈ちゃんが静かに手を挙げる。にしても、この子は表情の変化がほとんど見られないな。姉とは大違いだ。
「そこのノーコンに、せめてフィールディングはまともになってもらおうとしたら、絢郁もやりたいと言ってきたので」
「ちょっ、誰がノーコンよ!」
「あんなリードし甲斐のないのは初めて」
キャッチャーに言われるってことは、コントロールが悪いのは事実なんだろう。それを自覚しているのか、結祈ちゃんは何も言わずにおとなしく構える。


ノックを続けながら、緩奈ちゃんは淡々とチームの現状を話してくれた。
「集まってる素材は悪くないと思うんです。ただまとまりがないだけで。美聡先輩も、これ以上人減ってほしくないから強く言えないんだと思います」
ああ、だからあんな周りに気を遣っているのか。マネージャーのようなこともやっているようだしな。


そこへ、着替えを終えた遥奈ちゃんがやってくる。
「お待たせ~」
「やっと来たわね。二番手ピッチャーさん」
「エース様の間違いじゃなくて?」
やれやれ、また始まるのか……。
「ちょうどいいです。監督さんに二人の投球を見てもらいましょう」
「そうね。それで判断してもらいましょう」
「どちらが真のエースか、はっきりさせてやるんだからっ」


ちょうどその頃、他の部員も集まり始めていた。
「なになに、面白いことやろうとしてるみたいじゃん」
「あ、結衣ゆいさん」
結衣、と呼ばれたこのスタイルのいい少女には見覚えがなかった。恐らく、彼女がこの前サボっていた子だろう。
「結衣さん、打者やります?」
「え、いいの? やるやる」
って、オレは無視なのかよ。
「あ、新しい監督さんだっけ? あたしは一ノ瀬いちのせ結衣。よろしくね~」
オレの返事を聞こうともせず、彼女は金属バットを軽々と担いで緩奈ちゃんの左前、右打席に立つ。

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