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ハーフ・ゴースト

島流十次

4 愛、ルーシー・スペイセク

 ハロルドがこちらを振り向いた。ほんの少しだけいつもよりも目を見開いて。

 僕はそのビラの内容にまだろくに目をつけないままそんなハロルドを見て、僕自身としても意外なリアクションを無意識にとってしまう。
「ハロルド、きみ、すごいじゃないか」彼のほうへ軽く駆けた僕の頬の力は抜けていて、「きみもMMMに推薦されていただなんて! 一年生は必然的に推薦されないってきいたけれど……」

 そう言った僕にハロルドははにかんでみせたものの、僕とは違ってどことなくあまり嬉しそうな感情は感じられなかった。ハロルドがそんなかんじなので、僕はなにか悪いことでも言ってしまったのか、それともこれ自体が彼にとっては喜ばしくないことなのだろうかと思いわずかなあいだに口を噤んだが、ニコラスが割って入ってきて口を大きく開けた。

「なんだ、これ! お前も出てたんだ。先に言えよ!」
「ぼくは……」とハロルドはどもり、しゅんとした表情を見せた。

 それから、その表情というものを一切消して、急に真顔になった彼はハロルド・エヴァンズの票を集めているさきほどの女の子たちのほうへと歩いた。

「ハル」

 真っ先にハロルドに反応したのは、さっきの――白い肌にそばかす、艶やかな黒髪の女の子だ。
 彼女がハロルドに向ける表情、そして視線は、僕にビラを配るときのそれとは明らかに違うものだったし、きっと、他のだれにも向けられることはないだろう。

 彼女よりも断然背の高いハロルドに見下ろされた彼女の頬は、薔薇のように赤く染まり、白い雪のような肌の中で咲いた。(いのちを吹き返した白雪姫みたいだ)どうでもいいようなことを思い浮かぶ。(キスをされたわけでもないのに)

「よけいなことをするなって言ったじゃないか、ルーシー……」

 ハロルドとそのルーシーと呼ばれた彼女は、どうやら知り合いのようだった。
 ルーシーと同じくハロルドの票を集めていた女の子たちが、彼の姿を間近で目にして一斉にキャアと興奮したような声を上げる。それをハロルドが思わず一瞥すると、目が合ったのであろう一人の女の子がハッと息を呑み口に手を当て「死ぬ!」と一言。

 ハロルドは、女の子たちからルーシーをある程度引き離すように手を引いて、「ぼくを推薦したのはきみだな」ぱっと手を離す。

「ハル、違うの……推薦したのはわたしじゃない……」黒い髪の毛の先をいじり、おどおどと、彼に嫌われないように一生懸命作っているのであろう笑顔でルーシーは言った。「か、考えてみて……それに、わたしはハルと同じ、一年生。推薦が始まるのはわたしたちの入学前……わたしは、ハルを、推薦できない……」
「じゃあ、一体だれが」
「わ、わからないよ。でも、きっと、先輩だと思う。ハルの入学が決まったころから、ハルは大学の先輩のあいだで話題だったみたい……それにハイスクールのときから……ハルは人気者だった……わ、わたしはこのイベントでもっとハルが注目されるようになったらいいと思って、これに参加してみただけ……」
「まあまあ、あんまり彼女のことは責めないであげたほうが」

 ハロルドの口がむっと悪い形に歪んだので、あわてて僕は彼の肩に手をやり、彼とそれからルーシーの中央に無理やり立つ。「それに、いいじゃないか。一年生なのに推薦されるって、すごいことだよ。彼女――ルーシー――も、きみのことを応援してるんならそれでいいだろう? そんなに不服になることないと思うけど」

「アル、ぼくは……」

 そう言って、親に諭された子供のような顔をして、ハロルドは黙った。
 この状況をごまかすように僕があたりを見渡してみると、我が道しか行かないニコラスはもうとっとと飲み物を買いに行ったようで、ちょうどそこの自販機でペプシを買うか缶コーヒーを買うかじっくり迷っている。あいつはマイペースだ、だれよりも。「そうだ、ニコラスにアドバイスしてやろう」僕はニコラスを指差し、「ペプシがいいか、コーヒーがいいか。きみはどっちがいいと思う? 僕はルートビア」 僕の様子に、ハロルドは目を丸くした。それから笑いだして肩をすくめ、「そうだね、ぼくもルートビアがいいと思う」。
 ハロルドに促すように、僕は数歩足を進める。 そんな僕についてこようとしたハロルドだったが、足をとめ、ルーシーの耳元にそっと口を寄せた。
 その仕草には、隙がなく、あでやかだった。
 一言、二言。それは小声だったので、なにを言ったのかはわからなかったけれど、耳元からやさしく口をはなしたハロルドの口元には柔らかい笑みがあったので、きっとルーシーにとっても(彼にとっても)いいことのはずだった。 現に、ハロルドに何かを言われたルーシーは、恍惚としていた。

   ●
「ぼくを低俗にしないでくれるかな」
「ぼくにはこんなくだらない目立ちかたなんか必要ない。するまでもない。それはきみが一番知っているだろ……」
   ●

 一年生なのでしかたがないのだろうけれど、結局、ハロルドはグランプリでも準グランプリでもなかった。が、そのかわりに、一年生が推薦されるのは珍しい、ということで、特別賞を受賞した。日が沈んできたころに広大な中庭に設置された舞台で行われた授賞式(ついでに、推薦者たちの軽い挨拶とか、コメントも)にはもちろん、彼は出るつもりがなかったようだったものの、僕が「恥ずかしいのはわかるけど、せっかくなんだから出てみたら」と言うと、「そうかなあ」と言いつつハロルドはなんだかんだ行ったのだった。

「ぼくは……いくらか投票もしていただいて、こうして特別賞をいただきましたが、それこそ特別な『能力』を持ってるわけではないし、『能力』においては、だれとも変わらないし、ふつうです。ぼくとしては、そこが悲観したいところだけど――」

 マイクを持って、檀上でハロルドが喋る。皆が、静かにハロルドの言葉をきいていた。 授賞式にとくに興味のない様子だったニコラスは、僕をおいてさっさと他の友人たちと合流し、女の子を狩る準備をしはじめに行ってしまった。(つくづく思う。なんて奴だ!)ひとりになってしまった僕は、せっかくだし、暇だし、授賞式をスタンドで傍観することにしたのだった。女の子たちの頭と頭でなかなかハロルドの姿を確認しにくいが、このひとごみの中なんとしてでもハロルドの姿をとらえたいのであろう前の女の子が頭を左右に動かしてくれることでたまに彼のそのマイクを持つ様子を目視できる。

「それでも、今こうしてここに立っているってことは、ぼくにも、なにか魅力の一つや二つがあるんだと知ることができて、もっと自信がつきました」

 そういえば、と、僕はパーカーのポケットに手をやる。ルーシーというあの女の子に渡された、ハロルドを紹介するビラを二つ折にしてここにしまっておいたんだ。

 遠くで、ハロルドが喋る。でも、手元に、ハロルドがいる。
 明らかに盗撮であろう、いつ撮ったのだろうか、ビラの表にはハロルドがどこかへ向かう写真があった。ひょっとしたらそれはただコンビニエンス・ストアにむかうだけだったのかもしれないし、あるいはただの散歩の風景だったのかもしれないけれど、まるでハリウッド・スターのプライベート写真のようにそれは映えていた。

 ――ハロルド・エヴァンズ 二〇XX年 七月十七日 生

 僕は更にプロフィールを読み進める。

「『世界最大のゼネラルコントラクター、《エヴァンス社》社長、ジェイ・エヴァンズの次男であり、』――?」
「そう。ハルはエヴァンズの社長の息子なの……」

 控えめでおとなしい声でだれかに囁かれた。けれど、声のした左のほうを見ると、だれもいなくて――

「ここ、ここです……」

 すこし目線をしたにやると、そこには黒髪のこぢんまりとした頭があった。

「ああ、きみは」

 ビラを持つ僕を見上げているのは、ルーシーだった。ルーシーは身長が低めなので、背が高い僕は、彼女のことを見下ろさなければならない。

「あ、わたし、ルーシー・スペイセク……きみは、ハルの友達の……」
「うん。僕は、アルバート・レイノルズ。よろしく。きみは、ハルとは、前々から友達なの?」「友達っていうか、うん、昔から、えっと、幼馴染っていうとちょっと違う気もするけれど、ハルのことは昔から知ってて、それで……」

 昔からハロルドのことが好きだったんだろうな。僕はそう考えて、「一番前でハロルドのことを見なくてもいいの?」

「うん。いいの」ルーシーは顎をひいた。「やっぱりわたしは、とおくからハルのことを見ていられれば……それで。きょうは、ちょっと、でしゃばりすぎちゃった」
「この、エヴァンズ社、っていうのは」

 エヴァンズ社、知らない? ルーシーはそっと言う。「いろんな分野を手がけてるすごい会社……本当は建設会社なんだけれど、宇宙開発、軍事関係にも力をかしているみたいで、そっちも有名かも……巨大な規模だけれど、株式をまったく公表しなくて、『あくまでも』個人の企業でやってるから、たとえばアペアスポイルなんかと比べたらあまり知名度はないみたい。でも、知る人ぞ知る、ってかんじ、だと思うよ」

「そうなんだ、そんなすごいところの息子なのか、ハロルドは……」どうりで、一般人の雰囲気というものが無いんだ。「それにしても、詳しいんだね」

 僕がルーシーの目を見てそう言うと、ルーシーは目を反らした。

「そ、それは、ハルに関係したことだし……それにわたし、一応、社会学部だから……」

 と、髪をいじって言うルーシーに対して、僕はこう言う。「そんなのはじめて知ったよ。僕も社会学部なんだけれどね」肩をすくめてみせた。
 一応ライトなジョークのつもりだったけれど、ルーシーはなんと返したらわからないようで、「そうだったんだ……」と曖昧な表情をしたまま言った。もちろん、指先は自分の黒い髪の先にそえられたままで。

 突然舞台のほうをみていた周りの生徒たちが一斉に、そして軽快に拍手をし出したので、なんだ、と思って前を見ると、どうやらハロルドが喋り終わったようだった。

「ハルは――ハルはね」譫言のようにルーシーが小さな口を開いて声を出す。「ほんとうにすてきなひと。それはきみもしっているでしょう?」
「ああ」顎を引いて、「初めて会ったときに、すぐに気づかされたよ」
「……しょうじき、わたし、ハルのことを何年もみてきたけれど、いまだにハルがなにを考えているかもわからないし、ハルの心の中や頭の中がどんな造りをしているのかも、想像できない。わたしのシンプルな中身とはまるで違って、ハルの中身は、迷路みたいに複雑だと思うし、その迷路に、ハル自身も迷いこんでいると思う。まだ出口も見つかってないに違いないよ。
 わたし、どれがハルなのかもわからない。わたしにたいするハルが本当のハルなの? それとも、きみにたいするハル? さっき、舞台に立って話していたときのハル? わたしもきみも知らない、ひとりでいるときのハル? わからないの……たまに不安になる……」

 ――わたしが見ているのは、誰なの? って――

 でも。と、ルーシーは続ける。「たしかにハルの像は曖昧だし、わたしが知ってる全部のハルも、虚像かもしれない。そうだとしても、そんな所こそがハルの磁石マグネットだと思う……」「ということは、ハロルドがたとえ『ハイスクールサイエンスコンテストで堂々たる優勝』をしていても、『この大学には首席で入学』していても、ハロルドの魅力は、そういうところや、女の子たちをとりこにするような、だれにでも愛されるような淡麗で自然な容姿をしているところとかでもなく、『ハロルド・エヴァンズ』っていう像そのものにある、と?」
 ビラの一部を読み上げながら、僕は言った。

「うーん……ちょっとむずかしい話になるけど、それで合ってる……と、思う……でもわたしはそこだけじゃなくて、もちろん、子どもみたいな笑顔のハルも好きだし、得意げなハルも、しゅんとしているハルも、堂々としていて、まるでハリウッド・スターみたいなハルも、ハルの碧くて深い瞳も、やわらかくてさらさらした金の髪も。そういうはっきりしたところも、好き……」

 言ってすぐにルーシーはうつむいた。僕に隠したつもりだったのだろうけれど、ルーシーの頬が赤く染まっているのを、僕は見逃さなかった。

「なんというか。応援することにしたよ。きみのことは」

 ハロルドは、だれよりも自分を愛しているのがこの子だってこと、知らないんだろうな。

 僕はビラをまた二つ折にして、またパーカーのポケットへと入れてビラでのハロルド・エヴァンズとは別れを告げる。 ビラにきかなくても、ちょっとハロルドのことで知らないことがあれば、この子にきけばいい。そう思ったから。

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