野生でもお嬢様は育ちますか?
お嬢様の喜怒哀楽
私は、目の前の赤茶けた物体を恐る恐る突いてみます。すると、突いた瞬間プルルンとあたかもくすぐったいと言わんばかりにソレは体を震わせました。何と表現したらいいのか、その姿をみて胸がキュンと締め付けられるような、これは……この胸の奥から芽生えてくる感情は愛おしいと言えば良いのか。
「か…かわいいですね。これ!」
「!! そうでしょう!いや~ツユコさん!あなたは本当に素晴らしい!このスライムの愛らしさがわかるだなんて!」
「ええ。ええ!わかりますよ!プロイさん!この原始的な体!自らの意思を表現することすら困難なこの体で沢山の情報を私たちに伝えようとしてくれています!すごく……尊い生き物ですよね!」
「おお~!素晴らしい!まさに私も同意見です!これから私たちは同士です!よろしくお願いしますね」
そう言い、プロイさんは手を差出してきました。私はその手をしっかりと掴むと固い握手を交わします。
「ええ~、そうかぁ?これが可愛いか?」
私とプロイさんが鉄錆スライムについて熱く語っていると、粗野な手つきで私の手の中からむんずとスライムを掴み取ります。
「ああ!返してください!私のスラちゃん!」
「スラちゃんて……名前まで付けたのかコレに!しっかし可愛いかぁコレ?……わかんねえな!全然わからん!むしろ動物の臓物みたいで気味が悪いまであるぞコレ!しかもなんかヌルヌルしてるしなっと!」
そう言ってゴルデさんは鉄錆スライムを畑の奥へポイっと投げ捨てました。
「ああっ!私のスラちゃんがぁ!」
ゴルデさんの手から放たれたスライムの体は粘液をまき散らせながら、傾き始めた日の光にさらされキラキラと輝いています。そしてその姿が私には少し泣いている様にも見えました。
スラちゃん……
スローモーションに宙を舞うスラちゃんがオタスケーと言っているようにも見え、あんな乱暴にスラちゃんを投げ放ったゴルデさんに沸々と怒りがこみ上げてきます。
「ゴルデさんひどいですっ!なんでスラちゃんにそんな乱暴するんですか!」
「なっ!?ツユコ!?俺はただ……」
「もう知りません!」
「おやおや。嫌われてしまいましたねー、ゴルデ」
「うおー!!!ツユコォォ!俺を嫌いにならないでくれぇぇ!」
私がフルフルと震えながら差し出されるゴルデさんの両の腕を拒否しそっぽを向くと、ゴルデさんは膝を崩し項垂れながら咽び泣きだしました。それをニヤニヤと底意地の悪い顔で慰めるプロイさん。
ええー…これって大人の本気泣き……何もそこまで泣かなくても。なんだか少し可哀そうになってきました……いや!しかしですよ!悪いのはゴルデさんであってここで簡単に許してしまっては……
私が大人の本気泣きを見せられて良心の呵責に苛まれていると左足にひんやりとした感覚が訪れ、その感覚を追って目を向けると、先程ゴルデさんに遠くに投げられてしまったスラちゃんが必死によじ登ろうとくっ付いていました。
キュン……
もしかしたら私たちは、どこか心の奥底で通じ合っているのかもしれません。私は感動のあまりスラちゃんを手に取りジッと見つめます。すると何かを感じ取ったのか私の視線に合わせるようにスラちゃんはそのつぶらな瞳……はありませんがつぶらな?核でこちらを見つめ返してきました。
んん~~!?これは……本当に私を見ているんでしょうか?
何だか訳が解らなくなってきました。しかし、その物言わぬスラちゃんがあの髭モジャを許しておやりなさいと言っているような気がします。ああ、なんと慈悲深いスラちゃん!私はあまり信心深い方ではありませんがスラちゃんの事は信じられる気がします!そうですよ!何事も許す心から始まるのです。
「ツユコちゃ~ん。お父さんなんか気持ち悪い泣き方してるけどどしたの?」
「あっ、ミウイちゃん。聞いてくださいよ!おじさんがスラちゃんに……乱暴したんです。だからその……」
私がミウイちゃんにチクチク行為をすると、ミウイちゃんはぼーっとおじさんを眺め、なんだか得心がいったように頷きました。
「ああ~うん、なんとなく予想がついたよ!それでこんなに面白い事になってるんだね~!ところでスラちゃんって?」
「ええ!この子です!」
ミウイちゃんならこの子の可愛さをきっと分かってくれると思い、得意満面に私自慢のスラちゃんを見せます。
「どうです!この子ゴルデさんに投げられてもちゃんと私の所に戻ってきたんですよ!凄くないですか?とっても可愛……」
「ああ!それ知ってる!畑にいる気持ち悪いやつでしょ!」
ガーン!きもち……わるい……
ミウイちゃんの衝撃の一言に目の前の景色がユラユラと滲み、あまりのショックに言葉にも口に出来ず、只々目の前のミウイちゃんを見つめます。
「わわっ!?ツユコちゃん急にどうしたの!?」
私は今どのような顔をしているのでしょうか。目の前のミウイちゃんは何が起こったのか解らず困惑し、動揺を隠しきれないまま私を慰めようとしてくれています。
あ、あれ?なぜでしょう……鼻の奥がツーンとしてきました。足にも力が…入りません。
そうしてゆっくりと私は膝から崩れるように地面に手をつきしゃがみ込みました。地面を見つめると中心より右側にだけ、ぽたりぽたりと大きな雫の粒が零れ落ちては土の中へと染み込んでいきます。
♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦
「おーいミウイ!やっと母さん達から解放されたぜ……ってどうなってんだこれ?」
今、俺の目の前には悪魔ですら裸足で逃げ出すであろう地獄絵図が広がっていた。あのゴルデおじさんが涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにして膝を抱えながら嘔吐き、その横で父さんが腹を抱え笑い転げている。あんな父さんは今まで一度も見たことがない。勿論ゴルデさんもだが……若干引いた。一方此方ではツユコが項垂れるように泣き、ミウイが必死に慰めていた。
「え?なにこれ?」
「あっ!ペリト丁度良いところに来た!お願いたすけて!私にもなにがなんだか解らないのよ!」
「どう見ても丁度良くはねぇだろ!助けてって……なんかすげぇ嫌だ」
「そんなこと言わないでお願い!ねっ?」
卑怯だ……そんな可愛い顔で言われたら断れる訳ないだろ!
「はぁ…しょうがねぇなぁ。で、まずは父さん達だな。あれはどういう状態なんだ?すげぇ気持ち悪いことになってるんだが」
「うーん、どういう状態かは解らないけど、アレに至る原因はどうやらお父さんがツユコちゃんの嫌がることをして嫌われたみたいよ?」
ははーん、なるほどな。つかだからって普通、大の大人があんなにもみっともなく泣くか?てか、おじさんの髭に鼻水が垂れてピカピカに光ってるぞ……すげぇきたねぇ……。ん?なんかおじさんがブツブツ言ってんな
おじさんが、かすれそうな声で何かを呟いているので耳を澄ませて聞いてみる。
「ツユコニキラワレタクナイツユコニキラワレタクナイツユコニキラワレタクナイツユコニキラワレタクナイツユコニキラワレタクナイツユコニキラワレタクナイツユコニキラワレタクナイツユコニキラワレタクナイツユコニキラワレタクナイツユコニキラワレタクナイツユコニキラワレタクナイツユコニキラワレタクナイツユコニキラワレタクナイツユコニキラワレタクナイツユコニキラワレタクナイツユコニキラワレタクナイ………」
怖っ!!ありゃもう駄目だな。きっと今頃、絶対に這い上がれないであろう深い谷底に落ちたような気分だろうさ。スマンおじさん……精々穏便に成仏してくれっ!つうか父さんも父さんであんたには慈悲って物がないのかっ!あんなに大笑いして、自分だって同じ目にあったら絶対泣くくせに!まぁ、あの二人は放っておいても大丈夫だな。気持ち悪いから関わらないでおこっと!さて……という事は問題はこっちのツユコか…
「でだミウイ!ツユコはいったいどうして泣いてるんだ?」
「わかんない!」
「わかんないって……おじさんが泣いてる理由はツユコに嫌われたからなんだろ?なら、ツユコが泣く理由はあんまりないと思うんだけど」
「うん、さっきまでは元気だったよ!」
「は?元気だったのに急に泣き出したのか?」
「うん。なんかツユコちゃんがウニョウニョのやつ、あっいたいた!これを見せてきたのよ!」
「うん?あぁ~、鉄錆スライムか!これをツユコがねぇ」
「そそ!で、私の所に戻ってきた!とか、すごく可愛いっ!とかって言ってたのよ」
「可愛いねぇ……なんか父さんと同じこと言ってんな」
「だから私ね、これ気持ちが悪いし……」
ビクッ
「見たことあったから気持ち悪いやつでしょって教えてあげたの!そしたら急に泣き出しちゃって……」
ビクビクッ
ん?今ツユコの体が少し跳ねたような……気のせいか?
「お前、気持ち悪いっていったのかよ!」
ビクン!
んんん!?
「きも……」
ビクンビクン!
なんか気持ち悪いって言葉にツユコが尋常ではない反応を示すんだがっ!これって…
「どう見てもミウイ、お前のせいじゃねーかっ!」
「ええー!?なんで!?」
「だーかーらー!ツユコは鉄錆スライムの事を可愛いと本気で思ってたんだよ!それなのにミウイがその……ンンン悪いなんて言うからショックを受けたんだろっ!」
「ああっ!そういう事か!私がアレを気持ち悪いって言ったからツユコちゃん泣いちゃったんだね!」
ビクン!ヘニョォ~……
あわわわわ!さっきまで懸命に生きようと頑張っている花みたいだったのに……とうとうツユコが枯れ草みたいになっちまった。まさかミウイのやつ、ワザとやってるんじゃ……いやいやそれはないな。ミウイは無邪気の塊みたいなやつだから。まぁそっちの方が質が悪いけど……にしたってこのままじゃ……
「お、おい……ミウイ、それ以上言うとツユコが泣きすぎて干からびちまうぞ!早く謝っとけって」
「あっ!やだ私ったら!ごめんねツユコちゃん!」
「……」
反応なしか……
「ねぇツユコちゃん!許してくれたら私ツユコちゃんの為になんでもしちゃうよっ!」
ピクッ
おっ少し反応した!なら俺も手助けするか!てか、ツユコも意外と単純な奴だな!
「あのなツユコ、世の中にはミウイみたいな考えの奴もいるさ!でもさ、世界は広いんだぜ。ツユコと同じ考えの奴もいるんじゃねぇか?うちの父さんみたいに。な?だからもう許してやれって」
俺がそう諭すと今まで地面に顔を伏せていたツユコがゆっくりと顔を上げ俺を見た。顔には土くれが付き汚れてしまっている。一つしかない目は赤く腫れ上がり少し鼻水も垂れているけれど、その精悍な顔立ちと宝石の様に美しくも鈍色の深淵を覗いているかの様に不安にさせ…黒い瞳が……俺を…飲み込み……捕らえて……放さ…ない…
「では……」
ハッ!?今俺は何を……ツユコが何か喋ったか?
「ん?なんだ?」
「では、ペリト君は私のスラちゃん可愛いですか?」
気のせいか、なんだか意識だけ何処かに…
「ん……それは……えっとそうだなー……」
か、可愛いか?これ。いやいや、でもだ!此処は可愛いと答えておけば丸く収ま……しかしこれは……
目の前でウニョウニョと奇天烈な動きをする生き物に困惑しすぐに答えられずにいると、……やっぱりと言ってツユコの目にまた涙が溜まり始める。
ヤバいッ!
「ああっ!めっちゃくちゃ可愛いなこれ!俺は好きだぞ!この赤い所とか最高だな!」
「で……ね」
「えっ?」
「ですよねっ!素晴らしいです!ペリト君なら絶対分かってくれると信じていましたっ!でも確かに感性というのは人それぞれですよね!ミウイちゃんごめんなさい!私ったら急に泣き出して、なんだか恥ずかしいです!」
そう言い、ツユコの顔を覆っていた陰りはパァーっと晴れ、眩しいほどの笑顔に変わっていた。
ミウイも偶にあるけどさ~この変わり身の速さ、女って怖すぎるだろっ!
「ツユコちゃん!いいの!私が悪かったんだから!許してくれる?」
「いいえ、悪いのは私です!だから許すもなにもないです!」
「ツユコちゃん…」
「ミウイちゃん…」
二人はそう言ってお互い両手で熱い握手を交わしていた。
くっそ、なんだこれっ!!俺の苦労はっ!?
そしてこの後、復活したゴルデおじさんも交えて、暴走した父さんとツユコによってスライムが如何に素晴らしいかを延々と聞かされる羽目になった。
~ちょっとこ小話~ 語り手:???
あの後、露子お嬢様はパメラさんとマーサさんにも「スライム可愛いでしょ?」と聞いていらっしゃいました。
結果は、パメラさんは少し苦手とのこと。やはりあの独特の動きと何を考えているのか解らないところが怖いらしいです。ウンウン私も少しわかります。
マーサさんは好きでも嫌いでもないみたいでした。可愛いと言われればどことなく可愛い気もしなくはないらしいです。
最後に露子お嬢様大好きっ子のチル様に尋ねると、「それおいしい?ツユコお姉ちゃん!」と仰っていましたね。なんとなく結果は皆さまも分かっていたんじゃないでしょうか?最早テンp……なんでしょう?
只、その返答に対して露子お嬢様が「チルちゃん。この子は食べられませんよ~。うふふ、チルちゃんに聞いた私が間違ってました」と仰られた時の笑顔が一番怖かったです。チル様も目を逸らしていらっしゃいました。
ああ、あとですね。露子お嬢様がスラちゃんと呼んでいらした鉄錆スライムの件で一つ情報が!
お嬢様は自分の所に帰ってきたと仰られていましたがその真相をプロイさんに聞いた所、どうやら鉄錆スライムは温かくて水分の多い所に集まる習性があるようです。
プロイさん曰く、「あの場ではツユコさんが一番体温が高く水分量が多かったのでしょう。子供特有の体に寄ってきただけでは?」だそうです。確かに、今思い返すと泣いていたゴルデさんにも数匹集っていたように思えます。
つまり全くの偶然だったというわけですね!
ならば、お嬢様がスラちゃんスラちゃんと愛でていらした忌々しいスラちゃんとやらは、本当にゴルデさんに投げられた者と同一個体だったんでしょうか?
もちろんそれも聞いてきましたよ!
結果は、「全くの別物でしょう」とのことでしたー!ハッハッハ!スライム某ざまぁみろっ!この情報をお嬢様に伝えれば、貴様など瞬く間に嫌われるであろう!お嬢様の寵愛を独り占めした罰だ!悔い改めよっ!正直スライムを見て別種でない限り個体の区別などつく筈がないとプロイさんは言っておられました。いや…しかし、お嬢様の事です。もしかしたら確りと判別できていたかもしれませんね。今の段階でスラ某を貶めるのは早計かもしれない。下手を打てば私が嫌われてしまう可能性も微レ存!ハッ、そうですよ!危ない危ないっ!危うく私が悪者にされる所でした…。あの糞スラ某めっ!実は物凄い策士なのでは!クックック…だが惜しかったな、そんな安い手には引っかからないわよ!決着はいずれ付けてやろう!下賤な身の上で誰を相手にしたのかその身をもって知るがいい!ハーッハッハッハ!貴様は精々愛玩動物らしくしっぽを振って媚を売ることだな!
あっ!個体識別の件は今度それとなく”私の”お嬢様にお聞きしてみることにしよっと♪では
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