野生でもお嬢様は育ちますか?

石堂雅藍

お嬢様の初喧嘩

大人達が去ったあと、村の入り口に残された私達は村のどこから見て回るのかを話し合うことにしました。
「まぁ、まずは改めて自己紹介しよっか!じゃあ最初は、あたしから!名前はミウイ!歳は7歳になったばっかりで、趣味は料理!作るのは勿論、食べるのも好きなんだー!」
「最近食べてるとこしか見てないけどな」
「うっさいペリト!次、ペリトの番よ!」
「……ペリト……8歳…………」

えっ?それだけですか!?もっとこう、趣味とか好きな物を言う流れなのでは…

恐る恐るペリト君の顔を見上げると、あの燃え盛るような赤い瞳で睨まれたような気がしました。

ひぃ…き、気のせいですかね?いえ、気のせいではなく確実に睨まれています!そして物凄く嫌われている気が…

「……」
「……」
「ご、ごめんねー。ツユコちゃん……。ペリトったらさっきからこんな調子でさー」
「あっ、いえいえ、お気になさらないで下さい…」

とはいえ、私何か嫌われるような事をしてしまったでしょうか……ここまであからさまだと地味に凹みます……。

「次チルねー!チルはねー!チルって言うの!ご飯好きだし遊ぶのも好きー!あとね虫も好きだし肉も好きー!!!でも今はお姉ちゃんが一番大好きなのー!」
うっ…チルちゃんが可愛い過ぎて辛いです。なんなのでしょうかこの可愛い生き物は!天使ですか?天使なんですか?これは神が与えたもうた試練の一つなのでしょうか!?

ペリト君の後だと余計に、チルちゃんの笑顔が眩しく本当に救われます。私は条件反射でチルちゃんをギュッと抱きしめます。抱きしめられたチルちゃんは、エヘヘ〜とだらしない顔になってしまっていました。

「はいそこー!イチャイチャしないでねー!それに、チルチル様はチルじゃなくてチルチルって名前ですよー!タルフェ様に付けて貰った大事な名前を自己紹介で略さないでくださいねー!あとですね、チルチル様の事はイヤという程知っているので大丈夫ですよー!あっ最後に、虫が好きってもしかして食べるんですか!?」

何という怒涛のツッコミなのでしょう

しかし、チルちゃんはそんな銃弾の雨の様なツッコミを物ともせず、一人の世界を楽しんでいるようでした。その様を見たミウイちゃんも処置無しといった具合に溜息をつき私を見ます。


「さて、次はツユコちゃんの番よ!」
「はい!私、清華院露子と申しまして、歳は4歳です。趣味は、読書とスポーツです。お料理も好きです。至らないところも多々あると存じますがどうぞよろしくお願いします」

よしうまく言えました!

「???」
「???」

あ、あれ?ミウイちゃんもペリト君も頭にはてなが浮かんでいるように見えます……。チルちゃんに至っては、にっこり微笑んでいるだけ!これは絶対に伝わっていなさそうです!

「あのー……ツユコちゃん?ドクショとスポーツってなに?」

やっぱり伝わってなかったです!

「えーと、読書というのは本を読むことです」
「ホン?ホンってなんだろ?ペリト解る?」
「……しらね」

なんと!本という物自体を知らないということですか!

「本というのはですね。何と言ったら良いのか……。知識や物語が詰め込まれた文字がたくさん書いてある物だと思っていただければ……」
「へ、へぇ~!よく解んないけどホンってすごいんだね?」
「ええ、凄いは凄いです。ですけど、こればかりは実物を見てもらわなければ説明しようが……」

本についてああ説明しましたが、あれ以上の説明方法を私は知りません。

「うん!なら今度見せてよ!」
「はい!いつになるかはわかりませんけど必ず!お約束します!」
「あは!ありがと!で、スポーツってのは?」

これもどう説明したやら、テニス、サッカー、野球、バスケ、etc……スポーツの種類は数あれど、この世界を基準に説明できる自信がありません。

「スポーツは……えーと……」

ん?閃きました!スポーツには空手や柔道だってあります。それはまさに精神を鍛えるためのスポーツ!なら武術=スポーツと言っても問題ないはず!

「武術です!わかりますか?」
「武術?わかるわかる!」
「おまえ、武術出来んのか!」

喰いついてきましたー!!!!それも今まで、反応がなかったペリト君の方が!

確かに、幼少の頃から精神を鍛える為、柔道、合気道、空手、剣道、長刀術、弓道などをやらされていましたが、この身体で前と同じように動けるのか自信はありません。あ、なにか嫌な予感が……

「4歳で趣味が武術……ふんっ!なら、俺が試してやるよ!」

そう言うなり、ペリト君がいきなり掴みかかってきました。

「ペリト!やめなさいよ!小さい女の子相手に!」
「お姉ちゃん!」

必死に止めようとするミウイちゃんと、チルちゃんのまるで毛を逆立てたような声が聞こえます。しかし突進体制に入ったペリト君の勢いは止まることはありません。いきなりの事で少しビックリはしたけれど、予感的中といった具合で瞬時に私は驚くほど冷静になれました。力の強い大きな男の子相手に取っ組み合いは厳禁、掴まれた時点で私の方が泣かされてしまうのは明白です。すぐさま、不用心に突き出されたペリト君の左手を掴み取り、勢いを殺さないよう半身に受け流して円を描くように内側に引き込みました。そして、手の甲を外側に捻り倒しながら手首を固定し、相手の肘を内側に畳むようにして一歩前へ踏み込みます。

「え?」

私が踏み込むと同時に、一瞬ペリト君が少々間の抜けた声を上げました。声を発した瞬間、ペリト君の体は声だけを置き去りにして、ふわりと後方へ投げ出され一回転します。身体は四肢による遠心力に逆らう事も出来ぬまま、受け身すら取れずに肩から地面に激突しました。勝負は一瞬。
合気道の小手返しが華麗に決まったその瞬間、私が感じ取ったのは勝負に勝った高揚感。ではなく心の底から湧き上がる嫌悪でした。自分への嫌悪感。受け身すら取れない相手を投げてしまうという、一歩間違えれば大惨事になっていたという事実と自らの浅慮さに愕然とし、後悔の念に押しつぶされそうになり、すかさずペリト君の下に駆け寄ります。
この間の攻防は一瞬の出来事で何が起きたのかミウイちゃんにもチルちゃんにも、技を受けた本人ですら分からなかったと思います。ですが私は、技を放った張本人だからこそ自分のしでかした浅はかな行いを恥じずにはいられませんでした。

「ペリト君!あ、あの大丈夫ですか!?」
「い、一体何が……」

良かったです。特に痛がっている様子は見られませんね。

「ペリト君、どこか痛いところはありませんか?眩暈とかはしてません?気持ちが悪かったり!それとこの指は何本に見えますか?」

指でVサインを作り、ペリト君に見せます。

「あ、ああ、少し目がチカチカしてるけど、眩暈もしないし気持ち悪くもない。指は二本だな」
「良かった。脳震盪は起こしていないみたいですね。ですが、念のため安静にしていおいた方が……」
「そんなことよりお前!今何をしたんだ!手首が痛いと感じた瞬間、急に体が空に舞い上がったぞ!風魔法を使ったのか!?」

私が素人ながらに初診をしていると、急に時間が動き出したかのようにペリト君が捲し立ててきました。

「いえ、魔法は使っていませんよ?」
「な!?なら何だってんだ!教え……」
「お姉ぢゃん!ずっごい!ずっごいよ!体ろ大きいペリトぐんがフア~ってとんだよ!なりあれ!?」

ペリト君の言葉を遮ってチルちゃんが猛烈な勢いで感想と質問とそれから鼻血をぶつけてきました。

チルちゃん鼻血!鼻血出てますよ!!……なんで鼻血が!?

「は~いチルチル様、落ち着いて!興奮しすぎで鼻血出てるから!だから、落ち着いて!ね?ほ~ら、どうどう。はい!深呼吸して~吐いて~」
「ス~ハ~ス~ハ~!」
「はい!鼻血拭きましょうね~」
「とばった!」

瞬間、流れ出る鼻血。

「は~い。止まってないからね~!ぜんっぜん止まってないからっ!アホなのかなっ?」
「とばってないっ!」
「それあたしが言ったやつだからねっ!」
「あの~、私鼻時の止め方なら簡単な方法を知っていますよ。チルちゃんこっちに来て」

チョイチョイと手招きをしてチルちゃんを呼ぶと、ぱぁ~っと嬉しそうに破顔した顔で近づいてきました。そして、自分の服の袖を少し破り取って二枚の布切れを作ります。

「あっ!ツユコちゃんそれ…服良いの?折角かわいい服なのに……」
「はい!タルフェさんにはあとで謝っておきます!でも今はチルちゃんの鼻血を止めるのが優先です!」
「そう…それなら良いんだけど……」

私が笑顔で言うとミウイちゃんはそれ以上何も言わないでくれました。私は丸めた布切れをチルちゃんの鼻の両穴にグッと押し込みます。

「はい!チルちゃん!あとは私の腿に頭を乗せて空を見ていてくださいね!」
「あ~い!」

元気に返事をしたチルちゃんはそのまま寝転がって頭を私の腿に乗せました。
図らずもこの世界初…ではないと思われるが膝枕が誕生した瞬間であった。

「ミウイちゃん申し訳ありませんが少し時間をください。もう少しこのままの体制でいれば鼻血も止まると思うので」
「ううん!それは全然良いんだけど、ツユコちゃんは色んな事を知っているんだね!」
「どうなんでしょう。知らない事も沢山ありますよ」
「えええ~!それに!さっきのやつ!ペリトがくるんってなったやつ!チルチル様程ではないけど、あたしも感動しちゃったよ!だって小さい女の子が大きな男の子を投げ飛ばしちゃうんだもん!本当にビックリしたんだよ!あれ何だったの!?」
「そうだ!あの攻撃はなんだったんだよ!?」
「あ、ペリトいたの?」
「ずっといたよっ!」
「小さい子に投げられて泣きながら家に帰ったんだと思ったよ!」
「ぐっ……で、どうなんだ!教えてくれっ!」
「うっ……、あれは合気道と言って相手の力を利用して自分を守る武術なのです。つまりあれは攻撃ではないのです…が、本来あの様に投げる時は稽古などで相手が受け身をとれる前提で行うものであって、受け身がとれない相手をあんなに風に投げ飛ばすなんて…あってはならないんです。もし……万が一にでもペリト君が頭から地面に落ちてしまっていたらと思うと、下手をしたら死んでしまっていたかも知れません。このような事になったのも私が未熟者だからとしか言いようがなく、本当に申し訳ありませんでした」

私はペリト君に対して頭を下げて誠心誠意を込めて謝罪しました。けれども、ペリト君は納得がいかないという顔で私を見つめていました。

「ツユコちゃんが謝ることじゃないよ!あたしもペリトが死んじゃうのは嫌だけど、今回はペリトが悪いのよ!小さい女の子相手にムキになって掴みかかるからこうなったの!自分の方が強いと思って舐めてかかったんだから自業自得ってやつね!それにね今日のペリト、なんかおかしかったもん!」
「ああ、それに関しては俺も同感だよ。ツユコはゴブリン達が人間から迫害を受けて故郷を奪われた話は知ってるか?」

その話はタルフェさんから教えてもらって知っていました。理不尽に故郷を奪われたゴブリン達の中には今も尚、人間に対して憎悪を抱いている者が少なからず居ることを。

「初めてツユコの話を聞いた時、人間が魔物を助けただなんて信じられなかった。あの醜い人間だぞってな。だけど賢狼様が話してくれるツユコは、どこか今までの人間とは違うような。人間であって人間じゃないみたいな。なんて説明すれば良いのかわかんないんだけど兎に角、会ってみたいって興味が沸いたのは事実なんだ。だけど、いざ目の前にしちまうとやっぱり人間のお前を信用することが出来なかったんだ。」
「ペリトったらそんなこと考えてたんだ!だから様子が変だったのね!」
「ミウイだって!人間嫌いのはずだろ!なのに、ツユコにあった瞬間いきなり手を掴んで!それにも裏切られたと思ったんだ!」
「あ~、確かにあたしも人間は嫌いだよ!でもね、ツユコちゃんを見たらそんなこと吹っ飛んじゃった!だって、こんなに可愛いんだもん!しかも、魔物でも亜人でも差別しないっていうじゃない!?これで好きにならない方が嘘だよ!それにさ、ツユコちゃんが人間だからって理由で意地悪したら、それこそ人間みたいじゃない?」
「ああ、分かってる。分かってるんだ!人間達の力の無い者達を虐げる、そのやり方が嫌だったはずなのに俺は……だからこそ、今は本当に悪かったと思ってる。それに自分より年下を……しかも女の子に手を上げるなんて、男のする事じゃなかった!ツユコごめん!」
「いえ、私の方も反省しているんです!なのでごめんなさい!」

ペリト君が胡坐をかいた状態で深々と頭を下げるので私も再び頭を下げます。二人して交互に頭を下げあっているとなんだか自分が鹿威しや水飲み鳥のように思えて、少し可笑しくなって笑ってしまいました。私がフフっと笑うとペリト君も同じく笑い出し、それがさらに可笑しくて三人で笑いあいました。一体ペリト君は何を思って笑ったのでしょうか?私と同じく、自分に何かを重ねて笑っていたのでしたら……そうなら良いな。

「ハハハ、二人してペコペコペコペコって笑ったぜ!襲ってきた相手の心配までしちゃうなんて、ツユコはすごく優しいんだろうな。優しいやつ、俺は好きだぜ!」
「いえ、そんなことは。でも、ありがとうございます!」
「だけど一つだけ言わせてくれ。相手を殺せない武術じゃ、いつか自分が殺されちまうぜ!殺ると決めたら動物でも魔物でも俺ら亜人にも……時には人間にだって容赦はするな!世界は、そんなに甘くないんだ。それだけは覚えておけよな」

急に現実に戻された気がしました。そうです。ここは元居た世界の日本ではなく、治安も悪く倫理観も異なる世界であることを忘れそうになっていました。

「でも、私にできるんでしょうか……その…相手を殺めるなんて……」

この先、どんな事があっても平和な暮らしを謳歌していた日本人の私にソレが出来るとは到底思えなかったのです。今なら解ります。どれだけ平和だという事が掛け替えのない物なのかということが。

「まぁ、すぐにどうこうの話じゃないぜ!今からそういう気持ちで居ろってことだよ!俺だってまだ魔物すら殺したことないからな!」
「はい!わかりました。自信はないですけれど頑張ります!」
「ハハハ!その意気だ!」
「ツユコちゃん頑張って!でも武術なんかより、あたしとお料理している方が絶対に楽しいよ!」
「いや!ツユコは武術を続けた方がいい!4歳にして俺を投げ飛ばしたんだ!絶対強くなる!」
「い~や!料理よ!女の子は料理できた方が良いに決まってるもん!絶対料理!」
「「むむむ~」」

この二人は本当に仲が良いんですね。こういう気兼ねのいらない友人は本当に羨ましく思います。願わくば、私も二人と……いえ三人でしたね、このような関係になれる日が来るのでしょうか。




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