野生でもお嬢様は育ちますか?

石堂雅藍

出会いⅠ

 寒い……私は、どうなってしまったのでしょうか?冷たい風が肌を刺すように吹いている。シトシトと身体を雨が濡らしていくのが解る。今、私という存在が確実に此処にあるのを実感しつつも、目を開けるのが怖い。暗闇の世界で必死に情報を集めようと視力以外の五感を研ぎ澄ませると、これは草の匂いですかね?なんというか草蒸したような。それでいて、遠くから私の所まで風が走る音が聞こえます。そしてこの、あまり気持ちの良くない塩梅で身体に当たる水滴。あぁ、解ってしまいました。きっと此処が私の思っている通りなら……すうっと目を見開き、自分の思い描いた情景との差異を探しを始める。息が少し苦しいです。

 空を覆う曇天、まだ雨脚は強くないものの確実にその水量を増すであろう雨に、驚くほど濡れた身体に突き刺さる冷風、青々としているのだけれど煤けた緑の広大な海原。一目で此処が私の見知った世界とは違うのだということが理解できた。いえ厳密に言えば、外国の何処かにこういった風景があるのかもしれないのですが、どうしても私はこの場所が地球上に存在しているとは思えなかったのです。そういえば、あの方が仰っておりました。「4歳くらいから始めようか!」私は、恐る恐る視線を足元へ向けます。なんだか、見覚えのあるようなないような、それでいてしかし、むっちりとした短い足に視線を身体の方へ滑らせるとしっとりとした白いお腹。あぁ、これは幼児の身体なんだとすぐに解りました。涙が出そうです。この身体は、寒くてお腹も空いているようでした。しかも、服すら着ていません。あの神様は本当に悪魔です。幼児の身体とはこうも涙もろいのでしょうか。言い知れぬ不安と恐怖で本当に涙が出てきました。

「ふぇぇ……グス……」


 その場で蹲り、どのくらい泣いていたでしょうか。一頻り泣いて少しスッキリしました。子供とは、一度泣き出すとなかなか涙が止まらないのです。しかし、いつまでも泣いて要られません。この身体はひどく弱い、食べ物も必要ですし、寒さを防がねばなりません。サバイバルの本を読んだことはありませんが、一般常識として水、食料、防寒が大切なのは私でも知っています。さて、こういう時は落ち着いて現状を確認することから始めなくてはいけません。
 無闇矢鱈に動き回るのは反って危険なのです。

 では、状況を整理しましょう。
 まず、私の身体は、子供でしかも4歳児とのことです。そして、神様から与えられる、ギフト……恩恵か何かでしょうか?これは頂けませんでした。つまり、無力な子供ということです。次にこの平原、今のところ野生の生物は見かけていませんが、確実にいるという想定で動くほうが良さそうですね。尚且つ、この広さですと何処へ向かえば良いのか分かりません。この世界にはそもそも人は居るのでしょうか?それも、あの方は教えて下さりませんでしたが、少し思い出してみましょう。確かあの方は、「両親いないのに赤子のまま放り出すとすぐ餓死しちゃうか~。う~ん、なら4歳くらいから始めようか!」と言っていましたね。つまるところ、両親がいるという前提への対応策で4歳児スタートということでしょうか?そうなりますと、この世界に人、もしくは私と同じ種の何かがいるということでしょうか。私の考え過ぎかもしれませんが、今はこの希望に縋るしかありません。

 次に食べ物の問題です。
 これは、現状探すしかありません。水辺があればその近くに食べるものもあるかもしれませんし、うまく人の住む場所に出られれば食べ物を分けて貰うことも出来るかもしれません。

 最後に今いちばん大切なことは、防寒です。すごく寒いです。

「すごく寒いですー!」

 なんだか無性に叫んでしまいました。
 といいますか、私……全裸ではないですか!これは淑女としても、人としても早急に対策しなくてはなりません!せめて布のようなものでもあれば……

 私が、乙女の危機を真剣に悩んでいると、ふと視線の端に黒い影が見えるのに気が付きました。あれは、なんでしょう?目を細めじっくり観察します。鳥の群れですかね?鳥と思しきモノが沢山飛んでいます。もしかして、あの下に食べ物が……そうですよ!私テレビで見たことがります!海の上で海鳥が集まるところにはマグロがいるのです!今思いますと、あまりの空腹と寒さに私の思考は完全に停止していたのです。

 幼児特有の重い頭を振りながらトテトテと走り出し、やっとご飯にありつける喜びを噛み締め、草木の生い茂る所まで移動しました。
 草木の間から、顔だけを出し食べ物の有無を確認します。見たところ、鳥たち……いや、あれはカラスでしょうか。なんだか懐かしい見た目をしています。カラスたちが私の潜む所から、少し離れた場所を降下しながら攻撃しているのが解ります。あそこの草むらに何かいるのでしょうか?またも、目をジッと凝らして見つめます。こうみえても、視力は2.0ありますので、すごく良いと自負しております。ジッと見ていると、何かが動きました!あれは、ウサギか何かでしょうか。

 その時、少し先で閃光が走りました。
 ピカッピカッと幾度も閃光が走ります。そちらは遠すぎて正確に確認は出来ませんがカラスの群れが集まっているのだけは解りました。しかし、今は目の前の食料です。もし、ウサギだったら、お肉はかなり美味しいと聞きますし、うまくすれば毛皮も手に入るかもしれません。そんな期待を胸に、私はカラスたちの隙きを伺いながら目を凝らします。

 またも、先程より大きな閃光が瞬きました。そして、私は見てしまいました。紺色のきれいな毛、恐怖に染まった儚げな瞳をした小さな狼の姿を……あのシュッとした鼻先を見れば犬でないことなど一目瞭然で解ります。カラスたちに散々小突き回され身体のいたるところから出血しています。あぁ、このままではあの狼の子供は、死んでしまう。そうは思うが私の頭が助けなさいと言っています。清華院家の者ならば弱き者を助けなさい!と……しかし、私も食べ物を得なければ死んでしまいますし、そもそも狼とカラスはどちらが弱き者なのでしょうか、さらに言えば、これは自然の摂理であって初めから悪など存在しないのではないのでしょうか。ふと、神様の言葉が蘇ります。「君のそれって結局、私たちはこういうもの~ってところから来てるんだって~!偽善で塗り固めたベタベタな魂だよ~!寒気すらする。」

 私はいつだってそうです。清華院の名に恥じぬよう教えに従って生きてきました。しかし、結局は私は……私自身はどうしたいんでしょう?。ついにカラスたちに地面に押さえつけられた狼の子供は生きることを諦めてしまったように見えました。

「おねがい……だれか……たすけて……」

 確かに私の耳にはそう聞こえたのです。あの狼の言葉が。
 いつの間にか、私は潜んでいた草むらから飛び出して狼の方へ走り出していました。自分でも不思議です。先程まで、あんなに葛藤していたのに不思議なくらいすんなり飛び出していました。そうか、そうだったんですね。清華院なんて関係なく私は最初から、あの狼の子供を助けたかったんだ。ならばもう迷いません!きっとあの時も、登校中に女の子を助けたあの瞬間も、私は私自身で決めて助けに行ったんですね。お父様、清華院 露子は”露子”らしく弱き者を助けたのです。あのトラックに跳ねられそうになった女の子は助かっただろうか?助けられていると良いな、と考えながら一目散に小さな狼のところに駆け寄ります。

「うわぁぁ!あなた達!おやめなさい!」

 声を張り上げながら、小さな狼を押さえつけるカラスたちを払い除けます。カラスたちも珍入者に驚いたのか、すぐさまその場から飛び立って上空を旋回し始めます。

「大丈夫?安心してください!絶対に守りますから!」

 息を切らせながら言う私に、虚ろな目をした狼の子供も安心したのかそのまま気を失ってしまったようでした。狼の体は、見れば見るほどひどい怪我で体中の引っかき傷に加え、片方の目玉が抉られてしまっていました。生きているのも不思議なくらいです。これは絶対に守らなければいけないと自分に誓いつつも、幼児の身体で二十羽は下らないカラスの群れとどう戦えば良いのでしょう。カラスたちは旋回しながら、私のことを観察しているようでした。もし、一斉に襲いかかられたら多分助からないでしょう。でも、向こうが諦めるまで耐えるしかありません。こうなったら我慢比べです!自らを奮い立たせるために名乗りを上げる。

「私の名は、清華院 露子です!どちらかが折れるまで、いざ!尋常に勝負!」



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