創造神で破壊神な俺がケモミミを救う
第20話
翌日大地はサイラスに呼ばれ、領主館の応接室に来ていた。
隣には一緒に呼ばれた犬斗が紅茶をすすっていた。大地も紅茶を飲みながら待っているとサイラスが現れる。
「昨日の疲れが残っているであろうに呼んでしまって申し訳ない。実は大地さんにこの領地の事で相談があってな。」
サイラスは軽く頭を下げると相談の内容について語りだす。
「大地さんもわかっていると思うが、この領地は生きるには非常に過酷な環境でな。そこでレイから聞いた大地さんのスキルでこの領地の環境を改善してもらえないだろうか?」
「具体的にはどのようにすれば?」
「まずは食料を自給自足できる環境を整えて欲しい。次に居住環境だが周りを剣山が覆い尽くしており平地が少ない。もし可能であればより多くの人が住める形の住居が欲しい。」
「現在住んでいる住人の数はどれくらいになりますか?」
「全部で四百といったところだと思う。」
「色々試行錯誤することになるので時間がかかると思いますが大丈夫ですか?」
「やってくれるのか? ありがとう。時間に関してはいくら掛かっても良い。すまないがよろしく頼む。」
悩む様子もなく即答した大地に驚いた表情を浮かべるサイラス。
その後簡単にボレアス領地の地理と現在の食料事情についての話をすると、サイラスはおもむろに大地のこの世界での生い立ちについて聞きいてくる。
「ところで大地さんは犬斗と同じ世界から来た人だったな?」
「はい。こことは違う世界の日本という場所からきました。」
「犬斗と同じ国だな。日本という国は話を聞く限りでは戦争等なく平和な国だと聞いている。大地さんはこんな争いばかり繰り返している世界から早く帰りたいとは思っていないのか?」
その質問に犬斗は複雑そうな表情を浮かべながら、大地を見つめた。
「帰りたいかと言われたらそりゃ帰りたいですけど、今はそれより優先しないといけない事が出来ましたので。」
「自分の世界に帰ることよりも優先することがあるのか?」
「そうですね。日本に帰るとしてもこれを終わらせてからじゃないと、帰れないというか、帰りたくないというか。」
「その優先すべき事が何なのか聞いていいか?」
サイラスは異世界から来た人間がこの世界で何を成そうとしているのか気になり、思わず前屈みになりながら質問していた。
同じく犬斗も興味深そうに大地の顔を見ていた。大地は自分に視線が集中している事に気付き、軽く息を吐くと凛とした表情で語り始める。
「俺にとっては獣人の獣人による獣人の為の国を作ることが、今最も優先すべきことです。」
まるで某アメリカ大統領の様な発言をする大地。
サイラスは大地の最優先事項が獣人の国を作る事だと聞かされると、額を抑えながら笑いだす。
「はっはっはっ!・・・まさか獣人の国を作るのが優先すべき事だと言い出すとはさすがに思わなかったぞ! レイから話には聞いていたが、あなたは私が思った以上に規格外の人のようだ!」
自分の最優先事項を笑われ訝しげな顔をする大地。
それを見たサイラスは笑い声を一旦止め、再度冷静に話を進める。
「・・・ゴホン。すまない大地さん。父と同じ考えを持つ人間がいた事につい笑ってしまった。」
「同じ考え?」
「そうだ。私の父ヘクトルも大地さんと全く同じ事を考えていたのだよ。
父は獣人特区を作る事でそこに獣人達を集め、集まった獣人達に技術を教え文化を作ることで、最終的には他種族から認められる獣人の国を作っていくつもりだったのだよ。
結果的には邪魔が入り途中で断念する羽目になったがな。」
サイラスは自分の父であるヘクトルが獣人の国を作ろうとしていた事を笑いながら話す。
大地はこの世界の人間で自分と同じ考えを持っている者がいたことに驚いていた。
大地はヘクトルの意思を継ぎ、獣人の保護していると思われるサイラスに獣人の保護をして今後どうするつもりなのか聞いた。
「ヘクトルさんの方法は失敗しました。ならばサイラスさんは獣人を保護して今後どうするつもりですか?」
サイラスは大地からの質問に一度思案するような様子を見せた後、ゆっくりと話を始める。
「獣人の権利を認めさせると言いたいところだがそれはまず無理だろう。この世界のほぼ全ての人間が獣人を差別している。その考えを根本から変えていくことは不可能に近い。今はまだ力を蓄え機会を待つべきだ。」
「その機会とは?」
「それは戦争だ。今連邦と帝国が戦争中なのは知っているな? 
連邦は小人族が作成した新型の装備を使うことで、数と領地に勝る帝国と互角の接戦をしている。
帝国はそんな状況を打破する為に戦力を増強させる作戦を立てているそうだ。
その作戦とはトームを自国の傘下に治め、トームの戦力をまるごと帝国の戦力とする作戦だ。
近い将来帝国は何らかの手を打ってくるはずだ。その時各領主は帝国に従属する組と抗戦する組に別れ戦争に発展するだろう。
その戦争に獣人の軍として参戦し、獣人の有益性を示すことが出来れば多少は獣人に対する認識も変わるのではないか。」
サイラスのあまりに過激な考えに思わず眉をしかめる大地。
獣人を保護しておきながらその獣人を戦争に参戦させるというのはいかがなものだろう。
それに人を指して使うにはあまり適切とは思えない有益性という言葉にも引っ掛かる。
大地はサイラスという人間が何を考え、獣人の保護をしているのか理解出来なくなり、その作戦に対して疑問を投げかける。
「その作戦ですが、俺が思う不安要素をいくつか挙げても良いですか?」
「こちらとしても参考になる。是非聞かせてくれ。」
「まず前提となる戦争ですが獣人が今後集まったとしても、戦争に参戦出来る程の戦力になるとは思えません。
次に参戦するとしたら抗戦組に付くのだと思いますが、差別対象である獣人の手を領主達が借りるでしょうか?
仮に退けたとしてもこちらが勝手に戦争に首を突っ込んできたと捉え、強さと能力を示す作戦そのものが瓦解する可能性もあります。
そして最後の不安要素ですが、抗戦組として帝国兵を退けた程度で獣人への差別が緩和されるとは到底思えません。助けた領主からしっぺ返しを食らい、ヘクトルさんの二の舞になる可能性だってあるのではないですか?」
大地は一見筋の通っているかに見える作戦の不安要素を次々とサイラスに指摘していく。
サイラスは大地からの指摘を受けると再度思案するような様子を見せた後に、一つずつ説明をしていく。
「まず戦力に関しての指摘だが、私と獣人だけでは間違いなく不可能だろう。しかし犬斗がいれば戦争に参戦することも充分可能だ。彼の使役している魔獣の総量は知っているか?」
「いや。知らないです。どれくらいの量を使役しているんですか?」
「その数は三万だ。」
大地は三万という数字を聞き、思わず驚愕の表情を犬斗に向ける。
犬斗は大地に見つめられると頭を掻きながら照れくさそうな顔をする。
その後はサイラスはこの三万の魔獣の戦力について語ってくれた。
魔獣三万は戦闘用が二万。防衛用が五千、偵察用が二千、移動用が二千、回復能力を持つ者が千といった内訳になっており、話を聞く限り最低でも能力値オールBクラス以上の魔獣で構成されていた。
これは単体で平均的な魔法師五人分に匹敵する能力値らしく、ただの兵士ならば三十人でかかっても勝てない強さみたいだ。
また大地が戦った霊獣は犬斗が使役する魔獣の中でもトップの力を持っており、単体で下位の宮廷魔法師とも戦える強さを持っているらしい。
実際に能力値を見ている大地はザレウスやシリウスぐらいなら、互角に戦えるだろうと納得する。
つまり現在ボレアス領地の兵力を魔法師換算すると、魔法師十五万に宮廷魔法師クラスが四人いるという計算になる。
ちなみにトーム全体の兵力が兵士百万に魔法師十万の為、魔法師の数だけで言えば、ボレアス領地だけでトーム全体の魔法師の数を上回る事になる。
このことからもボレアス領地は、一領地にしては過分な戦力を持っていた。
戦力に関する指摘に答えたサイラスは続けて次の指摘に関して話を進める。
「次に領主が力を借りるかどうかについてだが、これは既に手を打ってある。」
「どういう事ですか?」
「トームが絶対君主制ではなく各領主での評議会で国の在り方を決めているのは知っているな?
その在り方ゆえにトームでは豊かな土地に領地を持ち財政も豊かな中央領地ミッテを中心とした派閥と、地方の簡素な領地をもつ領主の派閥で、度々小さい争いが起きている。
領主達は常に自分達がどうやれば甘い蜜を吸うことが出来るかを考えている。
その欲を利用すれば容易に獣人達の力を借りたいと思わせることが出来るのではないかな。」
サイラスはどうやって領主達に獣人の力を借りさせるか、その具体的な方法について話を進める。
現在トームでは中央領地のミッテを中心とした東側の派閥と、地方領地の派閥である西側に分かれていた。
日本でいうところの与党と野党だ。東側の派閥は帝国との国交もあり、領地は栄え、税収により財力も蓄えていた。
一方西側の派閥は国交を持たないユーリスとの交流は望めず、税収も少なかった為、財政は常に火の車状態であった。
そんな西側の領主は度々東側の領主に帝国との国交の利権を西側まで回すように訴えたりしていたのだが、自分の領地の事しか考えていない東側の領主がそれを飲むわけもなく。
長年同じ国でありながら、西側の領主は東側の領主を陥れ自分が東側の領主になる方法を模索し続けていた。
そんな状態のトームに帝国が侵攻してきた場合、東側の領主はすぐに帝国の軍門に降ることが出来るであろう。
しかし西側の領主からしたら簡単にトームを帝国に渡すわけにはいかなくなる。
それは愛国心といったキレイなものではなく、人間の醜い欲から来るものであった。
もし簡単にトームが帝国の軍門に降ることがあれば、帝国から近い東側の領地はこれまで以上に帝国から恩恵をもらえることだろう。
しかし西側の領主からすれば、帝国に属し絶対君主制になった場合、これまでのように東側の領主を陥落させて、空いた東側の領地を手に入れるといったことが不可能なってしまう。
また好戦的な帝国がトームの隣にあるユーリスとの戦争を開始すれば、西側の領主は戦争の最前線に立たせられることになるだろう。
そう考えた西側の領主達は現在帝国が攻めてくる前に中央領地ミッテを侵略し自分の物にしようと画策を行っているらしい。
サイラスは東側の領地を手に入れる為ならばどんなことでもする西側の領主の心理を利用し、定期的に行っている評議会でこっそりと西側の領主に獣人の戦力としての有益性を提案し続けていた。
最初は獣人如きの手は借りないと言っていた領主達も、単純な戦力増強のメリットや自分達の兵の盾として使えるのではないかと考えを改め、東側を侵略する際には帝国兵の足止めという形で獣人達が参戦する流れが決まっているらしい。
また西側が東側を制圧し、なおかつ獣人が帝国兵を退ける事に成功した場合は、西側の領地はサイラスの好きにして良いとの印書までもらっていた。
西側の領主は帝国兵を退けれる訳がないと考えており、成功した場合でも東の領地が手に入るのであれば西の領地を渡しても問題ないという認識なのだろう。
二つ目の不安要素について説明したサイラスは最後の差別の緩和についても、休むことなく話を続ける。
「そして最後の獣人に対する差別の緩和だが。これに関して今は必要ないと考えている。」
「必要ない?」
「今の獣人に必要な事は他の種族に認められる事よりも、まず獣人が安心して暮らせる環境を整えることが大事だと私は考えている。」
「つまり差別は仕方ないと?」
大地はサイラスの発言に怪訝そうな顔を浮かべる。
「後々は無くなれば良いとは考えている。しかし今は差別を無くすことより、安全に暮らせる環境の方が大事であろう。
人間に獣人の有益性を示し、敵対するより共存し合った方が良いと思わせれば、そう簡単に人間の方から手を出してくることはあるまい。」
「そういう考えも確かにありますね。」
大地は言葉では肯定的な発言をするも、内心ではサイラスの考えに賛同することが出来なかった。
サイラスの発言からは獣人の存在を尊重している姿勢が見られない。
また辺境に飛ばされ力をさほど持っていない領主にも関わらず帝国の情勢だけでなく作戦に関する情報を掴んでいたり、何故か戦争が必ず起きると確信しているあたりがどうも怪しい。
名前 サイラス
種族 人間
年齢 43歳
能力値
腕力C 体力C 敏捷性D 魔力B
保持スキル
「土魔法」
別に誰かが偽装している訳ではないのか・・・
サイラスのこれまでの言動の節々に不信感を募らせていた大地はインプットにてサイラスの情報を確認するが、どうやら嘘をついている様子はないようだ。
しかし大地は獣人達を保護しているサイラスに何か別の思惑があるのではないかと疑いを強めていた。
様々な疑念を払拭出来ない大地は初めて見つけた志を同じくした同士とも言えるはずのサイラスを完全に信用することが出来ていなかった。
そして同時に大地はこの世界で獣人が他の種族同様に生活していくレベルに達するまでには相当な努力と時間を有するのだと改めて理解する。
「大丈夫か。大地さん?」
俯いたまま黙りこんでいた大地にサイラスが声をかける。
サイラスに声をかけられた大地はハッと我に返り話を進めていく。
「不安要素に関してはもう大丈夫です。とりあえずその機会が訪れるまでの間、俺はボレアス領地の各設備の向上を行えば良いんですね?」
「そうなるな。大変だと思うが、お願いしてもよいか?」
「大丈夫です。必ずこの領地を発展させます。」
「サイラスさん!僕も警備と獣人の保護頑張ります!」
「うむ。二人ともいましばらく力を借りることになると思うがよろしく頼む。」
大地はサイラスに関して疑問に感じる点はあったものの、レイが信用している人物であることや、獣人を保護し助けようとしていること自体は事実であることから、ひとまず様子を見ようと頭を切り替えた。
もしサイラスが変な行動を見せれば、その時対応すれば良いだけのことだな・・・
大地はまずはボレアスの獣人達の為に自分が出来るんことをしようと、ボレアス領の抱える問題について再度詳しくサイラスから話を聞く。
そして全ての話を聞いた大地はボレアス領地の改善方法に頭を悩ませながら家路につくのであった。
隣には一緒に呼ばれた犬斗が紅茶をすすっていた。大地も紅茶を飲みながら待っているとサイラスが現れる。
「昨日の疲れが残っているであろうに呼んでしまって申し訳ない。実は大地さんにこの領地の事で相談があってな。」
サイラスは軽く頭を下げると相談の内容について語りだす。
「大地さんもわかっていると思うが、この領地は生きるには非常に過酷な環境でな。そこでレイから聞いた大地さんのスキルでこの領地の環境を改善してもらえないだろうか?」
「具体的にはどのようにすれば?」
「まずは食料を自給自足できる環境を整えて欲しい。次に居住環境だが周りを剣山が覆い尽くしており平地が少ない。もし可能であればより多くの人が住める形の住居が欲しい。」
「現在住んでいる住人の数はどれくらいになりますか?」
「全部で四百といったところだと思う。」
「色々試行錯誤することになるので時間がかかると思いますが大丈夫ですか?」
「やってくれるのか? ありがとう。時間に関してはいくら掛かっても良い。すまないがよろしく頼む。」
悩む様子もなく即答した大地に驚いた表情を浮かべるサイラス。
その後簡単にボレアス領地の地理と現在の食料事情についての話をすると、サイラスはおもむろに大地のこの世界での生い立ちについて聞きいてくる。
「ところで大地さんは犬斗と同じ世界から来た人だったな?」
「はい。こことは違う世界の日本という場所からきました。」
「犬斗と同じ国だな。日本という国は話を聞く限りでは戦争等なく平和な国だと聞いている。大地さんはこんな争いばかり繰り返している世界から早く帰りたいとは思っていないのか?」
その質問に犬斗は複雑そうな表情を浮かべながら、大地を見つめた。
「帰りたいかと言われたらそりゃ帰りたいですけど、今はそれより優先しないといけない事が出来ましたので。」
「自分の世界に帰ることよりも優先することがあるのか?」
「そうですね。日本に帰るとしてもこれを終わらせてからじゃないと、帰れないというか、帰りたくないというか。」
「その優先すべき事が何なのか聞いていいか?」
サイラスは異世界から来た人間がこの世界で何を成そうとしているのか気になり、思わず前屈みになりながら質問していた。
同じく犬斗も興味深そうに大地の顔を見ていた。大地は自分に視線が集中している事に気付き、軽く息を吐くと凛とした表情で語り始める。
「俺にとっては獣人の獣人による獣人の為の国を作ることが、今最も優先すべきことです。」
まるで某アメリカ大統領の様な発言をする大地。
サイラスは大地の最優先事項が獣人の国を作る事だと聞かされると、額を抑えながら笑いだす。
「はっはっはっ!・・・まさか獣人の国を作るのが優先すべき事だと言い出すとはさすがに思わなかったぞ! レイから話には聞いていたが、あなたは私が思った以上に規格外の人のようだ!」
自分の最優先事項を笑われ訝しげな顔をする大地。
それを見たサイラスは笑い声を一旦止め、再度冷静に話を進める。
「・・・ゴホン。すまない大地さん。父と同じ考えを持つ人間がいた事につい笑ってしまった。」
「同じ考え?」
「そうだ。私の父ヘクトルも大地さんと全く同じ事を考えていたのだよ。
父は獣人特区を作る事でそこに獣人達を集め、集まった獣人達に技術を教え文化を作ることで、最終的には他種族から認められる獣人の国を作っていくつもりだったのだよ。
結果的には邪魔が入り途中で断念する羽目になったがな。」
サイラスは自分の父であるヘクトルが獣人の国を作ろうとしていた事を笑いながら話す。
大地はこの世界の人間で自分と同じ考えを持っている者がいたことに驚いていた。
大地はヘクトルの意思を継ぎ、獣人の保護していると思われるサイラスに獣人の保護をして今後どうするつもりなのか聞いた。
「ヘクトルさんの方法は失敗しました。ならばサイラスさんは獣人を保護して今後どうするつもりですか?」
サイラスは大地からの質問に一度思案するような様子を見せた後、ゆっくりと話を始める。
「獣人の権利を認めさせると言いたいところだがそれはまず無理だろう。この世界のほぼ全ての人間が獣人を差別している。その考えを根本から変えていくことは不可能に近い。今はまだ力を蓄え機会を待つべきだ。」
「その機会とは?」
「それは戦争だ。今連邦と帝国が戦争中なのは知っているな? 
連邦は小人族が作成した新型の装備を使うことで、数と領地に勝る帝国と互角の接戦をしている。
帝国はそんな状況を打破する為に戦力を増強させる作戦を立てているそうだ。
その作戦とはトームを自国の傘下に治め、トームの戦力をまるごと帝国の戦力とする作戦だ。
近い将来帝国は何らかの手を打ってくるはずだ。その時各領主は帝国に従属する組と抗戦する組に別れ戦争に発展するだろう。
その戦争に獣人の軍として参戦し、獣人の有益性を示すことが出来れば多少は獣人に対する認識も変わるのではないか。」
サイラスのあまりに過激な考えに思わず眉をしかめる大地。
獣人を保護しておきながらその獣人を戦争に参戦させるというのはいかがなものだろう。
それに人を指して使うにはあまり適切とは思えない有益性という言葉にも引っ掛かる。
大地はサイラスという人間が何を考え、獣人の保護をしているのか理解出来なくなり、その作戦に対して疑問を投げかける。
「その作戦ですが、俺が思う不安要素をいくつか挙げても良いですか?」
「こちらとしても参考になる。是非聞かせてくれ。」
「まず前提となる戦争ですが獣人が今後集まったとしても、戦争に参戦出来る程の戦力になるとは思えません。
次に参戦するとしたら抗戦組に付くのだと思いますが、差別対象である獣人の手を領主達が借りるでしょうか?
仮に退けたとしてもこちらが勝手に戦争に首を突っ込んできたと捉え、強さと能力を示す作戦そのものが瓦解する可能性もあります。
そして最後の不安要素ですが、抗戦組として帝国兵を退けた程度で獣人への差別が緩和されるとは到底思えません。助けた領主からしっぺ返しを食らい、ヘクトルさんの二の舞になる可能性だってあるのではないですか?」
大地は一見筋の通っているかに見える作戦の不安要素を次々とサイラスに指摘していく。
サイラスは大地からの指摘を受けると再度思案するような様子を見せた後に、一つずつ説明をしていく。
「まず戦力に関しての指摘だが、私と獣人だけでは間違いなく不可能だろう。しかし犬斗がいれば戦争に参戦することも充分可能だ。彼の使役している魔獣の総量は知っているか?」
「いや。知らないです。どれくらいの量を使役しているんですか?」
「その数は三万だ。」
大地は三万という数字を聞き、思わず驚愕の表情を犬斗に向ける。
犬斗は大地に見つめられると頭を掻きながら照れくさそうな顔をする。
その後はサイラスはこの三万の魔獣の戦力について語ってくれた。
魔獣三万は戦闘用が二万。防衛用が五千、偵察用が二千、移動用が二千、回復能力を持つ者が千といった内訳になっており、話を聞く限り最低でも能力値オールBクラス以上の魔獣で構成されていた。
これは単体で平均的な魔法師五人分に匹敵する能力値らしく、ただの兵士ならば三十人でかかっても勝てない強さみたいだ。
また大地が戦った霊獣は犬斗が使役する魔獣の中でもトップの力を持っており、単体で下位の宮廷魔法師とも戦える強さを持っているらしい。
実際に能力値を見ている大地はザレウスやシリウスぐらいなら、互角に戦えるだろうと納得する。
つまり現在ボレアス領地の兵力を魔法師換算すると、魔法師十五万に宮廷魔法師クラスが四人いるという計算になる。
ちなみにトーム全体の兵力が兵士百万に魔法師十万の為、魔法師の数だけで言えば、ボレアス領地だけでトーム全体の魔法師の数を上回る事になる。
このことからもボレアス領地は、一領地にしては過分な戦力を持っていた。
戦力に関する指摘に答えたサイラスは続けて次の指摘に関して話を進める。
「次に領主が力を借りるかどうかについてだが、これは既に手を打ってある。」
「どういう事ですか?」
「トームが絶対君主制ではなく各領主での評議会で国の在り方を決めているのは知っているな?
その在り方ゆえにトームでは豊かな土地に領地を持ち財政も豊かな中央領地ミッテを中心とした派閥と、地方の簡素な領地をもつ領主の派閥で、度々小さい争いが起きている。
領主達は常に自分達がどうやれば甘い蜜を吸うことが出来るかを考えている。
その欲を利用すれば容易に獣人達の力を借りたいと思わせることが出来るのではないかな。」
サイラスはどうやって領主達に獣人の力を借りさせるか、その具体的な方法について話を進める。
現在トームでは中央領地のミッテを中心とした東側の派閥と、地方領地の派閥である西側に分かれていた。
日本でいうところの与党と野党だ。東側の派閥は帝国との国交もあり、領地は栄え、税収により財力も蓄えていた。
一方西側の派閥は国交を持たないユーリスとの交流は望めず、税収も少なかった為、財政は常に火の車状態であった。
そんな西側の領主は度々東側の領主に帝国との国交の利権を西側まで回すように訴えたりしていたのだが、自分の領地の事しか考えていない東側の領主がそれを飲むわけもなく。
長年同じ国でありながら、西側の領主は東側の領主を陥れ自分が東側の領主になる方法を模索し続けていた。
そんな状態のトームに帝国が侵攻してきた場合、東側の領主はすぐに帝国の軍門に降ることが出来るであろう。
しかし西側の領主からしたら簡単にトームを帝国に渡すわけにはいかなくなる。
それは愛国心といったキレイなものではなく、人間の醜い欲から来るものであった。
もし簡単にトームが帝国の軍門に降ることがあれば、帝国から近い東側の領地はこれまで以上に帝国から恩恵をもらえることだろう。
しかし西側の領主からすれば、帝国に属し絶対君主制になった場合、これまでのように東側の領主を陥落させて、空いた東側の領地を手に入れるといったことが不可能なってしまう。
また好戦的な帝国がトームの隣にあるユーリスとの戦争を開始すれば、西側の領主は戦争の最前線に立たせられることになるだろう。
そう考えた西側の領主達は現在帝国が攻めてくる前に中央領地ミッテを侵略し自分の物にしようと画策を行っているらしい。
サイラスは東側の領地を手に入れる為ならばどんなことでもする西側の領主の心理を利用し、定期的に行っている評議会でこっそりと西側の領主に獣人の戦力としての有益性を提案し続けていた。
最初は獣人如きの手は借りないと言っていた領主達も、単純な戦力増強のメリットや自分達の兵の盾として使えるのではないかと考えを改め、東側を侵略する際には帝国兵の足止めという形で獣人達が参戦する流れが決まっているらしい。
また西側が東側を制圧し、なおかつ獣人が帝国兵を退ける事に成功した場合は、西側の領地はサイラスの好きにして良いとの印書までもらっていた。
西側の領主は帝国兵を退けれる訳がないと考えており、成功した場合でも東の領地が手に入るのであれば西の領地を渡しても問題ないという認識なのだろう。
二つ目の不安要素について説明したサイラスは最後の差別の緩和についても、休むことなく話を続ける。
「そして最後の獣人に対する差別の緩和だが。これに関して今は必要ないと考えている。」
「必要ない?」
「今の獣人に必要な事は他の種族に認められる事よりも、まず獣人が安心して暮らせる環境を整えることが大事だと私は考えている。」
「つまり差別は仕方ないと?」
大地はサイラスの発言に怪訝そうな顔を浮かべる。
「後々は無くなれば良いとは考えている。しかし今は差別を無くすことより、安全に暮らせる環境の方が大事であろう。
人間に獣人の有益性を示し、敵対するより共存し合った方が良いと思わせれば、そう簡単に人間の方から手を出してくることはあるまい。」
「そういう考えも確かにありますね。」
大地は言葉では肯定的な発言をするも、内心ではサイラスの考えに賛同することが出来なかった。
サイラスの発言からは獣人の存在を尊重している姿勢が見られない。
また辺境に飛ばされ力をさほど持っていない領主にも関わらず帝国の情勢だけでなく作戦に関する情報を掴んでいたり、何故か戦争が必ず起きると確信しているあたりがどうも怪しい。
名前 サイラス
種族 人間
年齢 43歳
能力値
腕力C 体力C 敏捷性D 魔力B
保持スキル
「土魔法」
別に誰かが偽装している訳ではないのか・・・
サイラスのこれまでの言動の節々に不信感を募らせていた大地はインプットにてサイラスの情報を確認するが、どうやら嘘をついている様子はないようだ。
しかし大地は獣人達を保護しているサイラスに何か別の思惑があるのではないかと疑いを強めていた。
様々な疑念を払拭出来ない大地は初めて見つけた志を同じくした同士とも言えるはずのサイラスを完全に信用することが出来ていなかった。
そして同時に大地はこの世界で獣人が他の種族同様に生活していくレベルに達するまでには相当な努力と時間を有するのだと改めて理解する。
「大丈夫か。大地さん?」
俯いたまま黙りこんでいた大地にサイラスが声をかける。
サイラスに声をかけられた大地はハッと我に返り話を進めていく。
「不安要素に関してはもう大丈夫です。とりあえずその機会が訪れるまでの間、俺はボレアス領地の各設備の向上を行えば良いんですね?」
「そうなるな。大変だと思うが、お願いしてもよいか?」
「大丈夫です。必ずこの領地を発展させます。」
「サイラスさん!僕も警備と獣人の保護頑張ります!」
「うむ。二人ともいましばらく力を借りることになると思うがよろしく頼む。」
大地はサイラスに関して疑問に感じる点はあったものの、レイが信用している人物であることや、獣人を保護し助けようとしていること自体は事実であることから、ひとまず様子を見ようと頭を切り替えた。
もしサイラスが変な行動を見せれば、その時対応すれば良いだけのことだな・・・
大地はまずはボレアスの獣人達の為に自分が出来るんことをしようと、ボレアス領の抱える問題について再度詳しくサイラスから話を聞く。
そして全ての話を聞いた大地はボレアス領地の改善方法に頭を悩ませながら家路につくのであった。
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