ココロ戦記

罪野まい咲

空模様のココロ(1)


 「晴れ時々曇り、降水確率は20%です。概ね晴天ですが、近づきつつある低気圧により・・・」

 今朝の気象予報士の淡々とした台詞を思い出しながら、ヒメは空を眺めていた。空は快晴とは言えないが、雲は少なく、蒼く深い天蓋の中に一点の眩い光源がいっそのこと鬱陶しいぐらいに照りつけている。

 窓の縁に肘をついて空を見上げる彼女は千霊塚 ヒメ《ちりづか ひめ》。私立燦暁さんぎょう特位高等学校の2年生である。
 大きく確り開いた目と細くも凛とした眉が彼女の柔和で朗らかな性格だが、ハッキリとした意志を持った内面を著している。

 周囲には、仲間内とお喋りに花を咲かせている者、未だにノロノロと昼食を食べている者、忙しそうに行き来している者や校庭に向かって叫んでる者と、何処とでも同じ様な昼休みの光景が広がっている。
 ヒメ自身も早々に昼食を済ませて、先程からのんびりといつもと似た空を見上げていたのだ。

 ガヤガヤと姦しい雰囲気のなか、広大な校内中に鐘の様な高い機械音がこだまする。
 始業の予鈴を聞いた生徒たちが続々と各々が所属する学級の教室へと戻っていく。
  
<a href="//20359.mitemin.net/i229493/" target="_blank"><img src="//20359.mitemin.net/userpageimage/viewimagebig/icode/i229493/" alt="挿絵(By みてみん)" border="0"></a>

 ヒメもしなやかな身体を反転させて、『2-A2』と書かれた札の掛かった教室へと入り、真っ直ぐと窓際に在る自分の席に着いた。

 暫くして、教員が入って来て、始業の挨拶から授業が始まった。教科は歴史的現代史。この世界の成り立ちと営みを振り返る学問だ。
 教卓の横に立った老教師は一見すると禿頭で光を放つ滑稽な様だが、ガタイは良く、険しい顔をし、鋭い目で頭が霞む程の以上の眼光を放っている。
 

「今日は17日か。17番は・・・錦若にしわか、基礎の復習だ。儂からの質問に答えぃ。」


 呼ばれた男子生徒 錦若 まがな《にしわか まがな》が背筋を張って立つ。


「歴史記録の始まりは、いつじゃ?」 

「人らしき者が存在したとして記録が在るのは約90000年前、明確な文化が根付き、人史が確立したとして記録されだしたのは3564年前からです。其処から紀年され始めました。」

「今と違う紀年法が在ったはずじゃが、前に在った紀年法と変えられた理由は?」

「『西暦』という紀年法が使用されてました。次に『改創暦』が使われてます。
 理由は、西暦時代に在った人種の定義が現在の定義と異なるからです。
 現在は『第46次法暦』になっています。また、その時に人間の起源も見直されました。」


 錦若は正確に忠実に教えられた通りの内容を答える。老教師は頷き、次に左隣の生徒に立つように指示した。


「人種の定義とは、何じゃ?」

「え、と、“自己の意思によって、自由に思考活動を行える存在”?ッス。」

「現在は大雑把に分けて何種類の人種が在るか?」

「えぇ、と、“普源人種ノヌラーチェ”、“高能力人種ワァロラーチェ”、“多形人種ムゥチラーチェ”、“特異能人種イジョラーチェ”の4種類ッスか?」

「なら、普段は何と呼んでおるかは分かるか?」

「“オリジン”、“ファイター”、“フリーク”、“アナザー”ッス。」

「ん、間違いがあるな。分かる奴。」


 老教師の顔に少し歪んだシワが寄った時、長身痩躯で青縁の眼鏡をかけた男子生徒が手を挙げた。


「“化け物フリーク”は“能無しユースレス劣等種レッサー”、“狂人ルナティック”、“非人アウター”同様に差別用語であり、正しくは“ヴェリアス”が適当です。」


 眼鏡の男子生徒が沈着な態度で発言をする。先程の生徒の注意は既に他所へと移っている様だが。


「よし。差別用語は覚えていても使うなよ。それが引き金になった諍いはごまんとある。特に多形人種は敏感じゃからのぉ。」


 そう言いながら老教師は席の間を縫って、先程の生徒の頭にゲンコツを落とした。

 そう。元々は空想上の存在として、“非科学的存在”だの“迷信”だのと、多形人種は実存したにも関わらず無意識の内に一方的な迫害を受け続けたのだ。一部の特異能人種も同様に忌むべき存在として扱われていた。

 この世界で最も多いのは普源人種である。
 彼等は他種族と比べて、此と言った特筆すべき特徴を有していない。また、部分的に不寛容な考えも多く、理解の及ばない相手を執拗に毛嫌いし、無いものとする風潮が在った。

 「他種族は一切抵抗しなかったか?」と訊かれれば、それは否だ。

 しかし、“数”とは曖昧なくせに強大で無責任だ。
 嘗ての普源人種の大多数は、この“数”という存在を軽視しており、徒に用い続けたのだ。

 更に、殆んど外見の差異がなく、シンプルな性能が秀でている高能力人種は普源人種の中の英雄や偉人として祭り上げられていた。

 総数として最も多いのは先の通り普源人種であり、それに次ぐのは多形人種だ。(多形人種はグレーゾーンが広い為、それら全てを含めれば圧倒的なのだが)

 しかし、その当時では、其の中でのわだかまりや隔たり、そして同人種として認識していない事で連携・協力というものは皆無に等しかった。(そもそも多形人種という括りも他に当てはまらない・明らかに外見が異なるという理由が念頭に在るのだが)

 何れにせよ他種族の抵抗は普源人種と高能力人種の圧倒的な“数”の力によって当時の記録からも記憶にも留められる事なく弾圧された。
 それ故に二種族は数千年以上に亘って無意識的・意識的差別を受け続けたわけだ。

 まぁ、多形人種による反乱闘争が激化していれば、軍配がどちらに上がろうと双方以外にも被害が及び世界全土が壊滅状態寸前なのは必須だった為、結果的には良かったという事になるわけだが。

 その後、皮肉というべきか普源人種の技術と知恵、概念の進捗によって、彼等の意思ある生命体としての実存が証明・認識される様になった。また、多形人種側も武力による好戦的な対応ではなく、弁論と交渉を重ねる事で正当且つ対等な立場を確立する事を実現したのだ。
 
 更には、地球外の知的生命体の存在の確認と彼等との意思疎通の実現も同時期に起こっていた。

 それが『改創暦』成立の経路である。
 今現在では、それすらも改められ錦若の言った『第46次法暦』によって記録されている。

 これが成立する切っ掛けとなったのが・・・


「“界廊”の開通による“穿孔”の出現、“離界”の存在の発覚じゃな。」


 居眠りする生徒の頭を叩いて、老教師が言う。
 いつの間にか話の内容は今日習うべき予定だった処に入っていたようだ。

 窓から通る少し湿気を帯び始めてきた風が艶のある薄桜色の髪をそっと撫でている。彼女が始終首に巻いている薄手のロングマフラーも合わせるかの様にゆったりと揺れている。

 昼過ぎである事と窓際に居る事のせいで、珍しく澄んだ京紫の瞳を隠そうとする瞼にヒメは抗っていた。

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