野生でもお嬢様は育ちますか?

石堂雅藍

露子とチルの建物探訪

 目を覚ますと、暖かな陽気が部屋を包み込んでいて、横を見るとヨダレを垂らしたチルちゃんがまだスヤスヤと寝息を立てていました。

 どれくらい寝ていたのでしょう?

 私はベッドから抜け出し、寝ている時に付いたであろう服の皺を伸ばし、寝癖の付いた髪を手櫛で整えます。パタパタと部屋を抜けて扉を開けます。リビングにタルフェさんが居るかと思ったのですがどこにも姿が見えません。

「タルフェさーん、どこですかー?」

 いくら呼んでみても返事はなく、家の中は静まりかえっていました。水を貰おうと思ったのですが、仕方がないので勝手に水を頂くことにします。此処には勿論水道なんて言う物は無く、台所の横に置かれた水瓶から桶に水を掬い顔を洗います。サッとですが身だしなみを整えた私は部屋に戻り、チルちゃんを起こします。
 私
「チルちゃん、起きて下さい」

 ゆっさゆっさとチルちゃんの身体を揺らすと、薄っすらと目が開き、トロンとした目のまま身体を起こしました。

「ふわぁぁ、お姉ちゃんもう朝?」
「チルちゃん、朝じゃないですよ。もうそろそろ起きないと夜に眠れなくなってしまいます」

 少し寝ぼけているチルちゃんは、ぶるぶるっと体を震わせてまたも大きな欠伸をしました。

「あのー、先程からタルフェさんを呼んでいるのですけれど姿が見えなくて……」
「ママ?いないの?」
「えぇ……」
「うーん、どこ行ったんだろ?あっ!!もしかしたら、狩りに出掛けてるのかも!やったー!夜ご飯も肉だよー!」
「えっ!?に…狩りですか?でも、この後村に行く予定では……」

 私が色々な意味で戸惑いを隠し切れずにいると、口の周りに涎の跡を残したままのチルちゃんが、「あぁ、そっか!村かぁ~!まぁでも、きっとすぐ帰ってくるよっと!」と言いながら、くるりんと一回転して器用にベッドから飛び降りました。

 もしかして、この世界の住人は自由な方が多いのかな等と思いつつ、先程のチルちゃんのアクロバティックなベッド脱出術にパチパチと拍手を贈ります。

「ありがとお姉ちゃん!そうだ!ママが帰ってくるまで、この家を探検しようよ!」
「探検ですか?でも、ここはチルちゃんのお家ですし、今更探検をしても面白くないんじゃないかしら?」
「えっとね。このお家は、お姉ちゃんと暮らす為に最近建てたって村長さんが言ってたの!だから、あの、そう!チルもまだ全部見て回ってないらしいよ!」
「……」
「……」
「……ぷっ」
「……お姉ちゃん?」
「あぁ、いえいえ。うふふ、そうだったんですね。では、お誘い頂いた事ですし、一緒に探検しましょうか」

 最後の方でチルちゃんの事の筈なのに、三人称視点で話していて本当かどうか少し怪しい。けれど、顔を赤面させながら、なんだか必死にそう言うチルちゃんがとても可愛いらしくて断る事なんて出来る筈も無く、私は二つ返事で了承していました。

 そうして、チルちゃんと二人で家を見て回ることにしました。先ず庭に出て、この家の外観を見ます。実はこの家は普通の家ではなく、三階建ての大きな木造屋敷のような造りになっていました。どおりでリビングや廊下がやけに広いと感じたわけです。玄関は吹き抜けのホールになっており途中で、あ、これ多分相当大きいと思っていました。この大きさだと部屋数は少なく見積もっても15~20の間くらいでしょうか。庭には如何にも古そうな井戸があり、お屋敷の周りをぐるりと囲むように鬱蒼と森が茂っています。

「お姉ちゃん見てー!ここでお水汲むんだよー!」
「これは井戸ですか?私、初めて実物の井戸を見ました!素晴らしいですね!へぇ、滑車で水を汲み上げているんですね」
「そうそう!この紐を引っ張ってお水汲漸むのー!あ、でも注意!ここの井戸はね、村の人たちも使ってるから私たちだけのお水じゃないんだよ!」
「そうなんですか、では大切にしないといけませんね」
「うん、そうだよ!」

 なるほど。村全体の共有物というわけですか。しかし、この井戸は結構汚れていますね。屋根も付いていないので、森から飛んできた葉っぱが入ってしまっています。コレは衛生面的に大丈夫なのでしょうか。

 チルちゃんに手を引かれながら、お屋敷をぐるりと回るように庭を歩き、漸く屋敷全体の正確な外観図が解りました。どうやらこのお屋敷はコの字型に作られているようで、とてつもない大きさでした。前世の日本の家も結構大きいと思っていたのですが、それよりも倍くらい大きいです。敷地すべて入れればまだ清華院家のほうが広いですが、この屋敷は三人で住むには大き過ぎると感じざるを得ません。こんな巨大な物を造って貰えるなんてタルフェさんとチルちゃんは一体……。

 次に私たちは、屋敷の中に入り一つ一つの部屋を開けていきます。しかし、殆どの部屋は家具も設置されていない空き部屋でした。その数なんと26部屋。どうやら現在使用されているのは、私の部屋とチルちゃんの部屋、あとタルフェさんの部屋に物置部屋の4部屋だけのようでした。ちなみに、私が一番気になっていたトイレとお風呂ですが、トイレは一階にちゃんとありましたが、木の板に穴が開いているボットン式のものでした。お風呂場はありません。チルちゃんに聞いても「お風呂ってなに?」と逆に聞き返されてしまい、言い方を変えて身体を洗う所と聞いたところ、元気よく「川!」と言われてしまいました。うぅ…泣きたいです。

「なんか、何にもなかったね!」
「そうですね。もう少し使われている部屋があるのかと思ったのですけど……」
「あはは、こんなにお部屋いらないね!」
「うふふ、何のために造られたんでしょうかね?あれ?チルちゃん此処は何の部屋ですか?」

 二人して笑いながらおしゃべりをして廊下を歩いていると、目の前に扉が現れました。

「ここが物置だよ!ママの集めたものが入ってるの!でも何に使うものか分からないものが沢山あって、ガラクタばっかりってママも言ってたよ!」
「ガラクタばかりですか。少し中を見せてもらっても?」
「いいよ!面白いもの何にもないと思うけどね!」

 一貫してガラクタしか無いというチルちゃんに笑いを堪えつつ扉を開けてみると、薄暗い部屋の中は沢山の物で溢れかえっていました。乱雑に置かれたそれらはどういう用途があるのかわからない物までありますが、見覚えのある物も幾つかありました。瓶に入った緑色のドロドロ、なんだか解らないけれども不気味な木彫りの人形、それにクワや箒、と言った見知った農具や掃除道具。確かに此処は物置として使われているようでした。二人でガラクタの山を掻き分けていると部屋の隅に光るものが立てかけてあるのに気が付きます。恐る恐る近づいてみると、どうやらソレは布がかけられていてかなり大きい物のようで、少し布の開けた隙間から銀色の中身が顔を覗かせていました。

「銀色の大きな……なんでしょう?」

 私はドキドキとした高揚感が抑えられず手を伸ばし布を取ると、そこには巨大な銀色に輝く斧が佇んでいました。手で持つ部分から刃の先までの長さは悠に2メートルを超える巨大な斧で、柄の先には狼のレリーフが施され、刃の反対側には何かの動物の毛が生え?ていて、斧全体が銀で鋳造されたかのように継ぎ目もなくキラキラと輝いていました。

「綺麗……」
「お姉ちゃーん、何かあった?」

 私が銀の大斧を前に見惚れていると、少し飽きたのかチルちゃんが声を掛けてきました。

「わぁぁぁ!お姉ちゃん!そのキラキラしたやつ何!?きれ~!」
「綺麗ですよね!これは斧ですよ!」
「斧?斧って何に使うものなの?」
「斧はですね、こう手に持って主に木を切ったりする道具ですよ!こうして、コンコンコンって!」

 私は空の手に斧を構えるポーズをして木を切るジェスチャーをしました。

「へぇ~!人間の道具ってこと?」
「ええ、ですけどコレは……少し大き過ぎますね。こんなに大きなものを使えるのは巨人さんくらいですよ!」
「巨人!チル知ってるよ!巨人はね、森を抜けた先にある岩山に住んでるんだって!」
「えっ!巨人さんも居るんですかっ!?」
「うん!居るよ~。チルは見たこと無いけどママが言ってた!」
「すごい……流石、異世界です……」
「うん?何か言った?」
「い、いえ!なんでもないです!」

 しかし、この斧は本当に綺麗で何時間でも見ていられそう。

「みて!お姉ちゃん!この斧に映ったチルのお顔!あははは!グニャ~ってなってて変な顔~!」
「まあ!本当!うふふ。チルちゃん見て下さい!私の顔も変な顔になってますよ~!」
「あははは!お姉ちゃんも変な顔になってる!」
「ほらほら~、ぐにゃ~」
「あははは、やめ、ケホッコホッ、やめて~!あはは、ひぃ、お腹が痛い~!」

 二人して斧の前に座り込み、刃の部分に反射した自分の顔をグニャグニャと歪ませて遊んでいると、開けっ放しの扉の方からコンコンとノックの音が聞こえました。

「何やら笑い声が聞こえて来ると思って来てみれば、露子にチルよ、一体何をしておるんじゃ」

 聞き覚えのある声がした方を見ると、部屋の入口にはニコニコとした笑顔のタルフェさんが立っていました。私は直ぐ様身なりを整えて座り直します。

「ママだ!ねぇ、みてみて!すっごい面白いの!お姉ちゃんのお顔がぐにゃ~って!」
「チ、チルちゃん!」

 私は焦ってチルちゃんを止めようとしますが、笑いが堪えられないのかチルちゃんは止まりませんでした。

「グニャ?」

 チルちゃんが大斧を指差すと、タルフェさんが「おお、それか!」と近寄ってきました。

「どれどれ、露子の変な顔はワタシも見てみたいな!」
「いえ!そんな面白いものでは!」
「ほう、ワタシには見せられないと?」

 急に恥ずかしくなってしまい縮こまっていると、不敵に笑っていたタルフェさんは、「よいよい」とニコリと微笑み頭を撫でてくれました。

「ところで露子や、これから村に行くが準備はできておるか?」
「あ、はい!いつでも大丈夫です!」
「それは、重畳!」
「チルもいく~!」
「ほう!チルもか!おや?しかし、チルはそのまま行く気かの?うーむ、そのままでは連れて行けんの~」
「え?」
「分からぬのか?頭はボサボサで服はシワシワ、おまけに口の周りは涎の跡で白くなっておるぞ!」

 涙目のチルちゃんにタルフェさんの指摘は一理どころか百理くらいあります。チルちゃんは寝起きそのままの姿で遊んでいたのです。

「分かったら、早う準備をしてこい!」
「……はい。ママ!お姉ちゃん!チルが準備するまで絶対行かないでね!絶対だよ!わーん!お願い待っててー!」

 某芸人さんのような振りをして、泣きながらチルちゃんは走り去りました。

「はぁ……困った子じゃ。自由奔放に育てすぎたかの。露子や、すまぬが手伝ってあげてくれぬか」
「は、はい。行ってきますね!チルちゃん待ってー!」

 タルフェさんにお願いをされて、私はチルちゃんの後を追って走りました。





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