顔がない子は死体を食らう
顔がない子は死体を食らう
コンクリートに死体を流すよりもそれはある意味合理的で、かつ、損をする人間が死者以外にいなかった。
その死体におけるストーリーは知らない。が、服は着ていなかったし、露出してしまっていた性器を見るに、それは男性だった。なぜ彼が死体になってしまったのか、見当をつけたくもない。
深夜三時。ドがつくほどのこの田舎の森のふもとは、明かりがほとんどなく、唯一ある光は、その男性の死体の横でしゃがみこんでいる、マメノという少女のケータイの光のみだった。
ぼくは、家から片道徒歩三十分のコンビニからの帰り道を歩いていただけで、マメノはちょうどそこでケータイをいじりながら死体と一緒にいただけだった。「なにしてんの」
マメノはぼくが高校生だったころのクラスメイトだ。ぼくは、気軽に彼女に声をかけた。
するとマメノはきだるげにぼくを一瞥し、「おなかいっぱいだからさ、どうしようかと思って、ぼうっとしてた」 ケータイでポケ森をやっていたらしい。
「もう、食べれないのか」ぼくが言う。「うん、時間あけないと……」マメノがいった。
「これ」ぼくは死体を指差す。「全部食べたら、いくらになるわけ?」
「顔面フル整形できるくらい」「食べきれなかったら、どうなるの?」「知らない。死ぬんじゃない? わたしが」「なんでそんな仕事受けたのさ」「お金が欲しかったから」
マメノは大真面目だった。声をきくだけで、わかることだった。
「うーん」マメノは、細い指で頭を掻きむしる。それからぼくのことを見上げた。「出てってよ」
出てってって、おかしな話だ。ここはマメノの場所ではないし、むしろみんなの場所なのだけど。
「わかったよ。べつに、通り過ぎようとしただけだし。たまたまね」
「見ないでほしいの」
見ないでほしい、とは、食べているところを、ということだと思う。
「わかった、わかったから」
また今度。
そう言って、ぼくはその場をあとにした。
今度がいつかはわからなかった。
それから数日後、ぼくはまた、深夜に徒歩で家からコンビニへと向かった。自転車や車を使わないのは、コンビニへ赴くのに単にウォーキングを兼ねたいからだった。とくにコンビニで買いたいものは毎回ない。ぼくはこのウォーキングをただの趣味と日課にしていた。目的地をコンビニにしているだけだ。
コンビニへの道のりには、特になにもない。曇っていない日に、空に一つの月と、無数の星が散りばめられているだけで、あとはなんにも。このあいだはマメノとそれから死体がいたが、あれはたまたまだ。
マメノが死体を食らうことを仕事にしているのは昔から知っていた。けれど誰にも言わなかったし、ぼく以外にそれを誰かが知っている様子もなかったし、だからこそマメノはいまだにここに存在している。彼女の仕事がばれていたら、彼女はいまごろ牢屋の中にいるのだし。
死体を食らうにあたっての彼女の感情とかは、知る由もないし、別に詮索しようともしてこなかった。彼女のやっていることを悪だととらえたこともなかったし、言うべき相手に言うべきか? とも迷ったこともなかった。
小太りな中年男性の店員は、きょうもまた暇だからか堂々と3DSをしていた。それを咎める客は見たことがないし、ぼくだってそうしたことはない。
毎週なんとなくで読んでいる青年誌を立ち読みする。その立ち読みだって、誰にも咎められないので、ぼくは堂々とする。 すると、コンビニの自動ドアが開いて、ピンポン、と軽快な音が鳴り、誰かが中に入ってきた。
無意識に人が入ってきた方に目をやる。クマのぬいぐるみが一体プリントされた黒のハイネックのパーカー(たしかこれ、どっかのブランドの)に、赤い唇。ショートパンツから伸びる脚は細く、白かった。 マメノだ。
「あれ、またいんの? 哲夫」
ぼくの名前は哲夫とは程遠いが、マメノは昔からぼくのことをなぜかそう呼んでいる。「奇遇だね、昨日から」読んでいた青年誌を棚に戻し、両手をスウェットのポケットに突っ込んでマメノを見つめた。
「ていうかさ、このあいだ会ったの、数年ぶりだったんだよね」「そうだね」
マメノの話し方は、このあいだよりはマメノらしいものだった。このあいだの彼女は、きっと不機嫌だったに違いない。
高校時代、すごく仲がよかったわけでもないし、それでも、こないだは気軽に声をかけたけど――ブランクがあったのもあって、そこから会話は途切れてしまう。
少しだけマメノはぼくのことを見つめたけど、すぐに恥ずかしそうに目を背けてしまった。
日本人離れしたアップノーズの鼻は、きれいだ。並行の二重も。顎のラインもシャープで、人形のよう。まつ毛も長く、目頭もちゃんと切れていて、蒙古ひだはない。
マメノが高校生のときこんな顔だったかはどうしても思い出せないが、とにかく今のマメノは「かわいくなった?」マメノがぼそりとぼくに言った。
唐突だったので、ぼくは驚いたがちゃんと「うん」とうなずき、「かわいいよ」。 それから、また無言が生まれる。お互い、去ればいいのに、そこから微動だにしない。
今度はぼくから口を開く。「なにか買いにきたの?」「うん、お菓子……」「そっか」「……哲夫は?」「ぼくは、とくに……散歩がてら、よく来るんだよね」「そっか」
言って、マメノはぼくから離れる。お菓子を選ぶらしかった。なんとなくで、ぼくは彼女についていく。
「哲夫チョコ好きだよね」「うん。スナック類よりは」「じゃあチョコ買ってこ」 マメノは、数種類のチョコを購入した。 マメノのレジ袋を持ってやって、ぼくらは自然とふたり揃ってコンビニを出る。「ずっと、元気してた?」
真っ暗な夜道を歩きながらぼくが彼女にきくと、彼女は「うん」と明るめに行って、「元気だったよ。哲夫は?」「ぼくは、まあまあ……このあいだは、だいじょうぶだった?」「うん、結局」
コンビニからの道をこの時間に誰かといっしょに歩くのは初めてだった。「危ないから、送ってくよ」
近くだから、マメノの表情はわりとよく見えた。送ってく、と言ったぼくに対して、マメノは嬉しそうにぼくの顔を見上げて「ありがと」とそれだけ言った。
そこらへんで死体を食う女の子に「危ないから」というのも、なんだかへんなかんじがしたけど。
「ふしぎだね」マメノが先に言う。「いっしょに帰るの」
「そうだね。どこかにいっしょに帰るの、はじめてだしね」
きょうも空は曇っていなくて、月ひとつと、無数の星があった。マメノはしばらくそれを見続けて、なにか言いたそうにして、口を開きかけて、また黙って――を何回か繰り返したのちに、やっと口を開いた。
「高校生のころ、哲夫のこと、好きだったの」
「あ」
予想外のことを言われて、ぼくは言葉をのむ。けれど、黙っちゃいけないと思ったから、「本当に? 今、久々に会って、ノリで言ってるとかじゃなくて?」
「ううん。本当に」
マメノは今、この田舎に残って、わざわざ一人暮らしをしているらしかった。それはぼくもそうだけど。マメノの住んでいるところは、コンビニから徒歩三十分くらい、という点も現在のぼくの状況とあまり変わりがない。どちらかといえば古めのアパートの、一階の一室だった。
ドア前でばいばいするつもりだったのに、マメノが「お菓子食べようよ」と言ったことから、ぼくはマメノ宅にお邪魔することになった。
「お菓子食べてていいよ」
お風呂入ってくる。マメノはそう付け足して、ひとりバスルームへと向かってしまった。
部屋の真ん中に座り込み、あたりを見渡して、まず目についたのは小さ目の本棚にある卒業アルバムだった。これと同じものを当然ぼくも持っているが、そういえば卒業してから一度も目を通したことがない。 失礼します、ごめんなさい、と思いつつ、ゆっくりと卒業アルバムを手に取る。
ぼくとマメノは、7組。ぱらぱらとめくっていき、7組のページを見た。
しかし、マメノの顔を確認しようとしたものの、彼女の名前の上にある顔写真は、黒いマジックでぐりぐりと塗りつぶされた跡があって、昔の彼女の顔を思い出すことは、不可能になってしまった。
あきらめて他のページまでめくっていると、ページとページの間に写真が一枚挟まっている。
ぼくがうつった写真だ。修学旅行のときの。制服姿。どっかの銅像の前で男女と一緒にうつっていて、ぼくは口をイーッとして笑っていて、何人かの女子に囲まれている。その手前に数人男子がいた。
その中に、マメノはいない。
「ねー、なにやってんの」
風呂にいったはずのマメノが戻ってきて、じとりとぼくのほうを見ていた。「あ、ごめん、懐かしいなと思って、つい」
マメノがきまずそうにぼくが持っていた卒業アルバムを取り上げて、閉じ、本棚にしまう。「引いた?」
うるんだ目で彼女はぼくに問いかけた。
「いや。懐かしいなあ、なんで持ってんだろうな、くらいに思った」
「もらったの。他の子に……」
「なるほどね」
マメノがぼくの隣に座り込む。「だめ?」
「べつにだめじゃないよ」
マメノの顔をのぞきこむと、泣きそうになっていた。目に涙がたまっていて、下唇をかんでいる。「がんばったの、わたし、あれから……だから、会えてうれしい」そう。たまたまだったんだけどね。
ぼくはマメノの冷たい両頬を両手で包んで、自分の唇と彼女の唇を重ねた。
ぼくはマメノの写真を一枚も持っていない。自宅に戻ったときに、自分の卒業アルバムを見てみたけれど、ぼくの卒業アルバムのマメノの写真も同じくマジックで塗りつぶされていた。もちろん、ぼくはそんなことをしていないし、記憶が正しければ、本当に卒業してから一度も開いていないのだ。他のページにも、マメノは一切うつっていなくて、名前だけがクラスのページにのっているだけだった。
マメノはもう死体を食わなくてもいいらしい。
理由をきいてみたものの、なぜなのかは一切教えてくれなかった。ただ、マメノはすごく嬉しそうだった。
マメノとぼくはいっしょに暮らすことになった。
帰り道に、ぼくとマメノの他に、知らない男の死体がある、なんてことはもうないわけで、ぼくはひとまず安心だ。
まあ一番安心しているのは、ぼくじゃなくて、マメノのほうなんだと思うけど。 
その死体におけるストーリーは知らない。が、服は着ていなかったし、露出してしまっていた性器を見るに、それは男性だった。なぜ彼が死体になってしまったのか、見当をつけたくもない。
深夜三時。ドがつくほどのこの田舎の森のふもとは、明かりがほとんどなく、唯一ある光は、その男性の死体の横でしゃがみこんでいる、マメノという少女のケータイの光のみだった。
ぼくは、家から片道徒歩三十分のコンビニからの帰り道を歩いていただけで、マメノはちょうどそこでケータイをいじりながら死体と一緒にいただけだった。「なにしてんの」
マメノはぼくが高校生だったころのクラスメイトだ。ぼくは、気軽に彼女に声をかけた。
するとマメノはきだるげにぼくを一瞥し、「おなかいっぱいだからさ、どうしようかと思って、ぼうっとしてた」 ケータイでポケ森をやっていたらしい。
「もう、食べれないのか」ぼくが言う。「うん、時間あけないと……」マメノがいった。
「これ」ぼくは死体を指差す。「全部食べたら、いくらになるわけ?」
「顔面フル整形できるくらい」「食べきれなかったら、どうなるの?」「知らない。死ぬんじゃない? わたしが」「なんでそんな仕事受けたのさ」「お金が欲しかったから」
マメノは大真面目だった。声をきくだけで、わかることだった。
「うーん」マメノは、細い指で頭を掻きむしる。それからぼくのことを見上げた。「出てってよ」
出てってって、おかしな話だ。ここはマメノの場所ではないし、むしろみんなの場所なのだけど。
「わかったよ。べつに、通り過ぎようとしただけだし。たまたまね」
「見ないでほしいの」
見ないでほしい、とは、食べているところを、ということだと思う。
「わかった、わかったから」
また今度。
そう言って、ぼくはその場をあとにした。
今度がいつかはわからなかった。
それから数日後、ぼくはまた、深夜に徒歩で家からコンビニへと向かった。自転車や車を使わないのは、コンビニへ赴くのに単にウォーキングを兼ねたいからだった。とくにコンビニで買いたいものは毎回ない。ぼくはこのウォーキングをただの趣味と日課にしていた。目的地をコンビニにしているだけだ。
コンビニへの道のりには、特になにもない。曇っていない日に、空に一つの月と、無数の星が散りばめられているだけで、あとはなんにも。このあいだはマメノとそれから死体がいたが、あれはたまたまだ。
マメノが死体を食らうことを仕事にしているのは昔から知っていた。けれど誰にも言わなかったし、ぼく以外にそれを誰かが知っている様子もなかったし、だからこそマメノはいまだにここに存在している。彼女の仕事がばれていたら、彼女はいまごろ牢屋の中にいるのだし。
死体を食らうにあたっての彼女の感情とかは、知る由もないし、別に詮索しようともしてこなかった。彼女のやっていることを悪だととらえたこともなかったし、言うべき相手に言うべきか? とも迷ったこともなかった。
小太りな中年男性の店員は、きょうもまた暇だからか堂々と3DSをしていた。それを咎める客は見たことがないし、ぼくだってそうしたことはない。
毎週なんとなくで読んでいる青年誌を立ち読みする。その立ち読みだって、誰にも咎められないので、ぼくは堂々とする。 すると、コンビニの自動ドアが開いて、ピンポン、と軽快な音が鳴り、誰かが中に入ってきた。
無意識に人が入ってきた方に目をやる。クマのぬいぐるみが一体プリントされた黒のハイネックのパーカー(たしかこれ、どっかのブランドの)に、赤い唇。ショートパンツから伸びる脚は細く、白かった。 マメノだ。
「あれ、またいんの? 哲夫」
ぼくの名前は哲夫とは程遠いが、マメノは昔からぼくのことをなぜかそう呼んでいる。「奇遇だね、昨日から」読んでいた青年誌を棚に戻し、両手をスウェットのポケットに突っ込んでマメノを見つめた。
「ていうかさ、このあいだ会ったの、数年ぶりだったんだよね」「そうだね」
マメノの話し方は、このあいだよりはマメノらしいものだった。このあいだの彼女は、きっと不機嫌だったに違いない。
高校時代、すごく仲がよかったわけでもないし、それでも、こないだは気軽に声をかけたけど――ブランクがあったのもあって、そこから会話は途切れてしまう。
少しだけマメノはぼくのことを見つめたけど、すぐに恥ずかしそうに目を背けてしまった。
日本人離れしたアップノーズの鼻は、きれいだ。並行の二重も。顎のラインもシャープで、人形のよう。まつ毛も長く、目頭もちゃんと切れていて、蒙古ひだはない。
マメノが高校生のときこんな顔だったかはどうしても思い出せないが、とにかく今のマメノは「かわいくなった?」マメノがぼそりとぼくに言った。
唐突だったので、ぼくは驚いたがちゃんと「うん」とうなずき、「かわいいよ」。 それから、また無言が生まれる。お互い、去ればいいのに、そこから微動だにしない。
今度はぼくから口を開く。「なにか買いにきたの?」「うん、お菓子……」「そっか」「……哲夫は?」「ぼくは、とくに……散歩がてら、よく来るんだよね」「そっか」
言って、マメノはぼくから離れる。お菓子を選ぶらしかった。なんとなくで、ぼくは彼女についていく。
「哲夫チョコ好きだよね」「うん。スナック類よりは」「じゃあチョコ買ってこ」 マメノは、数種類のチョコを購入した。 マメノのレジ袋を持ってやって、ぼくらは自然とふたり揃ってコンビニを出る。「ずっと、元気してた?」
真っ暗な夜道を歩きながらぼくが彼女にきくと、彼女は「うん」と明るめに行って、「元気だったよ。哲夫は?」「ぼくは、まあまあ……このあいだは、だいじょうぶだった?」「うん、結局」
コンビニからの道をこの時間に誰かといっしょに歩くのは初めてだった。「危ないから、送ってくよ」
近くだから、マメノの表情はわりとよく見えた。送ってく、と言ったぼくに対して、マメノは嬉しそうにぼくの顔を見上げて「ありがと」とそれだけ言った。
そこらへんで死体を食う女の子に「危ないから」というのも、なんだかへんなかんじがしたけど。
「ふしぎだね」マメノが先に言う。「いっしょに帰るの」
「そうだね。どこかにいっしょに帰るの、はじめてだしね」
きょうも空は曇っていなくて、月ひとつと、無数の星があった。マメノはしばらくそれを見続けて、なにか言いたそうにして、口を開きかけて、また黙って――を何回か繰り返したのちに、やっと口を開いた。
「高校生のころ、哲夫のこと、好きだったの」
「あ」
予想外のことを言われて、ぼくは言葉をのむ。けれど、黙っちゃいけないと思ったから、「本当に? 今、久々に会って、ノリで言ってるとかじゃなくて?」
「ううん。本当に」
マメノは今、この田舎に残って、わざわざ一人暮らしをしているらしかった。それはぼくもそうだけど。マメノの住んでいるところは、コンビニから徒歩三十分くらい、という点も現在のぼくの状況とあまり変わりがない。どちらかといえば古めのアパートの、一階の一室だった。
ドア前でばいばいするつもりだったのに、マメノが「お菓子食べようよ」と言ったことから、ぼくはマメノ宅にお邪魔することになった。
「お菓子食べてていいよ」
お風呂入ってくる。マメノはそう付け足して、ひとりバスルームへと向かってしまった。
部屋の真ん中に座り込み、あたりを見渡して、まず目についたのは小さ目の本棚にある卒業アルバムだった。これと同じものを当然ぼくも持っているが、そういえば卒業してから一度も目を通したことがない。 失礼します、ごめんなさい、と思いつつ、ゆっくりと卒業アルバムを手に取る。
ぼくとマメノは、7組。ぱらぱらとめくっていき、7組のページを見た。
しかし、マメノの顔を確認しようとしたものの、彼女の名前の上にある顔写真は、黒いマジックでぐりぐりと塗りつぶされた跡があって、昔の彼女の顔を思い出すことは、不可能になってしまった。
あきらめて他のページまでめくっていると、ページとページの間に写真が一枚挟まっている。
ぼくがうつった写真だ。修学旅行のときの。制服姿。どっかの銅像の前で男女と一緒にうつっていて、ぼくは口をイーッとして笑っていて、何人かの女子に囲まれている。その手前に数人男子がいた。
その中に、マメノはいない。
「ねー、なにやってんの」
風呂にいったはずのマメノが戻ってきて、じとりとぼくのほうを見ていた。「あ、ごめん、懐かしいなと思って、つい」
マメノがきまずそうにぼくが持っていた卒業アルバムを取り上げて、閉じ、本棚にしまう。「引いた?」
うるんだ目で彼女はぼくに問いかけた。
「いや。懐かしいなあ、なんで持ってんだろうな、くらいに思った」
「もらったの。他の子に……」
「なるほどね」
マメノがぼくの隣に座り込む。「だめ?」
「べつにだめじゃないよ」
マメノの顔をのぞきこむと、泣きそうになっていた。目に涙がたまっていて、下唇をかんでいる。「がんばったの、わたし、あれから……だから、会えてうれしい」そう。たまたまだったんだけどね。
ぼくはマメノの冷たい両頬を両手で包んで、自分の唇と彼女の唇を重ねた。
ぼくはマメノの写真を一枚も持っていない。自宅に戻ったときに、自分の卒業アルバムを見てみたけれど、ぼくの卒業アルバムのマメノの写真も同じくマジックで塗りつぶされていた。もちろん、ぼくはそんなことをしていないし、記憶が正しければ、本当に卒業してから一度も開いていないのだ。他のページにも、マメノは一切うつっていなくて、名前だけがクラスのページにのっているだけだった。
マメノはもう死体を食わなくてもいいらしい。
理由をきいてみたものの、なぜなのかは一切教えてくれなかった。ただ、マメノはすごく嬉しそうだった。
マメノとぼくはいっしょに暮らすことになった。
帰り道に、ぼくとマメノの他に、知らない男の死体がある、なんてことはもうないわけで、ぼくはひとまず安心だ。
まあ一番安心しているのは、ぼくじゃなくて、マメノのほうなんだと思うけど。 
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