二話　非現実との邂逅

またあの夢か……。
いや、夢とは少し違うか。ぼんやり外を眺めていたら、ふと頭の中に浮かんできたというか……。

「羽出はでくん、帰ろう？」
制服のスカートもちゃんと膝丈。ブラウスのボタンも上まで締めてある。長くてよく手入れされていそうなさらさらな髪は、染めてはいても暗い色。
この幼馴染は本当に、真面目を絵に描いたようなやつだ。
「いいよ、笠戸かさとさん」
オレは鞄を持って席を立った。

いつからだろう。オレと彼女の距離が変わったのは。
お互いに避けていた時期もあった。顔を合わせるまで、同じ高校に通っていたことに気づかなかったくらいだ。
昔はオレも彼女も名前で呼び合っていた。それがいつしか、こうして他人行儀な呼び方に変わっていった。でも、それもなんだか悪くなくて、今は心地よくも感じていた。
「それじゃあ、また明日ね」
「ああ」

彼女と別れて、家に着く。
「ただいま」
返ってくる返事はないけど、習慣としていつもしてしまう。
オレは二階の部屋に上がり、ベッドに身を投げ出した。

こんな平凡な毎日が続けばそれが何よりだ。多くは望まない。それこそが幸せなんだ。そんなことを思っていた時だった。

「……様？　ハデス様ぁっ！」
突然の出来事に、何が起こったのかわからなかった。
胸に重さを感じて目を開けてみれば、甘くて優しい香りとともに、ふわっと広がった長くて黒い髪が映った。

改めて状況を整理しよう。
いきなり美少女がオレの胸に飛び込んできたかと思ったら、さらにすりすりまでしてくるんだが。まず、この女は誰だ？　どこから来た？　っていうかハデス様って？

「ハデス様、こんなところにいらしたんですね。姿は変えられても、わたしの目はごまかせませんよぉ♪」
「あー、えっと……、そのハデス様っていうのは？　っていうか、君は誰？」
オレの問いに、彼女はしばし固まり、やがてさっきまでの笑みを戻して口を開いた。
「とぼけてもムダですよぉ。そうやってわたしをいじめなさると、ちょっとだけ怒っちゃいますよ？」
彼女がオレの上に跨ったまま、手を高くかざすと、その手に大きな鎌のようなものが現れた。
いやいやいや。いやいやいや。どうかしてる。これもいつもの夢か？
「わたし、ずぅっと寂しかったんですから。……これくらい、我慢してくださいね？」
そう言って彼女は、笑顔で手に持った鎌をオレに向けて振りかざした。

……ああ、オレはここで死ぬのか。こんな非現実的な死って、ありかよ……。