野生でもお嬢様は育ちますか?

石堂雅藍

露子先生、爆誕!?

仲睦まじい二人のやり取りを穏やかな眼差しで見ていると、唐突にペリト君が聞きそびれた事があると切り出しました。

「ツユコ、一つ気になっていることがあるんだけどいいか?」
「はいなんでしょう?」
「ツユコが使った武術が合気道ってのは分かったんだけど、どうして俺が投げ飛ばされたのかがわからなくてさ、教えてくれないか?あれって魔法じゃないんだろう?」
「ええ、魔法じゃありませんよ、そもそも私は魔法は使えませんし」

ペリト君の口から驚くべき言葉が飛び出しました。今、魔法と言いましたか?魔法……この世界には魔法が存在するのですか!すごいです!私にも使うことが出来るのならぜひ使ってみたいです!といいますか、先ほども魔法がどうとか言っていましたね。私も焦っていたのか普通に聞き流してしまっていました。

「なら、なんだったんだ?」
「あれは……そうですね。ペリト君もう一度腕を貸してもらえますか?」
「お、おう!これでいいか?」

私の言葉に対して、素直にペリト君が腕を差し出してきました。先程までの彼とは大違いの反応に、一定の信頼を得ることが出来たのだと、やっと愁眉を開くことが出来ました。

「女の子でも使えますから、是非ミウイちゃんも見ていてくださいね」
「はーい!ツユコちゃん!」

ミウイちゃんの元気のいい返事を聞くと、将来の夢として学校の先生になるのも魅力的だと感じてしまいます。前世では、17歳という若さで死んでしまったことを思うと、私自身の社会経験不足は否めないと酷く痛感します。アルバイトもした事ないですし……。願わくば、こちらの世界では長生きが出来ますようにと思うばかりです。

「え~、こほん!解らなかったり、質問がある場合が手を挙げてから話すようにお願いします!ではまず、合気道の注意事項から!一つ、合気道は専守防衛の武術です!」
「ツユコちゃん!質問があります!」

ミウイちゃんが元気良く手を上げました。素晴らしいです!

「はいミウイちゃん!」
「専守防衛って何ですか?」
「はい、とっても良い質問です!まず、合気道は先程お話した通り、相手の力を利用して自分を守る武術です!なので、相手を攻撃する武術ではありません!したがって、専守防衛とは自分から攻撃をせずに守りに入ることによって相手を無力化する。あくまでも相手の攻撃に対するカウンターだと思ってください。」
「わかりました!」

これはちょっと楽しいかもです。なんだかおままごとをしているみたい。

「では注意事項の続きですが、一つ、嫌がる相手に稽古と称して技をかけるのは禁止です!稽古であっても専守防衛の理念から逸れてはいけません!一つ、必ず受け身の技術を身に着けること!受け身が取れない者はどの武術に於いても思わぬ事故に繋がるからです!受け身は必ず覚えましょう!一つ、合気道は勝ち負けを争う武術ではありません!争いが起きる前に避けるべきです!合気道は争いを良しとはしません!以上です!」
「ツユコ!」

続いてペリト君も元気良く挙手をしました。嗚呼、名前の後に先生という甘美な響きが脳内を駆け巡ります!
「はいペリト君!」
「なら何のためにある武術なんですか!争わない武術なんて聞いたことがありません!」
「またしても良い質問ですね!その質問に対する返答としましては、そうですね……聞いたことが無いだけで合気道とは争わない武術なのです!」
「え?うーん、わっかんねぇなぁ。どういうこと?」
「つまり合気道は武術なのですが、相手を打ち取る武術ではないのです!ある方はこう仰られました。戦闘の訓練が武術であり、その武術の修業を通じて人間完成を目指すのが「武道」である。と」
「え~と…つまり?」
「合気道が鍛えるのは、主に精神であり心なのです。ですから正確には武術なのですが、さらにその先を目指した武道という物なのです」
「なるほど!武術にもその先があるのか!で、あの技は?」
「小手投げですね。合気道の技はまず人間の体の仕組みを知る必要があります。人間には関節というものがありまして、関節には可動域というものがあります。つまりですね」

ペリト君の手首をひっくり返して外側に捩じります。

「いてててて!」
「痛いでしょう?これが手首の可動域の限界だからです」
「いてぇ、てことはこの痛みによって体が跳ね上がるのか!」

ペリト君が的を射たとばかりに叫ぶが実は違うのです。

「いえ違いますよ。関節の可動域が限界を超えると人間の体は軸がぶれてバランスを崩すんです!手首くらいですと然してバランスは崩れないのですが、それは体の中心に向かうにつれて大きくなります。小手返しという技は手首の関節でバランスを崩させた後、さらに肘関節の可動域を限界にさせることによって体を傾けさせるんです。」
「でもそれだけだと飛ばなくないか?」
「はい。それだけだと飛びませんね。では少し実践してみましょう!ミウイちゃん!」
「はい!」
「先程、私がやったみたいにペリト君の手首を外側に捩じってみてください。そうです。ペリト君の左手を右手で親指の方から掴んでください。この時、手首の付け根に小指が付く感じで。軽くですよ!」

出来るだけ解り易く教えるために自分の手を使ってミウイちゃんに教えます。

「あっ!こうか!は~い行くよペリト!…………………えいっ!」
「……なんだかドキドキしてきた……おう!こいっ!……いででででで!」

ミウイちゃんは私が教えた通りにペリト君の手首を思い切り捩じりました。

ああ~……あれは痛そう……

「ミウイちゃん!軽く軽く!!そうしたら、ペリト君の肘を体の内側に折りたたむように下方向に腕ごと押してみてください。こうやってコの字を作る感じです!」

地面にコの字を書いた後、自分の肩から指先までをコの字型に曲げて指でなぞります。

「ふんふん。わかった!よいしょっ!」
「へ?」
「あれ?見てツユコちゃん!ペリトが簡単に膝をついたよ!」

ミウイちゃんがキラキラした目で私を見てきます。優秀な生徒さんを持てて私も幸せです。

「はい、これはミウイちゃんがペリト君の体のバランスを崩させたから起きたことなのです。次にペリト君が投げられた理由ですが、実のところ全てペリト君のせいです」
「え!?投げられたのが俺のせい?どういうことだ?」
「先ほども言いましたように、合気道とは相手の力を利用します。だからこそ非力な者にも使えるのです!実際あの時、私は力をほとんど入れていませんでしたので。では、ミウイちゃんに問題です!勢いよく走っているときにバランスを崩すとどうなりますか?」
「えっと、勢いよく転ぶ!」
「正解です!つまり、ペリト君は勢い良く突っ込んできて私にバランスを崩されて転んだのです!」
「うそだろっ!?でも、後ろに投げられたぞ!」
「あれは、単に私が力の道を作ったに過ぎません。円を描くようにペリト君を振り回して勢いがついた所で体を入れ替えバランスを崩させると、あのように後ろに一回転したみたいに見えるんです。実際は横に回転させているんですよ!」

私の話を聞いたペリト君とミウイちゃんは二人して目をパチクリさせていました。
それもその筈です。言葉では簡単に言いましたが、一連の動作を流れるように熟すことは普通に考えればかなり難しいからです。合気道には約束稽古という予め何の技を使うかお互いに合意の下で行う稽古があります。これは主に応用技の一連の動作を練習するための物で、稽古相手も使われる技が解っているからこそ動きを合わせてくれます。動きを合わせてくれるというのが肝で、逆に言うと実戦で使うことは相当に難しく咄嗟の攻撃に対応できる様になるには、それ相応の鍛錬と年月が必要になるのです。それに加え、前世では合気道の実践稽古というものは滅多になく、それがさらに難易度を跳ね上がらせている要因の一つで、合気道は実戦では役に立たないと謂われる所以でもあります。それではなぜ、17歳という若輩者の私が実践でこれほど使えたのかというと、答えは簡単で心配性なお父様が実践稽古ばかりやるヘンテコな道場に私を通わせたからなのです。おかげで、この歳にして実践慣れしている私は今日こうして身を守ることが出来たのですから感謝してもしきれません。

「あたしもいっぱい練習すれば、ツユコちゃんみたいになれるかな?」
「はい必ず!ですが、これだけは忘れないでください!合気道は心を鍛える武道であるということを」
「うん!わかった!でね、ツユコちゃん、明日からあたしの合気道の練習相手になってくれる?」
「それは勿論です!ですが、急に実戦形式では始められませんので、朝の鍛錬で基礎体力向上と基礎知識のお勉強から始めましょうか!」
「やった!朝早くならお家のお仕事もないから練習できるよ!どのくらいの時間に行けばいい?」
「そうですね。お日様が昇る前に村でなんてどうでしょうか」
「そんなに朝早くて大丈夫なの?タルフェ様に怒られるんじゃ?」
「うっ……後で聞いてみます!」
「ふふふ、わかった!なら一応明日からよろしくねツユコちゃん!」
「はい!」
「おいっ!俺もそれに参加するぞ!」
「あっ、ペリトいたんだ!」
「いたよっ!さっきから!」

私とミウイちゃんがキャッキャと女の子同士盛り上がっていると、横で話を聞いていたペリト君も朝の鍛錬に参加することが決まりました。





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