勿忘草~記憶の呪い~

夢華彩音

第一章 篠崎美南~虚無~

「あれ。どこだろう。ない…ない…」
美南は机の中や鞄、ロッカーを見たが、今日使う教科書が見当たらない。かわりに破れた紙や真っ黒なノートなんかがどんどん出てくる。
周りから馬鹿にしたような笑い声が聞こえるが、聞いてないフリをした。

ようやく見つけたと思ったら、ゴミ箱に捨てられていた。美南はため息をついた。高校生にもなって本当にくだらない。  
くだらないとは思いつつも、心は参っていた。いつまで待てば終わるだろうか。
一度始まるともうずっと終わらないのではないか。そんな気さえする。


私が小さい頃、親友がいじめにあっていた。あの子…私にとって大切で大好きな、かけがえのない人。…もう二度と、会うことができない人。

思い出すのはつらいけど。でも、あの子との思い出だけが今の美南にとっての全て。生きがいだ。


誰もいなくなった教室で美南はそっと呟いた。

「アサヒナオリエ。数年前に死んだわたしの親友」



最近はいつ死のうかってことばかり考えてしまう。

オリエに失礼だと分かってはいるものの今の美南には難しかった。親友だとは口では言うが、オリエのことを覚えているのは一緒にいた時間、場所、どんな字だったか忘れてしまった“アサヒナオリエ”という名前だけ。
家にすら行ったことがなかった。

家に行きたいと言っても首を振るだけだったな。
美南はオリエを想ってそっと目を閉じる。


彼女との会話がふと蘇ってきた…


“「おりえちゃんのうち、行っちゃだめなの?」”

“「うん。こない方がいいの」”

“「なんで?」”

“「私のことを知ったら、美南ちゃんが離れてっちゃうような気がするの」”

“「あたしはそんなことしないよ。じゃあ、いつか。
いつかなら、いい…?」”

“「うん。いいよ」”

“「やった!約束だよ?」”

“「うん。約束」”


結局、あの約束が叶うことはなかった。そして、これからも叶うことはない。

一生。

オリエがいなくなってから、わたしは笑わなくなった。
何も意味がない。生きていたって。
それならいっそ、死んだ方がいい。
死んだらオリエに会える。
解放される。

でも何故か美南は死ねなかった。何かが美南を引き止めている。
そんな気がするのだ。



「はいそれではHRを始めます。早く席について」

と、担任の声で我に返った。あぁ、そうか。もう翌日なんだ。
もはや時間の感覚すらない美南は空っぽだった。
「珍しいことですが、編入生が来ることになりました。さぁ。入って」

教室のドアが開き、1人の女の子が入ってきた。長い黒髪で美少女だった。
恵まれている人、という印象を持たせる彼女だったが、美南は何か異様なものを感じた。

穏やかな笑みを浮かべて立っている彼女の目に光がないように感じるのだ。
何かが抜け落ちてしまっているかのような…


彼女はぺこりと頭を下げて言った。

「初めまして。安積織絵です。」

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