堅牢堅固のゴーレムさん ~二度目の異世界転生はゴーレムでした~

秋月 紅葉

一章:レムさん誕生す  四話:前世の記憶

柿崎剛志かきざき つよしは大学四年生だった。
大学もそこそこ遊びながらもちゃんと単位を取っていた為に無事この春卒業という運びとなっている。
強いて言えば不況のご時世未だ就職が決まっていない事が悩み問えば悩みだが、そこはきっとなんとかなるだろうと楽観的な考えを持っていた。

「おっ異世界英雄転生物語-月の章-の続編が出ている!?」

剛志の容姿と言えば身長179cmと比較的高い部類に入る。
出来ればきり良く180cmまで欲しかったとも思うのだが、それ以上は伸びる事は無かった。
髪は就職活動の為、短く切り揃えられている。
高校までは柔道部と剣道部に所属。
体格が良かったので相撲部にも誘われたのだが、廻しがどうにも恥ずかしくてそこは断っている。
高校時代のあだ名は「ぬりかべ」である。
本人としてはかなり不本意な物ではあったが、校内では良く定着していた。

そんな剛志だが大学に入ってからは経済学を専攻して、興味本位で入ったサークルはディベート部だ。
地元から逃げる様にして遠くの大学を選び、ぬりかべというあだ名だった自分の事を誰も知らない土地で頑張るつもりでいた。
高校からスポーツ推薦枠の話もいくつかあったのだが、当時はぬりかべのイメージを払拭するべく必死だったのだ。
今考えると滑稽は話ではあるが、頭良さそうに見られたいとかそれで女の子にモテたいとかそんな不純な動機が大半である。
小説を読んでいる俺、頭良さそうで恰好が良いなどとも思っていた。
尤も読んでいたのはラノベが中心で、それで賢く見えるかと言えば少々疑問はある。

ともあれそこそこ充実した学生生活を送っていたのだが、就活が始まると多忙な日々を送る事になってしまった。
剛志自身は頑張っているつもりなのだが、中々就職が決まらず不採用通知が片っ端から届き悩んだ。
そういう時は、見たくない現実から目を背けて妄想する事がある。

「俺も異世界とかに召喚されないかなぁ……死んで転生とかちょっと怖いし痛そうだから転移でもいい……エルフの彼女とか欲しい……」

道場を経営する親が聞けば軟弱者と怒るかもしれない。
だがしかし、不採用通知も50を超えてくると流石に自分のどこが悪いのか分からなくなってくる。
最初の内は筆記の問題を間違えたくらいに思っていた。
面接試験まで行っても落とされるのはなんだか自分を否定されているような気にもなって来てしまい、就職に対して逃げ腰になってしまうのは仕方のない事だと思う。
現実逃避の時間こそが剛志にとっては癒しであった。


――その日は珍しくサークルが一緒だった奴からの誘いで呑みに誘われていた。

「待ち合わせは19時に西口か……」

就活が始まり皆忙しくなって中々顔を合わせる事も少なくなって来た頃、就職が決まった連中のお祝いをやるという事で飲み会に呼ばれたのだ。
電車を乗り継ぎ目的地まで出た所で、手持ちが少ない事に気がついてコンビニに寄る事にした。
ATMの前で財布から銀行のカードを取り出し、機械へと挿入する。
何気ない日常のワンシーンなのだが、これが一度目の人生のラストだ。
不意に響いた発砲音……そこからの記憶がない。

目覚めると異世界に転生していた。
嘘みたいな本当の話だ。




――転生先はシュテル王国という小さな国だった。
剛志はそこの下級貴族の息子として転生した。
ウィレム・フォン・レグルスそれが一度目の転生先の名前だ。

緑豊かなそこは非常に長閑だが鉱山があり、細々と国を維持出来ていた。
自分が異世界に飛んでしまったらなんて妄想を就活の合間にやっていたから、その時身に着けた知識を使い内政チート状態だった。
それに大学でのディベート経験はかなり役に立った。
剣道の経験が生きて剣技に掛けては右に出る物がいない程だった。

つまりこれはチート主人公。
おまけに金髪ハンサム。
さらばぬりかべと呼ばれた俺よ!
これからは人生勝ち組なんて思っていたら周辺地域の国々が不穏な動きを敷いている。
でもこれは異世界転生物のお約束展開に違いない。
俺がチート無双して国を守り、そして姫と結ばれる。
そしてチート能力と内政無双で大国を築き上げ、ついでに世界制覇もするのだ。




……そう信じていた。



シュテル王国を囲むように存在しているリューガ帝国、商業連合国エスタ、ブルメリア王国は山間にあるシュテル王国を狙っていた。
こんな山間の田舎国家に何の用事かと言えば、内政チートを元にして開発した鉱山群だ。
下級貴族出身という事で中々知識系チートを使う機会には恵まれなかったが、それでもあれやこれやと検索している内に宰相の目に留まりいくつか策を実行に移して貰えた。
その結果の一つが鉱山群の開発である。

結果、この鉱山からは良質な金属が採れた。
金鉱石、銀鉱石のような装飾に使う様な物から、武器に使える鉄は豊富で量こそ少なかったがミスリルも採れた事で国の価値が一気に上がってしまったのだ。
山間の小さな国が大国に目を付けられるまで然程時間は掛からなかった。
ちょくちょく国境付近に悪戯を仕掛けられたりもしたが、国は順調に発展していたし、自身のチート能力を疑う事は無かった。
国境付近の小競り合いが切欠でリューガ帝国と戦争になるも、これを撃退。
山間という地形を利用して大軍を封じ、ゲリラ戦を展開して輜重部隊を叩き撤退まで追いやったのだ。
一回成功してしまうと周りからの支持は絶大な物になっていた。
大国であるリューガ帝国を追い返したウィレムは英雄と呼ばれ、シュテル王国の軍を掌握するに至った。

たった一度の防衛に成功したくらいで。

そこからの戦争は苛烈を極めた。
基本的に国力が違うのだから、ずっと戦争をしていればいずれこちらの体力が尽きるのは目に見えていた。
そんな時に持ち上がったのが隣国ブルメリアへの支援要請の話である。
手っ取り早くブルメリアを味方を作る為に国王が選択したのは政略結婚だった。
リューガ帝国との小競り合いが小康状態になった頃、ウィレムは想い人である姫の護衛としてブルメリアへと使者として赴く。
この運命は如何にチート能力があろうと覆す事は出来なかった。

かくして、ブルメリア王国との政略結婚を取り付けたウィレムは姫を連れてシュテルへと帰る。

「三か月後に正式に姫をお連れ致します」

そう言ってブルメリアを後にして婚礼の準備を始めた。
憧れの姫が他国に行ってしまうのは悔しくもあったが、日に日に情勢が傾きつつあるこの国でせめて姫だけでも幸せになって欲しかったのである。
婚礼用の衣装や装飾品のあたりもウィレムが現代知識を使ってウェディングドレスをデザインし、ティアラもまたシュテルで取れた金と銀をふんだんにあしらった物にした。

しかしそんな穏やかな日々は長くは続かない。

ブルメリアとの同盟を危機に感じたリューガ帝国は商業連合国エスタを巻き込んで二方向からの侵攻を開始したのだ。
名前の通り商業連合国エスタは商人の力が強い国であった。
当然シュテルの鉱山が欲しい。
しかし兵力はシュテルと同等程度、守りに徹せられれば勝ち目はないとリューガ帝国との戦争を傍観していたのだ。

そのリューガ帝国からシュテル王国の三分の一の国土の譲渡という提案を受けた商人達が色めき立つ。
シュテルの金銀さえあれば自分達は更に栄える事が出来る。
俄然やる気を見せ始めたエスタは早速派兵の承認を議会が下して宣戦布告、シュテルへと攻め込んだ。
対処するシュテル側は一層苦しい戦争を強いられる事となった。

「ウィレムよ。せめて姫だけでもブルメリアに無事に逃がしてはくれまいか」
「ですが……」
「分かっておる。お前がここを離れればあっという間にこの国は亡ぶであろう」
「ならば!」
「良いのじゃ。儂の代でシュテル王国は無くなる。その覚悟が出来ただけの事。ただ心残りは姫の結婚式を見る事が出来なかった事じゃな」
「ならば見ればいいのです。諦めてはなりません!」
「……ウィレムよ。この戦勝てると思うか?」
「……確かに苦しい戦いになるでしょう。しかし私がこの国を守って見せます」
「そうか。ならば儂はウィレムを信じるとする。まずは急ぎ姫をブルメリアへ避難させよ。その上で徹底抗戦しようではないか」
「御意に」

心が折れかけた国王を説得し、愛しの姫の安全を図り且つこの戦争に勝つにはブルメリアからの援軍が必要不可欠であった。
リューガ帝国とブルメリアの兵力はややブルメリアの方が多いくらいだ。
ウィレムは方策を組み上げると早速姫をブルメリアへと送る手配を進めた。

前線の指揮を部下に任せてウィレムはブルメリアを目指す。
本来最高指揮官が戦時に国を離れるなどあってはならない。
しかし国王の下した命令はブルメリア行きである。
ブルメリアから協力を得られれば逆転の目も出て来る。

愛しの姫は無事送り届け、ブルメリアから兵を借りる事が出来れば国も守れる。
考えようによっては最良の策である。
しかし人の命など、ましてや姫であろうと小娘一人の命など見捨てても大きな国益があるとすれば、それを行わない王は王の資質に欠くのだろう。

婚礼まで後一週間という所まで来て、友好的だったその掌を反す。
ブルメリアの侵攻が開始されたのである。
元々婚姻で上手く行けば姫が残した血を使い数代の後にシュテル王国をブルメリアが統治、もしくは併合する事が可能だっただろう。
それは平常時、血の流れない最良の策だった。
しかし婚礼の報を聞きつけ焦ったリューガ帝国はブルメリアの介入を恐れて早々に決着を図ろうとしてエスタを巻き込んだ。
これにより国土の半分を失ったシュテル王国との婚姻は果たしてブルメリアという国に利益を齎す事が出来るのかと言われれば確かに利益は齎すだろう。
しかしその価値は見込んでいた利益の今や半分となっており、数日の内にも王都が陥落すればシュテル王国自体が無くなりブルメリアはその取り分すら失いかねない。

ならばこの機に乗じてシュテル王国に攻め込みせめて手に入れる筈だった利益の半分くらいは確保しておきたい。
そんな思惑でブルメリアはシュテルへと兵を進める。

「流石のウィレムでも三方向からの攻撃には対処しきれないだろう……」

シュテルの将軍が大臣が日に日に減って行く。
ある者は帝国に亡命、またある者は刺客によって暗殺されるなど目に見えて人がいなくなる。

「どうしてこんな事に……」

頭を抱える多くの者の敵意はいつしかウィレムへと向いていく。

思えば彼の献策によって栄え、目立ってしまった事で各国から狙われ攻められる事になったのだと。
例えその恩恵を受けて一時豪勢な暮らしをしていたとしても、その事はすっかり忘れて人々は彼を睨むのだ。

「もしやウィレムの首を帝国に送れば見逃してくれるかもしれない」
「おぉそうだ。きっとそうに違いない!」

都合の悪い事を見ずにそう考える者達もいる。
今彼の命を奪えば、王国の寿命が縮み数日の内に自身の破滅が訪れる事など全く思考に入っていないのだろう。
シュテル王国の王都目前まで帝国軍が進軍してくれば、もうどこもかしこも絶望の色しかない。
そんな状況だからウィレムの首を差し出して助かろうという輩は行動に移す。

背後からの鈍い痛み。
ジワリと熱くなる背中からは今、血が噴き出している事だろう。
息が苦しい。
思う様に息が吸えない事がこれほど苦しい事だとは思わなかった。

「ごふっ……貴様等……」
「ウィレム! その首貰い受ける! 死ねぇぇぇえ!」

ロングソードは閃きてウィレムの首を切り飛ばす。
スローモーションが掛かったウィレムの視界には切り離された胴体と背後から切り付けた相手の顔が見えた。

「この首さえあれば……」

そんな声を聞きつつウィレムは徐々に意識を手放しつつあった。
これで自分は本当に死ぬのだろうと覚悟した彼の精神は比較的穏やかな最後を迎えようとしていた。
気がかりな事と言えば姫の安否だけである。

逃げてくれと伝える口はもう言葉を紡ぐ事が出来ない。
ウィレムは沼に徐々に足を取れていくかのように、緩やかに闇の中に沈んでいった。





――あれからどれくらい経ったのだろう?

暗闇の中ただ意識だけがあって何も見えない。
何かを語る声も無ければ、動く体も無い。
漆黒の大地に

そうなるとあのぬりかべだった最初の体さえ懐かしく思える。

その時だった。
ふわりと包み込む何かがウィレムの意識を抱き上げると、物凄い勢いで暗闇の中どこへとも知らない場所へと引っ張り始めた。
ウィレムは徐々に明るく眩しい方へ導かれ、そして遂に光の中へと引っ張り出されていったのだった。

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